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日々是平穏

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 宿の一室を無償で貸してくれるとの申し出。これがビックリなことに、食事付きだった。

 い、いいんだろうか……?
 さすがに申し訳ないから、薪割りや皿洗い位はと申し出たんだが、店主のウドさんは頑として、首を縦に振らない。

「街を、俺の家族を助けてくれた人に、そんな事はさせられませんよ! 俺からの恩返しと思って、受けてください!」

 そう言ってウドさんは、爽やかに笑った。

 あまり強く断るのも失礼だなと思い、申し出を俺は有難く受ける事にしたが……。なんて言うか、この街はいい人間が多いな。





 そんな風にして、街へ滞在するようになって3日目。

 俺は、今日からリーゼロッテに魔法を、ヴェルナーに剣を教えている。
 ……んだが。

「ハァッ、ハッ……、……おれ、も、たいりょ……くが……」
「私も、覚える、量が……ハエレさん、思ってたよりも……スパルタ……」

 ……しまった、キツすぎたか?
 
 2人の稽古を終えてから、3人で、一旦俺の部屋(宿の一室)に戻ったは良いが、そこで体力の限界とばかりに、ヴェルナーが汗だくのまま、バタリと床に突っ伏した。
 リーゼロッテもまた、ペタリと床に座り込んで、膝の上に置いた魔法書に頭を沈めてる。

 まだ幼い子供だしと、緩くしてるつもりだったけど、ダメか。うーん、加減が難しい。
 回復魔法を掛けてやると、体力がやっと落ち着いたのか、フゥと2人とも大きく息を零した。
 ……そんなにキツかったのか。

 そう言えば父にも昔「お前の教え方が厳しいと、魔王様から苦情が来てるぞ。お前は何気に、指導がハードモードになりがちなんだから、気をつけなさい。はははは」とか、言われたっけな。魔王様トゥルトには、貴方が俺にしてきた教え方を、そのままなぞっただけなんですが……。

 とは言え、2人には、そこまでの指導はしてないんだけれど。

「すまない、ちょっとキツすぎたな。明日からは、もう少し控えめにして行くから」

 ヴェルナーにはレモン水を、リーゼロッテには少し甘みのある飲み物を出してやる。2人とも出された飲み物を一気に飲み干すと、俺の話には、首をブンブンと横に振って「今のままでいいから!」との返事が返ってきた。その反応は、予想通りと言えばそうなんだが。

「だが、無理しすぎて、体を酷使しすぎても良くないだろ? 俺も2人を見て、やりすぎてしまったなと思うし、もう少し緩くても、問題ないと思うんだ」

 2人とも、今日の事を思い返しているのか、言葉が詰まっている。
 まだまだ育ち盛りの2人だ。酷使しすぎても、返って体を壊しかねない。俺も、改めて気を付けて見てやらないと。

「うー……」
「で、でも……」

 素直に頷きたくないけれど、でも、もう少し控えめがいいなと言う気持ちもあるのだろう。答えが上手く出せてないようだ。

「……そうだな。俺が、2人に無茶をさせたくないからというのもあるんだ。だから、明日からは控え目にして行っても、構わないか?」

 まだ床に座ったままの2人の視線に合わせて、俺も片膝を付き、やんわりと、俺がそうしたいからだと言ってみる。

「そ、それなら……ハエレさんが、そう仰るなら……その、助かりますし……」
「うん、ハエレさんが言うなら、仕方ないし。俺は今日と同じでもいいんだけど! でもハエレさんが言うならね、そうしてやらないとね!」

 リーゼロッテはまだ素直な部分もあるけれど、ヴェルナーは男の子だからか、その辺り、やや強気になってしまうようだな。
 腕を組んで強がる姿が、逆に可愛く見えるが、まあ、そこは黙っておいてやろう。

「そしたら、2人はもう、帰らないといけない時間じゃないか? あまり遅いと、シスターが心配するぞ」

 窓から見る景色は、外は既に日が落ちて来て、辺りはだいぶ薄暗くなって来ていた。

「あ、いけない!」
「シスター、帰るの遅いと怖いんだよな! それじゃハエレさん、また明日!」
「あぁ、また明日」

 バタバタと孤児院へ帰る2人を、俺は手を振りながら見送った。
 うん、明日からは、もう少し2人に合わせた勉強にしてやらないとな。帰る時間も考えて、切り上げる時間の見極めも、しっかりしないとだ。
 
 明日の事をとも思ったが、懐中時計で時刻を確認すると、宿の夕食の時間になっていた。それはまた、食べてからだな。

 俺は一旦ウドさんの夕食を食べに、部屋を後にした。




 夕食後、俺は部屋で、明日の事に付いて考えつつも、こまめに時間も確認していた。

 部屋の窓から、空を見上げる。
 雲ひとつ無い空だが、今夜は新月だからか、暗く感じる。

「……うん、そろそろ時間かな」

 昨日、俺に一通の手紙が届いた。

 それは無記名とかではなく、きちんと差出人の名前も書かれているし、なんなら、俺も知ってる相手だった。
 差出人名を見て、初めてその人間の名前を知ったが、手紙を出して来た事にも、呼び出してきた理由にも想像がつくから、別段驚く事もなかったが。

 手紙には、今日会って話がしたいからと、指定の場所と時間が書かれていたので、そろそろ行かなくてはならない。
 
 部屋を出て、階段を降りると、1階ではウドさんが、コトコトと煮込み料理を作っていた。

「ウドさん、ちょっと散歩してきます。そちらの仕込みは、明日の朝食のですか?」
「あぁ、行ってらっしゃい。明日の朝は、この煮込んだ魚介類のスープだよ」
「それは美味しそうですね。朝を、楽しみにしています」

 彼の作る料理は美味しいので、最近、食事が待ち遠しい位だ。ウドさんのいれるコーヒーは苦くて、むせるけど。
 厨房を手伝ってる、ウドさんの奥さんと娘さんにも会釈をしながら、俺は宿の扉を開けた。

 まだ滞在して数日ではあるけれども、だいぶ街には慣れては来た気がする。
 時折、すれ違う住民に、軽く挨拶をしながら、俺は街外れにある、小さな雑木林の前に来た。
 この時間、ここはあまり人が来ないから、話をしやすそうだ。
 いい場所を指定している。


 そのまま暫く待っていると、ゆっくりこっちに近付いてくる人影に気が付き、俺はそのまま静かに振り向き、軽く笑う。

「こんばんは。いい新月の夜ですね」
「っ、えぇ、そうですね」
「わざわざ、今日、俺を手紙で呼び出したのは、新月だとは力を大きく振るえない、という言い伝えを知ってるからですか?」
「っ……」
「俺は、別に新月でなくても、何もしませんが。用心深いのはいい事だと思いますよ、シスター」

 そこには、俺を手紙で呼び出した人間、孤児院でヴェルナー達を世話をしている、シスターの姿があった。
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