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しおりを挟むそして、施術の当日を迎えた。
「それでは、治療を始めます」
「「はい」」
寝台に寝かせたティナミアにアステラが手をかざし、詠唱を開始していく。いくつもの緻密な魔法陣が展開し、ティナミアが光に包まれた。
(やっぱり、すごいな)
隣で治療の補助をしながら、エミリーは彼の素晴らしい魔術に心を奪われるのだった。
◇◇◇
無事にヘリオス魔術は成功した。
ティナミアの体調は日を追うごとに回復していき、ヘリオス魔術の副反応も全く見られなかった。
「感謝してもしきれませんわ。本当にありがとうございます……!」
病室の寝台で半身を起こしたティナミアが、エミリーに礼を言う。
「王女様が頑張ってきたことに比べれば、私がしたことなんてほんの些細なことですよ。それに私は、ただの助手ですし」
「それでも、エミリーさんがわたくしの力になってくださったのは事実ですから。あなたの言葉がなければ、治療を受ける決心もできなかったかもしれませんわ」
そう言ってティナミアは、貸していたエミリーの治療経過記録を引き出しから出した。
「あなたが病気を克服してくださったから、その前例が、勇気をくれましたの」
エミリーは病気になったことも、治療を受けたことも覚えていないため、曖昧に微笑むことしかできなかった。
「これで、リノさんに心配をかけずに済みますわ」
そのとき、彼女の表情に憂いが乗った気がした。エミリーはふと尋ねる。
「リノとは、どう出会ったんですか?」
「初めて出会ったのは、騎士団の見学に伺ったときでした。わたくしが落としたハンカチを拾ってくださったの」
リノと出会ったときのことを、懐かしそうに語る彼女。
「その後、近衛騎士をお願いしたのですが、最初は断られましたの」
「えっ、そうだったんですか!?」
王族の護衛を務めることは、本来、騎士にとってこの上なく名誉なことだ。それを断わってしまうなんて、リノらしいというかなんというか。彼は世間的な名誉にあまり頓着しないタイプだ。
「ですが、何度かお会いするうちに、病気がちで友達もいないわたくしを哀れんでくださったのかしら。やがて引き受けてくださったの。それからは、あの人のおかげで寂しさを感じなくなりましたわ」
リノは近衛騎士として、ティナミアに忠義を尽くしていた。引きこもりがちだった彼女を外に連れ出し、沢山の経験を一緒にした。
「きっとリノは、同情だけで近衛騎士になったんじゃないと思います。関わる相手を見極める人ですから」
「そうだと……嬉しいですわ。リノさんの話の中には、いつもあなたがいました。エミリーさんのことを話すとき、いつも楽しそうで……。どんな方なんだろうとずっと気になっておりました」
「私も色々お話を聞いて、王女様にお会いしてみたいと思っていました」
「わたくしも。……エミリーさんはリノさんの『大好きな人』ですから」
すると、ティナミアは一拍置いて言った。
「明日、リノさんと植物園に行かれるのでしょう?」
「えっと……王女様が入院なさっているのにで自分だけ遊ぶ訳にはいかないって、断られました」
「行ってください。どうか、リノさんの思いに向き合って差し上げて」
「王女様……」
「わたくしにとって一番の幸せは、リノさんが一番好きなお相手と幸せになることです」
ティナミアはそっと、愛おしげに目を細めた。
(王女様のためにも、ちゃんとケリをつけなきゃ)
曖昧にしたままは、リノに対してはもちろん、彼を大事に思うティナミアにも失礼だと、エミリーは静かに決意する。
「……分かりました。植物園のこと、あとでリノに相談してみます」
「ええ。わたくしからも、気にせず楽しんできてと伝えておきますわ。彼はすごく気遣い屋さんだから」
そう言って、健気に微笑むティナミアに、胸の奥が切なく締め付けられるような思いだった。
「では、私はそろそろ行きますね」
「お待ちになって」
「はい、なんですか?」
「改めて、今回はありがとう。もし何か困ったことがあったら、ぜひ、気軽にご相談ください。友達ですから」
恐れ多くて、実際に彼女を頼ることはしないかもしれないが、その気持ちだけでありがたかった。
「分かりました。ありがとうございます」
深く頭を下げて、エミリーは退出した。
◇◇◇
エミリーが部屋を出ていったあと、ティナミアは窓の外を眺めながら思う。
(本当はね、石吐き症になった心当たりがありますの)
石吐き症は、精神的ストレスがきっかけで、魔力結晶が異常生成される魔病だ。だが、問診の際、ティナミアは石吐き症になった四ヶ月前に、「悩みはなかった」と答えていた。
リノに、知られたくなくて。
エミリーが怪我をしたあの日、リノは見たことがないほど取り乱していた。それを見たティナミアは、リノがエミリーに恋をしていると悟ってしまった。
石吐き症になった原因があるとするなら、恋煩いだ。
ティナミアはずっと、リノが好きだった。
(愚かよね。身体に障るとしてもわたくしは、あの方と離れたくなかった)
ずっと、エミリーに嫉妬していた。リノと幼馴染で、ティナミアの知らない彼のことを沢山知っていて、身分差を気にすることなく接することもできる。
エミリーに会ってみたかったのは、死ぬ前に、リノが心惹かれた相手がどんな女性なのかこの目で確かめたかったからだ。
もし傲慢で性格の悪い人だったら、まだ自分の入る隙があるのではと思っていたが、エミリーは優しくてひたむきで、優秀で、彼が好きになるのは当然だと思った。
ティナミアではとても、敵わないと悟った。けれどこうして命を救ってもらい、憎む気持ちはこれっぽっちもない。
「あなたが羨ましいですわ。……エミリーさん」
そのとき、窓から吹き込んだ風がティナミアの長い髪を揺らした。
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