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十三、深い眠りのエヴァリスト
しおりを挟む「こちらでございます」
焦る気持ちを堪えて支度を整え登城したピエレットは、すぐさま王城の一室へと案内された。
こちらは、デュルフェ公爵家が賜っているお部屋ね。
約束無しでは貴族でも入り得ない区域にある、公爵家のための部屋。
ピエレットを案内して来た侍女は、扉を開けるとゆっくりと後ろへ下がって頭を下げた。
「ありがとう」
短く言ったピエレットは、逸る気持ちを抑えるように小さく息を吐く。
「バルゲリー伯爵令嬢。こちらへどうぞ」
部屋の隅で待機する侍女に促され、小さく頷きを返したピエレットは、居間と思われるその部屋をゆっくりと歩き、奥へと進んだ。
そこは王城の一室だけあって、置かれている調度は逸品揃い、床の敷物も見事な柄と質で、普段のピエレットならば、緊張はしつつも瞳を輝かせて魅入ったに違いないのだが、今のピエレットにそのような余裕は微塵も無い。
あちらに、エヴァ様が・・・・・!
進む先に見える、寝室へと続く扉に違いない、重厚なそれを一心に見つめて、ピエレットは駆け出したい気持ちを懸命に堪えた。
ピエレットには随分長く、遠くに感じた道のりを越え、辿り着いた奥まったそこにある扉の前にも侍女が控えていて、ピエレットを見るとそっと頭を下げ扉を開けてくれる。
「ありがとう」
言いつつ、ピエレットは震える手でドレスを掴んだ。
エヴァ様・・・・・!
視線の先、大きなベッドにエヴァリストと思しき人物が横たわっているのを見て、ピエレットは呼吸が苦しくなるのを感じる。
「エヴァ様」
急ぎ近づきその名を呼んでも、その瞳は固く閉ざされ、いつものようにピエレットを優しく見つめることはない。
「エヴァ様」
そっと屈み込み、ピエレットはエヴァリストの手を取った。
「あたたかい」
その手は、いつもピエレットに触れてくれる時のようにあたたかく、ピエレットはほっと安堵の息を吐きだす。
顔色も見る限り悪くなく、一見、ただ眠っているように見えるが、意識が戻らないのだとピエレットは聞いている。
「エヴァ様。お目覚めくださいませ」
そっと囁き、ピエレットはエヴァリストの顔を覗き込んだ。
「手も体もあたたかいのに、目覚める様子はないのですわ」
「・・・・・っ!ルシール王女殿下。これは、失礼をいたしました」
そっと声を掛けられ、ピエレットはそこにルシール王女の姿を認めて、慌てて淑女の礼をとる。
「そんなに畏まらないでいいわ。バルゲリー伯爵令嬢。ふふ。エヴァリストの言う通り、とても清楚で可愛らしい方ね」
「恐れ入ります」
儀式の折に見かける程度の、高貴な存在を前にして、緊張しきりのピエレットに淡い笑みを向けた後、ルシールはエヴァリストへと視線を移した。
「眠っているだけのようでしょう?」
「はい。あの、エヴァさ・・エヴァリスト様は、どうしてこのようなことになったのでしょうか」
「分からないわ。原因は不明なの」
そこでピエレットは、用意されていた椅子をルシールに勧められ、ルシールが着席するのを待って自分も腰かける。
「ここ数日、わたくしの婚約のことで皆が忙しくしてくれていて。エヴァリストも、率先して動いてくれていたの。そのせいで、バルゲリー伯爵令嬢に会う時間が取れなくなってしまって。本当にごめんなさいね。そして、有益な情報をくださって、本当に感謝しているの。ありがとう」
そう言って嫋やかに頭を下げられ、ピエレットは慌ててその動作を止めようと動く。
「お顔をお上げください、ルシール王女殿下。わたくしは、ただ両親の話をエヴァリスト様に伝えただけでございます。それに、両親もわたくしも、ルシール王女殿下のお幸せを願っております」
「ありがとう。それでね。エヴァリストは、バルゲリー伯爵令嬢不足が深刻になったと言って。今日は絶対に会いに行くのだと朝から宣言していたの。けれど、漸く一段落した時には既に夕刻も遅い時間帯で。流石にこの時刻から突然訪問をするのは、と周囲から止められてしまったらしくて。ならば、と代わりに動物の園の孔雀を見たいと望んだとか。それで、護衛にも少し遅れて来るように告げて行ったらしいのだけれど、ほんの少し時間をずらして護衛が孔雀の所へ行った時には、既にエヴァリストはその場に倒れていたらしいの」
「っ」
ルシール王女の説明に、ピエレットは小さく息を呑んだ。
「倒れて、って。もしや、どなたかに襲われ・・・・いえ。でも、エヴァリスト様はお強いですから、大抵の方はお相手になりませんね」
「ふふ。バルゲリー伯爵令嬢の言う通りよ。エヴァリスト相手に剣を向けるなんて、死に急ぐようなものだもの。それに、王城の警備はそこまで甘くないわ」
「・・・っ。申し訳ありません。そのようなつもりで申し上げたわけでは」
「分かっているから、大丈夫よ」
王城の警備に隙があるような発言をしてしまった、と焦るピエレットに、ルシールは鷹揚に笑った。
「大変に失礼をいたしました。では、何かご病気なのでしょうか。それとも」
考えられるのは、遅効性の毒や睡眠薬。
そう思い、眉を顰めたピエレットに、ルシール王女も厳しい表情で頷きを返した。
「もちろん、すべての可能性を考慮して、すぐさま侍医に診せたのだけれど、病気でもないし、何か毒や薬を用いられた形跡も無い、との診断だったの」
「毒でも薬でも、病気でも無い」
それはひと安心だと、ピエレットは胸を撫でおろす。
「けれどね、目覚めないの。何の外的要因もなく、眠り続けるという、異様な事態となっているのよ」
「エヴァ様」
ふたりがこうして、すぐ傍で会話をしているというのに、エヴァリストはぴくりとも動かず、静かに呼吸を繰り返すばかり。
「エヴァ様。お目覚めくださいませ」
祈るように告げるピエレットにも何の反応も返さないまま、エヴァリストは静かに眠り続けていた。
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眠る王子様、もとい公爵令息は、想う相手の口づけで目を覚ます・・・?
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