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しおりを挟む当日は、よく晴れた風の心地いい日だった。
フレイダは、ネラが下宿しているバーまで馬車で迎えに来てくれた。
(どこも……おかしくないわよね?)
今日のネラは、ロイヤルブルーの流行りのレースドレスに身を包み、バッグや靴などの小物は黒で統一している。髪型のセットも施してもらい、いつもは梳かすだけで伸ばしっぱなしにしている髪を、横に編み込んでいる。
フレイダの顔が見えないので、どんな反応をしているか分からない。相当気合を入れてお洒落をしてきてしまったものの、果たして似合っているだろうか。
「この格好……変じゃないでしょうか」
「世界一素敵です。天使が空から降ってきたかと思いました」
「天使……ですか?」
「女神かもしれません。美を司る系の」
……想像を上回るべた褒めだった。
「さ、お手を」
「ありがとう……ございます」
(相変わらずスマート……)
手を差し出され、紳士的にエスコートされながら馬車に乗る。さながら貴族の護衛騎士のような洗練された所作だった。
向かい合って座り、揺れる馬車の中で会話をして時間を過ごした。
緩衝用に座面はふかふかのクッション素材でできていて、足元も毛先の長いカーペットが敷いてある。乗り心地がとてもいい。
「今日はありがとうございます」
「こちらこそ」
「オペラ、楽しみですね」
オペラの内容は、悲劇らしい。なんでも有名な劇作家の書き下ろしだそうで。
革命期の王国王女と、その奴隷の身分差の恋。革命という動乱の時代に、決して結ばれることのない身分差。ハッピーエンドで終われないことは容易に予想できる。
「実は少し涙脆くて。もしかしたら隣で泣いているかもしれないですが、気にしないでください」
「分かりました」
確かに彼は情に弱そうだ。ちなみにネラは、本や劇にあまり感情移入しないタイプ。
「ところで。ネラさんは音楽を嗜まれるそうですが、歌は歌ったりするんですか?」
「音痴なのであまり。フレイダ様は?」
「時々、料理をしながら鼻歌を歌ったりします」
(フレイダ様が、料理をしながら鼻歌……)
どっちも意外だ。侯爵家の当主ともあろう人が厨房に立つ姿も、鼻歌を歌うところもイメージがつかない。なんだかおかしくて、ふっと笑いを零す。
「意外です」
休日の息抜きに料理をするのが好きらしく、使用人たちにも振舞っているとか。いつか手料理を食べてみたい。
馬車に揺られること一時間。
商都リデューエルで最も栄えている中心都市の中央歌劇場に到着した。
乾いた空気が漂うホール。案内されたのは、二階のボックス席だった。ゆったりとくつろげるソファが真ん中にあって、サイドテーブルにワインと軽食が用意されている。貴賓用の上等席だった。
「そちらに座席がございます。段差がありますので、足元に気をつけてください」
「ありがとうございます」
馬車を下りてからも、完璧にエスコートしてくれた。席に着いてまもなく、舞台の幕が上がった。
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