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しおりを挟むそれからフレイダは、週に一度のペースで店に通うようになった。占い目的ではなく、ネラとたわいもない話しをするためだけにやって来た。好きな食べ物に季節、趣味の話など、本当に取るに足らない内容ばかり。
ネラにとってもフレイダと話す時間が楽しみになっていた。一生懸命楽しませようとしているところがいじらしくて。
今日は、王衛隊の部下カイセルの話を聞かせてくれていた。剣の実力は優秀だが、なかなか癖のある青年で、かなり手を焼いているようだ。
つい先日、彼は余所見をしていて団長の御御足を踏んだ上、「そんなとこに足がある方が悪い」と答えて一悶着あったらしい。
「まぁ。それで処断されたのですか?」
「団長の温情により二週間の謹慎処分で済みました。しかし部屋から十回も脱出を試み、反省文には"反省文"という文字を紙にいっぱい書いて出してくる始末で」
「ふ。それだけ腹が座っていらっしゃったら、この仕事向いていますよ」
「笑い事じゃないですよ」
すっかり話に夢中になっていたそのとき。
ぐう、とネラのお腹の音が鳴った。そういえば今日は、夕食を食べずにシフトに入ってしまったのだった。かっと顔が熱くなって俯く。
「……すみません」
「お腹が空いていらっしゃるなら、何か注文しましょうか?」
「お構いなく。……目が見えなくなってから、人前では食べないようにしているんです」
食べ物の位置を視覚で定められないせいで、うまく食べられなくなってしまったから。
普段は、メリアが作ってくれた食事を、主食も副食も全て同じお皿に盛り付けて、スプーンで探りながら食べている。手は汚れてしまうし、皿の外に零しても気づけない。とても、今までのように外で誰かと食事が取れるような状態ではないのだ。
目が見えなくなってからというもの、食事は空腹を満たすためのただの作業になっていた。以前のように、皿に盛り付けられた食事を視覚で楽しんだり味わって食べるということがなくなった。
「では、ネラさんが食べられるように俺がお手伝いする、というのはどうでしょう」
「そ、そこまでしてもらう訳には」
「気にしないでください。季節限定のスフレパンケーキが人気みたいですよ」
女性客が多い"バー・ラグール"では、季節ごとにスイーツメニューを用意している。今回のパンケーキは、メレンゲを使ったふわふわの生地に、バナナとナッツ、蜂蜜がふんだんにトッピングされているとか。
悩んでいる間も、お腹が音を立てて空腹を訴えている。断るべきだと思っていても食欲には抗えなかった。
「……お言葉に甘えて」
「はい」
彼はくすと小さく笑い、従業員を呼んで注文した。
まもなく、スフレパンケーキが運ばれてきた。フレイダはそれを一口大に切り分けて、ネラの前に出してくれた。フォークでひと切れ口に入れると、甘い生地が口の中で蕩けた。
近ごろはスイーツなんて食べていなかったので、感動してしまう。
「美味しい……」
きらきらと目を輝かせると、彼はまた頬を緩めた。
「ふふ、よかったですね」
「甘いものを食べたのは久しぶりです。ありがとうございます」
「いえ。むしろこちらこそありがとうございます」
「あの……それはどういう?」
手伝ってもらうったのはネラの方だ。お礼を言われるような覚えはない。首を傾げていると、彼は平然と答えた。
「ネラさんが美味しそうに食べていらっしゃる姿が見れて幸せの意です」
「…………」
食べている姿を観察されていると思うと、ちょっと食べにくい。
「随分と安上がりな幸せですね」
……などと言って恥ずかしさを誤魔化し、顔を逸らした。
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