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42.続 『争奪戦』は、大激戦、なのです。

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「嬉しい!パトリックとウィリアムがあたしを巡って争ってる!」 

 その時、突如聞こえた場違いなほど明るい声に、周りが思わずそちらを見た。 

 両手を胸元で組み、うっとりとパトリックさまとウィリアムを見ている激烈桃色さんは可愛い。 

 可愛いけれど、明らかに防御も攻撃もしていない。 

 こちらからの全体攻撃があるたび、どなたかが防御壁のなかへと引き入れているように見える。 

 その表情が、嬉々としてパトリックさまとウィリアムを見つめる激烈桃色さんと対照的に、物凄く渋い。 

 

 土魔法が得意、と言っていたと思うのだけれど。 

 

 教室で嬉しそうにパトリックさまに報告していた激烈桃色さんの甘い声を思い出し、私はもやもやとした気持ちになってしまった。 

 私は、激烈桃色さんみたいに可愛くない。 

 可愛くない、けれど、私だって。 

 

 『パトリックさま!とても素敵です!すごくすごく格好いいです!この目に、しかと焼き付けておきますね!』 

 って、胸元で手を組んで叫びたい。 

 ・・・似合わないのは、分かっているけれど。 

 

 いじけるように思って、私ははっと我に返った。 

 

 いけない、いけない。 

 冷静に、冷静に。 

 

「そうだよね!ウィリアムだって、本当はあたしを好きだよね!」 

 激烈桃色さんは、喜びを露わにして叫ぶ。 

 けれど、激烈桃色さんの喜ぶ声も聞こえない様子のパトリックさまとウィリアムは、互いに攻撃の手を止めることは無い。 

 そして、気にもならないのか、激烈桃色さんの方は見ることもない。 

 

 良かった。 

 防御はちゃんと出来ていた。 

 

 恋愛脳炸裂中もきちんと役目は果たしていたようで、私もパトリックさまとウィリアムの動きに合わせて移動しつつ、的確な防御を展開していてほっとする。 

「パトリック!ウィリアム!あたしはここよ!」 

「マークルさん!ふたりが争っているのは授業だからです!そして、あの激戦の原動力はローズマリー様です!馬鹿な妄想していないで、マークルさんも防御するなり攻撃するなりしてください!」 

 ぶんぶん手を大きく振って感激している激烈桃色さんの隣で、魔力尽きかけのアイビィさんが、げんなりと何かを言っているけれど、私までは聞こえない。 

 

 ここまではっきり聞こえるなんて、激烈桃色さんの叫びって凄いのね。 

 それとも、大きな魔法を使い続けたアイビィさんが、それほどに弱っている、ということかしら? 

 

 思い、私はアイビィさんが心配になったけれど、まさか今、彼女へ癒しを使うわけにはいかない。 

「はっ!」 

「くっ!」 

 パトリックさまもウィリアムも、言葉という言葉を発することなく、互いに気迫をぶつけ合うように闘い続ける。 

 正に真剣勝負。 

 びりびりとした緊張感に包まれた空気。 

 ふたり共が、全力で闘い抜こうとしていることが、身に染みてよく判る。 

 

 流石、です。 

 ふたりとも。 

 

 このふたりは、将来国の中枢を担っていくことになることが、ほぼ決定している。 

 今回のこの授業。 

 紅白戦のような今を越えて、将来は共闘するのだと思うと、私は何だか感慨深くなった。 

 

 パトリックさまもウィリアムも、悔いなく全力を出し切れますように。 

 

 祈るように思い、私も全力を尽くす。 

 それからも激闘は続き、私の一瞬の隙を突かれて、ウィリアムの右肩の肩飾りにパトリックさまの攻撃が直撃し、奪われてしまった。 

「っ!」 

 はっとしたけれど、ほぼ同時にウィリアムの攻撃がパトリックさまの左肩を直撃して、肩飾りを奪う。 

「問題無い!気にするな!ローズマリー!」 

 振り向かないままに、私へと叫ぶウィリアム。 

 そんなウィリアムに飛ぶ、パトリックさまの厳しい視線。 

 失敗は、無理矢理にでも過去として、改めて気合を入れ直す私。 

 まさに一進一退の攻防。 

 手に汗握るとはこのこと、と思う間にも攻撃が及び、魔力残量も気になり始めて、私は感傷に浸ることもできなくなった。 

 

 もう少しで、決着がつく。 

 

 実感できるだけに、身の引き締まる思いがする。 

 もはや、授業という概念はなく、ただひたすらチームの勝利を願う。 

 その意志が、私たちをひとつにしていく。 

 空気が、ひとつに纏まっていく。 

「パトリック!すっごく格好いい!あたしのために闘ってくれてありがとう!感激!」 

 そのとき、激烈桃色さんが感極まった様子でパトリックさまへと突進した。 

「なっ!?」 

 ウィリアムとの闘いに集中していたパトリックさま。 

 まさか背後から味方に突進されるとは想定外だったのか、ウィリアムとの闘いの最中で背後認識が遅れたのか、パトリックさまは激烈桃色さんを避け切れず、その突撃の衝撃で防御が完全にはがれてしまった。 

 しかも、激突された勢いのまま突き飛ばされ、他の方がかけていた全体防御の位置からも外れてしまう。 

「もらった!」 

 それが一瞬のことだったとしても、その好機を逃すウィリアムではない。 

 すべての動きが止まったような空間のなか、私はウィリアムの風の刃がパトリックさまの肩飾りへと真っすぐ飛翔するのを見た。 

 そして同時に繰り出される、その刃を弾き落とそうとするパトリックさまのチームメンバーの攻撃。 

 

 とても速い。 

 速い、けれど。 

 

「させませんっ!」 

 咄嗟に叫び、ウィリアムの風魔法を妨害する、すべての障害を打ち落とした私の魔法に呼応して、チームみんなの魔法が飛び、相手チームの攻撃を撃破する。 

 その瞬間、私たちはウィリアムの風の刃がパトリックさまの肩飾りを落とす未来を確信した。 

「くっ!!」 

 それなのに、パトリックさまは自ら地面に倒れ込み転がることで、ウィリアムの風の刃を避けてしまった。 

「っ!」 

 

 パトリックさま! 

 本当に凄いです!  

 そして、格好いいです! 

  

 地面を転がり立ち上がろうとするパトリックさま。 

 しかし体勢が整う前に、ウィリアムの風の刃が次々飛び、それを許さない。 

 それを防ごうとする、パトリックさまのチームのみなさん。 

 その攻撃を打ち消す私たち。 

 お互いに防御無しの、完全全力総攻撃。 

 ふたつのチームの魔力がぶつかり合い、打ち消し合って。 

「これで、決める!」 

 パトリックさまが体勢を無理にも整えようとしたその瞬間、ウィリアムが一際の気合を込めて、風の刃の連なりを放った。 

 まるで鎖のように連なって飛ぶ数多の刃。 

 ウィリアム、渾身の一撃。 

「ぐぅっ!」 

 呻くような声をあげたのは、パトリックさま。 

 

 パトリックさま! 

 

 無理に動いて、身体を捻ってしまったのかも知れない。 

 どこかに、身体を強く打ち付けてしまったのかも知れない。 

 

 もしものことを考えるほど、今すぐ駆け寄ってしまいたい思いが込み上げ、私はパトリックさまへと駆け出さないよう、必死に身体に力を籠め、強く奥歯を噛んだ。 

 そんな私が見たのは、ウィリアムの風の刃に弾き飛ばされた、パトリックさまの肩飾り。 

 ついさきほどまでパトリックさまの肩を彩っていたトマトの肩飾りが、ふわりと舞って地に落ちる。 

「勝った!」 

 ヘレフォードさまの叫びを皮切りに、みんなが喜びの声をあげる。 

 

 勝った。 

 私たちが。 

 

「ウィリアム。<虹色のトマト>を」 

 座り込み、呆然と自分の肩を見つめるパトリックさま。 

 その姿に心配は募るけれど、私は今、このチームのクイーン。 

 そう改めて覚悟を決めた私にウィリアムも頷き、チームみんなで<虹色のトマト>の前まで歩いた。 

「みんなの、お蔭だ」 

 呟いたウィリアムが恭しく<虹色のトマト>を手にし。 

 激闘続きだった『虹色のトマト争奪戦』は、幕を閉じた。 

 
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