黄金の魔族姫

風和ふわ

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最終章 エレナと黄金の女神編

127:黄金の女神と神の統合

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「これが……絶対神、デウス……」

 転移魔法で向かった先はシュトラール王国のサマルク広場だった。その場所は以前テネブリスがセロ達悪魔と戦った場所である。広大な広場の中心にて白髪の巨人──巨人といっても顔つきはまだ幼い美少年だったが──絶対神デウスがこちらを見下ろし、機械的なタイミングで繰り返しあの咆哮を上げている。
 咆哮の度に地が揺れ、建物の瓦礫が散り、空に雷が走った。まさにその怒り一つで世界が揺れる、“神”。デウスの真上では国を覆う雲が渦を巻き、稲妻を蓄えている。雷が苦手なリリィはエレナにしがみついてなんとか耐えている。
 広場正面にそびえているサマルク宮殿は雷によるものなのか、黒く焦げ、屋根が崩れていた。酷い有様である。

 その中で、そんな巨人に向かって、叫ぶ人影が一人。

「デウス──っ!」
「!」

 それは紛れもないセロ・ディアヴォロスだった。セロはらしくもなく声を荒らげている。いつもの飄々とした邪悪な彼ではないようだった。

「デウス! 待ってろ! 今、僕が──お前を!」

 ──彼の言葉に一同は驚いた。

「待って、今、彼なんて……」

 その時、セロがギロリとこちらを見る。顔の周りをまとわりつく蝿を見ているかのような冷たい目だった。

「君たち、また僕の邪魔をしに来たの? ほんっと、そっちの骸骨に至っては実在しているだけでウザイのにさぁ。カイニスに見張ってろって言ってたんだけどね。まぁ、あいつに期待なんてしていないけど」
「先にちょっかい出してきたのはそっちでしょ」
「はいはい、分かったから。とりあえず今この場で手を出さなかったら、僕も今後テネブリスに手を出さない。分かったなら僕の邪魔をしないでくれ」
「原初の悪魔よ、お前の言葉を信じろというのか?」

 セロは魔王に刃を向けた。しかし、その刃は同じく魔王の闇によって払われる。セロは舌打ちをした。

「ほんっと、苛立たせてくれるよね……っ! あのクソッタレたくそじじいの前にお前らから先に殺してやろうか……!」
「エレナ、余のうしろに!」

 ノームが前に出る。そして闇がエレナに牙を向いた時……ルーが飛び出す! 闇がルーの黄金の光に包まれ、溶けていった。エレナはその場が眩しすぎて目を瞑ってしまう。
 次に目を開けた時には、そこにはルーの姿はなかった。

「ルー!?」

 ルーの代わりにいたのは──黄金の美女。髪の毛一本一本に至るまで、強い黄金の輝きを放つ彼女はセロに厳しい視線を向けていた。人形のように整った容姿は白髪の巨人と同じく人間離れしているように見える。そんな彼女にエレナが声を荒げるのは当然のことだろう。

「あなたは誰!? ルーは!?」
「エレナ。この姿で貴女とお話するのはこれが最初ですね。私は。幼い頃から貴女と共にいた友、ルーの本当の姿です。貴女に治癒の加護を与えた本人でもあります」
「女神、ヘレ……?」

 エレナは混乱する。愛らしいけむくじゃらのルーと「女神」がどうも結びつかない。それに女神ヘレというのは聞き覚えがある。
 ラグナロクの前には神々は何百、何千といたらしいが。その中でデウスの実母とされるのがその「治癒と再生の女神ヘレ」である。恩恵教の教本にもほんの少し記述があったはずだ。

「でも、その女神ヘレがどうしてここに? 神々はラグナロクによって統一されたはずでは……」
「そうですね。まずはそこから説明しなければなりません。セロ。いや……。少し待っていただけますか。エレナ達は全てを知る権利があります」
「はっ! 見かけないと思ったら獣に化けていたんだ。それで今更正体を現して、何の用なんだか」
「こんな愚かなに貴方が怒るのも当然です。だけど今は少し待って」
「…………」

 セロは黙る。彼女は今、自分をセロの母といった。非常に気になるが、今は追及はしない。話の腰を折ることになるだろう。ひとまず女神ヘレの話に耳を傾けてみることにした……。



***



 昔は神も、数えきれないほど存在していた。
 海の神、山の神、植物の神、美の神、戦いの神……。千差万別の神がそれぞれの領域を治め、世を支えていたのである。

 そんな神々の中で特に力が強かったのは全ての神の王とされていた天空神ゼースである。ゼースには妻ヘレと二人の双子の子供がおり、兄はクロス、弟はデウスと名付けられた。弟のデウスはゼースの美しい白髪を受け継いでおり、「黎明と希望の神」であった。一方、兄のクロスは──どういうわけか、母の金髪でもなく、父の白髪でもなく、夜空のような漆黒の髪を持って産まれ、「夜と絶望の神」となった。神々はほとんどの者がクロスを避けており、実の父ゼースはクロスの存在自体を疎ましく思っていた。故に、ゼース一家の神殿には近づかないように命令し、その上で天界の隅の方にある小さな洞窟に引きこもるように言いつけていた。
 
 クロスは孤独だった。誰にも愛されなかった。……たった一人の弟を除いては。

「──兄上っ!」
「また神殿から抜け出してきたのか、デウス」
「うん。母上が父上の目を盗んでくれている間にね!」

 クロスがゼースに実質天界から追放されてもなお、デウスだけはクロスの住む洞窟に遊びに行っていた。
 その度にクロスは「俺が怖くないのか?」と尋ねたが、デウスはいつも笑ってこう答える。

「全然怖くないよ! 夜って、星がキラキラ輝いて、すっごく綺麗なものなんだよ! それに神も人間も休息は必要なものでしょ? 夜がないと眩しくって眠れないしさ! だから夜の神である兄上はこの世界ですっごく必要な存在なんだよ! そして、僕の自慢の兄さんだよ!」

 クロスはそんな弟に救われていた。デウスがいなければ、自分は堕落していただろう。そう思えるほどに。
 クロスは神々に忌み嫌われていても、幸せだった。大切な弟が隣にいてくれるのだから。

 ──だが、その幸せも終わりを告げることになる。

 ゼースは恐れていたのだ。愛しくて愛しくてたまらないデウスが、いつか神の王座を狙う他の神に殺されてしまうのではないかと。そう、自分が己の父を殺したように。想像するだけで怖くて、恐ろしくて、おぞましい。そこでどうすればデウスが安心して自分の跡を継いでくれるか考えて、考えて、考えて──



 ──デウス以外の神の存在を、



「父上、父上、やめて!! 兄上、助けて──!!」
「デウス──!!」

 ゼースはそう結論を出すや否や、すぐに天界にいる神々を喰い散らかした。喰って喰って喰って──全ての神の権能を自分の中に融合させる。デウスをこの世界で唯一の神にするために。そうして、ほぼ全ての神を喰ったゼースは──次はデウス自身に牙を剥く。

 ──来いっ! 我が愛しいデウスよ! この父自身がお前に身を捧げ、お前の身を守ろう!
 ──これで永久にお前が神の王だ! 我の立派な跡継ぎとなるのだ──!
 ──ええいっ! 邪魔だクロス! 憎き我が父に瓜二つのお前など、地に落ちてしまえ──!

 クロスはデウスを守ろうとした。たった一人の大切な弟。唯一の光。
 だが、ゼースの稲妻はそんな兄弟を引き離す。クロスは天界から地上へ突き落される──。

「待ってろ、デウス!! 僕がっ! 僕がそのクソ親父から絶対にお前を救う!! どんな手を使っても、お前を救いにいくからぁ──!!」 

 地上へ落ちながら、クロスはそう叫び、ゼースへの憎しみに身を燃やした。
 その憎しみこそ、この世に悪魔を誕生させ、彼を原初の悪魔セロ・ディアヴォロスに変えることになる。

 一方でデウスは全ての神の権能を手に入れ、まさしく万能神となったゼースに強引に融合され、「絶対神デウス」となったのだった……。

 人々は絶対神デウスの誕生を「神の統合ラグナロク」と称し、全ての神々が合意した上で「この世がよりよくなるように」と行われたものだと解釈し、讃えていたが──その真実は全くの別物。

 本当の「神の統合」はこのようにゼースの身勝手な妄想と我儘で成り立った恐ろしいものだったのである。
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