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 家に帰り、だだっ広い長い廊下を歩いていると声を掛けられた。

「あ、お義姉様。お帰りなさい」
「……ただいま」

 鈴を転がすような甘い声の主は、妹のリリアナだ。亜麻色の髪に同色のくりっとした瞳をしていて、愛嬌がある。しかし、わがままで傲慢な性格をしている。

 彼女はつかつかとこちらに歩み寄って来た。

「ねぇ、悪足掻きは止めてさっさと諦めたら?   お義姉様なんてどこも雇ってくれないよ」
「……」
「邪魔だから修道院に入れって言ってるの。分からない?」

 気遣いなしにはっきりと告げられる。昼間はクリストハルトの前だったから猫を被っていたが、彼女は元来こういう性格だ。

「働き先は見つかったわ。ちゃんと出ていくから」
「へぇ。お義姉様を雇ってくれるなんて、世間には物好きもいるのねぇ。ま、それならいいけど」

 リリアナは無断でネラの鞄を漁り、財布をを引っ張り出して、中身を確認した。

「ふうん。結構あるのね。ねぇ、ちょっとちょうだいよ。明日友だちと遊ぶ約束なの」

 許可を取る前に、すでに抜き取っている。

(……友だち、ね)

「……その相手、深く関わらない方がいいわ。後暗い仕事をしている」
「……! また勝手に私のこと占ったわね……!」

 たまに、意思に反して透視能力が発動してしまうことがある。
 黙っていたら怒らせずに済むのに、つい口を挟んでしまう。

「本当に気をつけた方がいいわ。危ない目に遭うかもしれないから」

 リリアナは浮気をしている。元々移り気な性格でころころ恋人を替えていた彼女が、一人の元に収まるなんて無理だろうとは思っていたが。

 浮気相手は、犯罪まがいなことをして金を稼いでいる。リリアナはかなりその男に心酔しており金銭を貢いでいるようだが、その内酷い目に遭うことを予知した。

 しかし、リリアナは聞く耳を持たず、ネラのことを突き飛ばした。

「うるさいわね、余計なお世話よ。お義姉様が男に相手にされないからって、あたしのこと妬んでるんでしょ?」
「違う、私はただ心配で――」
「お義姉様には、関係ないから。ほっといて」

 そう吐き捨てて、彼女は去って行った。
 ネラは反省した。誰だって、心の奥に土足で踏み入られるのは嫌なものだ。他人に踏み入られたくない領域を勝手に覗き見た上、つい心配して口を挟んでしまった。

 散々酷い仕打ちをされたのにそれでも放っておけないのは、ネラがとことんお人好しで実直だからだ。

「……ごめんなさい、リリアナ」

 怒らせてしまったことを反省し、ぽつりと漏らした呟きは静寂に溶けた。

 私室に戻り、ソファに腰を沈めて思いに耽った。

 ネラは、もともと静かであまり笑わない娘だったので、父にも母にも可愛がられなかった。また、生まれたときから備わっていた透視能力と光る瞳のせいで、気味が悪いと疎まれてきた。

 他人のことが視えすぎてしまう能力のせいで、今までもずっと苦労してきた。遂には、目を失っただけでなく家まで追い出されてしまって。何をやってもから回るばかり。辛くて悲しくて、ソファに横たわりながら、涙を流した。
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