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試しの晩餐

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 目を開けると俺は、見慣れない部屋のベッドで寝ていた。窓から見る風景は、薄暗くなりかけている。随分ずいぶんと寝ていたものだな……。気怠けだるい身体をゆっくりと起き上がらせると、フラフラしながらの足取りで、部屋のドアを開け廊下に出る。すると俺は、誘われるように階段をくだった。

「いい匂いだなぁ」
 
 自然と言葉にする。それ程までに腹ペコな俺は、心の底からそう思ったから……。
 やがてテーブルの上の料理が目に入ると、思わずゴクリと喉を鳴らすのだ。豪華な料理ではない事は分かる。でも、今の俺にとっては、口に入る物ならば何でも御馳走ごちそうだ。
 そもそもミルプルを家に送るだけのつもりだった。けれど、彼女の夫になり、家の主になるという野望を抱いてしまったんだよな。その野望は、あっけなくと判断したのだけれど。

「あっ、郁流。良かったぁ。目が覚めたんだね。 頭の怪我は大丈夫? もう、ほんとびっくりしたよ。木に頭をぶつけた後に倒れちゃってから、意識が無いんだもん」

「ああ。もう平気だよ――多分」

 そうだった。俺は調子に乗ってしまったんだ。彼女とその御祖父おじい様に愛想よくしたくて、薪割りを申し出た。そして、バトルアックスを持ち上げたのだが、これが意外と重かった。それでも気合で頭上まで上げたはいいが、俺は、よろけて後ずさりをして、背中から倒れた。そのひょうしに木に後頭部ぶつけたのだ。一旦は立ち上がったけれど、その痛さに加えて、睡眠不足と空腹なのがいけなかったか? 眩暈めまいがして再び倒れてからの記憶が無いのだ。情けない姿を見せてしまったな。ほんと、気分が落ち込むよ。
 
 それにしても、手料理を運ぶミルプルのエプロン姿ときたら――可愛いぞ。奥さんだったらなぁ。新婚なら裸にエプロン姿とかして貰うのだけど。それを見るのが夢だった。裸を見た事があるので想像が出来るな。と、要らない妄想をを直ぐに打ち消さねばと、俺を震えあがらす顔が目に入る。
 ミルプルの御祖父おじい様は、腕を組んで椅子に座っている。粗相そそうをしないように気をつけないと。何かあれば料理をされるのは俺であろうと、思わす威圧感がある。

「えっと――郁流は、そこすわってね」

 そう言うミルプルの指先に有る椅子は、御祖父様の真正面の席だ。大きくないテーブルなので、目の前になる。プ、プレッシャー感が半端ねーな。

「あっ、前の席に失礼します」

「うむ」

 うーん。この緊張感。なんと言うか。入社試験の面接で、会長とかと面談する感じみたいだな。
 
 料理を全て運び終えた様子のミルプルも俺の横の席に着いた。そしたらミルプルの、いただきますの合図と共に食事が開始される。食べ始めてからは、緊張感が和らいでいく。それこそ夢中で食べた。料理は、旨かった。ミルプルは、料理も上手なんだな。ミルプルの亭主になる者は、幸せ者だよなぁ。と、完食して満腹の幸せと感動が同時に訪れたのだぁ!

「良かったぁ。全部食べてくれたね。将来は、騎士になる人の口に合わなかったら、どうしようと思ってたのよ」

「凄く美味しかったよ。ご馳走様ちそうさまでした」

 俺は、ミルプルに感謝の気持ちを込めてそう言った。彼女は、にっこりと微笑んだ。次に俺は、御祖父おじい様に御礼を述べた。すると彼は、無表情のうえに、無言でゆっくりと右手を振り上げたかと思うと、俺の頭上めがけて素早く振り下ろしたのだ! 俺は、反射的に目を閉じてしまう。

「もう、御祖父おじいちゃん! 何してるのよ!」

 ミルプルの叫び声に反応して、恐る恐ると目を開ける。どんな状態なんだ? 痛みは感じないけど。御祖父おじい様の手は俺の頭上すれすれで止められていた。そして、その表情は先程とは打って変わって、厳しい顔をしている。

「死んだ。郁流とやら、お前は、この手が剣ならば既に死んでいる。その反応の悪さは、騎士でも見習いでもあるまい」

 た、試されたのか……。観念した。薪をまともに割る事すら出来ない男が、何を言っても駄目だろう。そして俺は、この世界とは別の場所から来た事や自分の素性を包み隠さず二人に話した。
 すると、ミルプルは流石にショックだったようで、驚きの表情をしている。が、御祖父おじい様は、動じてないようだぞ。それどころか、鍛えてやるから此処に住めと言ってくれたのだ。有難いような、怖いような。しかし他に行く当ては無い。ならば迷う選択も無し。俺は、承諾した。

「これから、わしのことは、師匠と呼ぶがいい。お前は、他の者には、イクル・イセーカと名乗るの方がいいだろう。親しき者以外には、この世界の生まれとするのが無難だ」

「はい。分かりました師匠。これから宜しくお願いします。ミルプルも宜しくな」

「こ、こちらこそ、宜しくね。騎士見習いじゃないのは驚いたし、他の世界から来たのは、もっと驚いたわ。でも、一緒に暮らせる人が増えて嬉しいよ」

 こうして俺は、なんとか異世界での新しい生活が始められそうだ。何よりも、このミルプルの笑顔が毎日見られると思うと、この異世界も、満更まんざらでもないと思うのであった。
 


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