人形たちの箱庭

黒羽オウリ

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ムツミ_03

異物抜去

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 能力測定を終えたムツミが処置室に連れてこられた。警備員に支えられ、片足を引きずるようにして入ってくる。白い長ズボンの右の太ももが、真っ赤に染まっている。
「623番を連れてきました」
「ああ、そこの処置台に座らせて、靴を脱がせておいてくれ」
 夜凍が手袋をはめながら答える。ムツミは長座をするように処置台に座らされ、警備員が一礼して退室していった。
 夜凍がムツミのTシャツの襟を引き下げ、鎖骨下のバーコードをスキャンする。ピッという音。モニタにムツミの情報が表示された。
「今日の状況は?」
「モンスターと……爪が、当たりました」
 細く震える声で答えるムツミ。夜凍はうなずきながら、ムツミの太ももの傷を見下ろした。
「ズボンは……切ったほうが早いな」
 夜凍はハサミを手に取り、ムツミの右足首のほうからズボンにハサミを入れた。右側を縦に切り終えた後、左脚をズボンから抜かせる。
 それが済むと、夜凍は無影灯をつけてムツミの傷を観察した。右太ももの外側に、斜めに走る裂傷。長さは10センチほどで、傷口からはまだ血が流れている。
「……なるほど」
 夜凍が傷の周囲を軽く押す。
「っ……」
 ムツミが小さく声を上げる。
「異物が入っているな。爪の破片だろう」
 夜凍は通信機で看護師を呼んだ。ほどなくして、男性看護師が一人入ってくる。強ばるムツミの顔。
「抑制しろ」
 看護師が黙ってうなずいた。

 夜凍がワゴンから消毒液とガーゼ、それからピンセットや小さなトレイを用意する。
「これから異物を取り除く。痛むが我慢しろ」
「……はい」
 右を上にした横向きに寝かされ、右脚を曲げさせられたムツミは、不安そうに夜凍を見上げた。
 看護師がムツミの右脚の太ももとふくらはぎに手を置く。手つきだけは優しいが、有無を言わせぬ重み。
 夜凍が消毒液を含ませたガーゼで、傷口をぬぐう。
「っ……!」
 ムツミが反射的に身体を震わせた。傷口に染みる、ジリジリとした痛み。
 ムツミはぎゅっと目を閉じて、看護師の服を握りしめた。
 夜凍が何度か傷口を拭い、血と汚れを取り除いていく。そのたびにムツミは小さく呻いた。
「中を確認する。動くなよ」
 夜凍が手で傷口を押し広げ、中を確認する。
「これは……爪の破片か。面倒だな」
 そうして夜凍はピンセットの先端を傷の中に差し入れた。
「っああ……!」
 ムツミが悲鳴を上げる。反射的に脚を引こうとするが、看護師の手が、それを許さない。
「動くな」
 夜凍の冷たい声。ピンセットが傷の奥へと進み、何かに触れる。
 そのわずかな動きが、傷の中で痛みを生む。
「痛い、痛いよ……!」
「もう少しだ」
 ピンセットが何かを掴む振動。ゆっくりと引き抜いていく力。傷口の中で何かがズルリと動く。
「っ……ううっ」
 ムツミの頬を涙が伝う。

 カチャリという音。
 小さなトレイの上に、黒っぽい爪の破片が置かれた。長さ5ミリほどで、鋭く尖った破片は、ムツミの血に塗れ、トレイの上で不気味な艶を帯びていた。
「まだだ」
 夜凍の手が再び傷を押し広げる。
「……っ」
 ムツミは震える息を吐き出した。
 再びピンセットが傷口に入ってくる。とがったピンセットの先が、むき出しの組織に触れる痛み。夜凍も気は使っているのだろうけれど、それでもその感触は、ムツミに強い恐怖をもたらした。
「っ……もうやだ……」
 小さく首を振るムツミ。けれども看護師に押さえられた身体は動くことができない。
 ピンセットの先端が、傷の奥で何かに触れる。神経に直接触れられるような感触。
「あああっ……!!」
 ムツミは悲鳴を上げながら涙をこぼす。
 夜凍が慎重に破片を掴み、引き抜く。
「っううう……」
 泣き叫ぶムツミ。
 二つ目の破片がトレイに置かれるカチャリという音が響く。
「あと二つだ」
 夜凍の淡々とした声。
「……やだ……もう、やめて」
 ムツミは訴えるが、夜凍は淡々と答える。
「そのままにしておくと、かえって酷くなる。我慢しろ」
 夜凍が再びピンセットを手に取る。
 ムツミは涙でぐしゃぐしゃになった顔を歪ませた。

 三つ目の破片。
 これは少し深い場所にあるらしく、夜凍が傷口を押し広げる力を強めた。
「っ……ああああっ!」
 ムツミの悲鳴が処置室に響く。看護師がムツミの脚を押さえる手にさらにが込もる。
 ゆっくりと引き抜かれる破片。
「痛い、痛い、痛い……」
 カチャリと音がして、少し小さめの破片がトレイに置かれた。

「最後だ」
 消毒液を染み込ませたガーゼで傷口を拭いて、夜凍が傷口を確認する。
「……最後は少し深いし、大きい。動くなよ」
「……ぅうう」
 いやいやをするように首を振るムツミ。
 だがそれで状況が変わるわけではない。
 夜凍が傷口を強く押し広げ、ピンセットを差し込む。
「やっ……痛い、もうやめて」
「すぐ終わる」
 ピンセットが何かに触れる。肉の中でグっと何かが動く感触。
「っ……!」
 ムツミが鋭く息を吸って首を振る。
 夜凍が慎重に、でも確実に破片を掴み、引き抜いた。ズルリという感触。
 それを最後に、傷の痛みがほんの少しだけ楽になる。
「ううっ……」
 ムツミはボロボロと涙を流しながら処置台の上で脱力した。

 しかし看護師が退く気配がない。
 夜凍が傍らのワゴンの上で何かの器具を触る、カチャカチャという音が響く。
 ムツミが不安そうに頭を上げた。
 それに答えるように夜凍が言った。
「このまま縫合する。動くなよ」
 夜凍が縫合用の針を手に取る。
「っ……」
 強く目をつむるムツミ。
「もうやだ……」
「あと少しだ。辛抱しろ」
 そう言いながら、夜凍は消毒液で傷口を洗った。
「っ……」
 ムツミが身体を震わせる。
 針が皮膚を貫く。糸が皮膚をすり抜けていく。
「っ……ぅ」
 ムツミはぎゅっと目を閉じ、呻き声を上げた。
 一針、二針、三針。
 夜凍の手つきはていねいで正確だったが、配慮や容赦はなかった。淡々と針を刺し、糸を引き、結ぶ。
 針が刺さるたび、ムツミの身体が小さく跳ね、ムツミの目から涙が落ちる。
 ムツミがすすり泣く声が、処置室に響いた。
 やがて最後の一針が縫われ、糸が切られた。
「終わりだ」
 看護師の手が離れていく。
「よく頑張った」
 淡々とした声で言い、夜凍がムツミの頭をくしゃりとなでる。
「っ……」
 身体を震わせ、夜凍を見上げるムツミ。
「なんだ?」
「……もう少し、なでてほしい、です」
「……」
 夜凍はため息をつき、ムツミの髪をクシャクシャとかき混ぜた。

 それから夜凍は傷口の血を拭い、消毒をしてから、清潔なガーゼを当てて包帯を巻いた。
「今日は部屋で安静にしておけ。明日、また傷の確認のために呼ぶ」
「……はい」
 かすれた声で答えるムツミ。
 夜凍がムツミの頭をもう一度なでる。
「よく頑張った。いい子だ」
 その言葉に、ムツミは涙を流しながら、小さくうなずいた。
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