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二章

〈52〉弾丸令嬢が綴る新たなストーリー (最終話)

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「良かった……。ありがとう、アリーシャ……」

 ロベリアは人目もはばからず、アリーシャに泣き縋った。

「ロベリア様!?   一体どうしたというのです……?」

 泣きじゃくるロベリアを唖然と見下ろすアリーシャ。

 小説『瑠璃色の妃』において、卒業式典を迎えたアリーシャは正気ではなかった。しかし、今目の前にいる彼女は、自分を失っていない。それどころか、前よりずっと生き生きとした雰囲気がしている。

 ロベリアはこれ以上アリーシャを当惑させないよう、手で乱雑に目を擦りながら立ち上がった。

「ごめんなさい、突然泣いたりして」
「いえ……私は構いませんが、本当に大丈夫ですか?」
「ええ」

 アリーシャはきょとんとした顔で小首を傾げた。そして、あっと何かを思い立ち、馬車へ一旦戻って小さな箱を二つ手に抱えてきた。

「ちょうど良かったです。……これ、ロベリア様とユーリ様に」
「僕たちにかい?」
「はい。お二人に渡したくて」

 ロベリアとユーリは顔を見合わせる。全く見当もつかないが、リボンでラッピングされた包みを開いた。

「……!」

 箱の中には、ユーリとロベリアに揃いの胡蝶蘭のコサージュが入っていた。ホワイトカラーの造花が中央にあり、白と銀のタッセルが下に飾られている。

「こ、胡蝶蘭は"幸福が飛んでくる"という意味があるそうです。……私、お二人には幸せでいてほしいんです。誰かの幸せを願えたのは初めてでした。私、こんなにあったかくて優しい気持ちを抱けた自分が、嬉しいんです。本当にありがとうございます。辛いことはあるけれど……私、自分を大切にして、いつも前を向いていきます。きっと、これからも――ずっと」

 アリーシャはそう言って、混じり気のない純な喜色を湛えた。花が咲いたような満面の笑みは、ナターシャそっくりだった。

「ありがとうアリーシャ嬢。君の気持ち、ありがたく頂戴させてもらうよ」

 ユーリは優しく目を細め、コサージュをジャケットの胸に付けた。ついでに、滝のように涙を流し感激しているロベリアのコサージュを取り上げ、代わりに胸元に付けたのだった。


 ◇◇◇


 磨きぬかれた大理石の床に、彫刻が施された白造りの柱。
 繊細な輝きを放つシャンデリア。

 卒業式典後のパーティは、王太子妃の発表により盛会となった。絢爛豪華な王宮のホールで、ナターシャとマティアスは並び、皆の祝福を受けた。かつて多くの令嬢たちに妬まれ蔑まれて、気弱だった彼女はもういない。友人たちに心を励まされ、毅然とした佇まいをするようになった。

 堂々とマティアスの隣に立つ彼女はまさに、王族として相応しい気高さがあり、今や誰も彼女の粗を見つけることはできない。

 マティアスと対になる純白のドレスを身にまとった彼女は優美に微笑んでいる。

「おめでとうナターシャ。お幸せにね」
「ありがとうございます、ロベリア様。次はロベリア様の番ですよ」
「……!」

 ナターシャはロベリアの横のユーリを見つめた。

「ユリちゃん、ロベリア様のことを泣かせたら私、怒るからね!」
「はは、君の双子の片割れにも再三同じことを言われてるよ」

 ユーリは苦笑する。ナターシャたちと取るに足らない会話を交わしていると、ファンファーレ楽団の演奏が始まった。ナターシャはマティアスのエスコートで、優雅なステップを踏みながら中央で踊る。

 ロベリアは、人々の憧憬を浴びながら踊る彼らを遠くに眺めた。すると、ユーリが言った。

「ロベリアは凄いよ。希望が薄い状況から始めて、誰も不幸にならない結末に導いた。これは、元の物語とは違う、君が綴った新しいストーリーだ」
「ふふ、ストーリー改変、成功ね」
「君はよく頑張った。その甲斐甲斐しい献身を知るのが僕だけというのが、惜しいくらい」
「いいの。私は、あなたが知ってくださるだけで、充分だから」

 ユーリの声は、どこまでも優しく穏やかな声をだった。思わず、目頭が熱くなる。ロベリアは泣きそうな気持ちを抑えて、彼に告げた。

「ユーリ様。私……ユーリ様にハグしてほしいです」
「……今かい?」
「はい。今がいいです。善は急げといいますし」
「急がば回れともいうけど」
「……何よ。可愛くない」

 広間には大勢の人の目がある。しかし、ロベリアはそんなことが気にならないくらい、舞い上がっていた。普段は冷静沈着で、周りの状況を見ているユーリだが、この時ばかりは彼も――舞い上がっていたのだろう。

 ロベリアが口を曲げると、ユーリはそんな彼女を慈しむように柔らかく微笑み――両腕を広げた。

「――ほら、おいで」



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最後までお付き合いくださりありがとうございました。


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