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◆第三幕 同窓会◆
メーデー③
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「ほなね」
その目があまりにも寂しそうで、自分への特別な想いがあるのではないかと勘違いしてしまいそうになる。
陸は思わず立ち上がり、清虎に向かって手を伸ばした。自分の指先を見つめながら、この手をどうするつもりだったのだろうと考える。
清虎を捕まえたいのか。
それとも「さようなら」と手を振りたいのか。
答えを見つけられないうちに、哲治に反対側の腕を掴まれ引き戻された。ガクンと陸の体が後ろに傾き、それを見た清虎が目を伏せる。
「陸も哲治も元気でな」
言いながら視線を上げた清虎の表情には、憂いの影など微塵もなかった。
それは役者としての意地なのか、完璧なまでの笑顔を見せ、夜の闇の中へ消えていく。ピシャリと引き戸が締められて、取り残された陸は立ち尽くした。少し冷えた外気と共に、ふわりと金木犀が香る。
「飲み直そうか」
哲治がため息交じりに言ったが、とてもそんな気分にはなれなかった。テーブルに手を付き、膝から崩れ落ちそうな体をなんとか支える。
「ちょっと、飲む気分じゃないかな。俺もそろそろ帰るよ」
財布を取り出そうとした陸の背後から、哲治の両腕が伸びてきた。あっと気づいたときにはもう遅く、陸は哲治の腕の中に囚われ、身動きが出来なくなる。
「そんなに急いで帰ることはないだろ。もっとゆっくりしていけばいい。それとも清虎と外で落ち合う約束でもしたの? 俺の知らないところで」
「哲治?」
何とか首を捻り後ろを見ると、こちらを覗き込む哲治と目が合った。
その瞬間、背中がぞくりと冷える。
それはまるで捕食者の目だ。
「陸。家を出たいなら、俺と一緒に住もう。陸はもう外へ出なくて良いよ。仕事も辞めればいい。全部俺が面倒見てあげるから」
陸の中にある動物的な本能が、危険だと全身に警告を送る。
油断した。
哲治は陸の引っ越しに、少しも納得などしていなかった。清虎が先に帰るのを静かに待ち、ずっと二人きりになる機会を伺っていたのだ。
――今なら叫べば、まだ清虎に届くだろうか。
「清虎っ!」
引き戸に向かって声を張り上げたが、直ぐに口を塞がれた。苦しくて顔を歪めながらも、テーブルの上にあったジョッキを陸は薙ぎ払って床に落とす。
バリンと派手な音を立ててジョッキが砕け散った。
「なんでアイツの名前を呼ぶんだよ。なんで俺を選ばないんだよ。なんで離れようとするんだよ。いつもいつもいつも……!」
反論しようにも大きな手で口を覆われているので、一つも言葉を発せられない。振り払うために身体を揺らして抵抗したが、強い力で勢いよくテーブルに押し倒された。肩を酷く打ち付けて、痛みに呻く。それでも構わず、哲治は陸に馬乗りになった。ひっくり返そうと暴れても、体格差のせいでどうにもならない。
哲治は陸の口を右手で塞いだまま、鼻先が触れそうなほど顔を近づけた。陸の前髪を掬い上げるように撫で、至近距離で目を覗き込んでくる。哲治の薄く開かれた唇の隙間から、舌先が見えた。
次の瞬間、眼球を舐められ、あまりのおぞましさに陸は悲鳴を上げた。どれだけ叫んでも口を塞がれているので、くぐもった声だけが虚しく店内に響く。
物音に気付いて哲治の両親が様子を見に来てくれないかと願ったが、店舗と自宅は別棟なので望みは薄い。このまま清虎にも気づかれなかったらと思うと、恐ろしくて血の気が引いて行く。
哲治は舌を陸の首筋に這わせ、髪を撫でていた手をシャツの中へ滑り込ませた。自分の体をまさぐるその手に激しい嫌悪感が湧き、陸は全身で哲治を拒む。必死に抗っても力では及ばず、陸は無我夢中で口を塞ぐ哲治の手に噛みついた。
「痛ッ!」
くっきり歯形の付いた手を押さえながら、哲治が痛みに体をのけ反らせる。
陸を見下ろす哲治の目が光ったような気がした。同時に、骨と骨がぶつかり合うような鈍い音が鳴る。
視界が一瞬揺れた。
左の頬が熱い。
口の中にじわじわ鉄の味が広がっていく。
何が起きたか理解するのに、数秒かかった。
「ご……めん」
呆然としながら、哲治は謝罪の言葉を口にした。自分のしでかしたことが信じられないと言う顔をしている。
痛みよりも、殴られたと言う事実に打ちのめされて、陸はテーブルの上で仰向けのまま固まった。
その目があまりにも寂しそうで、自分への特別な想いがあるのではないかと勘違いしてしまいそうになる。
陸は思わず立ち上がり、清虎に向かって手を伸ばした。自分の指先を見つめながら、この手をどうするつもりだったのだろうと考える。
清虎を捕まえたいのか。
それとも「さようなら」と手を振りたいのか。
答えを見つけられないうちに、哲治に反対側の腕を掴まれ引き戻された。ガクンと陸の体が後ろに傾き、それを見た清虎が目を伏せる。
「陸も哲治も元気でな」
言いながら視線を上げた清虎の表情には、憂いの影など微塵もなかった。
それは役者としての意地なのか、完璧なまでの笑顔を見せ、夜の闇の中へ消えていく。ピシャリと引き戸が締められて、取り残された陸は立ち尽くした。少し冷えた外気と共に、ふわりと金木犀が香る。
「飲み直そうか」
哲治がため息交じりに言ったが、とてもそんな気分にはなれなかった。テーブルに手を付き、膝から崩れ落ちそうな体をなんとか支える。
「ちょっと、飲む気分じゃないかな。俺もそろそろ帰るよ」
財布を取り出そうとした陸の背後から、哲治の両腕が伸びてきた。あっと気づいたときにはもう遅く、陸は哲治の腕の中に囚われ、身動きが出来なくなる。
「そんなに急いで帰ることはないだろ。もっとゆっくりしていけばいい。それとも清虎と外で落ち合う約束でもしたの? 俺の知らないところで」
「哲治?」
何とか首を捻り後ろを見ると、こちらを覗き込む哲治と目が合った。
その瞬間、背中がぞくりと冷える。
それはまるで捕食者の目だ。
「陸。家を出たいなら、俺と一緒に住もう。陸はもう外へ出なくて良いよ。仕事も辞めればいい。全部俺が面倒見てあげるから」
陸の中にある動物的な本能が、危険だと全身に警告を送る。
油断した。
哲治は陸の引っ越しに、少しも納得などしていなかった。清虎が先に帰るのを静かに待ち、ずっと二人きりになる機会を伺っていたのだ。
――今なら叫べば、まだ清虎に届くだろうか。
「清虎っ!」
引き戸に向かって声を張り上げたが、直ぐに口を塞がれた。苦しくて顔を歪めながらも、テーブルの上にあったジョッキを陸は薙ぎ払って床に落とす。
バリンと派手な音を立ててジョッキが砕け散った。
「なんでアイツの名前を呼ぶんだよ。なんで俺を選ばないんだよ。なんで離れようとするんだよ。いつもいつもいつも……!」
反論しようにも大きな手で口を覆われているので、一つも言葉を発せられない。振り払うために身体を揺らして抵抗したが、強い力で勢いよくテーブルに押し倒された。肩を酷く打ち付けて、痛みに呻く。それでも構わず、哲治は陸に馬乗りになった。ひっくり返そうと暴れても、体格差のせいでどうにもならない。
哲治は陸の口を右手で塞いだまま、鼻先が触れそうなほど顔を近づけた。陸の前髪を掬い上げるように撫で、至近距離で目を覗き込んでくる。哲治の薄く開かれた唇の隙間から、舌先が見えた。
次の瞬間、眼球を舐められ、あまりのおぞましさに陸は悲鳴を上げた。どれだけ叫んでも口を塞がれているので、くぐもった声だけが虚しく店内に響く。
物音に気付いて哲治の両親が様子を見に来てくれないかと願ったが、店舗と自宅は別棟なので望みは薄い。このまま清虎にも気づかれなかったらと思うと、恐ろしくて血の気が引いて行く。
哲治は舌を陸の首筋に這わせ、髪を撫でていた手をシャツの中へ滑り込ませた。自分の体をまさぐるその手に激しい嫌悪感が湧き、陸は全身で哲治を拒む。必死に抗っても力では及ばず、陸は無我夢中で口を塞ぐ哲治の手に噛みついた。
「痛ッ!」
くっきり歯形の付いた手を押さえながら、哲治が痛みに体をのけ反らせる。
陸を見下ろす哲治の目が光ったような気がした。同時に、骨と骨がぶつかり合うような鈍い音が鳴る。
視界が一瞬揺れた。
左の頬が熱い。
口の中にじわじわ鉄の味が広がっていく。
何が起きたか理解するのに、数秒かかった。
「ご……めん」
呆然としながら、哲治は謝罪の言葉を口にした。自分のしでかしたことが信じられないと言う顔をしている。
痛みよりも、殴られたと言う事実に打ちのめされて、陸はテーブルの上で仰向けのまま固まった。
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