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◆第一幕 一ヵ月だけのクラスメイト◆
金木犀②
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暖簾をくぐると肉の焼けるいい匂いがして、途端に腹の虫が鳴った。カウンターの中で調理中の父親に哲治が声をかける。
「ただいま。友達連れて来たんだけど、俺の部屋で食った方が良い?」
「おう、おかえり。まだ混まねぇからここで食っていいぞ。お、そっちはもしかして、婆ちゃんの言ってた子か? 良く来たな、腹いっぱい食ってけよ。陸はいつものでいいか」
「うん、いつもの! あ、ご飯もつけてほしい」
腹をさすりながら答える陸に、哲治の父親が笑いながら「おう」と返事をした。清虎は壁に貼られたメニューをぐるっと見回してから、「俺も陸と同じので」と告げる。
「よっしゃ。座って待ってな」
カウンター近くの四人掛け席に落ち着くと、清虎は照れ臭そうに目の前に座る陸に笑いかけた。
「実はな、俺、友達だけで外で飯くうの初めてやねん」
「え、ホント?」
ソワソワと落ち着かない清虎がこくりと頷く。清虎の口から「友達」と言う単語が飛び出て、それが自分のことを指していると思うと嬉しくてたまらなかった。
「じゃあ、また来ようよ」
「そうやなぁ。でも、舞台終わった後も稽古あるし、あんまり頻繁には出てこれんかな」
ごめんなと、清虎はいつものようにおどけて肩をすくめたが、伏せた目はどこか寂しそうに見える。
「ねぇ、芝居が大人気で毎日行列なんだから、もう一カ月滞在期間延ばせないの?」
「いや、無理だろ。次来る劇団決まってんだろうし」
すがるような陸の言葉を、哲治がぴしゃりと跳ね除ける。清虎も困ったように眉を寄せた。
「んー、そうやな。俺たちも次の場所に行かなあかんしな。しばらく浅草におれたら良かったんやけど」
「次……どこに行くの?」
「次は地方の健康ランド。そこの宴会場で一カ月公演すんねん。健康ランドとか温泉地はええぞ。毎日デカい風呂に入れんねんから」
清虎はあっけらかんと答えたが、陸の気持ちはますます沈んでいく。それでも何とか顔に出ないよう、唇は笑みの形を保たせた。今日は体育の授業がバスケだったとか、給食がイマイチだったとか、他愛のない話でも清虎は楽しそうに相槌を打ってくれる。
少しずつ息が苦しくなった。
せっかく目の前に清虎がいるのだから、今を楽しまないと勿体ない。そう思っていても、どうしても清虎のいない未来が頭を掠めて上手く笑えない。出会った瞬間から別れのカウントダウンは始まっていた。一ヵ月しかいない。解っていたはずなのに。
「陸くん、清虎くん、お待たせ。二人とも唐揚げ定食よね?」
俯きかけた陸の頭上から、哲治の母親の声が降ってきた。目の前に置かれた盆の上には、見るからに揚げたての唐揚げと、湯気の立ち上る白米に味噌汁が並んでいる。
「哲治はもう晩御飯作っちゃったから、野菜炒めね」
有無を言わさず置かれた皿に、哲治は不満げに顔をしかめた。
「ええやん、それもウマそうで」
「じゃあ、清虎の唐揚げ一個くれよ。もやしとピーマンあげるから」
「肉もくれたら考えてやってもええぞ」
いただきますと手を合わせた清虎が、大きな口を開けて唐揚げをがぶりと頬張る。
「うんま! やっぱ哲治にやれへんわ。めっちゃ美味いやんけ」
「ケチだな。一個よこせ」
哲治が冗談めかして箸を突き立てるポーズを取ると、清虎が皿を持ち上げてオーバーに体を反らせた。清虎と哲治が仲良くしているのが嬉しくて、陸は声を立てて笑う。
「ね? 美味しいでしょ」
陸が笑いかけると、白米を掻き込みながら清虎が深く頷いた。
あっという間に食事を平らげた三人は、淹れたての緑茶を手にしてホッと一息つく。清虎が湯呑に口を付けた瞬間「熱ッ」と顔を歪ませたので、猫舌だと知った陸は意外そうな顔をした。
「清虎は大人っぽいから、熱いお茶も平気だと思ってた。コーヒーもブラックで飲めそうだし」
「そんなん陸の勝手な思い込みやろ。なんやねん、ブラックで飲めそうて。コーヒー自体そない飲まんわ」
両手で湯呑を持ち、ふーふー息を吹きかける清虎が案外可愛くて、陸は思わず目を細めた。
そう言えば、清虎はどこか猫に似ている。一見クールでミステリアスだが、実際は愛嬌があって人懐っこい。
それなら哲治は何だろう。そう思いながら隣に座る哲治の横顔を眺めた。
キリリと整った目鼻立ちや言動から連想すると、賢くて頼もしい警察犬がしっくりくる。
「ただいま。友達連れて来たんだけど、俺の部屋で食った方が良い?」
「おう、おかえり。まだ混まねぇからここで食っていいぞ。お、そっちはもしかして、婆ちゃんの言ってた子か? 良く来たな、腹いっぱい食ってけよ。陸はいつものでいいか」
「うん、いつもの! あ、ご飯もつけてほしい」
腹をさすりながら答える陸に、哲治の父親が笑いながら「おう」と返事をした。清虎は壁に貼られたメニューをぐるっと見回してから、「俺も陸と同じので」と告げる。
「よっしゃ。座って待ってな」
カウンター近くの四人掛け席に落ち着くと、清虎は照れ臭そうに目の前に座る陸に笑いかけた。
「実はな、俺、友達だけで外で飯くうの初めてやねん」
「え、ホント?」
ソワソワと落ち着かない清虎がこくりと頷く。清虎の口から「友達」と言う単語が飛び出て、それが自分のことを指していると思うと嬉しくてたまらなかった。
「じゃあ、また来ようよ」
「そうやなぁ。でも、舞台終わった後も稽古あるし、あんまり頻繁には出てこれんかな」
ごめんなと、清虎はいつものようにおどけて肩をすくめたが、伏せた目はどこか寂しそうに見える。
「ねぇ、芝居が大人気で毎日行列なんだから、もう一カ月滞在期間延ばせないの?」
「いや、無理だろ。次来る劇団決まってんだろうし」
すがるような陸の言葉を、哲治がぴしゃりと跳ね除ける。清虎も困ったように眉を寄せた。
「んー、そうやな。俺たちも次の場所に行かなあかんしな。しばらく浅草におれたら良かったんやけど」
「次……どこに行くの?」
「次は地方の健康ランド。そこの宴会場で一カ月公演すんねん。健康ランドとか温泉地はええぞ。毎日デカい風呂に入れんねんから」
清虎はあっけらかんと答えたが、陸の気持ちはますます沈んでいく。それでも何とか顔に出ないよう、唇は笑みの形を保たせた。今日は体育の授業がバスケだったとか、給食がイマイチだったとか、他愛のない話でも清虎は楽しそうに相槌を打ってくれる。
少しずつ息が苦しくなった。
せっかく目の前に清虎がいるのだから、今を楽しまないと勿体ない。そう思っていても、どうしても清虎のいない未来が頭を掠めて上手く笑えない。出会った瞬間から別れのカウントダウンは始まっていた。一ヵ月しかいない。解っていたはずなのに。
「陸くん、清虎くん、お待たせ。二人とも唐揚げ定食よね?」
俯きかけた陸の頭上から、哲治の母親の声が降ってきた。目の前に置かれた盆の上には、見るからに揚げたての唐揚げと、湯気の立ち上る白米に味噌汁が並んでいる。
「哲治はもう晩御飯作っちゃったから、野菜炒めね」
有無を言わさず置かれた皿に、哲治は不満げに顔をしかめた。
「ええやん、それもウマそうで」
「じゃあ、清虎の唐揚げ一個くれよ。もやしとピーマンあげるから」
「肉もくれたら考えてやってもええぞ」
いただきますと手を合わせた清虎が、大きな口を開けて唐揚げをがぶりと頬張る。
「うんま! やっぱ哲治にやれへんわ。めっちゃ美味いやんけ」
「ケチだな。一個よこせ」
哲治が冗談めかして箸を突き立てるポーズを取ると、清虎が皿を持ち上げてオーバーに体を反らせた。清虎と哲治が仲良くしているのが嬉しくて、陸は声を立てて笑う。
「ね? 美味しいでしょ」
陸が笑いかけると、白米を掻き込みながら清虎が深く頷いた。
あっという間に食事を平らげた三人は、淹れたての緑茶を手にしてホッと一息つく。清虎が湯呑に口を付けた瞬間「熱ッ」と顔を歪ませたので、猫舌だと知った陸は意外そうな顔をした。
「清虎は大人っぽいから、熱いお茶も平気だと思ってた。コーヒーもブラックで飲めそうだし」
「そんなん陸の勝手な思い込みやろ。なんやねん、ブラックで飲めそうて。コーヒー自体そない飲まんわ」
両手で湯呑を持ち、ふーふー息を吹きかける清虎が案外可愛くて、陸は思わず目を細めた。
そう言えば、清虎はどこか猫に似ている。一見クールでミステリアスだが、実際は愛嬌があって人懐っこい。
それなら哲治は何だろう。そう思いながら隣に座る哲治の横顔を眺めた。
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