会いたいが情、見たいが病

雪華

文字の大きさ
58 / 86
◆第三幕 同窓会◆

メーデー③

しおりを挟む
「ほなね」

 その目があまりにも寂しそうで、自分への特別な想いがあるのではないかと勘違いしてしまいそうになる。
 陸は思わず立ち上がり、清虎に向かって手を伸ばした。自分の指先を見つめながら、この手をどうするつもりだったのだろうと考える。

 清虎を捕まえたいのか。
 それとも「さようなら」と手を振りたいのか。

 答えを見つけられないうちに、哲治に反対側の腕を掴まれ引き戻された。ガクンと陸の体が後ろに傾き、それを見た清虎が目を伏せる。

「陸も哲治も元気でな」

 言いながら視線を上げた清虎の表情には、憂いの影など微塵もなかった。
 それは役者としての意地なのか、完璧なまでの笑顔を見せ、夜の闇の中へ消えていく。ピシャリと引き戸が締められて、取り残された陸は立ち尽くした。少し冷えた外気と共に、ふわりと金木犀が香る。

「飲み直そうか」

 哲治がため息交じりに言ったが、とてもそんな気分にはなれなかった。テーブルに手を付き、膝から崩れ落ちそうな体をなんとか支える。

「ちょっと、飲む気分じゃないかな。俺もそろそろ帰るよ」

 財布を取り出そうとした陸の背後から、哲治の両腕が伸びてきた。あっと気づいたときにはもう遅く、陸は哲治の腕の中に囚われ、身動きが出来なくなる。

「そんなに急いで帰ることはないだろ。もっとゆっくりしていけばいい。それとも清虎と外で落ち合う約束でもしたの? 俺の知らないところで」
「哲治?」

 何とか首を捻り後ろを見ると、こちらを覗き込む哲治と目が合った。
 その瞬間、背中がぞくりと冷える。
 それはまるで捕食者の目だ。

「陸。家を出たいなら、俺と一緒に住もう。陸はもう外へ出なくて良いよ。仕事も辞めればいい。全部俺が面倒見てあげるから」 

 陸の中にある動物的な本能が、危険だと全身に警告を送る。
 油断した。
 哲治は陸の引っ越しに、少しも納得などしていなかった。清虎が先に帰るのを静かに待ち、ずっと二人きりになる機会を伺っていたのだ。
――今なら叫べば、まだ清虎に届くだろうか。

「清虎っ!」

 引き戸に向かって声を張り上げたが、直ぐに口を塞がれた。苦しくて顔を歪めながらも、テーブルの上にあったジョッキを陸は薙ぎ払って床に落とす。
 バリンと派手な音を立ててジョッキが砕け散った。

「なんでアイツの名前を呼ぶんだよ。なんで俺を選ばないんだよ。なんで離れようとするんだよ。いつもいつもいつも……!」 

 反論しようにも大きな手で口を覆われているので、一つも言葉を発せられない。振り払うために身体を揺らして抵抗したが、強い力で勢いよくテーブルに押し倒された。肩を酷く打ち付けて、痛みに呻く。それでも構わず、哲治は陸に馬乗りになった。ひっくり返そうと暴れても、体格差のせいでどうにもならない。  

 哲治は陸の口を右手で塞いだまま、鼻先が触れそうなほど顔を近づけた。陸の前髪を掬い上げるように撫で、至近距離で目を覗き込んでくる。哲治の薄く開かれた唇の隙間から、舌先が見えた。
 次の瞬間、眼球を舐められ、あまりのおぞましさに陸は悲鳴を上げた。どれだけ叫んでも口を塞がれているので、くぐもった声だけが虚しく店内に響く。

 物音に気付いて哲治の両親が様子を見に来てくれないかと願ったが、店舗と自宅は別棟なので望みは薄い。このまま清虎にも気づかれなかったらと思うと、恐ろしくて血の気が引いて行く。

 哲治は舌を陸の首筋に這わせ、髪を撫でていた手をシャツの中へ滑り込ませた。自分の体をまさぐるその手に激しい嫌悪感が湧き、陸は全身で哲治を拒む。必死に抗っても力では及ばず、陸は無我夢中で口を塞ぐ哲治の手に噛みついた。

「痛ッ!」

 くっきり歯形の付いた手を押さえながら、哲治が痛みに体をのけ反らせる。
 陸を見下ろす哲治の目が光ったような気がした。同時に、骨と骨がぶつかり合うような鈍い音が鳴る。

 視界が一瞬揺れた。
 左の頬が熱い。
 口の中にじわじわ鉄の味が広がっていく。
 何が起きたか理解するのに、数秒かかった。

「ご……めん」

 呆然としながら、哲治は謝罪の言葉を口にした。自分のしでかしたことが信じられないと言う顔をしている。
 痛みよりも、殴られたと言う事実に打ちのめされて、陸はテーブルの上で仰向けのまま固まった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

恋の闇路の向こう側

七賀ごふん
BL
学校一の優等生として過ごす川音深白には、大切な幼馴染がいる。 家庭の事情で離れ離れになった幼馴染、貴島月仁が転校してくることを知った深白は、今こそ昔守られていた恩を返そうと意気込むが…。 ──────── クールで過保護な攻め×完璧でいたいけど本当は甘えたい受け

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中

若頭と小鳥

真木
BL
極悪人といわれる若頭、けれど義弟にだけは優しい。小さくて弱い義弟を構いたくて仕方ない義兄と、自信がなくて病弱な義弟の甘々な日々。

処理中です...