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キーラの記憶を使って、誰もいない廊下を通って、学園の裏口へ向かった。
没落寸前の侯爵家だが、邸は王都の中心にある。
裏口から出れば二十分ほどの距離だ。
義妹は父が用意した馬車で通っているが、キーラは義妹が来る前と同じように徒歩で通っていた。
途中に市場があり、帰り際に、少し前までは食材を買うために、今は夕食とその代金を稼ぐために寄っている。
言うまでも無いが、家ではキーラの食事が用意されることは稀だからだ。
いつもの道をたどり、学校が終わった後の数時間、働かせてもらっている食堂へ向かう。
まだ開店前の扉を開け、いつものようにカウンター越しに声をかける。
「女将さん、ちょっと早いけど、入ってもいい?」
「!! キーラちゃん、一体どうしたの。その顔ッ!」
下ごしらえの途中だった女将が、振り返ると同時にそう声を上げた。
「ちょっと学校で殴られちゃって」
「殴られたって、一体誰に……そんなになるくらい殴るなんて、学園に暴漢でもはいったのかい?」
「ちょっと行き違いがあったみたいで」
「行き違いで殴るなんて……学園にそんな乱暴な子がいるなんて今まで聞いたことが無いよ?」
氷と水を入れた革袋を準備しながら女将が顔をしかめた。
学園に近い食堂だからか食べざかりの学生や教師が良く来るらしく、学園に通っている私より、学園の噂話や内情をよく知っている。
「一体誰にやられたの」
「騎士科の子……痛っ!」
椅子に座らせられ、革袋を押し当てられて、思わず声がでた。
「騎士科って、騎士を目指すような子が、人を殴るのかい?」
「よく分からないけど、義妹とちょっと喧嘩みたいになったら、急に間に入ってきて殴られたの」
「姉妹げんかで、なんでキーラちゃんが殴られるの? それもこんなになるくらい殴るなんて、殴った子だって女の子なんでしょ?」
「ううん。男子」
「男子って、騎士を目指す男の子に殴られたのかい?」
私が頷くと、はぁとため息をついて、女将は私の隣に腰を下ろした。
「学園の質も落ちたもんだねぇ。女の子を殴るような男が騎士科に入るなんて。それで、騎士科の誰に殴られたの?」
「それは……」
「言いにくい人なのかい? あぁ、お貴族さんのご子息、なんだね」
私が口ごもったのを、女将が勝手に推理する。あながち間違っていないから、私は痛む頬を気にしながら、困ったように顔を歪めて見せる。
「キーラちゃんだって侯爵家のお嬢様なのに、こんなになるまで殴れるんだから、余程のお家柄の子なんだね。……食堂のおばちゃんじゃあ、何にも出来ないけど、ここにもよく騎士団の人が来るからね。今度来たら、言っておくよ。今いる騎士科のお偉いさんのご子息に、女性に手を上げる不届きモノがいるってね」
そう女将は私の頭をなでた。
大きなその手は、懐かしさと安心感に溢れていて、私は知らないうちに涙を流していた。
「抱きしめてあげたいけど、傷に触るだろうから、これで我慢してね」
没落寸前の侯爵家だが、邸は王都の中心にある。
裏口から出れば二十分ほどの距離だ。
義妹は父が用意した馬車で通っているが、キーラは義妹が来る前と同じように徒歩で通っていた。
途中に市場があり、帰り際に、少し前までは食材を買うために、今は夕食とその代金を稼ぐために寄っている。
言うまでも無いが、家ではキーラの食事が用意されることは稀だからだ。
いつもの道をたどり、学校が終わった後の数時間、働かせてもらっている食堂へ向かう。
まだ開店前の扉を開け、いつものようにカウンター越しに声をかける。
「女将さん、ちょっと早いけど、入ってもいい?」
「!! キーラちゃん、一体どうしたの。その顔ッ!」
下ごしらえの途中だった女将が、振り返ると同時にそう声を上げた。
「ちょっと学校で殴られちゃって」
「殴られたって、一体誰に……そんなになるくらい殴るなんて、学園に暴漢でもはいったのかい?」
「ちょっと行き違いがあったみたいで」
「行き違いで殴るなんて……学園にそんな乱暴な子がいるなんて今まで聞いたことが無いよ?」
氷と水を入れた革袋を準備しながら女将が顔をしかめた。
学園に近い食堂だからか食べざかりの学生や教師が良く来るらしく、学園に通っている私より、学園の噂話や内情をよく知っている。
「一体誰にやられたの」
「騎士科の子……痛っ!」
椅子に座らせられ、革袋を押し当てられて、思わず声がでた。
「騎士科って、騎士を目指すような子が、人を殴るのかい?」
「よく分からないけど、義妹とちょっと喧嘩みたいになったら、急に間に入ってきて殴られたの」
「姉妹げんかで、なんでキーラちゃんが殴られるの? それもこんなになるくらい殴るなんて、殴った子だって女の子なんでしょ?」
「ううん。男子」
「男子って、騎士を目指す男の子に殴られたのかい?」
私が頷くと、はぁとため息をついて、女将は私の隣に腰を下ろした。
「学園の質も落ちたもんだねぇ。女の子を殴るような男が騎士科に入るなんて。それで、騎士科の誰に殴られたの?」
「それは……」
「言いにくい人なのかい? あぁ、お貴族さんのご子息、なんだね」
私が口ごもったのを、女将が勝手に推理する。あながち間違っていないから、私は痛む頬を気にしながら、困ったように顔を歪めて見せる。
「キーラちゃんだって侯爵家のお嬢様なのに、こんなになるまで殴れるんだから、余程のお家柄の子なんだね。……食堂のおばちゃんじゃあ、何にも出来ないけど、ここにもよく騎士団の人が来るからね。今度来たら、言っておくよ。今いる騎士科のお偉いさんのご子息に、女性に手を上げる不届きモノがいるってね」
そう女将は私の頭をなでた。
大きなその手は、懐かしさと安心感に溢れていて、私は知らないうちに涙を流していた。
「抱きしめてあげたいけど、傷に触るだろうから、これで我慢してね」
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