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医師たち_02
未知の現象
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その日、ミトとムツミは揃って測定室に連れて行かれた。白い壁の無機質な部屋。壁の一つには、大きな鏡にも見える観察窓。その日、その部屋の中央に用意されていたのは二つの机と椅子だった。それぞれの机の上にはモニタとキーボードが置かれている。
二人が部屋に入ると、夜凍がそれぞれの椅子を示した。
「310番は手前、623番は奥に座れ」
「はい」
ミトとムツミは言われた通りに座った。
夜凍がミトの頭に、電極を装着させる。こめかみ、側頭部、後頭部。髪の間から差し込まれる、ひんやりとした感触。
ミトの頭に電極を着け終わると、夜凍は今度は同じ作業をムツミにも行った。
夜凍の作業の傍ら、ムツミとミトの視線がちらりと合わさる。
「……」
ミトは軽く肩をすくめてみせた。
痛いことや怖いことがなければいい。
きっと大丈夫だよ。
という無言のやりとり。
作業を終えた夜凍が言う。
「今日は知能試験だ。モニタに問題が表示されるから、キーボードで答えを入力しろ」
「はい」
二人が答える。
夜凍が続ける。
「制限時間内に答えられなかった場合、または間違えた場合は、ブザーが鳴る」
「……」
ムツミの表情が少し強張った。
「肉体的なペナルティは設けていない。最終的な結果にもペナルティは設けない」
「……」
うなずくミト。
「問題は段階的に難しくなる。できる限り正確に、速く答えろ」
「はい」
夜凍が部屋を出ていく。
しばらくすると、モニタに文字が表示された。
『準備はいいですか?』
ミトとムツミは、それぞれキーボードの「はい」を押した。
『では、始めます』
最初の問題が表示される。
『12 + 37 = ?』
単純な足し算。ミトは素早く「49」と入力した。
隣のムツミも同じように答えている。
次の問題。
『sin 30° = ?』
ミトは「0.5」と入力した。
問題は次々と表示された。
最初のうちは、ミトもムツミも順調に答えていく。
やがて問題の性質が変わってきた。
図形問題や、短いけれど読解力を問う問題。
規則やパターンを見つけ出す問題。
―こういうのはイロハがすごいんだよな―
ミトの脳裏をちらりとよぎる思考。
次の問題は、少し複雑な問題だった。
間違えやすそうな、あやふやな表現を含んだ論理問題。
ミトは集中して答えていく。
その時、ブザーが鳴った。
ビーッという大きな音。
ムツミの方だ。
ミトがムツミの方を見ると、ムツミは小さく身をすくめていた。
次の問題は、数列問題。
ミトは慎重に考え、答えを入力した。
今度はどちらのブザーも鳴らなかった。
その次の問題。
またブザーが鳴る。
ムツミだ。
ムツミが焦ったように眉を寄せている。
問題が続く。
ムツミのブザーが鳴る頻度が上がってきた。
次の問題。
ミトが答えを入力する。
ブザー。
「っ……」
ムツミが息を詰める。
だが間違えていたのはミトだった。軽く頭をかくミト。
問題が続く。
またブザーが鳴る。
ムツミだ。
ムツミの肩が小さく震えている。
次の問題も、またその次の問題も、ムツミがブザーを鳴らす。
ホムンクルスたちにとっては、そこまで難しくもない問題。
焦っているのは明白だった。
「……どうしよう」
小さく漏れるムツミの声。
次の問題が表示される。
でもミトは、問題を見る前に、隣のムツミを見た。
ムツミがうずくまるようにして座っている。小さく震える肩。
「ムツミ」
ミトはそっと呼びかけた。
ムツミが顔を上げる。その頰が涙で濡れている。
「大丈夫だよ」
まばたきをするムツミ。
二人のブザーが同時になる。
「大丈夫、落ち着いて」
それからミトはまたモニタに視線を戻した。
まっすぐにモニタに向かう視線。
凛とした背筋。
集中している横顔。
「……」
もう一度、ムツミのブザーが鳴ったが、もうムツミは怯えなかった。
表示される次の問題。
ムツミは落ち着いて回答を入力した。
◆
観察室では、夜凍と幻智、静月がモニタを見つめていた。
二人の脳波が、リアルタイムで表示されている。
ミトがムツミに声を掛けた少し後。
「……なんだ、これは」
幻智が眉を寄せた。
静月も目を見開く。
「これは……」
モニタに表示された二つの脳波が、突然、同じパターンを描き始めた。
波形が重なる。
まるで一つの脳から発せられているかのような完全な一致。
「共感? ……むしろ同調?」
静月が呟く。
幻智が慌てたようにタブレットを操作し、データを保存する。
「こんなことは、初めてだ」
ムツミが再び問題を解き始めるころには、二人の脳波パターンは、また個別の波形を描いていた。
◆
ミトとムツミは、それぞれ自分のモニタに向かい、集中して問題を解いている。
ときおりどちらかがブザーを鳴らすが、もうムツミが取り乱すことはなくなっていた。
やがて問題は終わり、モニタに試験終了の文字が表示された。
ミトは大きく伸びをし、ムツミはホッと息を吐き出した。
◆
夜凍が部屋に入ってきて、二人の頭から電極を外す。
「部屋に戻れ」
「はい」
二人が立ち上がる。
部屋を出る直前、ムツミがミトを振り返った。
「ミト……ありがとう」
「うん」
二人は警備員に連れられて、部屋を出て行った。
◆
夜凍が観察室に戻ってくる。
幻智と静月がモニタに表示された、さっきのデータを見つめている。
夜凍も二人に混ざり、モニタを見つめた。
「……これは、興味深いことが起こりましたね」
静月が言う。
「ああ」
うなずく幻智。
「脳波が重なる。これは初めての観測だ」
「何が引き金になったんでしょう」
「……分からない」
幻智がモニタを見つめる。
「原因の特定が必要だ」
呟く夜凍。
「再現性があるかどうか、確認しなければならない」
三人はしばらく、モニタに残された脳波のデータを見つめていた。
二人が部屋に入ると、夜凍がそれぞれの椅子を示した。
「310番は手前、623番は奥に座れ」
「はい」
ミトとムツミは言われた通りに座った。
夜凍がミトの頭に、電極を装着させる。こめかみ、側頭部、後頭部。髪の間から差し込まれる、ひんやりとした感触。
ミトの頭に電極を着け終わると、夜凍は今度は同じ作業をムツミにも行った。
夜凍の作業の傍ら、ムツミとミトの視線がちらりと合わさる。
「……」
ミトは軽く肩をすくめてみせた。
痛いことや怖いことがなければいい。
きっと大丈夫だよ。
という無言のやりとり。
作業を終えた夜凍が言う。
「今日は知能試験だ。モニタに問題が表示されるから、キーボードで答えを入力しろ」
「はい」
二人が答える。
夜凍が続ける。
「制限時間内に答えられなかった場合、または間違えた場合は、ブザーが鳴る」
「……」
ムツミの表情が少し強張った。
「肉体的なペナルティは設けていない。最終的な結果にもペナルティは設けない」
「……」
うなずくミト。
「問題は段階的に難しくなる。できる限り正確に、速く答えろ」
「はい」
夜凍が部屋を出ていく。
しばらくすると、モニタに文字が表示された。
『準備はいいですか?』
ミトとムツミは、それぞれキーボードの「はい」を押した。
『では、始めます』
最初の問題が表示される。
『12 + 37 = ?』
単純な足し算。ミトは素早く「49」と入力した。
隣のムツミも同じように答えている。
次の問題。
『sin 30° = ?』
ミトは「0.5」と入力した。
問題は次々と表示された。
最初のうちは、ミトもムツミも順調に答えていく。
やがて問題の性質が変わってきた。
図形問題や、短いけれど読解力を問う問題。
規則やパターンを見つけ出す問題。
―こういうのはイロハがすごいんだよな―
ミトの脳裏をちらりとよぎる思考。
次の問題は、少し複雑な問題だった。
間違えやすそうな、あやふやな表現を含んだ論理問題。
ミトは集中して答えていく。
その時、ブザーが鳴った。
ビーッという大きな音。
ムツミの方だ。
ミトがムツミの方を見ると、ムツミは小さく身をすくめていた。
次の問題は、数列問題。
ミトは慎重に考え、答えを入力した。
今度はどちらのブザーも鳴らなかった。
その次の問題。
またブザーが鳴る。
ムツミだ。
ムツミが焦ったように眉を寄せている。
問題が続く。
ムツミのブザーが鳴る頻度が上がってきた。
次の問題。
ミトが答えを入力する。
ブザー。
「っ……」
ムツミが息を詰める。
だが間違えていたのはミトだった。軽く頭をかくミト。
問題が続く。
またブザーが鳴る。
ムツミだ。
ムツミの肩が小さく震えている。
次の問題も、またその次の問題も、ムツミがブザーを鳴らす。
ホムンクルスたちにとっては、そこまで難しくもない問題。
焦っているのは明白だった。
「……どうしよう」
小さく漏れるムツミの声。
次の問題が表示される。
でもミトは、問題を見る前に、隣のムツミを見た。
ムツミがうずくまるようにして座っている。小さく震える肩。
「ムツミ」
ミトはそっと呼びかけた。
ムツミが顔を上げる。その頰が涙で濡れている。
「大丈夫だよ」
まばたきをするムツミ。
二人のブザーが同時になる。
「大丈夫、落ち着いて」
それからミトはまたモニタに視線を戻した。
まっすぐにモニタに向かう視線。
凛とした背筋。
集中している横顔。
「……」
もう一度、ムツミのブザーが鳴ったが、もうムツミは怯えなかった。
表示される次の問題。
ムツミは落ち着いて回答を入力した。
◆
観察室では、夜凍と幻智、静月がモニタを見つめていた。
二人の脳波が、リアルタイムで表示されている。
ミトがムツミに声を掛けた少し後。
「……なんだ、これは」
幻智が眉を寄せた。
静月も目を見開く。
「これは……」
モニタに表示された二つの脳波が、突然、同じパターンを描き始めた。
波形が重なる。
まるで一つの脳から発せられているかのような完全な一致。
「共感? ……むしろ同調?」
静月が呟く。
幻智が慌てたようにタブレットを操作し、データを保存する。
「こんなことは、初めてだ」
ムツミが再び問題を解き始めるころには、二人の脳波パターンは、また個別の波形を描いていた。
◆
ミトとムツミは、それぞれ自分のモニタに向かい、集中して問題を解いている。
ときおりどちらかがブザーを鳴らすが、もうムツミが取り乱すことはなくなっていた。
やがて問題は終わり、モニタに試験終了の文字が表示された。
ミトは大きく伸びをし、ムツミはホッと息を吐き出した。
◆
夜凍が部屋に入ってきて、二人の頭から電極を外す。
「部屋に戻れ」
「はい」
二人が立ち上がる。
部屋を出る直前、ムツミがミトを振り返った。
「ミト……ありがとう」
「うん」
二人は警備員に連れられて、部屋を出て行った。
◆
夜凍が観察室に戻ってくる。
幻智と静月がモニタに表示された、さっきのデータを見つめている。
夜凍も二人に混ざり、モニタを見つめた。
「……これは、興味深いことが起こりましたね」
静月が言う。
「ああ」
うなずく幻智。
「脳波が重なる。これは初めての観測だ」
「何が引き金になったんでしょう」
「……分からない」
幻智がモニタを見つめる。
「原因の特定が必要だ」
呟く夜凍。
「再現性があるかどうか、確認しなければならない」
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