49 / 86
◆第三幕 同窓会◆
仕方ない①
しおりを挟む
案の定、送信元は哲治だった。
時刻はもうすぐ九時を回ろうとしている。金曜の夜の串焼き屋にとって、決して暇な時間帯ではないはずだ。
無視しようかとも考えたが、恐らく出るまで掛け続けてくるだろう。諦めたように「ちょっとすみません」と深澤に告げ、背を向ける。
「もしもし。哲治、どうしたの?」
『ああ、陸。まだ外にいるんだね』
心臓が跳ね上がった。どこかから見られているのではないかと、思わず辺りを見回してしまう。
『うちの親から、茶益園に買い物に行った時に陸を見たって聞いてさ。会社の同僚と来てたの? まだ帰宅してないってことは、今も一緒にいるのかな』
一先ず清虎に会っていたことが知られた訳ではなさそうだった。胸を撫で下ろし、「もう帰るところだよ」と適当に嘘を吐く。
『もう帰る? そんなこと言わないで、同僚と一緒に店に来いよ。今なら席も空いてるし。会社で陸はどんな感じなのか、聞いてみたいんだよね』
やめてくれ、と言いそうになるのを堪えながら、「また今度ね」とやんわり断る。しかし哲治は引き下がらなかった。
『うちに連れて来れないなんて、何かやましいことでもあるの?』
「ないよ。ないけどさ……。ごめん、先輩待たせてるから」
そう言いながら振り返った陸は、すぐ後ろにいた深澤に驚いて身を反らせた。深澤は、心配そうに陸を見降ろしている。
「電話、彼女さん? 浮気を疑われてるんなら、俺が代わって誤解を解こうか」
「あ、いえ。彼女じゃないんで、大丈夫です」
深澤との会話は哲治にも聞こえたらしい。ははっと乾いた笑い声がスマホから漏れる。
『ねえ陸、その先輩に代わってよ。うちの店に招待するって伝えたいから』
「いや……」
『ほら、早く』
畳みかけられ、陸の思考は停止する。
「わかった、今から行くよ」
『うん、待ってる』
満足そうな哲治の声。また我儘を受け入れてしまったと思いながら通話を切った。
「あの。友達の家、炭膳って言う焼き鳥屋なんですけど、今から来ないかって」
「え、炭膳? そのお店も雑誌で見たことあるよ!」
佐々木が目を輝かせて「行きましょう」と陸の提案に同意する。歩き出した陸の隣に並んだ深澤は、何か言いたげな様子だった。電話中、彼女に浮気を疑われ問い詰められていると勘違いされる程、自分は緊迫した空気を出していたのだろうか。
そんなことを考えながら、店の引き戸を開ける。
「いらっしゃい。待ってたよ」
カウンターの中から哲治に笑顔を向けられた。哲治の父親も炭火で鳥を焼きながら、「いらっしゃい」と威勢よく出迎えてくれる。
店はやはり混んでいて、カウンター席だけが空いていた。必然的に、陸たちは哲治の目の前の席に着く。
お任せで串の盛り合わせを注文し、ビールで乾杯した頃、哲治の父親が興味深そうに佐々木に問いかけた。
「お嬢さんは陸の恋人なのかい?」
ビールを吹き出しそうになった陸は、「ちょっと」と声を荒げる。
「おじさん、いきなり失礼だろ。会社の同僚だよ。変なこと聞かないで」
「なんだ、そうなのか。じゃぁお嬢さん、うちの哲治はどうだい? 働き者だし、優良物件だと思うんだけどねぇ」
「オヤジ。やめろって」
今度は哲治が諫める。哲治に「すみません」と謝られた佐々木は、恐縮しながら顔を真っ赤にさせた。
「だってお前、そろそろ嫁さん貰ったっていいだろう。俺は早く結婚して欲しいんだよ」
「またその話かよ。いい加減にしてくれ」
客の前で親子喧嘩を始められてはかなわない。陸がなだめようとすると、深澤が白い歯を見せて爽やかに笑った。
「親子で一緒の職場は、距離が近くて苦労も多そうですね。でも、羨ましいな。それに、店を継ぐんですよね? 親孝行な息子さんじゃないですか」
「いやぁ、まあ、そうなんですけどねぇ」
哲治の父親は、口では不満を漏らしつつも嬉しそうな表情を浮かべる。
場の空気を一瞬で変えるのは流石だなぁと感心していたら、今度は深澤が陸の方に体を向けた。
「それにしても、佐伯くんがハッキリ物を言うのに驚いたな。地元だといつもこんな感じなの?」
「俺、そんなに普段と違いました?」
陸が聞き返すと、深澤と佐々木が同時にうなずく。
「佐伯くんとは幼馴染なんですか?」
「ええ。幼稚園から大学まで、ずっと同じ学校でした」
哲治の答えを聞き、隣で父親がははっと笑った。
「こいつらの母親同士も同級生でね。正確には、生まれる前から知り合いなんですよ」
「生まれる前から知り合いだなんて、凄いですね。じゃあ、幼馴染より兄弟って言った方が近いのかな」
深澤は驚きつつ、ビールのグラスを口元に運んだ。哲治はしみじみ「ええ」と相槌を打つ。
「幼馴染で、兄弟のようで……二人で一つと言った感じですかね。昔から、いつも一緒でしたし。陸には俺が付いていないと駄目なんです」
自信ありげに言い切られて、陸はムッとしながら反論する。
「違うだろ。哲治の方が、俺がいないと駄目なんだ」
「確かに。そうかもしれないな」
哲治は目を伏せ、満ち足りた笑みを浮かべた。そんなやり取りに、一瞬だけ深澤の表情が曇る。
何かを危惧するような眼差しが気になった陸は、深澤に問おうと口を開きかけた。しかし、陸より先に放たれた哲治の言葉で、それどころではなくなってしまう。
時刻はもうすぐ九時を回ろうとしている。金曜の夜の串焼き屋にとって、決して暇な時間帯ではないはずだ。
無視しようかとも考えたが、恐らく出るまで掛け続けてくるだろう。諦めたように「ちょっとすみません」と深澤に告げ、背を向ける。
「もしもし。哲治、どうしたの?」
『ああ、陸。まだ外にいるんだね』
心臓が跳ね上がった。どこかから見られているのではないかと、思わず辺りを見回してしまう。
『うちの親から、茶益園に買い物に行った時に陸を見たって聞いてさ。会社の同僚と来てたの? まだ帰宅してないってことは、今も一緒にいるのかな』
一先ず清虎に会っていたことが知られた訳ではなさそうだった。胸を撫で下ろし、「もう帰るところだよ」と適当に嘘を吐く。
『もう帰る? そんなこと言わないで、同僚と一緒に店に来いよ。今なら席も空いてるし。会社で陸はどんな感じなのか、聞いてみたいんだよね』
やめてくれ、と言いそうになるのを堪えながら、「また今度ね」とやんわり断る。しかし哲治は引き下がらなかった。
『うちに連れて来れないなんて、何かやましいことでもあるの?』
「ないよ。ないけどさ……。ごめん、先輩待たせてるから」
そう言いながら振り返った陸は、すぐ後ろにいた深澤に驚いて身を反らせた。深澤は、心配そうに陸を見降ろしている。
「電話、彼女さん? 浮気を疑われてるんなら、俺が代わって誤解を解こうか」
「あ、いえ。彼女じゃないんで、大丈夫です」
深澤との会話は哲治にも聞こえたらしい。ははっと乾いた笑い声がスマホから漏れる。
『ねえ陸、その先輩に代わってよ。うちの店に招待するって伝えたいから』
「いや……」
『ほら、早く』
畳みかけられ、陸の思考は停止する。
「わかった、今から行くよ」
『うん、待ってる』
満足そうな哲治の声。また我儘を受け入れてしまったと思いながら通話を切った。
「あの。友達の家、炭膳って言う焼き鳥屋なんですけど、今から来ないかって」
「え、炭膳? そのお店も雑誌で見たことあるよ!」
佐々木が目を輝かせて「行きましょう」と陸の提案に同意する。歩き出した陸の隣に並んだ深澤は、何か言いたげな様子だった。電話中、彼女に浮気を疑われ問い詰められていると勘違いされる程、自分は緊迫した空気を出していたのだろうか。
そんなことを考えながら、店の引き戸を開ける。
「いらっしゃい。待ってたよ」
カウンターの中から哲治に笑顔を向けられた。哲治の父親も炭火で鳥を焼きながら、「いらっしゃい」と威勢よく出迎えてくれる。
店はやはり混んでいて、カウンター席だけが空いていた。必然的に、陸たちは哲治の目の前の席に着く。
お任せで串の盛り合わせを注文し、ビールで乾杯した頃、哲治の父親が興味深そうに佐々木に問いかけた。
「お嬢さんは陸の恋人なのかい?」
ビールを吹き出しそうになった陸は、「ちょっと」と声を荒げる。
「おじさん、いきなり失礼だろ。会社の同僚だよ。変なこと聞かないで」
「なんだ、そうなのか。じゃぁお嬢さん、うちの哲治はどうだい? 働き者だし、優良物件だと思うんだけどねぇ」
「オヤジ。やめろって」
今度は哲治が諫める。哲治に「すみません」と謝られた佐々木は、恐縮しながら顔を真っ赤にさせた。
「だってお前、そろそろ嫁さん貰ったっていいだろう。俺は早く結婚して欲しいんだよ」
「またその話かよ。いい加減にしてくれ」
客の前で親子喧嘩を始められてはかなわない。陸がなだめようとすると、深澤が白い歯を見せて爽やかに笑った。
「親子で一緒の職場は、距離が近くて苦労も多そうですね。でも、羨ましいな。それに、店を継ぐんですよね? 親孝行な息子さんじゃないですか」
「いやぁ、まあ、そうなんですけどねぇ」
哲治の父親は、口では不満を漏らしつつも嬉しそうな表情を浮かべる。
場の空気を一瞬で変えるのは流石だなぁと感心していたら、今度は深澤が陸の方に体を向けた。
「それにしても、佐伯くんがハッキリ物を言うのに驚いたな。地元だといつもこんな感じなの?」
「俺、そんなに普段と違いました?」
陸が聞き返すと、深澤と佐々木が同時にうなずく。
「佐伯くんとは幼馴染なんですか?」
「ええ。幼稚園から大学まで、ずっと同じ学校でした」
哲治の答えを聞き、隣で父親がははっと笑った。
「こいつらの母親同士も同級生でね。正確には、生まれる前から知り合いなんですよ」
「生まれる前から知り合いだなんて、凄いですね。じゃあ、幼馴染より兄弟って言った方が近いのかな」
深澤は驚きつつ、ビールのグラスを口元に運んだ。哲治はしみじみ「ええ」と相槌を打つ。
「幼馴染で、兄弟のようで……二人で一つと言った感じですかね。昔から、いつも一緒でしたし。陸には俺が付いていないと駄目なんです」
自信ありげに言い切られて、陸はムッとしながら反論する。
「違うだろ。哲治の方が、俺がいないと駄目なんだ」
「確かに。そうかもしれないな」
哲治は目を伏せ、満ち足りた笑みを浮かべた。そんなやり取りに、一瞬だけ深澤の表情が曇る。
何かを危惧するような眼差しが気になった陸は、深澤に問おうと口を開きかけた。しかし、陸より先に放たれた哲治の言葉で、それどころではなくなってしまう。
0
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
恋の闇路の向こう側
七賀ごふん
BL
学校一の優等生として過ごす川音深白には、大切な幼馴染がいる。
家庭の事情で離れ離れになった幼馴染、貴島月仁が転校してくることを知った深白は、今こそ昔守られていた恩を返そうと意気込むが…。
────────
クールで過保護な攻め×完璧でいたいけど本当は甘えたい受け
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
【完結】抱っこからはじまる恋
* ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります。
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
【BL】捨てられたSubが甘やかされる話
橘スミレ
BL
渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。
もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。
オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。
ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。
特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。
でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。
理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。
そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!
アルファポリス限定で連載中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる