人形たちの箱庭

黒羽オウリ

文字の大きさ
30 / 32
医師たち_02

臨時医師

しおりを挟む
 その日、能力測定を終えたムツミが警備員に連れられて処置室に入ると、見知らぬ医師がいた。
 40代くらいの男性。短く刈り込んだ髪、鋭い目つき。医師は軽く顎をしゃくって警備員を下がらせると、白衣のポケットに手を突っ込んだまま、ムツミを見下ろした。
「623番か。座れ」
 冷たく命令する口調。ムツミは小さく息をついて処置台に向かって歩く。
 能力測定の際にひねった右足首が痛んで、足を引きずるような、ノロノロとした動きになった。
 医師がチラリとムツミを見る。
「早くしろ」
 言葉と同時に、肩を処置台に向かって突き飛ばされる。転びそうになって、ムツミはあわてて処置台に手をついて身体を支えた。
 医師の、いかにもイライラしている気配を感じながら、処置台の上に座る。
 医師がムツミのTシャツの襟を乱暴に引き下げて、バーコードをスキャンする。
「能力測定で負傷……と」
 医師がモニタを見ながら言う。
「はい……」
「どこだ」
「右足首……と、額です」
 とげとげしい声に、ムツミは怯えるように目を伏せて答えた。
 医師が、いかにもめんどくさそうにため息をつく。
「足首を見せろ」
 ムツミはスニーカーに手をかけたが、足首が痛んでなかなか上手く脱ぐことができない。夜凍はよく、ムツミたちの靴を脱がせるように警備員に言う。手足を怪我していると、脱ぎにくいことがあるのを知っているからだ。
 だが、この医師はそれをしてはくれなかった。
 ムツミはどうにか靴を脱ぎ、処置台の上に足を引き上げた。
 医師は、待たされた不愉快さをそのまま表現するように、無造作にムツミの足首を掴む。
「っ……」
 ムツミが小さく声を上げる。
 医師は、ムツミの腫れた足首を無遠慮に押し、ムツミの足をいろんな方向に動かした。
 そのたびに痛みが走り、ムツミはうめく。
「ぃたっ……痛い!」
 医師はムツミの悲鳴を鼻で笑うと言った。
「捻挫だな……テーピングで固定する」
 貼られるテープを抑える間も、医師の手が容赦なくムツミの腫れた足首を押す。ムツミはそのたびに身体を震わせた。 

 ムツミの足を固定し終えた医師がムツミの額を見る。
「頭を上げろ」
 ムツミが顔を上げると、医師は額の傷を乱暴に拭った。
「っ……」
「動くな」
 消毒液が染みる。ムツミが小さく身体を震わせる。
 医師が絆創膏を貼り付ける。テープが前髪を巻き込んで、ちょっと痛い。夜凍ならちゃんと前髪をよけてくれるのに……。
「終わりだ。立て」
 冷たく言う医師。
 ムツミは処置台から足を下ろし、立ち上がろうとした。
 しかし、右足に体重がかかったとたんに、右足がズキリと痛んで動きが止まる。
「早くしろ」
 医師がイライラした様子でムツミの二の腕を掴み、強引に立ち上がらせた。
「っあ……」
 ムツミがたたらを踏む。倒れはしなかったが、涙が浮かんできた。
「演技が上手いな。どうせ大して痛くはないくせに」
 医師が嗤う。
「……」
 ムツミは何も言えなかった。ホムンクルスは、言い返すことを許されていないのだ。
「部屋に戻れ」
 ムツミは足を引きずりながら、処置室を出た。



 処置室に呼ばれたミトは少しだけ驚いた。そこに見知らぬ医師がいたからだ。
『今日の先生、怖かった……』
 ムツミの言葉がよみがえる。夜凍ではない医師。
 夜凍の視線も別に温かくはないが、この医師の視線には、冷たさに加え、嘲るような光がある。
 そう、たとえていうならば、接待を望む客のような。
「チップを摘出する。そこに座れ」
 代理医師が淡々と言う。
「……はい」
 およそ一ヶ月前、ミトの二の腕の皮下に埋め込まれた電子チップ。それが取り出されるらしい。
 ミトは処置台に座った。医師がミトの左腕を消毒する。
 メスを手に取る医師。
 チップを埋め込むときは少し太めの注射器が使われた。だが、出すときは、そうはいかないらしい。
 医師がミトの二の腕に刃を当てる。切り裂かれる皮膚。
「……っ」
 痛い。
「動くな」
 左腕を抑える医師の手に力が籠もる。
 流れ落ちる血液を乱雑にガーゼで拭うと、医師は手袋に包まれた指先で傷を押し広げ、ピンセットを差し込んだ。
 金属の尖った先端で中を探られ、ミトはキツく眉を寄せた。
「っ……ぅ、うう、あ」
「動くな」
 医師が冷たく言う。ピンセットがグッと奥に入り込む。
「っあ……」
 反射的に跳ねるミトの身体。
 苛立ったように怒鳴った医師が、ミトの耳を掴んで引っ張った。
「っ痛……!」
「動くなと言っているのが聞こえないのか」

 その時、扉が開いた。
 静月が入ってくる。
「何をしているんですか」
 静月の声は、いつもよりも少し低かった。
「処置だ」
「施設職員のホムンクルスへの暴力は認められていません」
 静月が医師を見据える。
「……」
 医師がミトの耳から手を離す。
「どうぞ。……続けてください」
 静月が部屋の隅に立つ。
 医師は舌打ちをして、再び処置を続けた。

 やがてチップが取り出され、傷口が縫合される。
 突き立てられる瞬間、まるでこじるように動かされる針。
 夜凍の処置も、いつも痛いけれど、もう少し迷いがなく手際がいいと思う。
 ミトは震えながら息を吐き出し、皮膚を貫かれる苦痛に耐えた。



 検査室に呼ばれたイロハは、小さくため息をついた。この人が、ムツミとミトが言っていた「いつもと違う医師」らしい。
「術前検査だ」
 代理医師の言葉に、イロハはうなずく。
 義肢になった右腕。今は構造の機械が剥き出しになっているが、近々、ここに人工皮膚をかぶせる作業が行われる予定だった。
 イロハは検査台に座った。
 医師がイロハの義肢を見下ろす。
「これが最新式の義肢か……」
 医師が手を伸ばしてイロハの義肢を掴んだ。
 遠慮のないその触り方に、イロハは先日の接待の客を思い出す。
 人間のような身体から、機械のような腕が生えているのが面白いと嗤った男。
 この医師も、同じ目をしているような気がした。
「……」
 医師がイロハの腕を色んな方向に傾け、まじまじと観察する。
 イロハはただ黙ってそれにしたがった。
 やがて医師は観察に満足したのか、傍らのワゴンからピンセットを取り出した。それで義肢の関節部分を叩く。
 カンカンという金属音。
「面白いな」
 医師が嗤う。
「所詮、機械か。ホムンクルスにはお似合いだ」
「……」
 イロハは何も答えなかった。

 その時、扉が開いた。幻智だった。
「何をしている」
 幻智の声は冷たかった。
「術前検査です」
「検査項目に、義肢に衝撃を与える項目はない。大切に扱え」
 あからさまに舌打ちをする医師。
 幻智が医師に向かって軽くあごをしゃくる。
「義肢を乱暴に扱うようなヤツには任せられない。代われ」
「……」
 医師が顔をしかめた。
「出ていけ」
 幻智が言う。
 医師は何か言いたそうな表情をしたが、結局何も言わずに部屋を出て行った。

 幻智がイロハの義肢を確認する。
「問題ないか」
「はい」
 幻智がため息をついて、モニタを確認する。
「意外と項目が多いな。……夜凍がいないと面倒ばかり起きる」
「……」
 イロハはただ黙って、幻智の作業を見つめていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

守り守られ

ほたる
BL
主治医 望月診療所の双子医師 患者 瀬咲朔 腸疾患・排泄障害・下肢不自由 看護師 ベテラン山添さん 準主人公 成海真幌 腸疾患・排泄障害・てんかん 木島 尚久 真幌の恋人同棲中

ふたなり治験棟 企画12月31公開

ほたる
BL
ふたなりとして生を受けた柊は、16歳の年に国の義務により、ふたなり治験棟に入所する事になる。 男として育ってきた為、子供を孕み産むふたなりに成り下がりたくないと抗うが…?!

月弥総合病院

僕君・御月様
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中

【創作BL】溺愛攻め短編集

めめもっち
BL
基本名無し。多くがクール受け。各章独立した世界観です。単発投稿まとめ。

朔の生きる道

ほたる
BL
ヤンキーくんは排泄障害より 主人公は瀬咲 朔。 おなじみの排泄障害や腸疾患にプラスして、四肢障害やてんかん等の疾病を患っている。 特別支援学校 中等部で共に学ぶユニークな仲間たちとの青春と医療ケアのお話。

俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き

toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった! ※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。 pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました! https://www.pixiv.net/artworks/100148872

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

処理中です...