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第一章「白き竜と傷だらけの竜騎士」
第4話「憂鬱な一時」
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新学期が始まり、アーネストのマイクリクス王立竜騎学舎での講師生活が始まった。
一日目は新入生たちに対して、竜騎学舎での過ごし方に、心構えはや注意事項、敷地内の案内と、在学生たちへの連絡事項が中心の為、剣術講師のアーネストには仕事が無く、暇な一日となった。
そして迎えた二日目に、ようやくアーネストが受け持つ剣術の授業が開始された。
竜騎学舎の敷地内、広々とした運動場にアーネストが受け持つ学生全員が集まっていた。それぞれ、簡単な皮鎧を身に纏い、訓練用の木剣を手にし、整列していた。
さすがは古い伝統と歴史を持つ名門、マイクリクス王立竜騎学舎に入学を許された貴族の子息だけあって、立ち並ぶ生徒たちからは何処か高貴な色を感じさせられた。
竜騎学舎の学生は通常三年間在籍し、そこで竜騎士に必要な知識と技術、礼儀作法を学び、それから正式に竜騎士となる。そのため竜騎学舎の生徒は、一年次、二年次、三年次の学年に分けられ、多くの授業はその学年ごと別々に受けることになるが、剣術や実技の授業のうち、反復を必要とする授業は一、二、三年次合同で行う。
そのためアーネストの授業には一、二、三年次すべての生徒が参加していた。
整列する学生たちの正面、壇上の上にアーネストは立った。
『新入生諸君。まずは入学おめでとう。そして、新入生、並びに在学生諸君。初めまして。私は今日より始まる剣術の授業を受け持つことになった、アーネスト・オーウェルだ。
私は君たちの様な竜騎士ではないが、同じ騎士だ。
竜騎士は、飛竜を駆り、戦場を駆ける存在だが、騎士の一つだ。ならば、騎士として仕える主の前や、戦場でその剣技と力を示し、己の存在を皆に示さねばならない時もあるだろう。
そんな時、笑いものになりたくない者。自らの剣で兵たちに道を示し、勝利を勝ち取る良き将に成りたい者は、この授業を存分に活用し、己の力としてほしい! 以上だ』
壇上の上から生徒を見回し、声を張り上げ、後ろの列の者達にも声が届くことを心がけながら、自己紹介を行う。
それなりの意気込みを持って考えてきた口上だったが、残念ながら生徒の半分以上がアーネストの言葉を聞いているようには見えなかった。中には、隠すことなく堂々とあくびをしている者さえいた。
あらかじめ予想していた状況と寸分たがわぬ状況に、アーネストはため息を付きそうになる。
兵力のほとんどを竜騎士に依存し、それによって強大な力を得ているマイクリクス王国では、竜騎士に非常に高い地位が与えられている。そのため、同じ騎士でも、竜騎士とそれ以外の騎士では地位に大きな差があり、竜騎士の中には他の騎士たちを見下す者も多くいる。
また、竜騎士はその圧倒的な力と飛行能力により、ほとんど竜騎士単体で剣を用いて敵兵と切りあうことはない。歴史上でも、そういった例は片手で数えられるほどしかなく、そのほとんどが作り話だと言われている。
そのためほとんどの竜騎士が剣術を軽視しており、竜騎学舎の授業の中でも毎年もっとも人気のない授業となっている。
アーネストが学生だった頃も、多くの学生が剣術の授業を真面目に受けていなかったこと記憶している。
(どうしたものかな)
やる気のなさそうな生徒たちを前に、アーネストは暗礁に乗り上げた思いだった。
それでもあれこれ考えたところですぐに対策が打てるわけでもなく、また授業も進めなければならないため、とりあえず予定していた授業を進めることにする。
「それではまず君たちの今の力を知りたい。よって、これから言う組み合わせで試合稽古を行ってもらう。では――」
アーネストは学籍番号を元に作った試合稽古の組み合わせを読み上げていく。生徒たちは、とりあえず言うことは聞いてくれたのか、それぞれ手合いの相手を見つけ、指示に従ってそれぞれ運動場の一角へと移動してくれた。
そして、アーネストの合図でもって、それぞれ試合稽古が開始された。
とりあえず授業を予定通り進められたことに、そっと安堵の息を漏らす。
カン、カンと木剣が打ち合う音が、方々から飛び交う。生徒たちが試合稽古を行う中を、歩いて回りながら、生徒個々の技量を把握していく。
在籍して二年目、三年目の生徒たちはさすがというべきか、剣術の基礎を学んできているだけに、それなりに見られる動きをしていた。それでもやはり、あまりやる気がないのか、真剣さや、戦士としての威圧感は感じられなかった。
それに対し新入生のほうは、剣術の基礎を知らないのか、木剣をただ適当に振り回しているものが多く見られた。一方で、新入生の中で武官貴族の出の者達は、あらかじめ剣術を教えられていたのかそれなりの力を示していた。
試合稽古をする生徒を眺めながら歩いていると、ある一角で試合稽古を行っているはずの生徒たちが皆手を止め、ある方向を眺めているのを見つける。
(なんだろう?)
手を止めている生徒たちへの注意と、手を止めている原因を知るため、アーネストはその場所に駆け寄った。そして、生徒たちが眺めている方向へと目を向ける。
『うあああああ!!』
それなりにガタイの良い男子生徒が木剣を上段に構え、掛け声と共に踏み込み切りかかっていた。遠慮のない全力を乗せた一撃。まともに受ければ、木剣と言えど怪我で済むか判らないような一撃。そして、男子生徒が対峙していた相手は――一人の女子生徒だった。
長い栗毛色の髪を結わえて後ろに流した、先日竜舎で出会った少女だった。
試合稽古の組み合わせは基本的に男女別々になるように組み合わせたつもりだったが、男女の人数の問題から男女での組み合わせがいくつかできてしまっていた。おそらく、それでできてしまった組み合わせの一つだろう。
訓練なしでは危険極まりない一撃を止めようとアーネストは駆け出し、静止を口にしようとした。
しかし、それは無意味なものだった。
女子生徒は男子生徒の一撃を剣で受けると、そのまま綺麗に受け流し、男子生徒の攻撃をいなし、体勢を崩させる。そして、体勢を崩した男子生徒が体勢を整える前に、素早く懐に踏み込み、木剣を振り抜き、男子生徒の首筋に寸止めをした。
「ま、まいった……」
男子生徒は力なく木剣を手放し、降参を口にした。
半ば学生離れした腕前を披露した女子生徒に、見とれていた生徒たちは自然と拍手を投げかけ始める。
静止に入ろうとしたアーネストはその歩みを止め、ほっと安堵の息を付き、真面目な授業への取り組みを見せた女子生徒の姿に安堵する。
「こら、お前たち! 他の生徒の技を見るのもいいが、しっかり手を動かせ!」
女子生徒の姿に他の生徒たちに、アーネストは叱責を飛ばす。それを聞いた生徒たちは我へと返り、そそくさと自分たちの手合いへと戻っていった。
(リディア・アルフォード……か)
アーネストはそっと、手にしていた学生の名簿から女子生徒の名前を確認し、その場を後にした。
リディアの手合いを見た後、アーネストは残りの時間を、先ほどまでと同様に手合いを行う生徒たちに目を向けながら、歩いていた。さすがに先ほどのリディアの動きを見た後では、上級生たちの動きを見ても霞んで見えてしまった。それだけ彼女の技量が高いことを改めて認識させられた。
(リディア・アルフォード……アルフォードってことは、侯爵の娘か?)
アルフォード。引っ掛かりを覚える名前だったため、記憶をたどると大貴族の一人アーウィンド・アルフォード侯爵の名前にたどり着いた。それによって、いくつか合点がいった。リディアが見るからに、若く力のある飛竜を有していたのは大貴族であるアルフォード家の財力によるものだろう。
同時に疑問も浮かんだ。それならばなぜ、あれだけの剣技と飛竜を御する技量を持っていたのかということだ。大貴族の子女なら、経済的に困ることはなく、地位も保障され、不自由することはほとんどないだろう。貴族の子女で嫁ぎ先を選ぶ際の箔をつけるために、女性でありながら竜騎士の地位を手にする者はいるが、それでもあれほどの技量を持つ必要はない。それなのに、生半可な鍛錬では得ることができないような技量を持っていることに疑問を感じた。
「うわ~、や、ら、れ、た~……」
アーネストが物思いにふけっていると、どこか間の抜けたような芝居がかった声が聞こえた。
不審に思いアーネストがそちらへ視線を向けると、そこには大げさなアクションで苦しむような演技をして、地面へと倒れる男子生徒の姿が映った。そして、男子生徒が倒れるとそれを眺めていた周りの生徒たちが、ゲラゲラと笑い声をあげた。
どう見て真面目に取り組んでいるとは思えない光景だった。
「お前たち、何をしている!」
呆れるような光景だったが、それをどうにか顔に出さないようにして、怒気を孕ませた声で、笑う生徒たちに叱責を飛ばした。
「何をしているって、見てわかりませんか? 試合稽古ですよ」
笑っていた生徒たちの中心にいた生徒が、悪びれる様子のない態度で答えを返した。
「試合稽古って、これがか?」
叱るように声音を強め、アーネストは再度問い返した。
「先生。こんなおままごとに本気にならないで下さいよ」
生徒はあざ笑うかのような声で答えた。
「おままごと、だと?」
「おままごとじゃないですか。俺たち竜騎士に、剣なんて必要ありませんよ。ああ、そうでしたね、先生は竜騎士じゃありませんでしたね。それじゃあ、竜騎士の事なんてわかりませんよね」
生徒はそう言い終えると、ゲラゲラと笑った。
「確かに俺は騎士だ。だがその前に、お前たちの講師だ。講師に対して、その態度はないんじゃないか?」
立場の差から少なからず見下されるであろうとは思ったが、ここまであからさまな軽蔑に、アーネストは怒りをあらわにする。
「先生、勘違いしないでください。俺たちは竜騎士ですよ。いくら講師とはいえ、立場が違います。態度を考えるべきは、あなたじゃないですか?」
再び生徒はあざ笑うかのような声で言うと、嫌味な笑みを浮かべる。
そして、二人の会話を区切るかのように、竜騎学舎の校舎の一つ――本館に併設された時計塔から、授業の終わりを告げる鐘が鳴った。
「授業、終わりですね。それじゃあ、失礼します」
軽蔑の色を孕んだ声で告げると、その生徒を中心に生徒たちは、ぞろぞろと本館の方へと歩いて行った。
本館へと歩いていく生徒達の中なら、クスクスと笑い声ともに「分をわきまえろっつうの」という声が聞えた。
「言い返さないのですね」
本館へと戻っていく生徒たちを、止めることなく見送っていると、背後から声をかけられる。振り返るとリディアが立っていた。
「あいつらが言いている事は、半分くらいはあってるいからな」
上の立場の者が、立場を笠にものを言う時、下の立場の者がどうこう言っても大概の場合は聞き入れてもらえない。そんな経験則から導き出した答えを頭に浮かべながら、アーネストは答えを返した。
「けれど私たちは卒業し叙任されるまでは、正式な竜騎士ではありませんよ」
「でもいずれ竜騎士になる。そういう意味で、竜騎士であることに変わりはないよ」
「そうですか」
リディアは少し呆れたような声で答えを返す。
「北方剣武大会で優勝した騎士と聞いて、少しは気概がある人かと思っていましが……期待外です」
冷たい声で告げ、もうこれ以上話すことはないとばかりに、踵を返しリディアは本館へと去っていった。
アーネストの講師生活はどうやら問題が山積みの様だった。
一日目は新入生たちに対して、竜騎学舎での過ごし方に、心構えはや注意事項、敷地内の案内と、在学生たちへの連絡事項が中心の為、剣術講師のアーネストには仕事が無く、暇な一日となった。
そして迎えた二日目に、ようやくアーネストが受け持つ剣術の授業が開始された。
竜騎学舎の敷地内、広々とした運動場にアーネストが受け持つ学生全員が集まっていた。それぞれ、簡単な皮鎧を身に纏い、訓練用の木剣を手にし、整列していた。
さすがは古い伝統と歴史を持つ名門、マイクリクス王立竜騎学舎に入学を許された貴族の子息だけあって、立ち並ぶ生徒たちからは何処か高貴な色を感じさせられた。
竜騎学舎の学生は通常三年間在籍し、そこで竜騎士に必要な知識と技術、礼儀作法を学び、それから正式に竜騎士となる。そのため竜騎学舎の生徒は、一年次、二年次、三年次の学年に分けられ、多くの授業はその学年ごと別々に受けることになるが、剣術や実技の授業のうち、反復を必要とする授業は一、二、三年次合同で行う。
そのためアーネストの授業には一、二、三年次すべての生徒が参加していた。
整列する学生たちの正面、壇上の上にアーネストは立った。
『新入生諸君。まずは入学おめでとう。そして、新入生、並びに在学生諸君。初めまして。私は今日より始まる剣術の授業を受け持つことになった、アーネスト・オーウェルだ。
私は君たちの様な竜騎士ではないが、同じ騎士だ。
竜騎士は、飛竜を駆り、戦場を駆ける存在だが、騎士の一つだ。ならば、騎士として仕える主の前や、戦場でその剣技と力を示し、己の存在を皆に示さねばならない時もあるだろう。
そんな時、笑いものになりたくない者。自らの剣で兵たちに道を示し、勝利を勝ち取る良き将に成りたい者は、この授業を存分に活用し、己の力としてほしい! 以上だ』
壇上の上から生徒を見回し、声を張り上げ、後ろの列の者達にも声が届くことを心がけながら、自己紹介を行う。
それなりの意気込みを持って考えてきた口上だったが、残念ながら生徒の半分以上がアーネストの言葉を聞いているようには見えなかった。中には、隠すことなく堂々とあくびをしている者さえいた。
あらかじめ予想していた状況と寸分たがわぬ状況に、アーネストはため息を付きそうになる。
兵力のほとんどを竜騎士に依存し、それによって強大な力を得ているマイクリクス王国では、竜騎士に非常に高い地位が与えられている。そのため、同じ騎士でも、竜騎士とそれ以外の騎士では地位に大きな差があり、竜騎士の中には他の騎士たちを見下す者も多くいる。
また、竜騎士はその圧倒的な力と飛行能力により、ほとんど竜騎士単体で剣を用いて敵兵と切りあうことはない。歴史上でも、そういった例は片手で数えられるほどしかなく、そのほとんどが作り話だと言われている。
そのためほとんどの竜騎士が剣術を軽視しており、竜騎学舎の授業の中でも毎年もっとも人気のない授業となっている。
アーネストが学生だった頃も、多くの学生が剣術の授業を真面目に受けていなかったこと記憶している。
(どうしたものかな)
やる気のなさそうな生徒たちを前に、アーネストは暗礁に乗り上げた思いだった。
それでもあれこれ考えたところですぐに対策が打てるわけでもなく、また授業も進めなければならないため、とりあえず予定していた授業を進めることにする。
「それではまず君たちの今の力を知りたい。よって、これから言う組み合わせで試合稽古を行ってもらう。では――」
アーネストは学籍番号を元に作った試合稽古の組み合わせを読み上げていく。生徒たちは、とりあえず言うことは聞いてくれたのか、それぞれ手合いの相手を見つけ、指示に従ってそれぞれ運動場の一角へと移動してくれた。
そして、アーネストの合図でもって、それぞれ試合稽古が開始された。
とりあえず授業を予定通り進められたことに、そっと安堵の息を漏らす。
カン、カンと木剣が打ち合う音が、方々から飛び交う。生徒たちが試合稽古を行う中を、歩いて回りながら、生徒個々の技量を把握していく。
在籍して二年目、三年目の生徒たちはさすがというべきか、剣術の基礎を学んできているだけに、それなりに見られる動きをしていた。それでもやはり、あまりやる気がないのか、真剣さや、戦士としての威圧感は感じられなかった。
それに対し新入生のほうは、剣術の基礎を知らないのか、木剣をただ適当に振り回しているものが多く見られた。一方で、新入生の中で武官貴族の出の者達は、あらかじめ剣術を教えられていたのかそれなりの力を示していた。
試合稽古をする生徒を眺めながら歩いていると、ある一角で試合稽古を行っているはずの生徒たちが皆手を止め、ある方向を眺めているのを見つける。
(なんだろう?)
手を止めている生徒たちへの注意と、手を止めている原因を知るため、アーネストはその場所に駆け寄った。そして、生徒たちが眺めている方向へと目を向ける。
『うあああああ!!』
それなりにガタイの良い男子生徒が木剣を上段に構え、掛け声と共に踏み込み切りかかっていた。遠慮のない全力を乗せた一撃。まともに受ければ、木剣と言えど怪我で済むか判らないような一撃。そして、男子生徒が対峙していた相手は――一人の女子生徒だった。
長い栗毛色の髪を結わえて後ろに流した、先日竜舎で出会った少女だった。
試合稽古の組み合わせは基本的に男女別々になるように組み合わせたつもりだったが、男女の人数の問題から男女での組み合わせがいくつかできてしまっていた。おそらく、それでできてしまった組み合わせの一つだろう。
訓練なしでは危険極まりない一撃を止めようとアーネストは駆け出し、静止を口にしようとした。
しかし、それは無意味なものだった。
女子生徒は男子生徒の一撃を剣で受けると、そのまま綺麗に受け流し、男子生徒の攻撃をいなし、体勢を崩させる。そして、体勢を崩した男子生徒が体勢を整える前に、素早く懐に踏み込み、木剣を振り抜き、男子生徒の首筋に寸止めをした。
「ま、まいった……」
男子生徒は力なく木剣を手放し、降参を口にした。
半ば学生離れした腕前を披露した女子生徒に、見とれていた生徒たちは自然と拍手を投げかけ始める。
静止に入ろうとしたアーネストはその歩みを止め、ほっと安堵の息を付き、真面目な授業への取り組みを見せた女子生徒の姿に安堵する。
「こら、お前たち! 他の生徒の技を見るのもいいが、しっかり手を動かせ!」
女子生徒の姿に他の生徒たちに、アーネストは叱責を飛ばす。それを聞いた生徒たちは我へと返り、そそくさと自分たちの手合いへと戻っていった。
(リディア・アルフォード……か)
アーネストはそっと、手にしていた学生の名簿から女子生徒の名前を確認し、その場を後にした。
リディアの手合いを見た後、アーネストは残りの時間を、先ほどまでと同様に手合いを行う生徒たちに目を向けながら、歩いていた。さすがに先ほどのリディアの動きを見た後では、上級生たちの動きを見ても霞んで見えてしまった。それだけ彼女の技量が高いことを改めて認識させられた。
(リディア・アルフォード……アルフォードってことは、侯爵の娘か?)
アルフォード。引っ掛かりを覚える名前だったため、記憶をたどると大貴族の一人アーウィンド・アルフォード侯爵の名前にたどり着いた。それによって、いくつか合点がいった。リディアが見るからに、若く力のある飛竜を有していたのは大貴族であるアルフォード家の財力によるものだろう。
同時に疑問も浮かんだ。それならばなぜ、あれだけの剣技と飛竜を御する技量を持っていたのかということだ。大貴族の子女なら、経済的に困ることはなく、地位も保障され、不自由することはほとんどないだろう。貴族の子女で嫁ぎ先を選ぶ際の箔をつけるために、女性でありながら竜騎士の地位を手にする者はいるが、それでもあれほどの技量を持つ必要はない。それなのに、生半可な鍛錬では得ることができないような技量を持っていることに疑問を感じた。
「うわ~、や、ら、れ、た~……」
アーネストが物思いにふけっていると、どこか間の抜けたような芝居がかった声が聞こえた。
不審に思いアーネストがそちらへ視線を向けると、そこには大げさなアクションで苦しむような演技をして、地面へと倒れる男子生徒の姿が映った。そして、男子生徒が倒れるとそれを眺めていた周りの生徒たちが、ゲラゲラと笑い声をあげた。
どう見て真面目に取り組んでいるとは思えない光景だった。
「お前たち、何をしている!」
呆れるような光景だったが、それをどうにか顔に出さないようにして、怒気を孕ませた声で、笑う生徒たちに叱責を飛ばした。
「何をしているって、見てわかりませんか? 試合稽古ですよ」
笑っていた生徒たちの中心にいた生徒が、悪びれる様子のない態度で答えを返した。
「試合稽古って、これがか?」
叱るように声音を強め、アーネストは再度問い返した。
「先生。こんなおままごとに本気にならないで下さいよ」
生徒はあざ笑うかのような声で答えた。
「おままごと、だと?」
「おままごとじゃないですか。俺たち竜騎士に、剣なんて必要ありませんよ。ああ、そうでしたね、先生は竜騎士じゃありませんでしたね。それじゃあ、竜騎士の事なんてわかりませんよね」
生徒はそう言い終えると、ゲラゲラと笑った。
「確かに俺は騎士だ。だがその前に、お前たちの講師だ。講師に対して、その態度はないんじゃないか?」
立場の差から少なからず見下されるであろうとは思ったが、ここまであからさまな軽蔑に、アーネストは怒りをあらわにする。
「先生、勘違いしないでください。俺たちは竜騎士ですよ。いくら講師とはいえ、立場が違います。態度を考えるべきは、あなたじゃないですか?」
再び生徒はあざ笑うかのような声で言うと、嫌味な笑みを浮かべる。
そして、二人の会話を区切るかのように、竜騎学舎の校舎の一つ――本館に併設された時計塔から、授業の終わりを告げる鐘が鳴った。
「授業、終わりですね。それじゃあ、失礼します」
軽蔑の色を孕んだ声で告げると、その生徒を中心に生徒たちは、ぞろぞろと本館の方へと歩いて行った。
本館へと歩いていく生徒達の中なら、クスクスと笑い声ともに「分をわきまえろっつうの」という声が聞えた。
「言い返さないのですね」
本館へと戻っていく生徒たちを、止めることなく見送っていると、背後から声をかけられる。振り返るとリディアが立っていた。
「あいつらが言いている事は、半分くらいはあってるいからな」
上の立場の者が、立場を笠にものを言う時、下の立場の者がどうこう言っても大概の場合は聞き入れてもらえない。そんな経験則から導き出した答えを頭に浮かべながら、アーネストは答えを返した。
「けれど私たちは卒業し叙任されるまでは、正式な竜騎士ではありませんよ」
「でもいずれ竜騎士になる。そういう意味で、竜騎士であることに変わりはないよ」
「そうですか」
リディアは少し呆れたような声で答えを返す。
「北方剣武大会で優勝した騎士と聞いて、少しは気概がある人かと思っていましが……期待外です」
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