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第三話 ゴールデンバディと金継ぎ縁

8.

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 留守番中のキヨさんに想いを馳せる私をよそに、狐月さんは嬉しそうに、指の先でだるま豆皿の縁をなぞる。

「豆皿はしょうゆ皿にもなるし、箸置きにしたっていい。まあ、これだけ小さいと受け皿にはちょっと足りないけど……。こう小さくて可愛いと、たくさん集めてしまいたくなるよね。ほんと、完全に収集心を刺激されるよね、豆皿には」

「きっと狐月さんの家には、豆皿がたくさん眠っているんでしょうね」

 たくさんの豆皿をにこにこ眺める狐月さんを想像して、私は思わず笑ってしまう。縁結びカフェではあまり使っていないから、おそらくあるとしたら家にあるのだろう。すると狐月さんは、いい笑顔で頷いた。

「うん、たくさんあるよ。だけど、眠らせるなんてとんでもない。器は使ってこそ、だからね。ちゃんとその日の気分で、ローテーションして使っているよ」

「縁結びカフェのコーヒーカップと同じですね。そこまで言われると、豆皿コレクションを見てみたくなりますね」

「水無瀬さんなら大歓迎だよ。今度、お披露目するね」

「わーい、楽しみです」

 けろっと軽い調子で答えてから、私ははて?と首を傾げた。

(お披露目するって、写真を見せるとか、カフェに持ってきてくれるって意味だよね?)

 まさか私、狐月さんのお宅にお呼ばれされたのだろうか。少し考えてから、にこにこ笑う狐月さんを前に、私は内心で「ない、ない」と首を振った。

 仮にお呼ばれされたんだとしても、狐月さんのことだ。本当に純粋に、大好きな器自慢をしたいだけに違いない。そうやって私が、「はじめて異性のお家にお呼ばれする」というトキメキイベントに、うっかり浮かれないように自分を戒めたときだった。

「だから、三郎太に関係がある話なら、俺にも教えろって言ってるだろ!!」

 コン吉先輩の苛立った声に、私ははっとして二人を振り返った。

 いつの間に元バディふたりの口喧嘩はヒートアップしていて、睨みあう響紀さんとコン吉先輩の間に流れる空気は非常に険悪なものとなっている。

 いまや尻尾を逆立てて歯を剥きだすコン吉先輩を、響紀さんは硬い表情で見下ろす。

「何度も話したように、俺とお前のバディは既に解消している。俺が寺川に来た理由がなんであれ、お前にはもう関係のないことだろう」

「だとしても! あの時三郎太を逃がしたのは、俺が失敗したからだ。もしもあいつが関わってんなら、俺もけじめってもんがあるんだよ!」

 尚も食い下がるコン吉先輩に、響紀さんがぐっと言葉に詰まる。

 さっき響紀さんの本心を聞いたからわかる。たぶん響紀さんは、もうコン吉先輩を危険な目に遭わせたくなくて、どうやったらコン吉先輩が首を突っ込まないでくれるかを必死に考えているんだ。

 やがて響紀さんは、苦し紛れに絞り出すように、ふいとそっぽを向いた。

「……お前が勘付いているように、たしかに寺川にはいま、三郎太の目撃情報がある」

「だったら!」

「だが、仮にお前が動いたとて、三郎太天狗は捕まえられるようなやつじゃない。それに、無関係の者にあれこれと探られると、俺も迷惑だ」

「っ!」

 コン吉先輩が傷ついてように鼻をひくっとさせた。いたたまれなくなった私は思わず間に入ろうとしたが、その前にコン吉先輩がくるっと背中を見せた。

「ひびきの阿呆んだら!」

 ――けれども、そのまま駆けだそうとしたコン吉先輩は、運悪く狐月さんとぶつかる。ドンッと衝撃が走ったとき、狐月さんの手からするりと豆皿がこぼれた。

「あ」

「え」

「うそ」

 狐月さん、続いて私。最後はコン吉先輩の口から、短い声が漏れる。その間、まるでスローモーションが流れるみたいに、私は豆皿がゆっくりひっくり返りながら地面に向かうさまを見た。

 そうして可愛らしいだるま柄の豆皿は、乾いた地面にぶつかろうとした――――。

「ふ、風物収回ふうぶつしゅうかい、急急如律令!!」

「待ったあああああああああああ!!!!!」

 響紀さんがものすごい早口で叫んで小さな竜巻のクッションを起こすのと、それによって浮いた豆皿を、コン吉先輩がスライディングキャッチするのとがほぼ同時だった。

「ま、間に合ったあああああああああ!!!!」

「や、やったか!?!?」

 歓喜に沸く響紀さんとコン吉先輩。まったく動けなかった私も、ほっと胸を撫でおろした。

 だけど。

「あ」

 ピシッと。嫌な音とともに豆皿の縁が欠けて落ちる。途端、私にコン吉先輩、そして響紀さんまでもがその場に凍り付く。

 動けなくなった私たちの代わりに、私の肩で休んでいたキュウ助が、ふわふわととんでいく。そうして、だるま柄の豆皿から零れた細かな欠片をじっと眺めると、「きゅう……」と悲しげな目をして私たちを見上げた。

「な、なんで? コン吉パイセン、豆皿が地面につく前にキャッチしたのに?」

「お、おい、ひびき! お前の呪術、力込めすぎたんじゃないか!?」

「そ、そんな馬鹿な! コン吉こそ、皿をつかむときに変な力を入れたんじゃないのか!?」

「んなにをぅ!?」

「君たち」

 言い争っていた響紀さんとコン吉先輩だけど、狐月さんが低い声で呼びかけた途端、「「ひっ!?!?」」と悲鳴をあげて身を寄せ合った。バディふたりが青ざめる中、狐月さんの全身がじわじわと青白い炎に呑まれていく。

そうして狐月さんは、炎の中心から細長い目を開いてコン吉先輩たちを見た。

「豆皿、割ってしまったね? さっきここで出会ったばかりの、僕の豆皿を」

「悪い、あるじ! 俺、まさかこんなことになるなんて!」

「本当にすまない、本当だ……。そうだ! 俺が他に豆皿を買ってやろう。神楽坂にいい器のギャラリーを見つけてな。あそこなら、似たような器のひとつやふたつ……」

「ば、ばか! やめろ、ひびき! その謝り方はあるじが一番怒るやつだ! 知ってるだろ? あるじが器との一期一会も大事にするやつだって……」

「ふたりとも」

「「はいぃっ!!!!」」

 狐月さんの平坦な声に、再びコン吉先輩と響紀さんは竦みあがった。

 ――いや。青白い炎の中にいる狐月さんの目が、完全に据わっていて怖いのは認める。だけど、現役陰陽師とその元バディがここまで怯える狐月さんって、一体何なんだろう。

(そして狐月さん、完全にシルエットが妖怪って言うか、妖狐なんですけど!?)

 青白い炎がふさりと広がり、狐月さんが九尾の尻尾をもつ妖狐の姿に様変わりする。だというのに、炎の中にいる彼は相変わらず笑顔でいるのが、却ってホラーだ。

 ――と、思いきや。

 次の瞬間、狐月さんの全身を覆っていた青白い炎は、煙のように消え失せた。

「ふたりには責任を取ってもらって、この豆皿に金継ぎをしてもらおうかな」

「へ??」

「き、きんつぎ??」

「そ。金継ぎ」

 放心するコン吉先輩の手から、狐月さんが豆皿を受け取る。そして彼は、欠片を保護したキュウ助を肩に乗せ、にこりとした微笑みを二人に向けた。

「というわけで、帰るよ。僕らの縁結びカフェにね」

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