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第三章 魔族姫と白髪の聖女編
66:撤退
しおりを挟む──悪魔ベルゼブブは動揺していた。先程自分が殺したはずの人間がピンピンしているのだからそれも仕方ないことだろう。彼と対峙しているのは群青色の髪を持つ水の勇者──ウィンだ。
「てめぇえええ!! 俺っちがさっき殺してやったのになんで生きてるじゃん!? うっぜぇえぇえ!!」
「ふん、勇者の加護には身体強化の作用もあるのだから、あれくらいで死ぬか馬鹿め。さっきはよくもやってくれたな悪魔! ……まぁ、彼女に再び触れられるきっかけを作ったのは褒めてやるがな」
「?? アア? てめぇなにいって……っ!!?」
ベルゼブブがそう首を傾げた瞬間、ウィンが「貫け!」と唱える。彼の手の平から鋭い勢いで発射された水の直線がベルゼブブの肩を貫いたのだ。ベルゼブブは肩を抑え、ウィンを睨む。ウィンは口角を上げるとそれはそれは悪魔のような笑みでベルゼブブを震えさせた。
「──よかったな。僕は今、非常に機嫌がいい。痛みは最小限に抑えて殺してやるぞ悪魔」
***
──悪魔ベルフェゴールは思案していた。今自分が対峙している炎の勇者──サラマンダーの復活の原因と、己の創造主がやけに魔王に対して怒りを露わにしていることについてだ。チラリ、と金髪の少女──エレナに目を向ける。彼女はどうやらノームに治癒魔法を施しているらしい。
「なるほど。吾輩達がノーム殿下と遊んでいる間に彼女が水の勇者、炎の勇者に治癒を……。しかし話には伺っていたものの、治癒魔法の速度があまりにも早過ぎる。相当な魔力量をお持ちのようですが、彼女の魔力リソースはおそらく聖遺物──」
「おい!」
刹那、ベルフェゴールは上へ飛んだ。「燃え盛れ!」という声と同時にサラマンダーの炎が彼に襲い掛かってきたからだ。しかしその先で、ベルフェゴールの手に石が飛んできたので反射的に掴んでしまった。サラマンダーが口角を上げたのを見て、ベルフェゴールは素早くそれを手放したが──
「──吹き飛ばせ!」
石が爆破する。ベルフェゴールは散った破片に片目をやられてしまい、そのまま目を抑えて着地した。しかし、その瞬間──ベルフェゴールの視界がガクンッと揺れる。見ると彼の足がどういうわけか土に埋まっているではないか。
「これは、」
「サラマンダー、今だ!!」
ノームの声が響く。ベルフェゴールははっとした。目の前には、いつの間にか炎を纏う拳を握りしめたサラマンダーが。そして、彼はにっと口角を上げる。
「兄上の言葉をもう忘れたのか? ならまた教えてやるよ悪魔ぁ! ──歯を、食いしばれ!!!」
炎の拳がベルフェゴールの顎にクリティカルヒットする。ベルフェゴールは仰け反りの形で吹っ飛んだ。そのまま地面に強く衝突した彼はピクピクと痙攣する。サラマンダーは己の背後にいるノームに視線を移した。
「俺は、お前に助けを求めちゃいなかったんだが? 兄上」
「つれないことを言うなサラマンダー。余らは兄弟だろう」
「はん! お前を兄貴なんて本気で認めていないっ!」
「ほーう。だがさっきは余のことを誰よりも心優しくて強いと、」
「ぬわあああああああああ!! うるせぇ黙れ忘れやがれクソ兄上っ!!!!!!」
***
「まさか、貴方と戦うことになるとは思いませんでしたよ。アスモデウス」
「マモン……っっ!!」
──悪魔マモンはため息を溢していた。その正面にはかつての親友アスモデウス。彼は赤い瞳を宿したマモンを怖い形相で睨みつけている。アムドゥキアスがそんなアスモデウスを心配し、加勢しようとした。が、アスモデウス自身がそれを止めた。
「アム、ここはアタシに、いや俺にやらせろ。あの馬鹿エルフを殺した悪魔は、俺がぶっ殺す」
「っ! アス、お前……昔の口調に、」
アムドゥキアスは竜化していく双子の弟の怒りを受け止めると、「マモンを頼んだぞ」とその場を離れる。アスモデウスは鼻息を荒くし、ドラゴンの雄叫びを上げた。その雄叫びは空気をビリビリ歪ませ、マモンの皮膚にもそれが伝わる。
「俺は、俺はお前を、許さねぇぞ、悪魔ぁああああ!!!!」
「……やれやれ、悪魔マモンの能力は戦闘に役に立たないんですけどね。さて、どうしましょう?」
***
「──ほんと、相変わらず醜いねぇ、君は」
──原初の悪魔は不快だった。セロは魔王と攻防を繰り返しながら、青筋を立てる。魔王は闇で出来た獣を召喚し、セロを襲わせた。しかしセロはあっさりと風魔法で全ての獣を切り裂く。
「相変わらず、とはどういう意味だ。我とお前は初対面のはずだが?」
「あー、そう。君の中ではそうなってるんだ。ならいいさ。どちらにしろ今ここで、君だけでも殺してやる!!! この原初の悪魔を殺す為だけに授けられた勇者の加護でね!」
「!?」
セロが複数の風の刃を魔王に放つが、何故かそれは魔王に当たらなかった。魔王はハッとなり、後ろを振り向く。その先には──テネブリスのゴブリン達が──!!
「──ぐ、ぬ!!!」
魔王は転移魔法で移動し、ゴブリンの前で両手を広げた。そして飛んできた風の魔法を一身に受ける。魔王の綺麗な礼装が大きく切り裂かれた。「魔王様ぁっ!」とゴブリン達の悲鳴が響く。そんな魔王を見たセロは目を剥き、さらに不快感を露わにした。
「君が、誰かを、庇うのか」
「っ、当たり前だろう。彼らは我の大切な家族だ」
「っっ!! き、さ、まぁ……!! 己の目的を忘れるだけじゃなく、ボク自身でありながらっ、そんな気持ち悪いことを堂々と言ってのけるなんて──殺す!! 絶対に殺してやる!!」
明らかに冷静さを失ったセロに、魔王は構えた。しかしそんなセロを顔に大火傷を負っているベルフェゴールが背後から取り押さえる。
「離せベルフェゴール!! 離せっ!! このセロ・ディアヴォロスが離せと言ってるんだぞ!?」
「いいえ。冷静さを欠いた今の貴方は危険です。撤退しましょう。この作戦は魔王が魔族達を見捨てるという前提の上で成り立っていたはずです。セロ・ディアヴォロス様、吾輩は貴方に問う。貴方の目的を果たすためには今こうして彼に怒りをぶつけることが最善でしょうか?」
「──っ!!」
セロは舌打ちをすると片足で地面を軽く蹴りつけた。すると魔法陣が浮かび上がる。魔王は驚いた。何故ならそれは魔王と同じレベルの転移魔法の魔法陣であるからだ。自分以外でそれを使いこなす者がいるはずがないと思っていたのに──。それに気になるのは先程セロが魔王を「自分自身」だと言っていたこと。
……魔王の中で、一つの恐ろしい可能性が浮かび上がる。
「──ベルゼブブ! マモン! 撤退だ!」
その可能性に魔王が思考を奪われた隙に、セロが叫ぶ。そしてベルゼブブとマモンが素早くセロの下へ移動した。しかし──レイナは、彼らに速さに追いつけなかった。身体が上手く動かなかったのだ。彼女が必死に手を伸ばす。
「セロ様、待って!!」
そんな彼女に気づいたセロがレイナに手を差し伸べた。レイナは置いていかれなかったことに心底安堵したが──次の瞬間、彼女の視界には曇り空が映った。彼女は「え」と言葉を発する。そしてすぐに激痛で叫んだ。レイナはセロの風魔法によって腹を裂かれていたのだ。
「セロ、様……? なんで、ど、して……」
「君、もう能力使えないだろう。魔族でも悪魔でもないたかが人間の身体ではこの程度か。今までお疲れ様」
「え……? ちょ、ちょっと、まって! あたし、あなた、いっしょに、だいきらいなデウスに、ふくしゅう、しよう、って、いって、くれて……」
「だから何? ボクの目的に君はもういらない。死にぞこないが」
「──っ!!」
レイナは皮肉にも先程ノームに自分が放った言葉をセロに投げられた。必死に手を伸ばすが、彼女の目から血が溢れだし、機能しなくなる。そして口からも生臭い血の塊を吐いた彼女は──そのまま、地面に横たわって動けなくなった……。
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