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 横になっていたせいで髪は乱れているし、肌も荒れている。顔も浮腫んでいる。最悪のコンディションだ。それに、もしかしたら臭うのでは。慌てて両手を前に突き出して、叫んだ。

「待って!」
「……どうした?」

 ぴたりと立ち止まって首を傾げる彼。

「わたし、お風呂とか入ってなくて……汚い……」
「…………」

 それを聞いて、彼ははぁと大きくため息を漏らした。エルヴィアナの制止も聞かず、こっちにやって来てベッドの脇に腰を下ろして、抱き締めてきた。

「やだっ、離しなさいよ馬鹿っ!」

 彼の腕の中で身動ぎしていると、耳元でこう囁かれる。

「エリィは綺麗だ。大好きだ」
「…………」

 抵抗していた力が抜けてしまった。どうせ、この人には敵わないから、観念するしかないと。
 彼の腕に抱かれながら、胸元に頬をわずかに擦り寄せた。触れているだけで安心する。不安や恐怖も溶けてなくなるような感じ。

 彼はそっと離れ、椅子を他所から引っ張ってきて寝台の近くに座り直し、「体調はどうか」と聞いてきた。本当はだるくて気分が悪いが。心配をかけたくなかったので、大丈夫だと嘘をついた。しかし――。

「嘘はつくな」
「え……」
「心配をかけたくなくて嘘をついただろう」

 まさか彼に見抜かれてしまうとは。クラウスは人の感情の機微に疎く、今まではエルヴィアナの嘘に気づくことなんてなかったのに。

「どうして分かったのかって顔をしているな。……分かるさ。ここ最近はずっと君と過ごしていたからな」

 確かに、魅了魔法をクラウスにかけてから、ずっと一緒にいる気がする。傍で過ごしていれば、僅かな変化にも聡くなるものなのかもしれない。

「ゆっくり休め。何かあれば人を呼ぶといい」

 気を利かせて部屋を出て行こうとする彼を、咄嗟に引き留める。服を掴まれたクラウスが、驚いてこちらを振り返る。

「行かないで」
「……エリィ?」
「……もう少しだけ、傍にいてって言ってるの」

 最後の方はほとんど消え入りそうな声だった。勇気を振り絞って伝えてみれば、彼は愛おしいものを見るように目を細めた。

「君が望むなら、いつまででも」

 クラウスはくすと笑い、「エリィ」と呟いた。名前を呼ぶ甘い声が鼓膜を揺らし、胸が高鳴った。

 それからクラウスと、取るに足らない話しをした。今までは一緒に話すような機会が少なかったが、離れていた時間を埋め合うように、最近は沢山言葉を交わすようになった。クラウスは生真面目で堅い人なので、特別話が面白い訳ではない。でも、ただ傍にいてくれるだけで不思議と安らぐのだ。

「わたしね、クラウス様と一緒にいると、とても安心する。凄く幸せな気分になる」
「……」

 彼は口元を手で覆いながら、頬を赤くして目を逸らした。

「どうしたの?」
「今日はやけに素直だな。急に素直になられると、反応に困る。あまりに可愛すぎて」
「わたしはいつだって素直よ」
「嘘をつくな」
「嘘じゃないもの」

 呆れたようにため息を吐きながら俯いたクラウス。その彼のつむじを、つんと指で押した。

「おい、何して……」

 つむじを押されて顔が上げられなくなっている。エルヴィアナは彼の頭上から話しかけた。

「その可愛いの言葉は本心? それとも、魅了魔法をかけられているせい?」

 正直、今もよく分からない。クラウスからは魅了魔法にかかる前から惚れていたと打ち明けられた。元々好きだったから魅了魔法がかかっても大きな変化がなく、理性を保てているというのも、理屈としては納得できる。でも、エルヴィアナをとろとろに甘やかす言葉が、彼の本心だと信じきれていない。魅了魔法に言わされているだけかもしれないから。

 クラウスは強制的に下を向かされた状態で続けた。

「ずっと可愛いと思ってきた。どこにいても、誰といてもいつも君のことが頭から離れなくて……別の男に笑いかける君を見る度、胸が苦しくなった。俺は君に恋焦がれている。たとえ君がどうしようもない悪女になっても、きっと変わらない。今の俺の言葉は――」

 彼はエルヴィアナの腕を掴んで頭から離させ、おもむろに顔を上げた。つつじ色の美しい双眸に射抜かれて、どきっと胸が音を立てる。

「魅了魔法によって引き出された――俺の本心だ。これからは魔法に頼らずとも、恐れずに君に本心を伝えていこうと思っている。ちゃんと聞いてくれるか?」

 彼もエルヴィアナと同じだったのだろうか。嫌われるのが怖くて、好きだからこそ臆病になって、胸にしまい込んだだ気持ちが沢山あったのかもしれない。
 エルヴィアナはこくんと頷いた。

「ところで……王女様は、どうなったの?」
「…………」

 意識を失う前、王女があの魔獣を所持していることが発覚した。彼女には魅了魔法の呪いのことを打ち明けているので、その上で何も言わなかったということは、エルヴィアナが呪いに蝕まれて死ぬことを望んでいたということ。

 ルイスが渾身の演技でカマをかけなければ、魔獣の所有が明らかになることもなかったと思うとぞっとする。

(誰が悪女なのか分からなくなるわね)

 クラウスに岡惚れしていて、彼を手に入れるために二人を翻弄してきたのだとしたら、相当な策士だ。

「……それが、その……。実は大変なことになっているんだ」

 クラウスの表情はいつになく深刻で。

「魔獣を引き渡すのを渋っているということ?」
「違う。そうではなく……」

 なぜか歯切れが悪く、言うのをためらっている様子。
 エルヴィアナが首を傾げていると、彼はこの三日間の出来事を話してくれた。聞かされた内容にエルヴィアナは絶句した。

「そんな……」
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