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イロハ_07
培養槽
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イロハが連れて行かれたのは、施設の奥まった場所にあるラボだった。
ホムンクルス製造所との境目。生み出され、学習期間が終わったホムンクルスが、一番最初に通され、調整を受ける場所。
さまざまな機械が並ぶ、少し薄暗い部屋。壁際に、人が一人入れるほどの大きさの円筒形のポッドがいくつか置かれている。透明なガラスのような素材でできた、縦型のカプセル。
夜凍がイロハに説明する。
「今日は培養槽で、義肢への人工皮膚の装着処置を行う」
「はい」
「時間はおよそ6時間。低活性モードに入れるから、暇には感じないだろう」
「わかりました」
夜凍がイロハの病衣を脱がせる。下着も外すように指示された。
裸になると、夜凍はイロハの首輪を外し、培養槽の前に導いた。
それから夜凍はイロハのこめかみに電極をとりつけた。義肢を取り付けられるときに、スリープモードに入れられるときにも端子を当てられた場所。
夜凍がタブレットを操作すると、プシュという空気が抜けるような音と共にポッドの扉が開く。
薄黄色の液体が底に少しだけ溜まっている、空っぽの空間。
夜凍がうなずく。
イロハはそっとポッドの中に足を踏み入れた。
足元で、ぴちゃりと水音が立つ。冷たくはないが、温かくもない、ぬるい液体。
「では、始める」
扉が閉まる。
液体が、ゆっくりと注ぎ込まれてくる。
足首、膝、腰。
液体の水位が上がってくる。
胸、肩、首。
やがて顔まで液体に浸かる。
イロハは目を閉じた。
息を吐くと、吐いた息が泡になってコポリと上にあがっていった。
息を吸うように液体を吸い込む。
鼻や口から、肺に入ってくる液体。
でも、苦しくはない。まるで空気の中で呼吸をするように、自然に息ができる。
身体がうかび上がり、足が底から離れる。
こめかみの端子から、微弱な電流が流れてくる。
意識が、ゆっくりと沈んでいく。
重力もあまり感じない。
浅い眠りに落ちたような感覚。
ただただぼんやりと、そこに『在る』だけ。
◆
時間の経過もあいまいで。
ただ、ほんのりとした温かさと、不思議な落ち着きに包まれる。
ときおり、意識が少しだけ浮上する。
ぼんやりと目を開ける。
液体越しに、ぼやけた外の世界が見える。
誰かいる。
幻智だ。
タブレットを持って、何かを確認している。
モニタを見ている。
イロハを見ている。
幻智の口元が動く。
でも、聞こえない。
幻智が去っていく。
イロハは、また目を閉じる。
意識が沈んでいく。
◆
また、ふと意識が浮かぶ。
目を開ける。
また誰かいる。
夜凍だ。
モニタを確認している。
ポッドの横に立って、イロハの右腕を見ている。
イロハは自分の右腕を見ようとした。
ゆっくりと、腕が持ち上がる。
義肢。
灰色だった腕が、薄い膜に包まれている。
ああ、人工皮膚か。
イロハはぼんやりとそれを眺め、腕を下ろした。
夜凍と目が合う。
夜凍が小さくうなずく。
夜凍が去っていく。
イロハは、また目を閉じた。
◆
コポリ、と空気の泡が上がっていく。
液体を循環させる、ポンプの音が小さく聞こえる。
浮かんでいる。
ただ、浮かんでいる。
何も考えない。
何も感じない。
ただ、そこに在る。
ミトは?
ムツミは?
今、どうしているだろう……
自分は、自分たちは、あとどれだけこうして「存在」できるのだろう
浅い夢のような思考。
それも泡沫のように消え、また意識が沈んでいく。
◆
液体が動いた。
イロハは、ぼんやりと目を開けた。
液体が、抜けていく。
眠りから覚めるように、意識が鮮明になっていく。
空気の流れを感じる。
重力を感じる。
足が、ポッドの底につく。
液体がほぼ完全に抜けると、プシューという音と共に扉が開いた。
夜凍がそこに立っていた。
「終わりだ」
イロハは、まだ少しぼんやりとしたまま、ゆっくりと扉の外に出た。
足元がふらつく。
夜凍がイロハの腕を取って支えた。
「大丈夫か」
「……はい」
夜凍がイロハの身体にタオルをかける。
髪や顔をぬぐうイロハに、夜凍が言った。
「右腕を見てみろ」
イロハは自分の右腕を見た。
義肢の表面が、身体と同じような皮膚で覆われていた。
指先には、爪も形成されている。
「これから数日かけて、皮膚が定着していく。完全に定着するまでは、強い力をかけないように気を付けろ」
「……はい」
それから夜凍は、イロハに後を向かせ、首輪を付けた。
「今日はこれで終わりだ。着替えたら部屋に戻れ」
「はい」
少し離れた机の上には、いつもの白いTシャツとハーフパンツが用意されていた。
右腕を擦ってしまわないよう、注意深く袖を通す。
着替えが終わるころ、ちょうど警備員がイロハを迎えに来た。
イロハは警備員に連れられ、部屋に戻っていった。
◆
「おかえり、イロハ」
「おつかれ」
部屋に戻ると、ムツミとミトがイロハを迎えた。
そうしてすぐに、イロハの義肢が皮膚に覆われていることに気づく。
「あ、それ……」
「うん」
イロハが右腕を差し出すと、ミトとムツミが手を伸ばし、それぞれにそっとイロハの右腕に触れた。
「すごい。左手と同じように見えるね」
ほほ笑むムツミ。
「……」
ミトは少しだけ目を伏せ、複雑そうな表情でイロハにほほ笑みかけた。
義肢の装着作業が一段落したということは、喜ばしいことでもある一方、それだけでは済まない現実がある。
あいまいな表情で笑い返し、イロハは言った。
「とりあえず客から、物珍しさでべたべた触られるのは、なくなるかな……」
「だといいな」
ため息のような笑いで、ミトが答えた。
ホムンクルス製造所との境目。生み出され、学習期間が終わったホムンクルスが、一番最初に通され、調整を受ける場所。
さまざまな機械が並ぶ、少し薄暗い部屋。壁際に、人が一人入れるほどの大きさの円筒形のポッドがいくつか置かれている。透明なガラスのような素材でできた、縦型のカプセル。
夜凍がイロハに説明する。
「今日は培養槽で、義肢への人工皮膚の装着処置を行う」
「はい」
「時間はおよそ6時間。低活性モードに入れるから、暇には感じないだろう」
「わかりました」
夜凍がイロハの病衣を脱がせる。下着も外すように指示された。
裸になると、夜凍はイロハの首輪を外し、培養槽の前に導いた。
それから夜凍はイロハのこめかみに電極をとりつけた。義肢を取り付けられるときに、スリープモードに入れられるときにも端子を当てられた場所。
夜凍がタブレットを操作すると、プシュという空気が抜けるような音と共にポッドの扉が開く。
薄黄色の液体が底に少しだけ溜まっている、空っぽの空間。
夜凍がうなずく。
イロハはそっとポッドの中に足を踏み入れた。
足元で、ぴちゃりと水音が立つ。冷たくはないが、温かくもない、ぬるい液体。
「では、始める」
扉が閉まる。
液体が、ゆっくりと注ぎ込まれてくる。
足首、膝、腰。
液体の水位が上がってくる。
胸、肩、首。
やがて顔まで液体に浸かる。
イロハは目を閉じた。
息を吐くと、吐いた息が泡になってコポリと上にあがっていった。
息を吸うように液体を吸い込む。
鼻や口から、肺に入ってくる液体。
でも、苦しくはない。まるで空気の中で呼吸をするように、自然に息ができる。
身体がうかび上がり、足が底から離れる。
こめかみの端子から、微弱な電流が流れてくる。
意識が、ゆっくりと沈んでいく。
重力もあまり感じない。
浅い眠りに落ちたような感覚。
ただただぼんやりと、そこに『在る』だけ。
◆
時間の経過もあいまいで。
ただ、ほんのりとした温かさと、不思議な落ち着きに包まれる。
ときおり、意識が少しだけ浮上する。
ぼんやりと目を開ける。
液体越しに、ぼやけた外の世界が見える。
誰かいる。
幻智だ。
タブレットを持って、何かを確認している。
モニタを見ている。
イロハを見ている。
幻智の口元が動く。
でも、聞こえない。
幻智が去っていく。
イロハは、また目を閉じる。
意識が沈んでいく。
◆
また、ふと意識が浮かぶ。
目を開ける。
また誰かいる。
夜凍だ。
モニタを確認している。
ポッドの横に立って、イロハの右腕を見ている。
イロハは自分の右腕を見ようとした。
ゆっくりと、腕が持ち上がる。
義肢。
灰色だった腕が、薄い膜に包まれている。
ああ、人工皮膚か。
イロハはぼんやりとそれを眺め、腕を下ろした。
夜凍と目が合う。
夜凍が小さくうなずく。
夜凍が去っていく。
イロハは、また目を閉じた。
◆
コポリ、と空気の泡が上がっていく。
液体を循環させる、ポンプの音が小さく聞こえる。
浮かんでいる。
ただ、浮かんでいる。
何も考えない。
何も感じない。
ただ、そこに在る。
ミトは?
ムツミは?
今、どうしているだろう……
自分は、自分たちは、あとどれだけこうして「存在」できるのだろう
浅い夢のような思考。
それも泡沫のように消え、また意識が沈んでいく。
◆
液体が動いた。
イロハは、ぼんやりと目を開けた。
液体が、抜けていく。
眠りから覚めるように、意識が鮮明になっていく。
空気の流れを感じる。
重力を感じる。
足が、ポッドの底につく。
液体がほぼ完全に抜けると、プシューという音と共に扉が開いた。
夜凍がそこに立っていた。
「終わりだ」
イロハは、まだ少しぼんやりとしたまま、ゆっくりと扉の外に出た。
足元がふらつく。
夜凍がイロハの腕を取って支えた。
「大丈夫か」
「……はい」
夜凍がイロハの身体にタオルをかける。
髪や顔をぬぐうイロハに、夜凍が言った。
「右腕を見てみろ」
イロハは自分の右腕を見た。
義肢の表面が、身体と同じような皮膚で覆われていた。
指先には、爪も形成されている。
「これから数日かけて、皮膚が定着していく。完全に定着するまでは、強い力をかけないように気を付けろ」
「……はい」
それから夜凍は、イロハに後を向かせ、首輪を付けた。
「今日はこれで終わりだ。着替えたら部屋に戻れ」
「はい」
少し離れた机の上には、いつもの白いTシャツとハーフパンツが用意されていた。
右腕を擦ってしまわないよう、注意深く袖を通す。
着替えが終わるころ、ちょうど警備員がイロハを迎えに来た。
イロハは警備員に連れられ、部屋に戻っていった。
◆
「おかえり、イロハ」
「おつかれ」
部屋に戻ると、ムツミとミトがイロハを迎えた。
そうしてすぐに、イロハの義肢が皮膚に覆われていることに気づく。
「あ、それ……」
「うん」
イロハが右腕を差し出すと、ミトとムツミが手を伸ばし、それぞれにそっとイロハの右腕に触れた。
「すごい。左手と同じように見えるね」
ほほ笑むムツミ。
「……」
ミトは少しだけ目を伏せ、複雑そうな表情でイロハにほほ笑みかけた。
義肢の装着作業が一段落したということは、喜ばしいことでもある一方、それだけでは済まない現実がある。
あいまいな表情で笑い返し、イロハは言った。
「とりあえず客から、物珍しさでべたべた触られるのは、なくなるかな……」
「だといいな」
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