会いたいが情、見たいが病

雪華

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◆第二幕 月に叢雲、花に風◆

痛みを感じないで済む場所①

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「おい。陸をあんまりからかうなよ」

 声がすると同時に、背後から伸びて来た腕に陸は抱きすくめられた。ビクッと肩が跳ね、陸は恐る恐る振り返る。

「て、哲治。急にどうしたの」
「陸が困ってるように見えたから」

 腕の中に納まる陸を一度だけギュッと強く抱きしめた後、哲治はその手を離した。それから清虎の目の前まで歩みを進め、肩をポンと叩く。

「清虎、お疲れ。お前のおかげで応援合戦は大成功だ。ありがとな」
「ん。ああ、こちらこそおおきに。哲治も団旗だんき振り続けるの大変やったろ。お疲れさん」

 哲治の意図を探るように、清虎は肩に置かれたままの手を警戒しながら笑顔を返した。哲治は口元に優しい笑みを浮かべ、思いもよらない言葉を放つ。

「清虎、俺とハチマキ交換しようよ」

 咄嗟に声が出ず、清虎は呆然と哲治を見返す。哲治が純粋に清虎のハチマキを欲しがるとは思えなかった。
 だとすれば、一つの可能性が頭をよぎる。
 既に陸と交換していると予想し、陸のハチマキを取り返そうとしているのではないか。

 仮にまだ交換していなかったとしても、先に自分が清虎のハチマキを手に入れてしまえば、少なくとも清虎は陸にハチマキを渡せない。
 どちらにせよ、陸と清虎がお互いのハチマキを持ち合うという状況は阻止できる。

 一呼吸おいた清虎は、いつもの余裕ありげな表情を取り戻す。

「ごめんなぁ。俺、高校は通信制の予定やし、ホンマにこれが最初で最後の運動会やねん。だから誰とも交換せんで、自分のハチマキ持って帰ろう思て。堪忍な」
「そうか。残念だ」

 哲治は清虎の肩に置いていた手を引っ込め、言葉通りに残念そうな顔をして見せた。

「すまんな。ほな、着替えてくるわ。職員室行って、道着を返さな」  

 くるりと踵を返した清虎が、校舎に向かって歩き出す。その背中を見送りながら、哲治が長い息を吐いた。
 取り残された陸と哲治の間に、重い沈黙が流れる。どうにも気まずく、陸は手持ち無沙汰をごまかすように、額に巻いていた応援団用の長いハチマキを外した。それを畳んでポケットにしまおうとした手を、哲治が掴んで止める。

「ね、それ俺にちょうだい」
「え」
「清虎にはフラれちゃったけど、陸はもちろんくれるよね」

 握られた手首が痛い。
 最初から哲治に欲しいと言われたら、渡すつもりでいた。清虎ともそう約束した。それでもいざとなると「嫌だ」と言いたくなる。

「ハチマキなんか貰ってどうすんの。ゴミになるだけでしょ」

 冗談を言われてそれを受け流すような、そんな軽い調子で笑ってみた。哲治はそれで引き下がることはなく、にこやかに否定する。

「まさか、ゴミになんてなるわけないじゃん。宝物にするよ。だから運動会が終わったら、競技用の短いハチマキもちょうだいね」

 陸は戸惑いながら口を引き結んだ。再び沈黙が訪れる。
 グラウンドでは一年生の学年リレーが始まっていた。その歓声に気を取られるフリをして、解ったとも嫌だとも答えないまま陸は話題を変える。

「プログラム最後のリレーは、哲治がアンカーで清虎からバトン貰うんだよね。楽しみだなぁ、頑張ってね。俺、めっちゃ応援するから」
「それは、どっちを?」

 陸の腕を掴んでいる哲治の手に力が加わる。グラウンドに目を向けたまま、陸は小さく息を吐いた。

「もちろん、どっちも。何でそんなこと聞くの」
「何でかね。最近、陸が冷たいからかな」
「それは、哲治が意地悪するからだよ。ねぇ、痛いからもうこの手を離して」
「そっか、意地悪か」

 哲治は寂しそうに笑ったが、腕を離す気はなさそうだった。陸の手の中にあった清虎のハチマキを、優しく、それでいて有無を言わさず奪っていく。

「ごめん。これ貰うね。多分……明日からはもっと冷静になれると思う」

 明日から。
 陸は胸が締め付けられる思いで目を伏せた。「何で」と思わず聞いてしまったが、哲治も「わからない」と答えたきり喋らない。俯いたまま、どちらからともなく応援席へ向かって歩き出す。

「陸は……」

 哲治が抑え気味な低い声でぽつりと言った。

「陸は清虎に対して無防備過ぎると思う」
「無防備って、どういうこと。友達になりたいって思うの、そんなに駄目なの」
「そうじゃなくて」

 気持が伝わらないことがもどかしいのか、哲治は苛立ったように頭を掻いた。

「アイツの本性なんてわかんないだろ。たった一ヵ月しかいないんだから、どんなキャラにだってなれる。ましてやアイツは役者だ。綺麗な部分しか見せないで、陸を利用してるだけかもしれない」
「利用なんてされてない」
「弁当作ってやっただろ」
「あれは、俺がしたくてやっただけだ。清虎に言われたんじゃないよ」

 陸は立ち止まり、哲治を睨んだ。陸を見返す哲治の瞳は、微かに憐みの色が滲んでいる。

「だから、そういう風に仕向けるのも清虎にとっては朝飯前なんだって。清虎のこと知ってるつもりでも、何も知らないだろ。清虎の出身地は? 兄弟は? 好きな食べ物は? 誕生日は? どれか一つでも答えられる? アイツは陸の理想の友達を、ただ演じてるだけかもしれないよ」
「そんなこと……」

 強く否定できない自分に、陸自身が戸惑う。
 理想を演じていると言われ、陸の足元がぐにゃりと歪んだような気がした。
 清虎は確かに言っていた。
 綺麗な想い出として残る転校生の役を演じていると。
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