会いたいが情、見たいが病

雪華

文字の大きさ
24 / 86
◆第二幕 月に叢雲、花に風◆

誰よりも特別②

しおりを挟む
 午前中の高揚感を引きずったままのせいか、校舎内のあちこちから昼食を取るために戻った生徒たちの、賑やかな声が聞こえてきた。
 教室では女子がグループごとに机をくっ付け、弁当を広げている。男子は教室の後ろで床に直接座り、ひとかたまりになって食べ始めていたので、陸たちもその輪に加わった。

 清虎は胡坐をかき、目の前に置いた弁当箱をニヤニヤしながら眺める。陸が清虎の肩をツンとつついた。

「清虎、早く食べないと時間なくなっちゃうよ」
「せやけど、何かもったいない気がするやんかぁ。でも、そうやな。食わんとな」

 意を決したように弁当を自分の膝に乗せ、包みを解いた。深呼吸を一つした後、緊張気味に蓋を開ける。「うわぁ」と小さく感嘆の声を上げ、清虎は少しの間、弁当に魅入った。早く感想を聞きたい陸は、そわそわと落ち着かない。

「清虎ぁ」
「待ってえな。今、目に焼き付けとんねん。凄いなぁ、全部美味そう。それに色もホンマに綺麗や」

 枝豆が刺さったピックを摘まみ上げ、パクリと一口頬張った。幸せそうに頬を緩め、今度は卵焼きに箸を伸ばす。陸は清虎にピッタリくっついて反応を伺ったが、焦れたように解説を始めた。

「あのね、玉子焼きは傷むといけないから、今朝作ったんだよ」
「へぇ、めっちゃ美味いで。陸、料理の才能あるんちゃう」
「ホントに? あ、こっちの鶏肉は下味付けて焼いたんだ。それから……」
「ほら、陸。お前も食べないと時間無くなるだろ。昼の最初のプログラムは応援合戦なんだから、他の奴らより早く行かないと」

 哲治に肩を掴まれ、清虎から引き剥がされる。陸は口を尖らせたが、哲治の食べている弁当がもう既に半分以上減っている事に気付いて、覗き込むように身を乗り出した。

「もうそんなに食べたの」
「うん。凄く美味いよ。な? 清虎」

 鶏肉を口に放り込みながら、清虎が大きく頷く。その様子を見たクラスメイトが、哲治に声を掛けた。

「なになに。哲治と清虎は陸の作った弁当食ってんの?」
「そう。そんで、陸は俺の弁当食ってる」
「哲治と陸はホント仲良いなぁ」
「まぁね」

 まるで当たり前のことのように哲治が返事をする。何となく居心地悪く感じ、陸は清虎に視線を戻した。黙々と食べていた清虎は、陸と目が合うとにっこり笑う。その笑顔にホッとして、微笑みを返した陸の背中に哲治が告げた。

「ねぇ陸。また今度作ってよ、弁当」

 一瞬。
 ほんの一瞬だけ、清虎の表情が曇ったような気がした。気のせいかもしれない。ただ、「また今度」がない清虎が傷ついたのだとしたら、胸が痛む。

「哲治……」

 もしも清虎が傷つく言葉を選んで放ったのだとしたら、哲治は相当に意地が悪い。考え過ぎかもしれないが、いさめるつもりで口を開いた。しかし陸が次の言葉を発するよりも先に、遠藤の鼻にかかった甲高い声が教室に響く。

「哲治。体育委員の仕事、もう行かなきゃ」
「ああ、そっか。忘れてた」

 立ち上がった哲治が、陸と清虎を見下ろした。

「じゃあ、先に行ってるな」
「……うん」

 タイミングを逃した陸は、それ以上何も言えずにうなずいた。教室から出ていく哲治の背中を見ていたら、思わずため息が漏れる。

「陸、俺は別に平気やで」

 まるで思考を読んだかのように、清虎は小さな声で囁いた。陸は驚きながら清虎の顔を見返し、「俺が何を考えてたかわかるの?」と不思議そうに問いかける。

「俺のこと、気遣ってくれたような顔しとったから。あとなぁ、俺もうっかり『寂しい』って顔に出してもうた。ごめんな、心配させてしもて。最後まで演じ切らなあかんのに、これじゃ役者なんて名乗れへんわ」
「最後まで演じ切るってどういう意味だよ。清虎は一体、何の役を演じてるっていうの」

 眉を寄せた陸から目をそらし、食べ終えた弁当を清虎は綺麗にまた包み直した。手元を見つめたまま、静かにぽつりと溢す。

「陸の中で、ずっときれいな思い出として残る、一ヵ月しかいなかった転校生の役。思い出してもらう時は、笑った顔の方がええやん」

 ゆっくり清虎が瞬きをした。
 それで気持ちを切り替えたのか、次に陸へ視線を向けた時は穏やかな笑みを浮かべていた。
 今にも泣きだしそうな陸は、口を真一文字に結んで押し黙る。気の利いた言葉など一つも浮かばず、なのに伝えたい想いだけは膨らんでいった。

「陸、弁当ありがとう。ホンマは洗って返したいところやけど、俺、運動会終わったらすぐ発たなあかんねん。堪忍な」

 手渡された弁当箱は、思った以上に軽かった。そのどうしようもない空虚感に、恐怖すら覚える。
 清虎が「さてと」と言いながら立ち上がった。

「ほな、俺は着替えて先に校庭行こかな」
「手伝うよ。袴着るの大変でしょ」
「大丈夫やで、着慣れとるし。陸は体操服のままでええんやろ? まだ弁当食っとき」
「でも、校庭には一緒に行くから」

 置いて行かれたくない陸は、残りの弁当を急いで掻き込む。

「ゆっくり食いなはれ。後で腹痛くなっても知らんで」

 ククッと笑った清虎が、半袖の体操服の上から剣道用の白い道着を羽織った。内側にある二カ所の紐を蝶結びし、襟を整えながら外側の紐も結んでいく。そんな調子であっという間に袴も一人で着付けていった。
 赤組の道着でも青組の道着でも、恐らく似合っていただろう。けれど間違いなく、清虎には白が一番映える。

「うっわ、清虎似合うな」

 着替え終えた清虎に気付き、クラスメイト達が喝采を送った。腰まで届く長いハチマキを結びながら、清虎が不敵に笑う。

「競技の得点とは別に、応援合戦だけの勝敗も決めるんやろ? 俺、絶対応援合戦で優勝したいねん。お前らも協力してな」
「当たり前だろ、赤組にも青組にも負けらんねーよ」

 肩を叩き合う様子を眺めながら、陸も清虎と同じ長いハチマキを締め、気合を入れた。

「俺も精一杯、清虎を支えるから。必ず優勝しよう」
「頼りにしとるで。ほな、行こか」
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

恋の闇路の向こう側

七賀ごふん
BL
学校一の優等生として過ごす川音深白には、大切な幼馴染がいる。 家庭の事情で離れ離れになった幼馴染、貴島月仁が転校してくることを知った深白は、今こそ昔守られていた恩を返そうと意気込むが…。 ──────── クールで過保護な攻め×完璧でいたいけど本当は甘えたい受け

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中

若頭と小鳥

真木
BL
極悪人といわれる若頭、けれど義弟にだけは優しい。小さくて弱い義弟を構いたくて仕方ない義兄と、自信がなくて病弱な義弟の甘々な日々。

処理中です...