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しおりを挟む彼に綺麗だなんて褒められたのは初めてだ。婚約していたときはそんな気が利いたこと、一度も言ってもらったことがないのに。彼は指で頭を搔きながら言った。
「あっ、いやごめん。急におかしなこと言ったりして。それより君、人混みが苦手だっただろう? こんなに人がいるところに来て、大丈夫なのかい? 無理してるんだろう」
それを聞いたフレイダが、「そうだったんですか?」と驚いたような反応をする。すると、クリストハルトが得意げに笑った。
「付き合いが浅いあなたは知らなくて当然でしょう。僕は彼女と付き合いが長いので、なんでも知っていますよ。彼女はエンパスなので人が多いところは駄目なんです。それなのにこんな人の多いところに連れてくるなんて何を考えているんだか……」
自分から別の女に心変わりをして婚約破棄をしておきながら今更何だ、この鬱陶しい態度は。
妙に気を遣っている様子だが、少しも心はなびかない。どうにか早く会話を切り上げる方法を考えた。
「そうだ。この後暇かい? よかったら、最近流行りのレストランに行こう。君が好きだったものをご馳走するよ」
「結構です。他の女性を誘うなんて、婚約者のリリアナに不誠実では?」
「はは、何を言うかと思えば。君は僕の義理の姉になる人だ。別の女の括りにはならないだろう」
「…………」
家を追い出しておいて、義理の姉だなんてよくもぬけぬけと言えたものだ。こんな下心丸出しで。まさか彼が、ここまで浅はかで筋の通っていない人だとは思わなかった。
(リリアナと上手くいっていないのかしら)
おおよそそんなところだろう。リリアナは婚約破棄のときは上手く猫を被っているようだったが、蓋を開ければ不誠実なただの遊び好きだ。正式に婚約者になってボロが出た可能性はある。
いずれにせよ、こっちはいい迷惑だ。
「私はボワサル家に勘当された身ですので。あなたとはなんの縁もございません。行きましょう、フレイダ様」
「ま、待ってくれ」
背を向けてその場を離れようとすると、クリストハルトに強引に腕を掴まれる。
「待てって言ってるだろう!?」
「痛っ……」
余裕のない声で呼び止められ、びっくりする。何をそこまでムキになっているのだろう。ネラが顔をしかめると、間断なくフレイダがクリストハルトの腕を上から掴んだ。
「その手を離していただけますか。彼女が嫌がっています」
「こっちの話に入ってこないでください。ネラは僕の婚約者だ」
「元、でしょう。それ以上騒げば暴行罪で検挙しますよ」
クリストハルトがふっと鼻で笑う。
「暴行罪ですって? 元婚約者に触れて何が問題なんです?」
「分かりませんか? 俺は気分次第であなたを処すだけの権限を有している、ということです」
「はっ、お巡りさんが脅しとは面白い冗談ですね」
まだ余裕そうに答えるクリストハルト。すると、フレイダは「冗談ではないんですがね……」と地を這うような声で呟く。
クリストハルトはようやく手を離した。
「……これはまた随分とネラに肩入れされているようですね。どのような関係なんです?」
「…………」
しばらく逡巡した後、とんでもない嘘を平然とつく彼。
「夫です」
「「え??」」
ネラとクリストハルトは、二人して目を見開いて驚いた。
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