【ドアマットヒロイン】富をもたらす侯爵令嬢は、時の伯爵の手を取り立ち去る【完結】

九十九沢 茶屋

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7.それはずっと昔の話

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 メルガル様が見せてくれたピアスが、それがかつて私が前世で座敷童子だった時に、耳につけていた物なのに気が付く。
 
 でもどうして、それをメルガル様が持っているのかしら。
 私、誰かにあげたかしら……?
 
 そう思った瞬間、記憶の蓋が開いたかの様に、あの時の、私が彼と出会った時の記憶が、一気に脳裏に蘇っていった。
 
 


 
 
 *˖⁺─────────⁺˖* 
 
 
 
 ──……あれは戦時中の日本の頃。私が地方の商家の家にいた頃。
 
 
 そこの家は小さな村の商家で、村はずれに大きな山がある所だった。
 私はその山を散策するのが好きで、その日もいつもの様に、逢魔が時の時間に散策していた時だ。
 
「……? 何かしら? 今日は妖怪達がいつもよりも賑やかね」
 
 いつもならもっと暗くなってから、あちこちに隠れている妖怪達が出てきて、酒盛りしたりして盛り上がるんだけれど、こんな時間にこんなに妖怪達が楽しそうにしているのは珍しいわ。
 
「何があるのかしら」
 
 既に百鬼夜行状態になっているので、先頭の方まで走っていくと。
 
「や、やめ……!!」
 
 え、人間の声!?
 
 この辺りの人間は、逢魔が時を過ぎると、妖怪達が出るのを知っているから、あまり追い掛けられる事はないのに……!
 
 急いで声のする方まで走っていくと、妖怪達に蹴られたり投げられたり鞠の様にされている、金髪の人間の姿がそこにあった。
 
 異国の人間!?
 こんな戦時中になんで……?
 
「いえ、それどころじゃ無いわね」
 
 異国の者であっても、妖怪にあんな風に蹴られ投げられたら(妖怪かれらからしたら遊んでるだけでしょうけど)、大怪我を負ってしまいかねないわ。
 
「お止めなさいな、貴方達。人間はもろいのよ。遊んでるだけのつもりだろうけれど、すぐに死んでしまうわ」
 
 私の言葉に、「え、これ人間?」「新入りの妖怪じゃないのか」「髪の毛黒くないぞ?」「目も青かったぞ」などとざわついている。
 私はあちこちの家に住み着いてたから、異国の人間の風貌も知っているけれど、ここの妖怪は初めて見る者が多いのね。
 
 この辺りの妖怪は、不必要に人間を襲う事はしない。
 もちろん敵意を持って攻撃してくるなら話は別だけれど、そうでないなら自分達の領域に入って来られるのを好まないから、逆に追い出そうとしたりする妖怪も多い。
 
 楽しそうな声だったから、襲ってたのではなく、歓迎の意を込めて揉みくちゃにしていたとか、多分そんな所かしら。
 
 ここの妖怪はあまり人間と積極的に関わろうとしないのが多いから、私の言葉に「そうか、人間かあ」と呟きつつ、百鬼夜行の団体も、あっという間に散り散りになっていった。
 
 残ったのは、ぴくりとも動かない蹴鞠にされていた人間だけ。
 ……まさか死んではいないわよね?
 
 近付いて確認してみると、僅かに苦しそうに呻き声を上げているのが分かって、一先ず死んでいない事にホッとする。
 
 ただ、思ったよりも妖怪の爪や牙であちこち怪我をしているし、顔入りも真っ青だ。
 妖怪の牙や妖気は、人間には毒になる。
 あれだけ遊ばれていたら、妖気に当てられていただろうし、体へのダメージはかなりのものよね。 
 よく見たら汗もかなりかいていて、熱も上がって来ているのが分かる。
 
「仕方ないわね」
 
 私は意識のない異人の人間を肩に背負うと、ズルズル引き摺りつつも、近くにある古びた山小屋まで行く事にした。
 
 

 
 
「……熱が出てきたわね」
 
 誰も使われなくなって久しい、あばら家に近い状態の山小屋に運んで、ひとまず横にしてから、改めて額に触れると、背負ってた時よりも熱くなってきているのが分かった。
 
 妖気に長くあたり過ぎたのもあるけれど、爪や牙で怪我させられたのがまずいわね。彼らの爪や牙は、妖怪の種類によっては人間には毒にもなるから。きっと毒素が体内に溜まってしまってるわね。
 
 このままだと、数日もしないで、死んでしまうかもしれない。
 体が震えてるから、この後更に熱も上がるだろうし。
 
 乗りかかった舟よねと思い、私はボロボロではあるけれど、無いよりはマシよねと、小屋にあった打掛をかけてやってから、薬草を取りに行く為に小屋を後にした。
 
 
 
 必要な薬草や薬を煎じる道具、手巾や手桶に汲んできた水を手にして、小屋に戻ってきた。
 人間は変わらず荒い呼吸を繰り返したままだ。意識が戻ってはいないようね。
 
 狐火の灯りを借りてきたので、それを脇に置く。
 小屋が明るくなったので、これでひとまず看病は出来るわ。
 
 汗を拭ってやってから、絞った手巾を額に置いた。
 採取してきた薬草を潰したり漉したりして、薬湯を作ったけれども、まだ起きない。
 
「ねえ、薬作ったから、起きてほしいのだけれど」
 
 軽く、頬をペチペチと叩くけれど、意識が戻る様子がない。
 熱もかなり上がってるし、このまま体内に毒素を留めさせるのは危険だから、起きて薬を飲んだり怪我の手当てもさせてほしいのだけれど……。
 
「……仕方ないわね」
 
 椀に入れていた薬湯を口に含んでから、寝ている人間の首の下に手を入れて持ち上げて、鼻をつまんでから、私はゆっくりと唇を重ねて、そのままむせない程度にゆっくりゆっくりと、薬湯を流しこんだ。
 
 コク、コクと、僅かにではあるが、薬湯が喉を通ったのが分かった。
 飲めるなら、ひとまず安心ね。飲める体力がまだあって良かったわ。
 そのまま残りの薬湯も、時間を掛けて全部口移しで飲ませてから、爪や牙で怪我をした部分の手当てもしていく。
 
 薬を塗って、小屋にあった古い着物の端を破いて包帯替わりにして巻いて、また横にさせる。
 子供の姿なので、成人男性をそれも意識が無い相手の手当てするのは、なかなかに骨が折れるわ。
 
「まぁ、死なれると夢見が悪いし」
 
 どうしてこんな時期に異国の人間がいるのか分からないけれど、治ったら早く去るのがいいよと伝えてあげないと。

 
 
 そうして目が覚めないまま、手当てをして口移しで薬を飲ませてを繰り返して、丸三日経った頃。
 
 ようやく熱が下がり始めて来て、呼吸も落ち着いた状態になった。
 
「良かった……これでひとまず安心ね」
 
 ふぅと息を一つつくと、流石に看病に疲れてきたのか、私はそのまま両膝を抱えてウトウトし始めてしまった。
 
 
 
「ん……」
 
 いつの間にか寝てしまってたらしく、うっすら目を開けると、寝る前までは明け方だったのに、連子窓から陽の光が入ってきてて、小屋内も明るくなっていた。お昼過ぎくらいかしら。
 
 人間の熱は下がって来たけど、怪我の手当てはしないとねと思い顔を上げると。
 
「やあ、おはよう」
 
 
 横になったまま、パッチリ目を開けてこっちをニコニコしながら見ている人間と目があってしまった。
 
 
 
「きゃあああああ!!!!」
 
 
 
 び、びっくりした、すごいびっくりしたわ!
 
 まさか起きてるとは思わなったし、更に声までかけられるとは思わなかったんだもの。
 
「あぁ、ごめんね。驚かせるつもりはなかったんだけど」 
 
 ……あら。
 
「この国の言葉、上手なのね」
「まあね。結構来てるから」
 
 このご時世によく来ているの?
 でもまあ、会話が成り立つのは助かるわね。
 
「それで、この手当て君がしてくれたの?」
 
 自分の体に薬草を塗られたり、包帯を巻かれたりしてるのを見て、聞いてくる。
 
「そうよ。貴方、妖気にやられて三日間高熱が続いてたのよ。意識が戻って何よりだけれど、何か食べる事は出来そう?」
 
 高熱が出てたから、かなり体力を消耗してる筈なので、食べれそうなら食べてくれると有り難いのだけれど。
 
「……そんなに沢山で無ければ……食べれそう……かな」
 
 考え込むように口元に手を当てながら、ポツリポツリと返事をしていく。
 食欲はまったくない無い訳ではなさそうだけど、少量が良さそうね。
  
「あなた、粟は平気?」
「うん、それなら丈夫だよ」
 
 容態が落ち着いた時に作っておいた、粟のお粥をよそい、粟を掬った匙を相手の口元に持っていく。
 
「え!? ま、待って待って! 自分で食べるよ!」
「……食べれるの?」
 
 まさか食べさせられると思わなかったらしく、男は真っ赤な顔でブンブン首を振るけれども。
 
「食べれるなら椀を渡すけど……」
「え、あ……」
 
 起きてからずっと横になったままなのに?
 男も寝たままだったのに気が付き、起き上がろうと体を起こしかけたがすぐにまたポスンと倒れてしまった。
 
「ほら、無理でしょ? 熱が酷かったから、体力まだ回復してないのよ。力もあまり入らない状態いなのだから、諦めなさいな」
 
 クスクス笑いながら、私はもう一度匙を口元へ持っていくと、男は赤い顔のまま、それでもゆっくりとだけど、口を開けてくれたので、私は咽ないよう気を付けながら、お粥をゆっくりと食べさせていった。 
 
 なんだかんだ、二杯もお粥を食べてくれたので、この様子だと回復も早いかもしれないわね。
 さて、お粥を食べれたなら、あとは……。
 
 私は薬草を煎じた飲物を湯呑みに注いだ。
 飲みやすいかなと、お水を足して温めにしたけれど、これなら飲めそうかしら?
 
 小屋内にぷわわんと漂い出した薬湯の香りに、男の顔は面白い位に、顔を歪ませた。
 
「な、なに……? この、こう形容し難い香りが、その湯呑みからするんだけれど……?」
「薬よ」
「やっぱり薬なんだ? ……飲まなきゃ駄目かい?」
「飲まなくても良いけど、体からその毒素は抜けないから、自己治癒力に任せるなら半年はこのまま寝たきり状態だけど、それでもいいなら」
「……飲みます」
 
 さすがに半年近く横になってるのは嫌らしく、早々に白旗を揚げて笑ってしまった。
 
 薬湯を飲むのに横のままは難しいから、壁を背にさせてゆっくり上半身だけを、起き上がらせる。
 
 渡された湯呑みから漂うその香りに、口元がひきつってるのが分かる。
 暫く躊躇していたけれど、やがて覚悟を決めたのか一気にグイッと飲みだした。
 物凄い眉間に皺を寄せてるので、飲み干したら渡すつもりだった、サツマイモをふかしたのを渡した。
 
「口直しよ。甘みがあるから、口の中が楽になるわ」
「ありがとう」
 
 男はコクコクうなずけると、小皿を受け取って芋を食べてようやく落ち着いたようだ。
 
「口の中が人生の苦味を凝縮したかのようで、苦行に満ちるかと思った」
「……例えが微妙すぎるけど、苦かったというのは、充分伝わったわ」
「でも、苦いのは苦かったんだけど……なんか舌に慣れた感覚があったのが不思議なんだよね」
 
 男が芋を食べ終わったので、横になりながら、不思議そうに呟いたので、あぁと、私は相槌を返しながら、
 
「貴方が意識無い間、私が薬を飲ませていたからじゃない?」 
 
「え?」
「だって意識無かったんだもの。そうなるでしょう?」
「えーとね、……うん。…………一応聞くけれど、どうやって?」
「口移し以外で飲ませる方法なんてあるの?」
 
 私の言葉に、男はまだあまり良くない顔色をさらに青くさせて、起き上がるのも辛いはずなのに、それでも起き上がると、頭を下げてきた。
 
「ちょっと、なにしてるの!?」
「私が意識無かったとはいえ、幼い子供に、口移しで飲ませるなんて……!! 本当にごめん!!」
 
 
 子供になんて事をさせたんだと、謝られてしまった。
 ……私、三百歳は行ってるから、別に子供でもないけれども。この姿だから、誤解を与えてしまったわね。
 
「あのね、私、座敷童子……、えーと妖怪だから、子供じゃないんだけれども……妖怪って分かる?」
 
 外国の言葉で妖怪って何て言えばいいのかしら。
 どう伝えれば伝わるかしらと考えていた所で、
 
「え、君も妖怪なの? 雪女とからろくろ首とかと、同じ仲間なのかい?」
「そうだけれど……貴方随分日本の妖怪に詳しいのね?」
 
 まさか仲間の名前が出てくるなんて思わなかった。
 
「うん、まあね。何度もこの国に来ているから、詳しいんだよ。あ、じゃあ君は姿からすると、家に富をもたらすと言われてる、座敷童子ちゃん?」
 
 座敷童子、ちゃん。まさかのちゃん付け。
 
「当たり。ふふふ、私、ちゃんを付けで呼ばれるなんて、初めてよ」
「な、なんかおかしな事を言ったかな?」
「いいえ? ふふふ」
 
 座敷童子は個体名じゃ無いけれど、可愛らしく呼んで貰えて嬉しくなってしまったわ。 
 
「ちゃんとした名前みたいなのは、無いのかい?」
「特に無いわね。そもそも妖怪達は、個体名を人間みたいに持たないから」
「そう言うもんなんだね。座敷童子ちゃんは、もし名前付けられるなら、どうしたい?」
「名前ねぇ……考えた事なかったけれど、お花とか好きだから、花の名前とか良いかもね」
「あぁ、それはいいね。座敷童子ちゃんに似合いそうだ」 
 
 そうやって、私達は、話を少しずつして打ち解けていった。
 
 
 
 
 男は意識が戻ってからは、みるみる体調を回復していき、あっという間に起き上がれるまでに回復した。
 
 その頃には色々話す様になってきて、男は名前をサンジェと名乗り、旅の途中で、ふと来たくなって日本にまた来たとのこと、旅の目的は特にないらしい事も教えてくれた。
 
「この山中に来たのは、景色が綺麗だったから、つい足を踏み入れてしまったんだよ。この国の人達に会うと驚かれるだろうからと、人目を避けてたんだけど、まさか妖怪達に襲われるなんて思わなかった」
「金髪だったから、人間だと思わなかったのね、きっと。この辺の妖怪は新しい妖怪が来ると、仲間が来たと喜んで揉みくちゃにして歓迎の意を表すから」
「あの時転がされたりバシバシ叩かれたりしたのは、襲われてたんじゃなくて、歓迎してたって事なんだ」
「そう言う事よ」
「熱烈な歓迎だったんだなあ」
 
 はははと乾いた笑いを浮かべながら、飲み慣れたのか、苦い薬湯を顔を顰める事無く、サンジェはゆっくり飲んでいく。
 
 
 

 ──そうして、私達は沢山話をした。
 
 お互いの国の文化の事を話したり、サンジェが持っていたバイオリンで演奏してくれれば、私は薬草の知識を教えたり、サンジェが西洋の服のドレスのデザインを教えてくれれば、私は着物の着方を教えたり、海外の文豪や国内の文豪を教え合ったりと、私達はお互いに相手が興味ある話を、沢山沢山して何日も過ごしていった。
  
 その頃から、たまに私を見る視線が最初の頃に比べて柔らかくなった感じを受けたり、お粥を作る事やちょっとした仕草を褒められたり。
 
 そんな風な対応を取られる事が無かったから、私は私でどう返事をしたらいいか分からなくて、真っ赤になったりもしたけれど。
 
 
 平和なまま、サンジェの療養は続いていった。
 
 
 
 
 
「座敷童子ちゃんてさ、富をもたらす妖怪なんでしょ? それってこの国にいる間限定なの? 他の国でも同じ様になるの?」
 
 ある日、ふと思い付いたのか、サンジェが訊ねてくるその内容に、私は「えっ」となってしまった。
 
「どう……かしら。そもそも日本から出る事なんて無かったから、試したこと無いから分からないわ」
「……じゃあ、じゃあさ、良ければ私と一緒に他の国に行ってみない?」
「え?」
 
 ギュッと私の両手を柔らかく包み込む様に握って、一緒に旅に行かないかと真剣な眼差しを浮かべて誘ってくる。
 
「一緒に旅してみたら面白いかなって思うんだ。サーカスとか、私達の国の祭とか、きっと色々見て回るだけでも面白いと思うんだよ」
「私の力が、他の国でも効果があるのか気になるからじゃないの?」
「うん、それも気になるけど……。一緒に話しながら旅をしてみたい、の気持ちの方が強いかな」
「……そう、なの」
 
 
「……」
 
 
 私の能力が外国でも発揮するのか、それは確かに気になるけれど。
 それよりも、色んな所を旅して回っていると言うサンジェの話を聞くのが好きだった私には、彼が言う様に外国への旅の誘いはとても魅力的だ。
 
 
 他の国の言葉を教えてもらって買い物したり。
 日本に生えてない薬草の種類や調合の方法を教えてもらったり。
 歴史ある建造物を見たり。
 サンジェと一緒にあちこちを見て回る。
 
 それらは考えるだけでも、とても楽しそうな旅になりそうだと感じた。
 
 僅かな間だけとはいえ、こうして一緒にいて話をして盛り上がれる位には、おそらく気の合う人間なんだろうとも思うし。
 
 一緒に行ってみたい気持ちはあった。あったけれど。
 私はゆっくりと首を横に振った。
 
「今はまだここの家が、この国が気に入ってるから、やめておくわ。急に私が家から離れてしまうと、商家の人達が大変な事になってしまうし」
 
 商家の人達は人柄の良い家柄らしく、数世代に渡って、みんな懸命に働いている。
 私はその家に住み着いている座敷童子だから、きちんと働いてる人の家を離れるなんて事は、やはり出来ない。
 
 私が断りをいれると、彼は答えが分かっていたのか、眉を少し悲しげに下げて笑みを浮かべて、握っていた手をゆっくり離した。
 
 
「……そっかあ、駄目かぁ。うん、そうだよね。きちんと今の家は、勤勉に商いをされてるって言ってたもんねえ」
「とても魅力的なお誘いだったのは、確かなんだけれど」
「じゃあ、来たくなったらいつでもおいでよ。私はいつだって歓迎するから。沢山沢山旅を一緒にしよう」
「そうね、その時を楽しみにしてるわ」
 
 そんな約束とも言えない約束を私達はした。
 
 
 
 
 そうしてそんな会話から、更に数週間ほどした後──。 
 
 毒素が抜けて体調もすっかり回復したサンジェは、そろそろ他の場所にも行ってみる事にするからと、住んでいた小屋を後にすることとなった。
 
「まだ国内を旅するなら、これを身に着けておくといいわ」
 
 私は耳に着けていた翡翠のピアスを外すと、サンジェに渡す。
 
「私のだから、身に着けてれば座敷童子の認めた人間として、妖怪達も襲ってこなくなるから」
「座敷童子ちゃんの加護があるみたいな感じかな。ありがとう。大事にするよ」
 
 嬉しそうに、ピアスを両耳につけていく。
 手鏡で自分の姿を見て、満足気に頷いてるわね。
 喜んで貰えて良かった。
 
「それにしても今更だけど、ここ勝手に住んでて良かったのかい?」
 
 手鏡を鞄にしまいながら、今まで住んでいた古い山小屋を見つめつつ聞いてくる。 
 
「ここは、大分前に使われなくなった山小屋だから大丈夫よ。今は別の使い勝手のいい山小屋が新しく建てられてて、村の皆はそっちを使って山菜を採ったり獣を獲ったりしてるわ」
「あぁ。だから小屋の中、最近使われてる様な生活感がなかったんだ」
「そうね。今いる村人達は、ここに小屋がある事自体知らない位、ずっと昔に使われなくなったからね。それに村人が使う小屋で、このご時世に貴方がいたら、大変な事になってわよ?」
「うん、それは確かにね」
 
 この辺りはまだ、そんなに大きな影響は無いけれど、開国してから国は日々戦火に巻き込まれている。
 
 異国の人間なんて見かけたら、袋叩きにされて簀巻にされてから崖から落とされてもおかしくない時もあるのに、どうもこの人のんびりしてるのよね。
 こんな感じで今まで旅してきて、よく無事だったわね。
 ……妖怪達に揉みくちゃにされてたから、無事では無いかもだけれど。
 
 私の考えてる事に気が付いたのか、
 
「心配ないよ。ここでは妖怪達に遊ばれちゃったけど。私はね、こう見えても逃げ足がとっても早いんだ。襲われそうになっても、すぐに消えて逃げる事が出来るんだよ」
「まぁ、消えて逃げるだなんて。ふふふ、教えてもらった異国の魔法使いみたいね」
「そう、私はね、とても凄い魔術師なんだ。だから心配はいらないよ」
 
 そう言って笑うと、サンジェは私の頭をポンポンと叩く。
 
「もう、私は座敷童子なだけで、子供じゃないのよ?」
「はは、ごめんごめん。ついね」
 
 クスクス笑いながら謝る姿に、全くもうとなる。
 一緒に旅に出るのを断ってから、何か子供扱いされる感覚が増えた気がするのよね。気のせいかしら?
 でも、子供扱いは慣れてるのに、どうもサンジェにされるのは避けたいのよね……なんでかしら。
 
  
「……さて、それじゃそろそろ名残惜しいけど行くかな。随分長い間、お世話になっちゃったね。何かお礼出来るものでもあれば良かったんだけれど。ピアスも貰っちゃったし」 
「いいわよ、気にしないで」
「んー、でも恩を返さないままってのは、なんか落ち着かなくて」
「……そうね。それじゃ、もしいつか、私が困った事があったり助けを求める様な事があれば、助けに来てちょうだい」
 
 私の言葉に、サンジェは嬉しそうにコクコクと首を縦に振った。
 
「あぁ、勿論だよ! その時は助けを呼んでね。絶対助けに行くから」
「ありがとう。その時はよろしくね? 素敵な魔術師さん」
「お姫様のためなら、火の中水の中ってね」
 
 そう言うとまた笑いながら、頭をポンポンとしてきた。
 
「もう、だから私は座敷童子なだけで、子供じゃないのよ?」
 
 小さい子どもを可愛がる時の様な仕草に、何となくそれがイヤな気持ちになって、私は再度、子供じゃないのよと口にするんだけれども。
 
「分かってるんだけれど。ほら、外見は小さな子どもだから、つい頭を撫でたくなっちゃってね」
 
 と、返ってきて。 
 子供姿だから、撫でてしてしまうというのなら。
 
「それなら、これならいかが?」
「え?」
 
 私はお気に入りの赤い扇をふわりと空間から取り出すと、軽く扇を振るう。
 その動きに合わせる様に、あっという間に私の体は、年頃の成長した姿へと変化していった。
 
「──!」
 
「大人の姿に変化するだけなら、出来るのよ? あくまでも変化するだけで、私自身が、この姿に成長することはないけれど」
 
 年齢だけでいくなら、それはもう老齢の女性にならないとなのかもだけれど、せっかくだし、サンジェが二十代に見えるから、それより少し年下位の年齢にしてみた。
 
 …………。 
 ……………………あら? 
 …………どうしたのかしら?
 
 なんか私を見たまま固まって、動かないけれど。
 
「サンジェ? どうかしたの?」
 
「え、あ……うん、ちょっと待って」
 
 サンジェは額に手を当てながら、天を向いて動かない。
 ……この姿、何か変だったかしら。
 そりゃ、髪型はおかっぱ頭のままだから、もしかしたら、姿の割に幼い髪型でチグハグかもしれないけれど。着物も姿に合わせて大きくなってはいるけど、赤い着物に黒い帯を兵児帯へこおびで結んでるだけだしね。
 
「変だったかしら?」
「いや、そうじゃないよ、そうじゃないんだ」
 
 私の言葉に返してから、一度大きくスーハーとサンジェは深呼吸をしてから、もう一度大きく、ハーーっと息を吐いた。
 
「反則だよそれは……。最後に大きな一撃をありがとう」
「??? えっと……どういたしまして??」
 
 反応からして、悪くはなかったのかしら。
 そう思って反応を待っていると、サンジェがスっと私の右手を取った。
 
「うん、確かに立派なレディーだ。それなら、私もきちんとレディーに対する挨拶をしないとね」
 
 え? 
 挨拶?
 
「私を助けてくれた素敵なレディーに、感謝と敬愛を込めて」
 
 何を言われてるのかしらと思ってる間に、サンジェは私の手の甲に、チュッと音を立てて唇を落とした。
 
 
 !?!?!?!?
 
 
 突然手の甲への口付けに、私は一気に顔が真っ赤になり、離れようとしたけれど、思ったよりも手をしっかり握られてて離れる事が出来ない。
 
「な、ななななななななにをするの!?」
 
 動揺のあまり、思いっきり吃ってしまうけれど、そんな事を気にする余裕は無いし、サンジェも笑みを浮かべたままだ。
 
「私の国ではね、女性には、こうして挨拶をするんだよ」
「あ、あぁ挨拶、挨拶なのね。何だビックリしたわ」
 
 な、なんだ。外国では、こういう口付けを普通にするのね……。
 慣れてないから、焦ったわ。
 
 私がホッと息をつくのと同時に、サンジェはそのまま今度は耳元に口を寄せてきて、
 
 
「普通は口を付けるフリだけだけどね。
 手の甲とは言え、口を付けるのは、本当に好きな人にしかしないよ?」 
 
 吐息を吹き掛けるかの様に耳元で囁いてきた。
 
「きゃっ!」
 
 耳元で囁かれてゾワリと肌が泡立ち、思わず声を上げてしまう。
 
 ちょ……!
 私の反応に満足したのか、サンジェはようやっと手を離してくれた。
 
「な、何するの……!」
「何って、私からの告白だけれど?」
「こ……!? だ、なっ……!」
 
 告白!?
 な、なんで座敷童子の私に!?
 
「嫌だった?」
「嫌って言うか……!」
 
 血液が沸騰したかの様に、風邪でも引いたかの様に、体が物凄い熱くなる。
 頬を両手で押さえながら、嫌かどうか考えるけれど。
 
「……えっと……嫌じゃ……ない気はする。どうしてか、わから、ない……けれど」
「うん、ありがとう。それだけ聞ければ今は充分だよ」
 
 何が充分なの?
 
「だから、また会おうね。助けが必要じゃなくてもさ、また会おうよ」
「……会えるか分からないじゃない。貴方は人間なのよ? 妖怪の私と違ってあと数十年もすれば死んじゃうし」
「うーん……多分それは大丈夫な気はするんだよね」
「え?」
 
 それはどう言う事?
 私が意味が分からないでいると、サンジェは山を降りる為に、クルリと私に背を向けた。
 
「じゃ、またね。愛しの座敷童子ちゃん」
 
「え、ちょ、ちょっと待って……!」
 
 私は真っ赤なまま、暫く動けないままだったけど、サンジェが山を降りてここから去る事に、何か分からないけれど、それでも何か言いたい気持ちが募って、慌てて後を追い掛けた。けれど、もうサンジェの姿はどこにも見当たらなかった。
 
 
 
 
 その後、私はサンジェと再会する事なく、存在が無くなってしまい、そして今の世界に人間として生まれ変わったのだった──。
 
 
 
 
 *˖⁺─────────⁺˖*
 
 そうだったわ、座敷童子の時の記憶が一気に思い出されて、私は意識を今に戻す様に、強く何度も瞬きをした。
 
「思い出した、思い出したわ……。だから命の恩人って言ってたのね」
 
 私の言葉に嬉しそうに笑うと、思い出してくれたんだねと、優しく私をギュッと抱き締めてきた。











*˖⁺𖧷────𖧷────𖧷⁺˖*

二人の出会いの話の回。
薬飲ませる時に大人の姿になれば、もう少し楽だったんですが、大人の姿になる事なんて基本ないので、そのまま座敷童子の姿で飲ませてました。

読んで頂き、ありがとうございます(❁ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾

少しでも続きが気になるとか面白いなと思えましたら、ポイント☆やブックマーク、感想などあると嬉しいです。

8話は、18時に更新になります。
続きもどうぞ、よろしくお願いします(*ˊᗜˋ)

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