会いたいが情、見たいが病

雪華

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◆第二幕 月に叢雲、花に風◆

誰よりも特別①

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 雲一つない青空の下、運動会のプログラムは滞りなく進んで行った。校庭を照らす日差しは強いが、時折吹く風はカラッとしていて清々しい。

「運動会って、ある意味祭りだよね」

 それぞれのチームカラーで描かれた応援看板を眺めながら、陸はハチマキを締め直す。「必勝」や「闘魂」など鼓舞するようなスローガンが並び、否が応でも気分が高まった。

「そもそも体育祭って呼ぶ学校もあるんだから、祭りで間違いないんじゃないの」

 哲治が陸のハチマキに手を伸ばす。曲がった結び目を整えて貰いながら、陸は応援席の背後に掲げられた大きな看板を見上げた。
 白組の看板には、険しい岩山に足をかけ、月を睨んで咆哮する、それは見事な白い虎が描かれていた。横に添えられた「無双」の二文字と相まって、団長の清虎に相応しい出来栄だ。

「今のところ、青組にリードされてんなぁ。午後のリレーで挽回しないと。頼んだぞ、清虎」

 クラスメイトの声が聞こえて、陸はそちらに目を向けた。少し離れた場所で得点板を見ながら話している集団の輪の中に、清虎の姿を見つける。

「まかしとき。でもまだ午前の部に、陸が出る百メートル走が残っとるやん」

 辺りを見回した清虎は、陸と目が合うと手を振った。

「陸! この後、百メートル走やろ。頑張ってな」
「うん、今から行ってくる。終わったら昼休憩だから、一緒に弁当食べよ」

 弁当と聞いた清虎の表情が期待に満ちる。大きく頷いて、白い歯を覗かせた。陸は清虎に笑顔を返し、それからすぐ横にいる哲治の肩を叩く。

「哲治もね。じゃ、行ってくる」
「ああ。一位取って来いよ」
「もちろん」

 握った拳を掲げて、陸はグラウンド中央の集合場所へ向かう。
 リレーの選抜メンバーには惜しくも届かなかったが、陸も走ることは得意だった。スタートラインに並んだ時の、血が逆流するような高揚感はたまらない。

 陸は白組の列の最後尾に並んで、隣の青組と赤組の走者を横目で確認した。走るグループは実力が拮抗するように組まれているので、どちらも強敵だ。

 ほどなくして競技用のピストルが鳴り、最初のグループが走り出した。陸は緊張と興奮で強張る体を解すように、手足をぶらぶら振る。応援席に目をやると、どのクラスの生徒も立ち上がり、身を乗り出して声援を送っているのが見えた。
 一位になりたい。勝ってあの場に戻りたい。

 遂に陸の番が来て、スタートラインに立った。全身の毛が逆立ち、ゴールが獲物に見えて狩猟本能が掻き立てられる。
 大きく息を吸い込んで顎を引き、号砲が鳴る瞬間を待った。

 たかが運動会の百メートル走で、こんなに血がたぎるなんて。
 いや、「たかが」じゃないな。陸は自身の思考をすぐに取り消す。清虎にとってはきっと、最初で最後の運動会になるだろう。それを抜きにしたって、自分にとっても中学最後の運動会だ。
 今日を勝って終わらせたい。

 スターターピストルの合図と同時に飛び出した。歓声が塊となって背中を押してくれる。前に倒していた上半身を徐々に起こし、一気に加速していった。  
 視界の端に自分と並ぶ影が映り、トップスピードに乗った陸は、引き離したくて歯を食いしばる。それでも振り切ることが出来ず、むしろ追い抜かれそうになって気が焦った。

「陸!」

 嵐のような大歓声の中、確かに清虎の声を聞いた。矢のように真っ直ぐ飛んで来た声が、陸の体を貫く。その瞬間、陸の頭の中で重い鉄製の足枷が粉々に砕けるイメージが沸いた。
 気付くと目の端に映っていたライバルの姿は消え失せ、陸はトップでゴールを駆け抜けていた。弾む息のまま応援席を振り返ると、清虎が両手の拳を突き上げて、嬉しそうに飛び跳ねている。

『よっぽど特別な子なんだね』

 兄の言葉が脳裏に蘇った。
 あの時はよくわからないと答えたが、今なら迷わず言い切れる。清虎は、誰よりも特別だ。あんな土壇場に、声を聞いただけで自分でも信じられない力を発揮してしまう程に。

「陸、凄かったなぁ! 競り勝って、めっちゃカッコ良かったで。俺、あないに興奮したんは初めてかもしれん」

 応援席に戻った陸に向かって、清虎が早口でまくし立てた。余程熱心に応援していたのか、清虎の頬は紅潮し、瞳が僅かに潤んでいる。
 走り終えたばかりで気持ちが昂ったままの陸は、思わず清虎の首に両手を回して抱きついた。驚きのせいか、清虎の体が強張る。

「陸?」
「清虎の声、聞こえたよ。だから俺、勝てたんだ」

 清虎の肩に顔を埋めたまま陸が告げる。「そっか」と耳元で嬉しそうに返事をした後、清虎が陸の背中を優しくぽんぽんと叩いた。

「あっ、陸だけズルい! 俺も頑張ったから清虎にヨシヨシされたい」
「俺も俺も」

 百メートル走を終えた他のクラスメイト達が清虎に群がって、あっという間に団子状態になった。中心にいた陸まで一緒に抱きしめられて、思わず笑い声をあげる。

「あははは。超暑苦しい」
「ちょぉ、陸が潰れてまうやろ。お前らちょっと加減せぇや」

 陸の体を支えながら、清虎も笑った。

「おいおい、怪我する前に止めとけよ。ほら、飯食いに教室戻るぞ」

 呆れたように哲治が声を掛けると、クラスメイト達は空腹を思い出したようで、「腹減った」と口々に言いながら清虎と陸から離れていく。

「大丈夫?」

 哲治が気遣わし気に陸の髪を撫でる。それから清虎に視線を移し、ため息を吐いた。

「お前も団長なんだから、応援合戦の前に怪我すんなよ」
「なんや、優しいな。俺は平気やで。それより、早う戻って弁当食お」

 校舎に向かって駆け出した清虎が、早く早くと二人を急かした。
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