人形たちの箱庭

黒羽オウリ

文字の大きさ
5 / 32
ムツミ_01

1.検査

しおりを挟む
 午前10時。指示された通りに後ろ開きの医療用ガウンを着て処置室を訪れたムツミは、ギクリと身を強張らせた。夜凍の他に、複数の看護師がそこにいたからだ。しかも、この施設で働く看護師の中でも比較的体格がいい男性看護師ばかり。それは、これから行われる何かが強い痛みを伴うものであることを意味していた。大柄な看護師は、痛みに反射的に動いてしまう身体を抑えつけるためによばれているのだ。
 恐れの色を浮かべるムツミ。しかし夜凍はそれに全く構うことなく、たずねた。
「朝に渡された薬はのんだか?」
「……はい」
 ムツミたちホムンクルスに課せられた重要な役割のひとつが新薬などの治験だ。そのため、どんなときでも、指示された薬は全て飲むように指導されている。だからムツミも、今朝の食事に見慣れぬ薬が添えられていても、あまり疑問にも思わずに、それを摂取したのだ。
 夜凍がムツミを手まねきして、処置台の上に座らせる。
それから夜凍はムツミの病衣のえりを少し引き下げて、鎖骨の下のバーコードをリーダーで読み込んだ。ピっと音がして、処置台の脇のモニタにムツミの情報が写し出される。
「薬を飲んだのは、2時間前だな。ちょうどいい」
 確認をするように、ひとりで呟いてから、夜凍はムツミを見下ろした。
「服薬してからの変化を見る。サンプルを採取するから、そこにうつぶせになれ」
「……」
 正直、とても恐ろしかった。
 しかしムツミには、夜凍の指示を拒否する選択肢などない。
 ムツミは小さく震えながら、処置台の上に足を引き上げ、うつぶせになった。
 夜凍がペダルを踏んで、処置台の高さが少し上がる。ガウンの下のほうの紐を解いて開き、下着を少し引き下げ、腰を露出させる。それから夜凍は無影灯を点灯させて、ムツミの背中を照らした。
 ゴム手袋に包まれた夜凍の指先が、幾度かムツミの背中を押す。その皮膚の下にあるものを確かめるような仕草だった。
 夜凍が目配せをすると、看護師たちの手がムツミ伸びてきた。処置台の上に上がった看護師たちが体重をかけて、ムツミを抑えつける。ひとりが両の太ももの上に、二人が、ムツミの左右の二の腕をそれぞれに。
 痛みを与えないように、気を使われてはいるが、容赦のない重み。己の立場を刻み込まれるような屈辱感と、膨れ上がる恐怖。
 ヒヤリと湿ったもので腰の背骨に近いところを拭かれ、ムツミはビクっと身体を跳ねさせた。消毒の感触。看護師たちの手にぐっと力がこもる。
 夜凍が処置台の脇のワゴンの上の道具をさわる、カチャカチャという音がする。
「何度かやらなければいけないから、麻酔は使えない。……痛むと思うが動くなよ」
 声と同時に、ムツミの腰に鋭い痛みが走った。採血や注射などで幾度も幾度も味わってきた針の感触。
 しかし今回はいつもと違った。太い針がムツミの身体を貫いて、奥へ奥へと進んでくる。
「あっ……く」
 反射的によじれそうになる身体、看護師たちの手が、それを押しとどめる。
 太い針の先端が腸骨に当たる、ゴツリという感触。
 夜凍が体重をかけるようにしながら、さらに針を押し込んでくる。
「痛い! 痛いよ! やめて!」
 ムツミは思わず叫んだが、その声に表情を変える者はいない。
 骨を穿つ針の感触。痺れるような重たい痛みが腰骨から広がる。
「ああっ……うううあああ」
 痛くて痛くてたまらないのに、看護師たちに抑え込まれ、身動きひとつ叶わない。夜凍が注射器を操作すると、さらに痛みが増す。
 無機質な処置室の中に、ムツミの泣き叫ぶ声が響いた。

 現実的には、ほんの数分なのだろう。
 けれどもムツミには何時間にも思えるような時間。
 やがて夜凍がムツミの身体から針を抜いた。
 看護師たちがムツミの身体を解放する。
「っ……ううっ」
 激痛の余韻と、まだ残るズキズキという痛みにムツミはすすり泣いた。夜凍が、針の跡に絆創膏を貼り付け、ムツミの頭をくしゃりとなでる。
「いったん休憩だ。姿勢を楽にしていい」
 そうはいっても、刺された腰が痛くて、身体に力が入らない。とはいえ、冷たく固い処置台の上に伏せたままなのもツラく、ムツミは何とか手足を動かして、身体を横向きにした。
 夜凍の視線を受けた看護師の一人が、ムツミの額の汗と、頬を濡らす涙を拭いてくれる。それから、口の中を湿らせる程度の水を飲ませてくれた。
 もっと欲しくて、目で訴えるムツミに夜凍が言う。
「あまり飲むと吐きやすくなる。その程度にしておけ」
 その物言いに含まれる意味、つまり同じ行為が繰り返されるという予感に、ムツミは震えながら目を伏せた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

守り守られ

ほたる
BL
主治医 望月診療所の双子医師 患者 瀬咲朔 腸疾患・排泄障害・下肢不自由 看護師 ベテラン山添さん 準主人公 成海真幌 腸疾患・排泄障害・てんかん 木島 尚久 真幌の恋人同棲中

ふたなり治験棟 企画12月31公開

ほたる
BL
ふたなりとして生を受けた柊は、16歳の年に国の義務により、ふたなり治験棟に入所する事になる。 男として育ってきた為、子供を孕み産むふたなりに成り下がりたくないと抗うが…?!

月弥総合病院

僕君・御月様
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中

朔の生きる道

ほたる
BL
ヤンキーくんは排泄障害より 主人公は瀬咲 朔。 おなじみの排泄障害や腸疾患にプラスして、四肢障害やてんかん等の疾病を患っている。 特別支援学校 中等部で共に学ぶユニークな仲間たちとの青春と医療ケアのお話。

俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き

toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった! ※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。 pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました! https://www.pixiv.net/artworks/100148872

冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される

マンスーン
BL
​王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。 泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。

処理中です...