会いたいが情、見たいが病

雪華

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◆第三幕 同窓会◆

合縁奇縁③

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「もう十九時半過ぎてますよ。今から入ったって途中からだし、直ぐに終わっちゃいます」
「いいじゃん、それでも。雰囲気だけでも味わってみたいよ。ね、行こう」
「行きましょう、行きましょう」

 深澤がさっさと三人分のチケットを買ってしまい、陸は狼狽えた。

「お、俺はここで待ってます」
「何言ってんだよ。ほら、早く来い」

 深澤に手首を掴まれ階段を上る。
 駄目だと思う反面、清虎にまた会えると思うと、陸の鼓動は激しくなった。

 急な階段を上り切り、劇場入り口に立っていた従業員に深澤がチケットを手渡す。ショーの合間だったらしく、すぐに一番後ろの席に案内された。客席は暗く、舞台に向かってスポットライトの光が伸びている。
 逃げ出すとでも思われているのか、移動している間も深澤は陸の手首を掴んだままだった。そろそろ離して欲しいと思いながら着席し、劇場内を見渡す。客席は階段状になっていて、一番後ろからでも舞台は良く見えた。

 どうやら芝居は既に終わっていて、今は舞踊ショーの真っ最中らしい。
 紋付き袴に扇子を持った役者たちが舞台に現れ、華やかな音楽に合わせて息の合った踊りを披露し始めた。思わず身を乗り出し清虎の姿を探したが、いないとわかるとホッとしたような残念なような、複雑な気持ちになる。

「なんだ。外で待ってるなんて言うから、てっきりこういうのは苦手なのかと思った。興味津々じゃん」

 役者たちが舞台袖に引っ込んだのを見計らって、深澤は陸に身を寄せ耳打ちした。

「別に苦手という訳じゃ……って言うか、もう観念してるんで、手を離してください」
「ああ、ごめんごめん。孤高の貴公子とお近づきになれたから、嬉しくてつい」
「孤高の貴公子? 何ですか、それ」

 唐突に出てきた聞き慣れない単語に、陸が首を傾げる。陸の左隣に座っていた佐々木が、質問に答えるように小声で告げた。

「佐伯くん。実はキミ、営業部のアイドルなんだよ。仕事出来るし、イケメンだし。でもさ、仕事以外の会話ってあんまり応じてくれないじゃん? 人を寄せ付けないって言うか。だからみんな憧れと敬意を込めて『孤高の貴公子』って呼んでるの。って、私が暴露したのは内緒にしてね」

 拝むように手を合わせ、佐々木が「勝手にあだ名付けてゴメン」と片目を瞑る。

「そうなんだ……」

 まさかそんな呼び名が付けられていたとは知らず、軽い衝撃を受けた。しかし今まで人付き合いを極力避けてきたのも事実で、それにもかかわらず好意的に思われていたのは意外だった。

 そうこうしているうちに、今まで流れていたアップテンポな曲からトーンを落とした艶やかな曲に切り替わる。青味を帯びた照明が点き、舞台にはスモークが立ち込めた。観客たちは居住まいを正し、食い入るように舞台を見つめる。
 シャン、と鈴の音が鳴った。
 それまでの祭りのような賑やかさは一瞬で掻き消え、空気が冷えて張り詰めていくのが解る。

 白い霧の中から、一人の花魁が現れた。
 手にした真っ赤な曼殊沙華を口元に寄せ、切なそうに客席に視線を送る。

「切なそう」と感じたのは、陸の主観でしかなかった。別の人には、はにかんでいるように見えたかもしれないし、あるいは憤っているように見えたかもしれない。
 無表情と言う訳ではないのに、全く感情が読み取れなかった。その隠された感情を知りたくて、もっともっとと、観客たちは舞台にのめり込んでいく。

「清虎……」

 思わず口をついて出た。陸の脳裏には、運動会で舞う清虎の姿が蘇る。
 あの時も見ている者たちの心を掴んで離さなかったが、時を経て、更に洗練され進化を遂げたようだった。舞台上の清虎の存在感は凄まじく、客席全体をあっという間に支配していく。身じろぎ一つせず、陸はひたすら清虎を目で追った。

 やがて曲調が変わり、少しだけ柔らかい雰囲気が舞台に帯び始める。
 威圧すら感じる冷ややかな美貌の清虎が、一転して親しみやすい表情を浮かべた。
 その瞬間、息をすることを許されたような気がして、急に体の力が抜ける。ずっと無意識に拳を握り締めていたようで、陸は痺れた腕をさすった。横目で深澤を見ると、瞬きするのも惜しいようで、目を見開いて一心に見入っている。

 ふいに客の何人かが舞台に近づいた。
 清虎はそれに気づくと舞台の端まで行って膝を折り、客から胸元に扇子のようなものを差し込まれていた。よく見ればそれは万札で、陸はぎょっとしてしまう。

「凄いなぁ、おひねりか。あ、『お花』って言うんだっけ? こんな世界があるんだな」

 深澤が感心したように呟く。
 再び清虎は舞台の中央に戻り、幕が引かれるまで天上の笑みを浮かべながら舞い続けた。
 
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