闇落ちする悪役令嬢のはずでしたが過保護な従者に溺愛されてます

枢 呂紅

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1巻

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   一章 お嬢さまと破滅の未来


「お嬢さま、無理をなさっておいでではありませんか」

 いつになく気遣わしげな声で従者のアルファルドに問われた時、シルヴィアは無意識にお気に入りのティーカップをつかむ指に力を込めた。
 自分は常に正しくあらねばならない。次期領主になるべくたんれんを積む自分は、その立場を目指すにふさわしいと、ひとびとに証明し続ける必要がある。
 そう、何度も自分を律してきた。
 決して弱みを見せないよう細心の注意を払い、皆の目にかなう自分を作り上げてきた。
 おかげでようやく、領地経営の一部を父に任せてもらえるようにまでなった。
 なのに、どうしてだろう。心に描く理想の自分を追い求めるほどに、時々どうしようもなくしょうそうかんにかられて、息をするのも苦しくなる。
 そういう時、胸の奥底にひそむなにかが、ほのぐらくシルヴィアにささやくのだ。
 お前のあがきに、本当に価値はあるのだろうか、と。

(こんなことではダメね、アルファルドにまで心配をかけるなんて)

 シルヴィアは首を振って、頭の中に響く声を強引に追い払った。

「そんなことはないわ。書類整理がひと息ついて、少し気がゆるんでしまっただけ」

 努めて明るく微笑ほほえんで、シルヴィアはほうじゅんなミルクティをそっと口に含ませた。
 ふわりと鼻腔をくすぐるこうばしさに、舌を包むまろやかな甘み。それらが張りつめた心をそっと解きほぐし、薄紅の唇から心からの賛辞の言葉が零れ落ちた。

「完璧よ、アル。あなたほど、おいしいミルクティをれるひとをほかに知らないわ」

 少女の名は、シルヴィア・クロウリー。
 ここ、ローゼン王国の北部国境を守護するクロウリー辺境伯の息女であり、王立学園きっての才女と名高い令嬢である。
 腰のあたりまで揺れる長い髪は、つもりたての雪原を思わせる純白の色。透き通るような白い肌で、肌や髪と同じく色素の薄いまつふちどられた瞳は、冬の澄み渡った空に似ている薄水色に輝いている。
 けれども美しさだけを競うなら、従者のアルファルドも負けてはいない。
 使用人の黒い仕着せをすらりと着こなす細身の長身に、ベージュがかった温かな色合いの金髪。切れ長の目元から覗くはちみつ色の甘い眼差まなざしも、スッと通った高い鼻筋も、誰かが絵筆で描いたかのように完璧に整っている。
 シルヴィアの賛辞に、アルファルドは柔らかく微笑ほほえんで胸に手を当てた。

「もったいなき、お言葉にございます。お嬢さまのお口にあいますよう、誠心誠意ご用意させていただきました」
「あなたがいなければ、私は今頃、倒れているわね」
「これはまた、過分なお褒めにございますね」
「少しもおおではないのだけれど」

 実際、アルファルド――シルヴィアの二つ年上の彼がれてくれるミルクティは、彼女のささやかないやしだ。
 シルヴィアは十六歳で、昨年から全寮制の王立学園に通っている。
 だが、今は学園の長期休暇中だ。
 それでクロウリー辺境伯領に戻ってきており、その間、彼女は父の仕事を手伝わせてもらっている。
 その疲れが伝わってしまったのか。アルファルドがものげに腕を組んだ。

「お嬢さまが倒れてしまわないかと、気がかりなのも事実です。昨晩も、遅くまで部屋のあかりがともっていたようですし……」

 彼が言うように、ここ最近は十分に睡眠を取れていない。日が昇る前から訴状と向き合い、昼間は文官たちと議論を重ね、夜は遅くまで書類をまとめている。
 それでもシルヴィアは、苦笑をして首を横に振った。

「問題ないわ。私がお父さまにお願いして始めたことだし」
「ですが、日々追いつけないほど多くの仕事をお渡しになるなど……。旦那さまも意地が悪い。まるで、お嬢さまの覚悟を試されているようです」
「これしきのことで弱音を吐いていられないわ。私はお父さまの血を引く唯一の子供として、クロウリー辺境伯を継ぐことを目指しているのだもの」

 母は早くに亡くなり、現当主である父の血を引くのはシルヴィア一人だ。
 ローゼン王国では男子継承が主ではあるが、娘が家を継ぐことも可能である。
 だからシルヴィアは、偉大な父を継いで辺境伯領の領主となるため、幼い頃から努力を重ねてきた。
 無理難題と思えるような父からの指示も、自分に期待しているからこそのものであれば、喜んで無理ができただろう。
 問題は、アルファルドが指摘したように、それが期待と思えないことだ。
 どうやら父は、女であるシルヴィアを辺境伯にすることに不満があるらしい。
 その証拠に、いつも彼はシルヴィアに冷ややかな眼差まなざしを向ける。
 お前は辺境伯にふさわしくない。
 父の瞳はそうシルヴィアにげているようで、見つめられるたびに彼女の心は重く沈んだ。

(……ダメね。せっかくアルが紅茶をれてくれたのに、これでは台なしだわ)

 重い空気を払おうと、シルヴィアはもう一度ミルクティを味わおうとする。けれども口をつける直前、目の前にアルファルドがひざまずいたので驚いた。

「お嬢さま。今よりしばし、従者の分を超えますことをお許しください」

 改まってげられた言葉に、シルヴィアはきょとんと首をかしげる。
 そもそもシルヴィアにアルファルドを縛る意思はない。彼自身が真面目なためそれを許さないが、本当はもっとくだけた態度で接してほしいくらいだ。

「もちろんよ。どうぞ?」

 シルヴィアがうながすと、アルファルドはひとつ深呼吸をした。それからはちみつ色の美しいそうがんで、真剣にシルヴィアを見つめた。

うそいつわりなき本心をお聞かせください。お嬢さまはかなり、とんでもなく、無理をなさっているはずです」
「え?」
「なにか胸にんではいませんか? 思い悩んではいませんか? 私で相談相手が務まるとは思えませんが、吐き出した思いを受け止めることならできます。あなたが抱える重荷を、どうか私にぶつけてください」
「えっと……」

 シルヴィアは困惑した。
 アルファルドの眼差まなざしは大真面目である。
 だけどシルヴィアには、彼が突然ここまで踏み込んできた理由がまるでわからない。
 そもそも、大きくなってからはいつも澄ました顔をしていた彼が、こんなにも熱心に食い下がる姿をひさしぶりに見た。

(今日の私、そんなに疲れた顔をしているのかしら……)

 まどうシルヴィアは、自分の白い頬に手を当てた。
 自分は父に次期領主として認められていない。
 その不安は常に頭のかたすみにある。
 逆に言うなら、悩み始めたのは昨日今日ではないし、突然、悩みが大きくなったわけでもない。
 だから、アルファルドがこんなにも心配する理由が思い当たらないのだ。
 なんだか申し訳なくなって、シルヴィアはしゅんとうなれた。

「ごめんなさい。アルの質問に、上手うまく答えられないの」
「お嬢さまが謝る必要はございません! ……やはりあの女、適当なことを言っていただけなのか? お嬢さまが悪魔にとりかれるなんて……いや、しかし。あの幻覚は、作り物にしては妙に手が込んでいたようにも……」

 途中からよく聞こえなかった。
 なにやらしかめつらつぶやいているが、その難しい表情からは、むしろアルファルドこそ悩みごとがあるのでは、と疑ってしまう。

(そういえば今朝、アルファルドは街に出かけていたはずだわ。急用だと言っていたけれど……その時、街でなにかあったのかしら)

 シルヴィアが首をかしげた時、アルファルドがぐいと身を乗り出した。

「では、なにかしてほしいことはございませんか」
「そんなこと、急に言われても……」
「お嬢さまはきっと、いえ、絶対に、我慢していることがおありのはずです」

 ついに「絶対」とまで言われてしまった。
 ひざまずいて答えを待つアルファルドは、納得する回答を得られるまででも動きそうにない。途方に暮れつつ、シルヴィアは一生懸命考えた。

(アルファルドにしてほしいこと、してほしいこと……。ミルクティ……はもうれてもらったし、お菓子もさっきいただいたばかりだし。なにかあったかしら?)

 がんばって、「お願い」を絞り出そうとする。
 そののうに、ふと、なつかしい思い出がよぎった。

〝女の子は魔法の印をかかげて、おそろしい悪魔をやっつけました。ひとびとは悪魔をやっつけた女の子をたたえ、救世の子と呼びました。めでたし、めでたし〟

 優しい声で歌うように絵本を読むのは、生前の母だ。
 シルヴィアと同じ純白の髪を三つ編みにし、シルヴィア、そして若き日の父とソファに並んで座っている。
 大好きな両親に挟まれて、シルヴィアは目をきらきらさせて母を見上げた。

〝もう一回! もう一回、ご本読んで!〟
〝あらあら。シルヴィアは本当に救世の子の物語が好きね〟
〝もう三回目だぞ……。そうだ。次はお父さまが別のご本を読んであげよう〟
〝や! お母さまがいいの!〟

 ぎゅっとシルヴィアが母に抱き着くと、父はわずかに眉を下げた。それにくすくすと笑いながら、母はシルヴィアを膝に抱き上げてくれた。

〝そんな顔をしないで。シルヴィアはちゃんとお父さまのことも大好きよ〟
〝本当だろうか……〟
〝あなたが緊張しているのが、シルヴィアにも伝わってしまうのよ。ね、シルヴィア。お父さまにも抱っこしてもらいましょう?〟
〝……うん〟

 シルヴィアは小さくうなずいて、父の膝によじ登る。父は恐る恐るシルヴィアの背を支えると、ぎこちなく微笑ほほえみながら頭をでてくれた――

(……あの頃は、お父さまと普通にお話しできていたわ)

 遠い日の甘い思い出に、シルヴィアの胸が切なくうずいた。
 母が亡くなってから、父と話すことはぐっと減った。
 父はもとから表情のとぼしい人ではあったけれど、シルヴィアに笑みを見せてくれることもなくなった。
 圧倒的な魔力量で古代竜をも従え、めいせきな頭脳で王国ずいいちの要所を堅く守り抜き、名領主とたたえられる父はシルヴィアのあこがれであり目標だ。
 父の隣に立ち、いつかは越えたいと心から願っている。
 だから、いつの頃からか遠くに感じるようになった父を、恨みはしない。
 だけど、もし。
 少しだけ自分に素直になって、わがままを言えるなら。

「…………頭を、でてほしいわ」
「はい?」

 返事があって、シルヴィアははっと我に返った。
 慌てて前を見ると、驚いたような顔でアルファルドがこちらを見つめている。それで声に出していたことに気付き、シルヴィアは青ざめた。

(私ったら、なんてことを!)

 アルファルドはシルヴィアが彼に頭をでるようこんがんしたと勘違いしただろう。
 主従の権威を振りかざし、従者にそんなことをいるなんて、はしたない女だとあきれたに違いない。
 恥ずかしさと申し訳なさで、シルヴィアはおおいに慌てて弁明した。

「違うの、アルファルド。今のは決して、あなたへの答えではなくて……」

 けれども、慌てる彼女をよそに、アルファルドは静かに立ち上がる。
 これまでとは逆にアルファルドを見上げる形となり、シルヴィアはどきりとした。彼の甘いはちみつ色の眼差まなざしに、うっかりおぼれてしまいそうになる。
 アルファルドはなぜかシルヴィアの肩を引き、そっと抱き寄せた。

「――こう、でしょうか?」

 頭の上から、落ち着いた声が降ってくる。次いで、抱き寄せられたシルヴィアの頭を、アルファルドの大きな手が優しくでた。

(う、うそ……)

 恥じらうよりも、シルヴィアはびっくりした。それ以上に、全身をめぐ眩暈めまいがするほどの多幸感に、なにが起きたのかときょうがくした。
 誰かに抱き寄せられるなんて、いつぶりだろう。
 最後に誰かに頭をでてもらったのは、一体いつのことだっただろう。
 だけど。
 そんなことより。

(誰かに頭をでてもらうことが、こんなに幸せな気持ちになるなんて……)

 今しがたまで悩んだり落ち込んでいたりしたのが嘘のように、こわっていた体から力が抜けていく。


 あんなに胸に巣くっていたしょうそうかんも、暗くささやくあの声も、まるで雲になってふわふわと飛んでいってしまったような軽やかさだ。
 このまま眠ってしまいたい。
 頭をでる手から伝わる甘い誘惑にシルヴィアがうっとりとたんそくした時、アルファルドがすっと離れた。

「失礼いたしました。身を預けていただいたほうが頭をでやすいかと、つい……」
「あ、ううん……」

 一瞬、物足りなさを覚えた後で、シルヴィアは動揺した。
 なんてことだ。十六歳にもなって、無防備に異性に身をゆだねてしまった。貴族の淑女としてあるまじき行為だ。アルファルドにも、申し訳ないことをした。
 そう、自分をいましめなくてはいけないのに。

(こんな……。もっと、頭をでてもらいたいなんて)

 自分を恥じ入るほど、頬に熱がのぼり、胸を占める甘いうずきが大きくなる。
 ついさっきまでの彼女は、次期クロウリー辺境伯にふさわしいと誰もが認めるだろう、非の打ち所がない完璧な令嬢だった。
 そんなシルヴィアが甘やかされる快感に目覚めた瞬間である。


   * * *


 シルヴィアが自分の隠れた欲求に気付いてしまった、一日前――
 クロウリー家の使用人にしてシルヴィアの従者、アルファルド・クロイツは、屋敷の窓から外を見下ろして整った顔をしかめた。

(やはり、いる)

 およそシルヴィアに向ける甘い眼差まなざしからは想像できないけんのんな表情で、遠く――広い庭園を挟んだ反対側の門をじっとにらむ。
 魔法で強化した瞳は、石の塀に隠れる小柄な人影をとらえていた。
 アルファルドがそれに気付いたのは、小一時間ほど前だ。
 敬愛する主人であるシルヴィアの休憩のため茶菓子とミルクティを運ぼうとしていた時に、どこかからこちらをうかがかすかな気配を察知したのが発端だ。

(悪意や敵意を感じられなかったから様子を見たが、これほど長くとどまるとは、明確な意図があって屋敷を観察しているに違いない)

 クロウリー家に害をすということは、シルヴィアの敵ということだ。アルファルドが動くのに、それ以上の理由はいらない。
 幸いにしてシルヴィアのティータイムを終えた後で、うれいはなにもない。
 アルファルドはそっと窓を離れると、あえて遠回りな使用人用の戸から外に出る。
 シルヴィアの手を取った十二歳の時から、彼女につかえるにふさわしい従者となるべくたんれんしてきた彼だ。敵に気取られないよう、気配を消して行動することなど造作もないことである。
 音もなく庭園を回り、黒の仕着せのすそひるがえしてひらりと石の塀を飛び越えた。

「なにかご用件ですか?」

 アルファルドが降りたのは、窓から見えていた怪しい人物のちょうど背後だ。
 とつじょ、真後ろから声をかけられた相手は、「きゃあ!」と飛び上がって悲鳴をあげた。

(女、か?)

 遠目に子供かもしれないと思ったが、声は若い娘のようだ。
 依然として顔はわからない。重苦しいフードを頭にすっぽりかぶっているためだ。
 近づいて確信したが、やはりこの人物から殺気は感じられない。それどころか全身隙だらけで、これでは物盗りすらできないだろう。

(わざわざ出てくるまでもなかったか)

 だが、たとえこの女が無害でも、彼女を雇って屋敷をさぐらせた誰かがいるかもしれない。自分がなにに加担させられているかも理解せず、金欲しさにのこのことあやうい仕事を引き受けるほうは存在するのだ。
 やれやれ。少しおどかして吐き出させるか。
 そう、アルファルドが白手袋を直しつつ近づこうとした時、フードの女がつぶやいた。

「……まさか、アルファルド?」
「……は?」

 正体不明の相手から自分の名前が飛び出し、思わずアルファルドは足を止める。その間も女は興奮したように続けた。

だ、本物だ! やっぱり、この世界に存在したんだ!」

 一度下げた女への警戒が、アルファルドの中で一気に跳ね上がる。
 先ほどまで張り付けていた笑みを捨て去り、彼は目の前の人物に吐き捨てた。

「貴様は誰だ。何の用でここにいる?」
「う、うぇ!?」
「正直に答えろ。でなければ、この場で貴様を消す」

 顔の前にかかげた手に、細い紫電が走る。
 シルヴィアほどの魔法の才には恵まれなかったアルファルドだが、主人を守るのに役立つ魔法は意識して強化している。電撃をむちのようにしならせ、不届者を拘束して意識を奪う魔法は、わりと得意だ。
 フードの女は慌てて、両手を前に突き出してぶんぶんと首を横に振った。

「ま、待ってください! わ、私は決して、怪しい者じゃありません!」
「胸にやましい思いがない者は、そのような自己紹介をしないものだ」
「私はただ、シルシルがこの世界にいるか、確かめたかっただけで……」
「シルシル……? 貴様、やはりシルヴィアお嬢さまが狙いか!」
「か、考えられる限り、最悪の伝わり方をしてる!」
「やましいことがないなら、今そこでフードを取ってみろ。顔も見せられない相手の言葉を信じるほど、俺は甘くはない」

 アルファルドが言い放つと、相手はぴたりと動きを止めた。……かと思えば、ローブをくるりとひるがえしてだっのごとく逃げ出す。
 切れ長の目を吊り上げて、アルファルドは右手を振るった。

「貴様! められたものだな、『雷縛サンダーチェイン』!」

 ばちりとせんこうが走り、アルファルドの手から紫電のむちが飛び出す。
 かみなりむちはうねりをあげて、逃げるフードの女に勢い良く迫った。
 しかし、むちが絡みつこうとしたせつ、振り向いた女が両手をかかげる。

「『防御シールド』!」

 女が叫ぶのと同時に、彼女の手のひらの先に小さな魔法壁が展開され、アルファルドの『雷縛』を弾いた。

(この近距離で正確に防御壁を展開した!? この女、貴族の関係者か?)

 一般的に、庶民より貴族のほうが魔法の扱いにすぐれる者が多い。環境に恵まれ、幼い頃から魔法の訓練を受けるためだ。
 声の感じから、フードの女は自分と同年代だ。その年で、主人の付き添いとはいえ一応は王立学園の生徒であるアルファルドの魔法を弾くということは、彼女もそこそこの魔法の使い手――つまり貴族関係者である可能性が高い。
 一瞬、驚きにきょをつかれたアルファルドだが、フードの女が再び走り出したのを見て我に返った。

「ああ!? 待て! 逃がすか!」

 再びアルファルドは『雷縛』を放とうとする。
 けれどもその瞬間、とつじょとして頭に、うずくまるシルヴィアの幻覚が電撃のように一瞬にして駆け抜けた。

〝私に、価値なんてない〟
〝私に、辺境伯を継ぐ資格なんてない!〟
〝全部全部、無駄だった〟
〝全部全部、意味がなかった!〟
〝…………力が欲しい〟
〝力が欲しい!〟
〝私の価値がゆるがない、私の価値を誰も疑わない、そんな力があれば……!〟
「なんだ、これは……」

 よろめいたアルファルドは、石壁に手をついて浅く呼吸をした。
 頭の中を駆け抜けた光景の中、シルヴィアはひとりくらやみの中で泣き叫んでいた。うちひしがれ、おのれの無力さに深く失望し、激しく怒っていた。
 そんな彼女が手を伸ばした先にいた禍々まがまがしいアレは……

「お嬢さま!!」

 シルヴィアが危ない。
 そう判断したアルファルドは、女を追いかけるのをやめて全速力で屋敷に戻った。そのまま、ノックもせずに主人がしつを行う際に使う書斎に勢い良く飛び込んだ。
 そこにいたのは、しつかんと話すのを中断してびっくりしたようにアルファルドを見るシルヴィアだった。

「どうしたの? なにかあったの、アルファルド?」

 肩で息をしながら、アルファルドも逆に問いかけた。 

「お嬢さまこそ、なんともないのですか?」
「魔力障壁のシミュレーションが上手うまく計算できなくて困ってはいたけど……。アルが血相を変えて飛び込んでくるような事件は起きていないわ」
「なら、さっきの光景は……?」

 アルファルドが困惑してつぶやくと、不思議そうにしつつもシルヴィアが近寄ってきた。そして、白い手を伸ばしてぴとりと彼のひたいに触れた。

「……熱くはないわ」
「お嬢さま。私は体調を崩したのではありません」
「じゃあ、悪い夢を見たのかしら」
「昼寝をして寝ぼけたのでもありません。何ともありませんから、私の顔をぺたぺたといじくり回すのはおやめなさい」

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