クレイジー&クレイジー

柚木ハルカ

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25.来訪者

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 しばらくしても、まだチャイムは鳴っている。だがいつまで続くのかと気にしているうちに、だいぶ慣れてきた。むしろ、出た方が良いのかと思い直す。もしかしたら相手は神崎、あるいは神崎に頼まれた人ではないかという気がしてきたから。

 だって間隔の長さが、まるでこちらを気遣っているように感じられるのだ。何も知らない人間なら、こんなふうには鳴らしてこない。

「…………」

 もう一度ピンポーンと鳴った時、意を決して身体を起こした。止まらない音に脅えるくらいなら、確認した方が良い。

 床に落としていた毛布で身体をくるみ、寝室を出て、そっと玄関を窺った。型板ガラスの向こうには、ぼんやりと黒いものが映っている。そもそもこういう高級住宅だと、玄関前まで入ってこれないイメージがあるんだが、どうだろう? あとカメラ付きインターホンとかもあるかもしれないけど、ボロアパートに住んでいた俺には、よくわからない。

 玄関に近づくと、自動で照明が付いた。サンダルが置いてあったので、それを履いてから、息を潜めてドアスコープを覗いてみる。

 男だ。そんなに怖そうな雰囲気はしていない。腕時計を見たり、顔を上げたりして、出てくるのを待っている。すでに15分くらい経っているのに帰らないということは、やはり神崎から何か言われている可能性が高い。

 毛布の前をしっかり握り身体を隠してから、鍵を開けて、ドアノブを……ええと、回すタイプじゃないな。あ、押せば良いのか。上手くいかなくて何度か試して、ようやく開けることが出来た。
 そうして顔が見えるくらいまで開けると、声を掛けられる。

「こんにちは。神崎さんから森本さんへ、お届け物です。注文していた品物が出来たそうです」

 ドアの隙間から薄い長方形の箱を差し出されたので、受け取った。包装されていないけど、なんだろう。

「あとこの紙の……ここ。わかりますか? この欄に、貴方の名前をお書いてください」

 次に隙間から紙を渡され、指で示されたあと、ボールペンも渡される。
 ペンを持つのは、とても久しぶりだ。たぶん1年振りくらい。ギャンブルで生きている人間に、文字を書く機会なんてほとんど無い。

 ペンを見て止まっていたからか、ドア越しの男が、隙間からまた話しかけてきた。

「焦らなくて良いですよ。あと傍に靴棚があれば、その上に紙を置いてからの方が、書きやすいと思います」

 やたら親身にアドバイスしてくる言葉に頷いてから、靴棚に紙を置いた。ちゃんとペンを持ってみる。久しぶりだが問題無さそうなので、さっそく書いた。森本弘樹。あまり上手くないが、こんなものだろう。

 名前を書いたら、その紙を男に渡す。彼は確認すると、軽く頭を下げてきた。

「ありがとうございました。その品物は、すぐに開けるようにとの言伝です。それでは」

 用件が終わると離れていったので、ドアを閉めて、きちんと鍵を掛ける。
 1人になると、はぁと溜息が漏れた。どっと疲れて、冷たい玄関にズルズルとへたり込んでしまう。

 神崎以外の人間から話しかけられるなんて、久しぶりだった。玄関に出るまでは恐怖を感じていたが、実際にはなんの問題も無くてホッとしている。むしろいつの間にか、対人恐怖症になっていたことに驚いている。それくらい、俺の精神はおかしくなっていたらしい。

 俺を狂わせたのは、神崎である。だが玄関を開けさせたのも神崎だった。この小箱は、神崎から俺宛だと、ハッキリ言われたから。それに家にいる俺がどういう状態かわかっていたから、裸に毛布姿であっても、頷くだけでも訝しんでこなかった。ついでにペンを持って止まっていたら、親切に声まで掛けてくれた。

 ……どうして、神崎はそんなことをさせた?

 わからないが、とにかく部屋に戻ろうと立つ。そして靴棚に置いたままの小箱を掴んだ。

「……すぐに開けるように、か」

 ふと、予感がした。この中身を見たら、今とは何かが変わるんじゃないかと。

 魅入らされたように、その箱をじっと見つめる。包装していないどころか、ブランド名も書かれていない箱。そっと蓋を開けてみると、折りたたまれた紙と、アクセサリーが入っていた。

 ネックレスである。銀のプレートには不思議な模様が刻まれていて、小さな宝石も嵌め込まれている。チェーンタイプだけど、なんの金属かはわからない。

 プレートの表面に触れてみた。なんの模様かわからないけど、何か意味があるのだろうか? それに、裏にも凹みがある。見てみれば、『Hiroki』と名前が刻まれていた。

 ああそういえば、前に言っていたな。チョーカーを外した時に、今度はチタンか何かにしよう、みたいなこと。そうか、あの時の言葉を律儀に守ってくれたのか。チョーカーじゃなくてネックレスにしたのは、首が痒くならないようにという配慮だろうか? とにかく格好良いアクセサリーである。

 次に一緒に入っていた紙も見てみる。書かれていた内容をじっと見つめていると、ふと、あることに気付いた。

 ――いつから、手錠をされていない?

 多分、今日じゃない。もっと前だ。いつからかは不明だが、俺はとっくにここから出られるようになっていたらしい。ああそうか。それを気付かせる為に、玄関を開けさせたんだな。

 どうして監禁していた神崎自身が、そんなことをしてくれるのか。……わからなかっただろう。きっと、彼という人間をきちんと知らなかった頃は。彼の本質が見えていなかった時は。

 だが今ならわかる。俺は最初から間違っていたんだと。自分の潜在意識が、固定観念に囚われていた。抵抗しなければならないと必死になりながら、実際は勝手に神崎慧という天才に脅えていただけ。

「……っ、……」

 胸が痛くなったのは、後悔からか、懺悔からか。自分があまりにも愚かだったことに気付いたからか。どれにしろ、このままじゃ駄目なことだけはわかる。

「出なきゃ。とにかくここから出なきゃ、何も始まらねぇ」
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