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第15話 これが俺?

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 放課後、自分の席で寝ていると、美優が俺の頭を胸で挟んで起こしにくる。


「ナル。ちょっと早く起きて。今日は絶対に寄っていきたいところがあるから、私に付き合って」


 寝ぼけ眼で美優を見ると、美優の真剣な目が俺の目の前にある。どうして、そこまで真剣なんだ? またもめ事か? 今日は精神的にヤバいから、家に帰りたいんだけど。


 するとひかりも隣にやってきて、俺の腕をつかむ。


「あれだけクラス中の皆に存在を忘れられて、あんた頭にこないの。私のほうが頭にきたわよ。今日はナルを変身させに行くからね」


 へ? 俺を変身? 変身しても変わらないよ。どうせ俺はクラスの空気。変身しても見えないのが空気の宿命。


「ナルは本当は恰好いいの。美優はそのことをちゃんと知ってるんだから。だから自信を持って」


 美優ありがとう。でもな、それを言ってくれるのは美優だけなんだよ。ひかりもありがとうな。
 

 俺は2人に連れられて、繁華街に近いモールまで3人で歩いていく。美優はもちろん俺に腕を絡めて、寄り添って歩く。ひかりは美優の隣でつまらなさそうにしている。


「イチャイチャするのは2人きりの時にして欲しいんだけど。相手がナルってわかっていても、私だけ浮いた感じでイヤじゃん」

「ひかりもナルと腕を組めばいいじゃない」

「イヤよ。ナルとは友達だけど、ダサ男だから腕を組みたくない」


 やっぱりひかりも俺のことをそういう風に見ていたのか。ひかりは味方だと思っていたのに。裏切られた。


「じゃ、私と腕を組もう。女同士も楽しいよ」


 美優はくったくのない笑顔で、ひかりに話しかける。ひかりは喜んで美優と腕をくんだ。この差は何?


 3人で腕を組んで繁華街の近くのモールへゆっくりと歩いていく。モールに着くと2Fへと上がって行き、美容院の中へ俺を引っ張り込んむ。俺ってこんなきれいな美容院なんてきたことないよ。1000円のカットハウスで3カ月に1回、髪を切ることにしてたんだから。美容院って高いんだろう?


 美優とひかりが美容院に入ると、きれいな美容師のお姉さんがやってきた。美優とひかりの髪の毛を専属でカットしている腕利きの美容師らしい。名前は安条美紀《アンジョウミキ》さんだ。


「あら、美優ちゃんにひかりちゃん、いつ見てもきれいで可愛いわね。そして隣の……は何者なのかしら?」


 美優は嬉しそうに『私の彼氏です』という。それを聞いて美紀さんは驚いて、微妙な顔をする。


「今日は美紀さんにお願いがあって、ナルを恰好よくしてほしいんです。髪染めもしてパーマもあてて、イケメンにしちゃってください。ナルは絶対にイケメンになるはずなんです」

「美優ちゃんも恋する乙女だったのね。恋をすると女性は盲目になってしまうものよね」


 盲目って、絶対に美優の言ってること信じてねーだろう。俺もイケメンになれるとは思ってないから安心してください。


 ひかりがケラケラと笑って、手の平をひらひらさせる。


「美紀さんの実力全部発揮してくださいね。それでもダメだったら諦めつくし」


 ひかり、はじめから諦める気満々じゃないか。少しは俺に希望を持たせてくれるような励ましの言葉をくれよ


 それを聞いた美紀さんが真剣な顔をして俺を見つめる。


「私もプロよ。これでも腕利きは良いって評判なんだから。評判を自分で落とすようなことはしたくないわ。全力で取りかかるから。精一杯、頑張って見せるわ。不可能を可能にしてこそプロってものよ」


 今、さらりと不可能といいましたよね。俺のデリケートな心にはきちんと聞こえていましたよ。


 美優がペコリと頭を下げて「絶対にお願いします」といい、ひかりは「頑張ってね」というと2人は美容院から立ち去った。


 俺はカットする椅子に座らされて、色々と髪質を検査されて、その後に洗髪の椅子へ移動し、きれいに髪を洗髪してもらう。そして雑誌を渡されて、『これでも見て、暇をつぶしてて』と言われて、美紀さんがカットに取りかかる。俺の椅子の周りには色々な機材が集められてくる。今はから俺は何をされるんだろう。不安しかない。


 美紀さんは話し上手な大人の女性だった。それにきれいで大人の色気たっぷりで、これで成功したら、また美紀さんに髪の毛を切ってもらおうと、俺に邪心な心が芽生える。


 それにしてもずいぶんとかかる。眠くなっていきた。目をつむると俺はそのまま眠ってしまった。


「はーい!完成!私の全力出しきったわよ。今日は良い仕事をしたわ。すごく変身したから見てちょうだい」


 俺は目を開けて、目の前の鏡を見る。誰かが座っている。それはわかる。見たような顔だけど……これって俺じゃないのか……変わりすぎて自分でもわからなかったよ。


 茶髪のショートヘアのふるゆわパーマ。切れ長の二重まぶた、大きな瞳が特徴。小顔の中に鼻筋が通っていて、形の良い唇が収まっている。端正な顔立ちが鏡に映っていた。


「ナルくん。中性的なイケメンだったのね。はじめ店に入ってきたときは前髪がもさっとしていて顔もきちんと見えていなかったから、イケメンだって気づかなかったわ。美優ちゃんはきちんと知っていたのね。見る目あるわ」


 これが本当の俺の姿……これで空気扱いされなくて済むかな。名前を憶えてもらえるだろうか。自分で鏡を見ても全くの別人だ。


 美優とひかりが美容院に戻ってきた。俺は丁度、椅子から立ち上がって、美紀さんに連れられて美優達を待つためにソファに座るところだった。


 ひかりは俺と目を合わせるが、誰だ? という顔をして、美容院の中を見回している。たぶん俺を探しているんだろう。美優は俺を見て、耳まで真っ赤にして、俺に抱きついた。


「やっぱりナルって恰好よかった。私の思ってたとおりじゃん。キャー、ナル、素敵ー。格好いい」


 その声を聞いたひかりが俺のほうを振り返って、じっと俺の顔をみる。そして一言『ウソでしょ』と呟いた。


「ひかりちゃん、ウソじゃないのよ。これが本当のナルくんよ。私が全力を出したから、これだけイケメンになったんだけどね」


 美紀さんが自分の腕を自慢してるけど、本当に美紀さんは腕が良いと思った。だってモサ男の俺がこんなに変身するんだから、これからは毎月、通って、美紀さん指名で髪を切ってもらおう。美紀さんきれいで色っぽいから、俺少しファンになってるんだよなー。


「何、美紀さんに見惚れてるの。ナルの考えてることならわかってるんだから。美紀さんに見惚れるのは禁止。その分、私に見惚れてよ」


 美紀さんは顔を引きつらせて笑っていた。美容院代は美優が出してくれた。すまねー美優。俺が貧乏なばっかりに、奢ってもらうことになって。今度、なにか奢ろう。


 美容院から出て、モールを歩いていると、美優が慌てて洋服店へ入っていく。そして、男性用の服を選び出した。ひかりも『面白そう』と参加する。男性モノということは俺の私服を選んでいるのだろう。


「私、ナルにプレゼントしたかったの」


 美優はGジャンとMA-1の2つのジャケットを俺に着せてサイズがピッタリ合わせた後に、2つを持ってレジで精算して『はい、これプレゼント』と俺にプレゼントしてくれた。


「結構、お金かかっただろう。こんなに奢ってもらっていいのか?」

「大丈夫。駿とは別れたけど、毎月、お小遣い、駿が口座に振り込んでくれてるから大丈夫だよ」


 駿さん、美優に甘すぎないですか。もう彼氏でもなんでもないのに、お小遣いをあげてるなんて、確かに美優のことを妹のように思ってるって言ってたけど……NO1ホストのお小遣いってどれくらいなんだろう。怖くて聞けない。


「美優は駿にお小遣いをもらってて、私は久良木兄ちゃんにお小遣いもらってるよ」


 ひかりが明るく爆弾発言を落とす。あちら系のお兄さんからお小遣いをもらってるって、これからはひかりのことを姉さんと呼んだほうがいいんだろうか……ひかりには逆らわないようにしておこう。


 モールの外へ出ると、既に日が落ちて夜空になっていた。美優の発案で、俺達はファミレスに寄って夕食を食べる。ウエイトレスの反応がいつもよりも丁寧なことに気が付いた。やっと俺も人並になったことを実感する。


 ファミレスで食事を終えてひかりは自分の家へ帰っていった。俺は美優の家まで送っていく。あの大きい公園のベンチに座って休憩をする。公園はカップルだらけだった。


 美優は上目遣いで、目をウルウルと潤ませて俺を見る。


「ナル、やっぱりイケメンだった。私だけ気づいてたんだよ。ナル、大好き。これからも一緒にいてね。私のことを大好きになってね」


 そう言って俺の首に抱きついて熱く激しいディープキスを交わす。俺はしっかりと美優を抱きしめて、美優の髪をなでながら、唇を重ねる。


 公園ではカップル達の熱気が満ち、夜空にはきれいな三日月が俺達を照らしていた。
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