王女を好きだと思ったら

夏笆(なつは)

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十五、襲撃 エヴァリスト視点

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「エヴァリスト。今日は随分、早いのね」  

 朝、いつもより早く登城したエヴァリストに、ルシール王女がにこやかに声をかけた。 

「ああ。今日こそは、レッティに会いに行くんだ」 

 拳を握り、固い決意を込めて言う従弟に、ルシール王女は申し訳なさの滲む表情を浮かべる。 

「ごめんなさいね、エヴァリスト。わたくしのせいで。でも、本当に感謝しているの。ありがとう、エヴァリスト」 

 政略で結んだ、ルシール王女と隣国の第三王子との婚約は失敗だった、と国王はじめ大臣たちも口を揃えて言い、その破棄へと向けて動いている。 

 しかし、最大の被害者は、この従姉姫だろうとエヴァリストは常々思っている。 

「安心して、待っているといい。今度こそ、婚約を破棄できる。それだけの証拠が揃ったからな」 

 後は、こちらで情報共有をして、相手へどのような請求をするのかを話し合うだけだと、エヴァリストは明るい笑みを浮かべた。 

「ええ。本当に夢のようだわ。バルゲリー伯爵夫妻には、感謝してもしきれないほどよ」 

「夫妻だけでなく、レッティもルシール王女の幸せを願ってくれている」 

「嬉しいわ。でもだからこそ、エヴァリストを拘束してしまって、申し訳なかったと思うの。すべて事が終わったら、お茶会へご招待したいわ」 

 実際に婚約破棄が叶う、と、それが現実的になってから、ルシール王女は表情が明るくなった、とエヴァリストは嬉しく思う。 

 婚約してからは憂い顔ばかりだったが、これが元々のルシール王女なのだと。 

「その茶会。俺も一緒で、お願いします。レッティが、他の誰かに見初められたりしたら大変ですから」 

「まあ。エヴァリストったら。ごちそうさま」 

 幼いころのように冗談を言い合い、ふたりは心の底から笑い合った。 

 

 

 

「デュルフェ公爵令息。もしや、今からバルゲリー伯爵令嬢をお訪ねになるおつもりでは、ありますまいな?」 

 隣国との婚約破棄へ向けての協議に向け、こちらの情報共有と、認識の共有を図る、という作業は、エヴァリストの予想を越える時間を必要とした。 

 結果。 

 昼前、遅くとも昼過ぎには終わるとエヴァリストが予測していたその会議は、夕刻、もはやそろそろ陽も沈むという時間になって漸く終了となり、つい先ほど国王と王妃が退室したばかり。 

 そして、大臣たちも動き出すのを見たエヴァリストが、不遜にならない退室の時期を見計らっていると、ひとりの大臣が、そう声をかけて来た。 

「閣下。自分は、もう何日も婚約者と会えていません。今日は、陽も未だ沈んではいませんし、ひと目だけでも」 

「おやおや。エヴァリスト殿がご婚約者に夢中だという話は、まことのようですな」 

「ほっ、ほっ。微笑ましいことじゃが、約束も無しにこの時刻からの訪問はないじゃろう」 

「気の毒だが、諦めろ。我らは、デュルフェ公爵閣下より頼まれてもいる」 

 いつのまにか、会議に参加していた重鎮たちに囲まれ、エヴァリストは身動きが取れなくなっている。 

 大仰な動きなどなしに、これほど巧妙に対象者を囲めるのも才能、いや経験かと、エヴァリストはひとつの学びとした。 

 だが、これとそれとは別物である。 

「しかし」 

「それに、この時間からの訪問など、ご令嬢にもご迷惑なのでは?」 

 別物である故、それでもと言い募ろうとしたエヴァリストだが、女性官僚にとどめのように言われ撃沈した。 

「ですが、本当にもう限界で」 

 ピエレットに会いたい、それだけなのだと消沈するエヴァリストに、重鎮たちが優しい目を向ける。 

「気持ちは分かるがの。やはり、この時刻からの訪問はやめておきなされ」 

「・・・・・・・・はい」 

「不服そうじゃの」 

「本当に・・限界なので」 

「ふむ。貴公の働きは素晴らしいからな。何か、代わりとなるような物はないのか?そうだな。場所とか」 

 何かを示唆するような言いように、エヴァリストは、きっ、と眦を吊りあげた。 

「レッティの代わりなど、誰もできません」 

 娼館にでも行けというのか、と大きく首を横に振り、怒りを込めて断言したエヴァリストに、大臣たちも官僚たちも笑いを零す。 

「違う、違う。何も他の女、などと言っているわけではない。思い出の場所など巡ってみては、と言うておるのじゃ」 

「っ・・それは。大変な失礼をいたしました」 

 己の勘違いに、火が出るように体が熱くなるのを感じながらエヴァリストが言えば、大臣たちも官僚たちも、微笑みながら首を横に振った。 

 その表情が、エヴァリストには人生の先輩の余裕のように見える。 

「して。そのような場所はあるかの?ご令嬢との、思い出の場所とでもいおうか」 

「思い出の・・・はい。それでしたら、動物のそのがいいです」 

 あのそのへ入ることは難しい。 

 高位貴族といえども、国王の許可なく入園することは出来ない。 

 しかし、それ以外はないと、確固たる信念を持ってエヴァリストは言い切った。 

 孔雀。 

 ピエレットが夢中になって見つめていた孔雀の所へ行けば、あの時のピエレットに会えるような気さえする。 

「そうか。では行って来るといい」 

 我儘だと、無理だと分かってはいるが、と内心で思っていたエヴァリストは、あまりにあっさりと承諾され、呆けたように周囲を見てしまう。 

「あの。よろしいのですか?」 

 自分で言っておいて何だが、あの場所は王族の所有で誰であろうと許可制のはず、と言うエヴァリストに、皆が一様に頷いた。 

「そうじゃが。貴公の此度の働きの見事さに、国王陛下は何なりと欲するものを与える許可をくだされている。問題ない」 

 動物の園を管轄する大臣に言われ、エヴァリストは頭を下げた。 

「ありがとうございます」 

「そうと決まれば、早く行くといい。退室の順番など、気にせずともよい」 

 微笑みと共に促され、エヴァリストは皆に向かって一礼する。 

「では、お言葉に甘えまして。行ってまいります」 

 お疲れ様でした、と礼儀正しく退室し、その後は駆けるようにして移動したエヴァリストは、一心に馬を走らせた。 

「少し、ひとりになりたい。時間を置いて、来てくれ」 

「「はっ」」 

「助かる」 

 逸る気持ちのまま孔雀へと向かいつつ、エヴァリストはそう言って護衛を遠ざけた。 

 今は、誰の視線も感じたくない。 

 エヴァリストのそんな心情と、その強さを知っている護衛も、今他に人のいないここで然程の危険はないと判断したのだろうと、エヴァリストは心のなかで感謝した。 

「レッティ。会いたい」 

 以前一緒に来た時、瞳を輝かせて孔雀に見入っていたピエレットを思い出し、エヴァリストは心があたたかくなるのを感じる。 

「あの時は、そう。まるでレッティのためのように、孔雀が見事に羽を開いて。ああ・・レッティ、本当に可愛かった」 

 羽が開いた瞬間のピエレットの驚いた様子。 

 それから、歓声を上げて見つめていたピエレットの瞳の輝き。 

 夢中になってエヴァリストの袖を掴んでいた、その指先までも可愛かった、と今は羽を広げることもない孔雀をエヴァリストが見つめていると、不意に誰かが横に並んだ。 

「っ。誰だ!?」 

 誰何の声と同時、咄嗟に飛び退ったエヴァリストの前に、今ここにいるはずのない人物が、満足そうな笑みを浮かべて立っていた。 

 

~・~・~・~・~・~・
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