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21.本当の理由①
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家に帰るなり突然抱き締められて、様子がおかしい慶弥さんから、今日は休日出勤に行った訳ではないと打ち明けられて少しだけ驚いた。
そしてリビングのソファーに並んで座って、彼がポツポツと話し始めた複雑な話を聞いて、私はどう答えるべきなのか言葉を失った。
「どんな事情があれ、瑞穂に隠れて別の女性に会いに行ってたのは事実だから、本当にごめん」
「いや、そんな謝んないでよ」
「謝って済む話じゃないよね」
「いや済むよ。ちょっと落ち着こう? あ、コーヒー淹れるから少し待って」
咄嗟に立ち上がると、キッチンに移動してケトルでお湯を沸かす。
慶弥さんが結婚や恋愛に向き合ってこなかったのは、話してくれた事情を抱えていたからなのだと、ようやくしっくりくる理由に辿り着いて、どこか妙に納得してしまう。
「熱いから気を付けてね」
「ありがとう」
改めて隣に腰を下ろすと、どんな言葉を掛けるべきなのか分からなくて、コトンと頭を肩に預けてもたれかかる。
私には慶弥さんの気持ちも分かるし、舞美さんのやり場のないもどかしさも理解出来る。だからどちらが悪いとか、正しいなんてことを軽々しく言うことは出来ない。
「俺は、どうするのが正解だったのかな」
「なにが正解かは分からないけど、今日一つの答えが出たんだよ」
「そうなのかな」
「そうなんだと思うよ」
舞美さんが心の奥でなにを望んでいるのかは分からないけど、彼女は彼女なりに区切りをつけ、ようやく呪縛のようなものから解き放たれたんだろう。
他人の私がどうこう判断出来るものではないけれど、慶弥さんの話を聞く限り、舞美さんはもう、かなり前から解放されたかったんじゃないだろうか。
苦しむのも苦しめるのも、終わりがないことへの執着に疲れてしまったのかもしれない。
「彼女にとっての俺は、どうしようもない怒りの矛先だったんだよね。こんなことを瑞穂に言うのはおかしいけど、男女の関係を迫られた方が、まだ楽だった」
「そっか」
「本当ごめん。俺なに言ってんだろうね」
「おかしなことは、言ってないんじゃないかな」
慶弥さんのせいじゃないなんて言葉をかけるのは簡単だけど、そんな言葉でこの話は片付けることが出来ない。
慶弥さんの軽率な判断で一人の命が失われたのは事実で、それだけじゃなくて、一つの幸せな家庭が壊れてしまった。
最愛の人を失って、生まれたばかりの子どもを抱え、絶望の中を生きるしかなかった舞美さんが、慶弥さんの罪を知って許せなかった気持ちは分からなくもない。
「そういえば、その当時の彼女さんはどうしたの? 支えてくれなかったの」
「事実を知ってしまったら、俺より彼女の方が精神的にまいっちゃってね。俺のことをめちゃくちゃ責めたよ。私はなにも頼んでない、悪くないのにって」
「そうだったんだね」
「仕事も辞めて地元に帰って、二年後くらいかな、そのまま向こうで結婚したって聞いて、どこかホッとした」
「もう連絡は取り合ってないの」
「まさか。やっと静かな生活を手に入れたのに、それを掻き回すことなんか出来ないよ。舞美さんの憎しみは彼女にも向いてたしね」
「そっか。どんなに違うって言い聞かせたところで、自分のせいだって思っちゃう話だもんね」
少し冷めて飲みやすくなったコーヒーを口に含むと、爽やかな酸味が華やいだ香りを生む。
「この豆、買って正解だったね」
少し強引にでも話題を変えようと、コーヒーの話をして笑いかけてみるけれど、慶弥さんは沈んだ表情のままだ。
「瑞穂、正直な気持ちを聞いてもいいかな」
「なんのこと」
「俺は間接的にでも、人の死に関わってる。それをどう思う」
「どうって、仕方ないとしか言えないかな」
「仕方ないって……」
そしてリビングのソファーに並んで座って、彼がポツポツと話し始めた複雑な話を聞いて、私はどう答えるべきなのか言葉を失った。
「どんな事情があれ、瑞穂に隠れて別の女性に会いに行ってたのは事実だから、本当にごめん」
「いや、そんな謝んないでよ」
「謝って済む話じゃないよね」
「いや済むよ。ちょっと落ち着こう? あ、コーヒー淹れるから少し待って」
咄嗟に立ち上がると、キッチンに移動してケトルでお湯を沸かす。
慶弥さんが結婚や恋愛に向き合ってこなかったのは、話してくれた事情を抱えていたからなのだと、ようやくしっくりくる理由に辿り着いて、どこか妙に納得してしまう。
「熱いから気を付けてね」
「ありがとう」
改めて隣に腰を下ろすと、どんな言葉を掛けるべきなのか分からなくて、コトンと頭を肩に預けてもたれかかる。
私には慶弥さんの気持ちも分かるし、舞美さんのやり場のないもどかしさも理解出来る。だからどちらが悪いとか、正しいなんてことを軽々しく言うことは出来ない。
「俺は、どうするのが正解だったのかな」
「なにが正解かは分からないけど、今日一つの答えが出たんだよ」
「そうなのかな」
「そうなんだと思うよ」
舞美さんが心の奥でなにを望んでいるのかは分からないけど、彼女は彼女なりに区切りをつけ、ようやく呪縛のようなものから解き放たれたんだろう。
他人の私がどうこう判断出来るものではないけれど、慶弥さんの話を聞く限り、舞美さんはもう、かなり前から解放されたかったんじゃないだろうか。
苦しむのも苦しめるのも、終わりがないことへの執着に疲れてしまったのかもしれない。
「彼女にとっての俺は、どうしようもない怒りの矛先だったんだよね。こんなことを瑞穂に言うのはおかしいけど、男女の関係を迫られた方が、まだ楽だった」
「そっか」
「本当ごめん。俺なに言ってんだろうね」
「おかしなことは、言ってないんじゃないかな」
慶弥さんのせいじゃないなんて言葉をかけるのは簡単だけど、そんな言葉でこの話は片付けることが出来ない。
慶弥さんの軽率な判断で一人の命が失われたのは事実で、それだけじゃなくて、一つの幸せな家庭が壊れてしまった。
最愛の人を失って、生まれたばかりの子どもを抱え、絶望の中を生きるしかなかった舞美さんが、慶弥さんの罪を知って許せなかった気持ちは分からなくもない。
「そういえば、その当時の彼女さんはどうしたの? 支えてくれなかったの」
「事実を知ってしまったら、俺より彼女の方が精神的にまいっちゃってね。俺のことをめちゃくちゃ責めたよ。私はなにも頼んでない、悪くないのにって」
「そうだったんだね」
「仕事も辞めて地元に帰って、二年後くらいかな、そのまま向こうで結婚したって聞いて、どこかホッとした」
「もう連絡は取り合ってないの」
「まさか。やっと静かな生活を手に入れたのに、それを掻き回すことなんか出来ないよ。舞美さんの憎しみは彼女にも向いてたしね」
「そっか。どんなに違うって言い聞かせたところで、自分のせいだって思っちゃう話だもんね」
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「どうって、仕方ないとしか言えないかな」
「仕方ないって……」
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