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医師たち_02
臨時医師
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その日、能力測定を終えたムツミが警備員に連れられて処置室に入ると、見知らぬ医師がいた。
40代くらいの男性。短く刈り込んだ髪、鋭い目つき。医師は軽く顎をしゃくって警備員を下がらせると、白衣のポケットに手を突っ込んだまま、ムツミを見下ろした。
「623番か。座れ」
冷たく命令する口調。ムツミは小さく息をついて処置台に向かって歩く。
能力測定の際にひねった右足首が痛んで、足を引きずるような、ノロノロとした動きになった。
医師がチラリとムツミを見る。
「早くしろ」
言葉と同時に、肩を処置台に向かって突き飛ばされる。転びそうになって、ムツミはあわてて処置台に手をついて身体を支えた。
医師の、いかにもイライラしている気配を感じながら、処置台の上に座る。
医師がムツミのTシャツの襟を乱暴に引き下げて、バーコードをスキャンする。
「能力測定で負傷……と」
医師がモニタを見ながら言う。
「はい……」
「どこだ」
「右足首……と、額です」
とげとげしい声に、ムツミは怯えるように目を伏せて答えた。
医師が、いかにもめんどくさそうにため息をつく。
「足首を見せろ」
ムツミはスニーカーに手をかけたが、足首が痛んでなかなか上手く脱ぐことができない。夜凍はよく、ムツミたちの靴を脱がせるように警備員に言う。手足を怪我していると、脱ぎにくいことがあるのを知っているからだ。
だが、この医師はそれをしてはくれなかった。
ムツミはどうにか靴を脱ぎ、処置台の上に足を引き上げた。
医師は、待たされた不愉快さをそのまま表現するように、無造作にムツミの足首を掴む。
「っ……」
ムツミが小さく声を上げる。
医師は、ムツミの腫れた足首を無遠慮に押し、ムツミの足をいろんな方向に動かした。
そのたびに痛みが走り、ムツミはうめく。
「ぃたっ……痛い!」
医師はムツミの悲鳴を鼻で笑うと言った。
「捻挫だな……テーピングで固定する」
貼られるテープを抑える間も、医師の手が容赦なくムツミの腫れた足首を押す。ムツミはそのたびに身体を震わせた。
ムツミの足を固定し終えた医師がムツミの額を見る。
「頭を上げろ」
ムツミが顔を上げると、医師は額の傷を乱暴に拭った。
「っ……」
「動くな」
消毒液が染みる。ムツミが小さく身体を震わせる。
医師が絆創膏を貼り付ける。テープが前髪を巻き込んで、ちょっと痛い。夜凍ならちゃんと前髪をよけてくれるのに……。
「終わりだ。立て」
冷たく言う医師。
ムツミは処置台から足を下ろし、立ち上がろうとした。
しかし、右足に体重がかかったとたんに、右足がズキリと痛んで動きが止まる。
「早くしろ」
医師がイライラした様子でムツミの二の腕を掴み、強引に立ち上がらせた。
「っあ……」
ムツミがたたらを踏む。倒れはしなかったが、涙が浮かんできた。
「演技が上手いな。どうせ大して痛くはないくせに」
医師が嗤う。
「……」
ムツミは何も言えなかった。ホムンクルスは、言い返すことを許されていないのだ。
「部屋に戻れ」
ムツミは足を引きずりながら、処置室を出た。
◆
処置室に呼ばれたミトは少しだけ驚いた。そこに見知らぬ医師がいたからだ。
『今日の先生、怖かった……』
ムツミの言葉がよみがえる。夜凍ではない医師。
夜凍の視線も別に温かくはないが、この医師の視線には、冷たさに加え、嘲るような光がある。
そう、たとえていうならば、接待を望む客のような。
「チップを摘出する。そこに座れ」
代理医師が淡々と言う。
「……はい」
およそ一ヶ月前、ミトの二の腕の皮下に埋め込まれた電子チップ。それが取り出されるらしい。
ミトは処置台に座った。医師がミトの左腕を消毒する。
メスを手に取る医師。
チップを埋め込むときは少し太めの注射器が使われた。だが、出すときは、そうはいかないらしい。
医師がミトの二の腕に刃を当てる。切り裂かれる皮膚。
「……っ」
痛い。
「動くな」
左腕を抑える医師の手に力が籠もる。
流れ落ちる血液を乱雑にガーゼで拭うと、医師は手袋に包まれた指先で傷を押し広げ、ピンセットを差し込んだ。
金属の尖った先端で中を探られ、ミトはキツく眉を寄せた。
「っ……ぅ、うう、あ」
「動くな」
医師が冷たく言う。ピンセットがグッと奥に入り込む。
「っあ……」
反射的に跳ねるミトの身体。
苛立ったように怒鳴った医師が、ミトの耳を掴んで引っ張った。
「っ痛……!」
「動くなと言っているのが聞こえないのか」
その時、扉が開いた。
静月が入ってくる。
「何をしているんですか」
静月の声は、いつもよりも少し低かった。
「処置だ」
「施設職員のホムンクルスへの暴力は認められていません」
静月が医師を見据える。
「……」
医師がミトの耳から手を離す。
「どうぞ。……続けてください」
静月が部屋の隅に立つ。
医師は舌打ちをして、再び処置を続けた。
やがてチップが取り出され、傷口が縫合される。
突き立てられる瞬間、まるでこじるように動かされる針。
夜凍の処置も、いつも痛いけれど、もう少し迷いがなく手際がいいと思う。
ミトは震えながら息を吐き出し、皮膚を貫かれる苦痛に耐えた。
◆
検査室に呼ばれたイロハは、小さくため息をついた。この人が、ムツミとミトが言っていた「いつもと違う医師」らしい。
「術前検査だ」
代理医師の言葉に、イロハはうなずく。
義肢になった右腕。今は構造の機械が剥き出しになっているが、近々、ここに人工皮膚をかぶせる作業が行われる予定だった。
イロハは検査台に座った。
医師がイロハの義肢を見下ろす。
「これが最新式の義肢か……」
医師が手を伸ばしてイロハの義肢を掴んだ。
遠慮のないその触り方に、イロハは先日の接待の客を思い出す。
人間のような身体から、機械のような腕が生えているのが面白いと嗤った男。
この医師も、同じ目をしているような気がした。
「……」
医師がイロハの腕を色んな方向に傾け、まじまじと観察する。
イロハはただ黙ってそれにしたがった。
やがて医師は観察に満足したのか、傍らのワゴンからピンセットを取り出した。それで義肢の関節部分を叩く。
カンカンという金属音。
「面白いな」
医師が嗤う。
「所詮、機械か。ホムンクルスにはお似合いだ」
「……」
イロハは何も答えなかった。
その時、扉が開いた。幻智だった。
「何をしている」
幻智の声は冷たかった。
「術前検査です」
「検査項目に、義肢に衝撃を与える項目はない。大切に扱え」
あからさまに舌打ちをする医師。
幻智が医師に向かって軽くあごをしゃくる。
「義肢を乱暴に扱うようなヤツには任せられない。代われ」
「……」
医師が顔をしかめた。
「出ていけ」
幻智が言う。
医師は何か言いたそうな表情をしたが、結局何も言わずに部屋を出て行った。
幻智がイロハの義肢を確認する。
「問題ないか」
「はい」
幻智がため息をついて、モニタを確認する。
「意外と項目が多いな。……夜凍がいないと面倒ばかり起きる」
「……」
イロハはただ黙って、幻智の作業を見つめていた。
40代くらいの男性。短く刈り込んだ髪、鋭い目つき。医師は軽く顎をしゃくって警備員を下がらせると、白衣のポケットに手を突っ込んだまま、ムツミを見下ろした。
「623番か。座れ」
冷たく命令する口調。ムツミは小さく息をついて処置台に向かって歩く。
能力測定の際にひねった右足首が痛んで、足を引きずるような、ノロノロとした動きになった。
医師がチラリとムツミを見る。
「早くしろ」
言葉と同時に、肩を処置台に向かって突き飛ばされる。転びそうになって、ムツミはあわてて処置台に手をついて身体を支えた。
医師の、いかにもイライラしている気配を感じながら、処置台の上に座る。
医師がムツミのTシャツの襟を乱暴に引き下げて、バーコードをスキャンする。
「能力測定で負傷……と」
医師がモニタを見ながら言う。
「はい……」
「どこだ」
「右足首……と、額です」
とげとげしい声に、ムツミは怯えるように目を伏せて答えた。
医師が、いかにもめんどくさそうにため息をつく。
「足首を見せろ」
ムツミはスニーカーに手をかけたが、足首が痛んでなかなか上手く脱ぐことができない。夜凍はよく、ムツミたちの靴を脱がせるように警備員に言う。手足を怪我していると、脱ぎにくいことがあるのを知っているからだ。
だが、この医師はそれをしてはくれなかった。
ムツミはどうにか靴を脱ぎ、処置台の上に足を引き上げた。
医師は、待たされた不愉快さをそのまま表現するように、無造作にムツミの足首を掴む。
「っ……」
ムツミが小さく声を上げる。
医師は、ムツミの腫れた足首を無遠慮に押し、ムツミの足をいろんな方向に動かした。
そのたびに痛みが走り、ムツミはうめく。
「ぃたっ……痛い!」
医師はムツミの悲鳴を鼻で笑うと言った。
「捻挫だな……テーピングで固定する」
貼られるテープを抑える間も、医師の手が容赦なくムツミの腫れた足首を押す。ムツミはそのたびに身体を震わせた。
ムツミの足を固定し終えた医師がムツミの額を見る。
「頭を上げろ」
ムツミが顔を上げると、医師は額の傷を乱暴に拭った。
「っ……」
「動くな」
消毒液が染みる。ムツミが小さく身体を震わせる。
医師が絆創膏を貼り付ける。テープが前髪を巻き込んで、ちょっと痛い。夜凍ならちゃんと前髪をよけてくれるのに……。
「終わりだ。立て」
冷たく言う医師。
ムツミは処置台から足を下ろし、立ち上がろうとした。
しかし、右足に体重がかかったとたんに、右足がズキリと痛んで動きが止まる。
「早くしろ」
医師がイライラした様子でムツミの二の腕を掴み、強引に立ち上がらせた。
「っあ……」
ムツミがたたらを踏む。倒れはしなかったが、涙が浮かんできた。
「演技が上手いな。どうせ大して痛くはないくせに」
医師が嗤う。
「……」
ムツミは何も言えなかった。ホムンクルスは、言い返すことを許されていないのだ。
「部屋に戻れ」
ムツミは足を引きずりながら、処置室を出た。
◆
処置室に呼ばれたミトは少しだけ驚いた。そこに見知らぬ医師がいたからだ。
『今日の先生、怖かった……』
ムツミの言葉がよみがえる。夜凍ではない医師。
夜凍の視線も別に温かくはないが、この医師の視線には、冷たさに加え、嘲るような光がある。
そう、たとえていうならば、接待を望む客のような。
「チップを摘出する。そこに座れ」
代理医師が淡々と言う。
「……はい」
およそ一ヶ月前、ミトの二の腕の皮下に埋め込まれた電子チップ。それが取り出されるらしい。
ミトは処置台に座った。医師がミトの左腕を消毒する。
メスを手に取る医師。
チップを埋め込むときは少し太めの注射器が使われた。だが、出すときは、そうはいかないらしい。
医師がミトの二の腕に刃を当てる。切り裂かれる皮膚。
「……っ」
痛い。
「動くな」
左腕を抑える医師の手に力が籠もる。
流れ落ちる血液を乱雑にガーゼで拭うと、医師は手袋に包まれた指先で傷を押し広げ、ピンセットを差し込んだ。
金属の尖った先端で中を探られ、ミトはキツく眉を寄せた。
「っ……ぅ、うう、あ」
「動くな」
医師が冷たく言う。ピンセットがグッと奥に入り込む。
「っあ……」
反射的に跳ねるミトの身体。
苛立ったように怒鳴った医師が、ミトの耳を掴んで引っ張った。
「っ痛……!」
「動くなと言っているのが聞こえないのか」
その時、扉が開いた。
静月が入ってくる。
「何をしているんですか」
静月の声は、いつもよりも少し低かった。
「処置だ」
「施設職員のホムンクルスへの暴力は認められていません」
静月が医師を見据える。
「……」
医師がミトの耳から手を離す。
「どうぞ。……続けてください」
静月が部屋の隅に立つ。
医師は舌打ちをして、再び処置を続けた。
やがてチップが取り出され、傷口が縫合される。
突き立てられる瞬間、まるでこじるように動かされる針。
夜凍の処置も、いつも痛いけれど、もう少し迷いがなく手際がいいと思う。
ミトは震えながら息を吐き出し、皮膚を貫かれる苦痛に耐えた。
◆
検査室に呼ばれたイロハは、小さくため息をついた。この人が、ムツミとミトが言っていた「いつもと違う医師」らしい。
「術前検査だ」
代理医師の言葉に、イロハはうなずく。
義肢になった右腕。今は構造の機械が剥き出しになっているが、近々、ここに人工皮膚をかぶせる作業が行われる予定だった。
イロハは検査台に座った。
医師がイロハの義肢を見下ろす。
「これが最新式の義肢か……」
医師が手を伸ばしてイロハの義肢を掴んだ。
遠慮のないその触り方に、イロハは先日の接待の客を思い出す。
人間のような身体から、機械のような腕が生えているのが面白いと嗤った男。
この医師も、同じ目をしているような気がした。
「……」
医師がイロハの腕を色んな方向に傾け、まじまじと観察する。
イロハはただ黙ってそれにしたがった。
やがて医師は観察に満足したのか、傍らのワゴンからピンセットを取り出した。それで義肢の関節部分を叩く。
カンカンという金属音。
「面白いな」
医師が嗤う。
「所詮、機械か。ホムンクルスにはお似合いだ」
「……」
イロハは何も答えなかった。
その時、扉が開いた。幻智だった。
「何をしている」
幻智の声は冷たかった。
「術前検査です」
「検査項目に、義肢に衝撃を与える項目はない。大切に扱え」
あからさまに舌打ちをする医師。
幻智が医師に向かって軽くあごをしゃくる。
「義肢を乱暴に扱うようなヤツには任せられない。代われ」
「……」
医師が顔をしかめた。
「出ていけ」
幻智が言う。
医師は何か言いたそうな表情をしたが、結局何も言わずに部屋を出て行った。
幻智がイロハの義肢を確認する。
「問題ないか」
「はい」
幻智がため息をついて、モニタを確認する。
「意外と項目が多いな。……夜凍がいないと面倒ばかり起きる」
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