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 バー・ラグールで雇われ占い師になり、一ヶ月が経った。

 昔からネラの元に通っていた依頼者が、バーで働くことになったのをどこからか聞きつけてきて、予約が殺到した。
 失せ物探しから、恋愛に病、仕事の悩みまでなんでもズバリな回答を与える彼女は、またたく間に人気占い師になった。

 店主のメリアには、「あんたのおかげで売上が大幅に上がった」と喜ばれた。

 しかし、人気になるということは、それだけ厄介な客も増えるということでもある。

「私……あの人に奥さんと子どもがいるって分かっていても、諦められないの。私の恋が叶うかどうか、教えていただきたいわ」
「畏まりました。少々お待ちを」

 今は本日四人目の依頼者キャサリンの鑑定中だ。相談内容を、頭の中で反芻する。

(既婚者の子持ち男性が、自分の元に来てくれるかどうか……と。これはまた難儀な)

 実際、不倫関係や浮気の相談事がかなり多い。色々と思うところがあっても、個人の意思は介入させずに公正に鑑定するようにしている。

「では、透視を開始いたします」

 一瞬で空気が引き締まる。祈るように手を合わせ佇むネラの姿は、暗い夜に浮かぶ月のように艶麗だ。そのとき、瞳に浮かぶ金色の輪が炯々と光を放った。

 ネラの真骨頂は、カード占いでも星占いでも手相占いでもない。道具は一切用いず、その眼で全てを見透すことだ。

「結果が出ました。視えたままを率直にお伝えさせていただきますが、よろしいでしょうか」
「はい……よろしくお願いします」
「あくまで占いですので、当たるも八卦当たらぬも八卦……参考程度にお考えください」

 ネラは機械的に、視たものを口にした。

「お相手の方には、現在あなたの他に四人の不倫相手がいます。確かにあなたに愛情はありますが、奥様とお子さんを捨ててあなたを選ぶという意思は……ないようです。この恋が叶う可能性は、残念ですが限りなく低いと思われます」
「――嘘よっ!」

 キャサリンがテーブルを叩く。

「そんなの嘘よ。他に、四人の女がいるですって……? アルベルト様は、私だけを愛してるっておっしゃったもの。奥さんと話をつけて私のところに来るって……。ネラさん、あなた、不倫がいけないことだからそうやって適当なことを言っているんじゃありませんの?」

 またか、とネラは肩を竦めた。

 前置きはした。あくまで参考程度に考えてほしい、と。勝手に期待して、望み通りの答えでなかったからと責められてもたまったものではない。

 それに、適当なことを言っているのではない。アルベルトという相手の男が、全くその気がないのに結婚をほのめかし、キャサリンを遊び相手としてキープしようとしている魂胆が見え透いているのである。

「これを信じるかどうかも、今後どのようになさるか決めるのも、キャサリン様次第です」
「……」

 キャサリンは押し黙ってしまった。ネラは盲目なので、彼女が今どんな表情をしているかは見えないが、怒りの感情がひしひしと伝わる。

 ――バシャッ。

「…………っ」

 その刹那、キャサリンがグラスのカクテルをネラにぶっかけた。ぽたぽたと液体が髪の毛から滴り落ちる。

「あなた、人の心がないんじゃないの? よくもまぁひどいことが言えたものね。その能力が本物なのかも疑わしいわ。目も見えてないくせに」
「……申し訳ございません」
「何よこの詐欺師! 絶対信じないんだから!」

 彼女は捨て台詞を吐いて店を出て行った。

(初対面の相手に飲み物をかける人には、人の心があるのかしら)

 存外、ネラは根に持つタイプだ。

 ネラは、たとえ結果が良かろうと悪かろうとはっきり伝えるため、怒りを買うこともたまにある。けれど、同情して慰めの嘘を口にしてしまったら、正しい未来へ進むための判断を鈍らせてしまうだろう。

 感情に左右されずに、正直に伝えるのがネラのやり方だ。

「……詐欺師、か」

 小さく呟いた。占いに限らず、仕事をしていれば揉め事も付き物だろう。それにしてもひどい言われようだったと心の中で自嘲する。



「――俺のハンカチをお使いください。ネラさん」

 濡れた顔を袖でがしがし拭っていると、男がハンカチを差し出してきた。目が見えないネラが、ハンカチを受け取り損ねて探っていると、親切に手に握らせてくれる。

「ありがとうございます」

 男はキャサリンが座っていた椅子を引いて腰を下ろした。

「災難でしたね、さっきの」
「……平気です」

 借りたハンカチで服を拭いていると、男が言った。

「お待ちしておりました。フレイダ様、ですよね」
「正解。よく分かりましたね。今日はよろしくお願いします」
「ご無沙汰しています。こちらこそ」

 今日はなんと、フレイダの予約が入っている。道端で親切にしてもらってから、一ヶ月ぶりの再会だ。間が空いているが、彼の声は耳に残っていたのですぐ分かった。

「ご依頼内容は」

 そう尋ねると、彼が真剣な様子で言った。

「占いではなく、あなたにお会いしたくて来ました」
「え……」


「ネラさん、あなたが好きです」

 一瞬、時間が止まったような感覚がした。
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