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◆第三幕 同窓会◆
仕方ない③
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「ほら、そういうところ。気の小さい人はそんなに感情を表に出さないって。もしかしてちょっと酔ってる? いつもより素が出てるのかも」
ははっと笑った深澤の声が、シャッターの閉まった商店街に響いた。その笑顔のまま、深澤が陸を見おろす。
「あの哲治って子は、佐伯くんの何なの? 親友だとしてもなかなか出てこないよ、『二人で一つ。俺が付いていないと駄目』なんて言葉」
「あいつは、ただの幼馴染ですよ。人の世話を焼くのが好きなんです」
「そう? 佐伯くんの返した言葉にも俺は相当驚いたけどね。『哲治の方が俺がいないと駄目なんだ』って。お互い、自分がいないと駄目だと思ってるってことでしょ? それって恋人なのかなって思っちゃうよね」
まさか、と陸は吐き捨てた。恋人だなんて勘弁してくれと本気で思う。
「あいつのこと、解ってやれるのは俺しかいないから、見捨てられないだけです。だって、一人にしたら壊れちゃうから」
深澤は衝撃を受けたようだった。眉間の皺を深め、痛ましげな目で陸を見る。
「一人にしたら壊れる? その言い方だと、壊れかけた前例があるみたいだね」
「中学の頃なので、随分昔の話ですけど。あいつの側にいないと、周りまで巻き込んで俺を捕まえておこうとするんです。だから、仕方ないんです」
仕方ないと言う言葉は便利だ。あやふやな理由でもいくつか詰め込んでひとまとめにしてしまえば、それらしい言い訳になってくれる。
「なるほどねぇ。例えば、キミが哲治くんより俺を優先するようになったら、どうなるの?」
「さぁ……。根回しして、会社を辞めさせようとするんじゃないですかね」
容易に想像できてしまい、うんざりしながら陸は答えた。
実際、哲治を優先している今でさえ、哲治は陸に仕事を辞めて欲しいと願っている。
人気のある成海のカフェスペースを独立した店舗にし、茶葉の売り場は本店として、そこを陸に任せたらどうかと哲治が提言したことがあった。
両親はその案に乗り気になり、真剣に陸に会社を辞めるよう勧めてきたので、非常に参った経験がある。
あの時は、成海が「もともと茶葉を買ってもらうために足止めする役割なのに、カフェを独立させたら本末転倒だろう」と、冷静に説き伏せてくれたので事なきを得たのだが。
「仕方ない、か」
深澤が、先ほど陸が口にした言葉を噛みしめるように呟いた。
「俺、『仕方ない』って言葉、嫌いじゃないんだよね。諦めの中にも、どこか前を向いた感じがして。でも佐伯くんの言い方には、ポジティブな感じが一切ないんだよなぁ」
「それは深澤さんの勝手な印象じゃないですか。そんなものを押し付けられても困ります」
陸は挑むように深澤を睨んだ。深澤は、「ほらね、やっぱり気が強い」と肩をすくめる。
「佐伯くんさぁ」
深澤はそこで一呼吸置いた。陸の顔をじっと見て、次の言葉を選んでいるように見える。
きっと、今の関係はおかしいとか、早く離れた方が良いとか、そんなことを言われるのだろう。
「哲治くんが壊れないために側にいるって言うけど、本当にそう? 一見すると、佐伯くんが彼に振り回されているようだけど、実は逆なんじゃないの」
「は……? 逆?」
全く予想していなかった言葉に、陸は呆然としながら深澤を見上げた。
「どういうことですか」
「うん。とりあえず歩きながら話そうか」
深澤の落ち着き払った態度が、陸を余計に苛立たせる。陸は前を行く背中に食ってかかった。
「逆って、俺が哲治を振り回してるってことですか。そんな訳ないでしょう。俺が今までどれだけ哲治の我儘を聞いてきたと思ってるんです」
「そうだね、『逆』は言い過ぎたかもしれない。『同じくらい』かな」
ふざけるなと喉元まで出かかったが、なんとか飲み込んだ。陸とは対照的に、深澤が静かな声で話を続ける。
「佐伯くんさ、大事な人と突然の別れを経験したことあるんじゃない? それも到底受け入れられないような、理不尽な別れ方」
血が上って熱くなった頭に、冷水を掛けられたような気がした。なぜそれを知っているのかと、深澤を凝視する。
「やっぱり。その感じだと、心当たりがありそうだね」
人通りのない新仲見世通りに、二人の足音が響く。得体の知れない寒気に襲われ、陸は身震いした。
「佐伯くんは大事な人を失って、心にぽっかり穴が開いたんじゃないかな。あまりにも寂しくて、気が狂いそうにならなかった? 本能的に、その穴を塞ごうとしたんだろうね。哲治くんの言いなりになることで思考を手放し、義務感で喪失感を埋めたんだ」
「……つまり俺は、自分のために哲治の言うことを聞いていたと?」
喉から絞り出した声は、自分のものとは思えない程かすれていた。
「素人の戯言だから聞き流してくれて構わないけど、キミ達は所謂、共依存だと思うよ。哲治くんはキミに執着しているし、キミはそんな哲治くんに、実は寄りかかってる。だってキミが本気で嫌がれば、逃げ道なんていくらでもあるのに」
「違う、俺は」
俺は。
反論しようとしても、言葉が続かなかった。
確かに哲治に従うのは、清虎への罪滅ぼしのような意味も込めていた。でも、もしそれが罪滅ぼしではなく、寂しさを紛らわすための行為だったとしたら。
ははっと笑った深澤の声が、シャッターの閉まった商店街に響いた。その笑顔のまま、深澤が陸を見おろす。
「あの哲治って子は、佐伯くんの何なの? 親友だとしてもなかなか出てこないよ、『二人で一つ。俺が付いていないと駄目』なんて言葉」
「あいつは、ただの幼馴染ですよ。人の世話を焼くのが好きなんです」
「そう? 佐伯くんの返した言葉にも俺は相当驚いたけどね。『哲治の方が俺がいないと駄目なんだ』って。お互い、自分がいないと駄目だと思ってるってことでしょ? それって恋人なのかなって思っちゃうよね」
まさか、と陸は吐き捨てた。恋人だなんて勘弁してくれと本気で思う。
「あいつのこと、解ってやれるのは俺しかいないから、見捨てられないだけです。だって、一人にしたら壊れちゃうから」
深澤は衝撃を受けたようだった。眉間の皺を深め、痛ましげな目で陸を見る。
「一人にしたら壊れる? その言い方だと、壊れかけた前例があるみたいだね」
「中学の頃なので、随分昔の話ですけど。あいつの側にいないと、周りまで巻き込んで俺を捕まえておこうとするんです。だから、仕方ないんです」
仕方ないと言う言葉は便利だ。あやふやな理由でもいくつか詰め込んでひとまとめにしてしまえば、それらしい言い訳になってくれる。
「なるほどねぇ。例えば、キミが哲治くんより俺を優先するようになったら、どうなるの?」
「さぁ……。根回しして、会社を辞めさせようとするんじゃないですかね」
容易に想像できてしまい、うんざりしながら陸は答えた。
実際、哲治を優先している今でさえ、哲治は陸に仕事を辞めて欲しいと願っている。
人気のある成海のカフェスペースを独立した店舗にし、茶葉の売り場は本店として、そこを陸に任せたらどうかと哲治が提言したことがあった。
両親はその案に乗り気になり、真剣に陸に会社を辞めるよう勧めてきたので、非常に参った経験がある。
あの時は、成海が「もともと茶葉を買ってもらうために足止めする役割なのに、カフェを独立させたら本末転倒だろう」と、冷静に説き伏せてくれたので事なきを得たのだが。
「仕方ない、か」
深澤が、先ほど陸が口にした言葉を噛みしめるように呟いた。
「俺、『仕方ない』って言葉、嫌いじゃないんだよね。諦めの中にも、どこか前を向いた感じがして。でも佐伯くんの言い方には、ポジティブな感じが一切ないんだよなぁ」
「それは深澤さんの勝手な印象じゃないですか。そんなものを押し付けられても困ります」
陸は挑むように深澤を睨んだ。深澤は、「ほらね、やっぱり気が強い」と肩をすくめる。
「佐伯くんさぁ」
深澤はそこで一呼吸置いた。陸の顔をじっと見て、次の言葉を選んでいるように見える。
きっと、今の関係はおかしいとか、早く離れた方が良いとか、そんなことを言われるのだろう。
「哲治くんが壊れないために側にいるって言うけど、本当にそう? 一見すると、佐伯くんが彼に振り回されているようだけど、実は逆なんじゃないの」
「は……? 逆?」
全く予想していなかった言葉に、陸は呆然としながら深澤を見上げた。
「どういうことですか」
「うん。とりあえず歩きながら話そうか」
深澤の落ち着き払った態度が、陸を余計に苛立たせる。陸は前を行く背中に食ってかかった。
「逆って、俺が哲治を振り回してるってことですか。そんな訳ないでしょう。俺が今までどれだけ哲治の我儘を聞いてきたと思ってるんです」
「そうだね、『逆』は言い過ぎたかもしれない。『同じくらい』かな」
ふざけるなと喉元まで出かかったが、なんとか飲み込んだ。陸とは対照的に、深澤が静かな声で話を続ける。
「佐伯くんさ、大事な人と突然の別れを経験したことあるんじゃない? それも到底受け入れられないような、理不尽な別れ方」
血が上って熱くなった頭に、冷水を掛けられたような気がした。なぜそれを知っているのかと、深澤を凝視する。
「やっぱり。その感じだと、心当たりがありそうだね」
人通りのない新仲見世通りに、二人の足音が響く。得体の知れない寒気に襲われ、陸は身震いした。
「佐伯くんは大事な人を失って、心にぽっかり穴が開いたんじゃないかな。あまりにも寂しくて、気が狂いそうにならなかった? 本能的に、その穴を塞ごうとしたんだろうね。哲治くんの言いなりになることで思考を手放し、義務感で喪失感を埋めたんだ」
「……つまり俺は、自分のために哲治の言うことを聞いていたと?」
喉から絞り出した声は、自分のものとは思えない程かすれていた。
「素人の戯言だから聞き流してくれて構わないけど、キミ達は所謂、共依存だと思うよ。哲治くんはキミに執着しているし、キミはそんな哲治くんに、実は寄りかかってる。だってキミが本気で嫌がれば、逃げ道なんていくらでもあるのに」
「違う、俺は」
俺は。
反論しようとしても、言葉が続かなかった。
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