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◆第三幕 同窓会◆
メーデー④
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「ごめん、陸。どうしよう、ごめん」
自分の腹の上で困惑する哲治を、冷え切った気持ちで見上げる。どこまでも自分を「所有物」だと思っているこの男を、もう友人とすら思えそうにない。
哲治はごめんと繰り返しながら、陸の頬を両手で包んだ。口の端を切ったらしく、ピリッとした痛みが走る。
「陸、お願い。そんな目で見ないで」
「もう、どいてくれないかな」
「陸……!」
どれだけ懇願されても、愛想笑いすら浮かばない。
「陸、もう二度としないから。だから……」
「悪いけど、これ以上話をしたくないし、顔も見たくないよ。お互いのために距離を置こう」
「嫌だ」
哲治の潤んだ瞳は、海の底のような色をしていた。震える声で陸の名を呼び、頬に触れていた両手を喉元にまで下げる。
「哲治、離せ」
首を掴む指先にまだ力は加わっていないが、その気になればあっという間だろう。命を握られている恐怖に、陸は青ざめる。
「俺、どうすればいいんだろう。陸、助けてよ」
ずっと哲治から出されていた救難信号を拒み続け、こじれにこじれて行き着いた先が今なのだ。やはり待ち受けていたのは破滅だった。
「……哲治を助けてやれるのは、俺じゃない」
陸の返答を聞き、哲治は泣き笑いのような表情をした後、両手に徐々に体重をかけた。ゆっくり首を圧迫され、苦しさよりも頭がぼうっとしてくる。
辛うじて手を動かし、頭の直ぐ近くにあった竹製の串入れを掴んで、哲治に向かって投げつけた。思い切り投げたつもりだったが、もう力が全く入らない。哲治には当たらず、カランカランと乾いた音を立てて床の上に転がるだけだった。
「陸……本当はもう、ずっと前から解ってた」
か細い声で告げられ、陸は焦点の合わない目で哲治を見上げる。どんな顔をしているのか、もう見えない。
「哲治! オマエ、何やってんだよ!」
自分に覆いかぶさる大きな影が、物凄い勢いで横に吹っ飛んだ。ふいに呼吸が楽になり、陸は咳き込みながら顔だけを動かし声がした方へ向ける。
「きよ、とら」
哲治を殴り飛ばした清虎が、陸を背に庇うように立っていた。哲治は地べたに座り込み、諦めたように項垂れている。
「陸、その顔……!」
陸を振り返った清虎が凍り付いた。殴られた頬は、そんなに酷い事になっているのだろうか。感覚が麻痺していて、痛みはまるで感じない。
清虎は怒りに任せ、足を投げ出し虚脱している哲治の襟首を掴んで揺さぶった。
「お前、運動会の日のこと覚えてるか。俺はハッキリ覚えてるぞ。リレーのあと、『お前とは、本当はいい友達になれたかもしれないのにな』って俺に言っただろ。俺、それ聞いて、哲治ならいつかちゃんと陸のこと大事にするだろうって思ったんだぞ。なのに、どうして」
悔しそうに絞り出す清虎の声を聞き、哲治は顔を上げた。声にならない声で、ごめんと唇が動く。
「でも、もうムリだ。お前じゃ、駄目だ」
清虎は哲治から離れ、陸を抱き起して店の外へ連れ出す。陸は戸をくぐる時、哲治を振り返りたい衝動に駆られたが、何とか堪えた。
決別の時だ。今振り返るのは余計に酷だろう。
暫く無言で歩いたが、先に口を開いたのは清虎だった。
「陸、すまん。哲治と二人きりで店に残してくんやなかった。俺がもっと冷静になっとったら……」
「いや、清虎は別に悪くないよ。俺も哲治がいつも通りだと思って油断してたし」
頬を押さえる陸を見て、清虎が眉を曇らせる。
「ちょっと、そこの公園寄ってこ。石段に座って待っとって」
清虎が、弁天堂に続く石段を指さした。今頃になって痛みと恐怖心が湧いてきた陸は、素直に公園内にある石段に腰を下ろす。家に戻る前に、少し気持ちを落ち着かせたい。
清虎は自販機でペットボトルの水を買い、それを陸に手渡した。
「口すすいだ方がええ」
「ありがとう」
受け取ったものの、手が震えて上手くキャップが外せない。それに気づいた清虎が、代わりにキャップを開けてくれた。
「ごめんな。もっと早よう店に戻れば良かった。グラスの割れた音が聞こえたような気ぃしたんやけど、気のせいかも知れんって、躊躇ってしもた。もういっぺん、何か床に落ちた音がしよったから、急いで戻ってん」
「ううん。助けに来てくれてありがとう。あのままだったら俺、どうなってたか」
哲治は本気で力を込めてはいなかった。ギリギリ呼吸は出来ていたが、それでも紙一重だったように思う。
清虎はぐしゃぐしゃ頭を掻き、ポケットから煙草を取り出した。
自分の腹の上で困惑する哲治を、冷え切った気持ちで見上げる。どこまでも自分を「所有物」だと思っているこの男を、もう友人とすら思えそうにない。
哲治はごめんと繰り返しながら、陸の頬を両手で包んだ。口の端を切ったらしく、ピリッとした痛みが走る。
「陸、お願い。そんな目で見ないで」
「もう、どいてくれないかな」
「陸……!」
どれだけ懇願されても、愛想笑いすら浮かばない。
「陸、もう二度としないから。だから……」
「悪いけど、これ以上話をしたくないし、顔も見たくないよ。お互いのために距離を置こう」
「嫌だ」
哲治の潤んだ瞳は、海の底のような色をしていた。震える声で陸の名を呼び、頬に触れていた両手を喉元にまで下げる。
「哲治、離せ」
首を掴む指先にまだ力は加わっていないが、その気になればあっという間だろう。命を握られている恐怖に、陸は青ざめる。
「俺、どうすればいいんだろう。陸、助けてよ」
ずっと哲治から出されていた救難信号を拒み続け、こじれにこじれて行き着いた先が今なのだ。やはり待ち受けていたのは破滅だった。
「……哲治を助けてやれるのは、俺じゃない」
陸の返答を聞き、哲治は泣き笑いのような表情をした後、両手に徐々に体重をかけた。ゆっくり首を圧迫され、苦しさよりも頭がぼうっとしてくる。
辛うじて手を動かし、頭の直ぐ近くにあった竹製の串入れを掴んで、哲治に向かって投げつけた。思い切り投げたつもりだったが、もう力が全く入らない。哲治には当たらず、カランカランと乾いた音を立てて床の上に転がるだけだった。
「陸……本当はもう、ずっと前から解ってた」
か細い声で告げられ、陸は焦点の合わない目で哲治を見上げる。どんな顔をしているのか、もう見えない。
「哲治! オマエ、何やってんだよ!」
自分に覆いかぶさる大きな影が、物凄い勢いで横に吹っ飛んだ。ふいに呼吸が楽になり、陸は咳き込みながら顔だけを動かし声がした方へ向ける。
「きよ、とら」
哲治を殴り飛ばした清虎が、陸を背に庇うように立っていた。哲治は地べたに座り込み、諦めたように項垂れている。
「陸、その顔……!」
陸を振り返った清虎が凍り付いた。殴られた頬は、そんなに酷い事になっているのだろうか。感覚が麻痺していて、痛みはまるで感じない。
清虎は怒りに任せ、足を投げ出し虚脱している哲治の襟首を掴んで揺さぶった。
「お前、運動会の日のこと覚えてるか。俺はハッキリ覚えてるぞ。リレーのあと、『お前とは、本当はいい友達になれたかもしれないのにな』って俺に言っただろ。俺、それ聞いて、哲治ならいつかちゃんと陸のこと大事にするだろうって思ったんだぞ。なのに、どうして」
悔しそうに絞り出す清虎の声を聞き、哲治は顔を上げた。声にならない声で、ごめんと唇が動く。
「でも、もうムリだ。お前じゃ、駄目だ」
清虎は哲治から離れ、陸を抱き起して店の外へ連れ出す。陸は戸をくぐる時、哲治を振り返りたい衝動に駆られたが、何とか堪えた。
決別の時だ。今振り返るのは余計に酷だろう。
暫く無言で歩いたが、先に口を開いたのは清虎だった。
「陸、すまん。哲治と二人きりで店に残してくんやなかった。俺がもっと冷静になっとったら……」
「いや、清虎は別に悪くないよ。俺も哲治がいつも通りだと思って油断してたし」
頬を押さえる陸を見て、清虎が眉を曇らせる。
「ちょっと、そこの公園寄ってこ。石段に座って待っとって」
清虎が、弁天堂に続く石段を指さした。今頃になって痛みと恐怖心が湧いてきた陸は、素直に公園内にある石段に腰を下ろす。家に戻る前に、少し気持ちを落ち着かせたい。
清虎は自販機でペットボトルの水を買い、それを陸に手渡した。
「口すすいだ方がええ」
「ありがとう」
受け取ったものの、手が震えて上手くキャップが外せない。それに気づいた清虎が、代わりにキャップを開けてくれた。
「ごめんな。もっと早よう店に戻れば良かった。グラスの割れた音が聞こえたような気ぃしたんやけど、気のせいかも知れんって、躊躇ってしもた。もういっぺん、何か床に落ちた音がしよったから、急いで戻ってん」
「ううん。助けに来てくれてありがとう。あのままだったら俺、どうなってたか」
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