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◆最終幕 依依恋恋◆
この心臓は誰のもの③
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「タクシー捕まえようか。万が一、マンションまで付いてきたら困るでしょ」
何となく状況を察した陸は、大通りで客を降ろしているタクシーを見つけ駆け寄った。丁度よく表示板が「支払い」から「空車」に変わったのを見て、運転手に声を掛け無事に乗車する。
後部座席で清虎は、心底疲れたように息を吐き出した。
「陸、すまん。変なコトに巻き込んでしもた。あないな時間にあの子が来たんは初めてで、びっくりしてもうた」
「いや、全然。むしろ俺といる時で良かったよ。あれってファンの人?」
「そ。送り出しの時も距離が近い子やなとは思うてたんやけど、何度も劇場通ってくれるし、お花もたくさん貰うから、突き放すことも出来んでなぁ」
「お花……って現金のことだよね。凄いな、よっぽど清虎が気に入ったんだろうね」
「有難いことやねんけどな。このまま度を超すなら、ちょっと考えんとアカンな」
清虎はくたびれたように、陸の肩に頭を乗せた。
少し遠回りをしてもらい、マンションの前でタクシーを降りる。部屋にたどり着くと緊張が解け、ドッと疲れが押し寄せた。
「ホンマ驚かせてごめんな。それと、あの子の前で本名呼ばんでくれてありがとう」
買ってきた物を冷蔵庫に移しながら、清虎がすまなそうな声を出す。陸も自分の持ってきたバッグからスーツを取り出し、壁掛けのハンガーフックに吊るした。
「ああいう熱烈なファンって多いの? あ、これはヤキモチじゃなくて、単純に清虎を心配してるだけだからね」
「別に妬いてくれてもええんやで。そやなぁ。出待ちするコもたまにおるけど、あない遅い時間まで待たれたんは初めてやった。素顔やし眼鏡もしとるし、気付かれんやろって油断してもーた」
「また来ちゃうかな、あの女の子」
「どうやろね。今度から外出る時は、もうちょい気ぃつけるわ」
パタンと冷蔵庫の扉を閉め、清虎が陸に向き直る。堪え切れないように陸の頬をスリスリ撫で、とろけるような笑みを浮かべた。
「陸が俺の部屋におるって、超不思議。そんで、めっちゃテンション上がる」
「あはは。俺も今日は昼間から浮かれてた。夜になるのが遅くて参ったよ」
「陸も? 俺も早う時間経てって思っとった。会いとうて、気ぃ狂うかと思ったわ」
愛しそうに目を細めた清虎の顔が近づく。ふわりと優しく唇が重なり、すぐに離れた。「もっと」とねだるように、陸は思わず清虎の唇を追ってしまう。軽く触れるだけのキスを繰り返したが、自制を働かせ呼吸が荒くなる前に何とか体を離した。二人は名残惜しそうに見つめ合う。
「アカン。これ以上したらサカってまう。俺、風呂入って来るわ。陸は眠かったら先に寝とってええからね」
脱衣所に消えていった清虎を見送って、陸はベッドに腰掛けた。そのままころんと横になると、布団からほのかに清虎の匂いが香る。何だか抱き締められているような気分になって、自然と顔がほころんだ。
そのうち、瞼が重くなる。
「あ、ごめん。起こしてもうた」
次に目を開けた時、真正面に清虎の顔があって驚いた。いつの間にか寝てしまったようで、風呂から出た清虎は陸の寝顔を堪能していたらしい。
「陸の寝顔、めっちゃキレイやなぁ。お人形さんみたいやったで」
「綺麗なのは清虎でしょ」
清虎はクスクス笑いながら布団にもぐり込み、陸に擦り寄る。洗いたての髪から微かにシャンプーの甘い香りがして、陸の情欲を掻き立てた。じわっと体温が上がり、手をつないで指を絡める。
陸とは対照的に、清虎の笑顔は無邪気だった。官能的な気配は皆無で、純粋に嬉しくて仕方ないといった雰囲気が漂う。
もしかしたら自分のテリトリーで家族以外の誰かと眠ること自体、今までなかったのかもしれない。
そう言えばこの前はひたすら求めて貪り合ってしまったので、こんなに穏やかな時間の流れ方ではなかった。
何となく隣り合っている状況に懐かしい気持ちが湧いてきて「修学旅行みたいだね」と陸は口にした。
「へぇ、修学旅行ってこんな感じなんか。そら、楽しいやろなぁ。陸はホンマ、俺の欲しかったもんたくさんくれるな」
その言葉に胸が締め付けられた。学生らしい想い出を、清虎はあまり持ち合わせていない。
陸は清虎を抱きしめながら、金糸のような髪に口づける。
「清虎の欲しいものは何でもあげる。俺の心臓も、清虎のものだよ」
清虎の瞳が揺れ、陸にしがみつくように背に腕を回した。
「そんなら俺の心臓は陸のもんや。俺の一番欲しいもんはもう貰ろてるから、他にはなんもいらんよ」
清虎の孤独を癒したくて、陸は抱きしめる腕に力を込めた。互いの存在を確かめるように身を寄せ合い、同じ拍子で鼓動を刻む。
「なぁ、陸……」
清虎の声はか細く、迷った末に語尾を飲み込んでしまった。
「なに?」
「いや、やっぱええわ。あ、そや。明日の朝、出かける時はちゃんと俺のこと起こしてな。ほな、おやすみ」
「……うん。わかった。おやすみ」
言いかけた先を想像し、陸の胸が痛んだ。もしかすると清虎は、「次の街も一緒に行こう」と言いたかったのかもしれない。
もちろん陸だって、出来れば離れたくないと思っている。当然ついて行くべきだろう。
そう思う一方で、今の仕事を辞め、地元を離れて大衆演劇と言う全く未知の世界に飛び込むには、まだどうしても迷いがあった。
申し訳ない気持ちで、瞼を閉じた清虎の顔を見つめる。
時計の秒針がカチカチと静かな部屋に響いて、それが心臓の音と僅かにズレるものだから、どうにも落ち着かず呼吸さえも苦しくなった。
何となく状況を察した陸は、大通りで客を降ろしているタクシーを見つけ駆け寄った。丁度よく表示板が「支払い」から「空車」に変わったのを見て、運転手に声を掛け無事に乗車する。
後部座席で清虎は、心底疲れたように息を吐き出した。
「陸、すまん。変なコトに巻き込んでしもた。あないな時間にあの子が来たんは初めてで、びっくりしてもうた」
「いや、全然。むしろ俺といる時で良かったよ。あれってファンの人?」
「そ。送り出しの時も距離が近い子やなとは思うてたんやけど、何度も劇場通ってくれるし、お花もたくさん貰うから、突き放すことも出来んでなぁ」
「お花……って現金のことだよね。凄いな、よっぽど清虎が気に入ったんだろうね」
「有難いことやねんけどな。このまま度を超すなら、ちょっと考えんとアカンな」
清虎はくたびれたように、陸の肩に頭を乗せた。
少し遠回りをしてもらい、マンションの前でタクシーを降りる。部屋にたどり着くと緊張が解け、ドッと疲れが押し寄せた。
「ホンマ驚かせてごめんな。それと、あの子の前で本名呼ばんでくれてありがとう」
買ってきた物を冷蔵庫に移しながら、清虎がすまなそうな声を出す。陸も自分の持ってきたバッグからスーツを取り出し、壁掛けのハンガーフックに吊るした。
「ああいう熱烈なファンって多いの? あ、これはヤキモチじゃなくて、単純に清虎を心配してるだけだからね」
「別に妬いてくれてもええんやで。そやなぁ。出待ちするコもたまにおるけど、あない遅い時間まで待たれたんは初めてやった。素顔やし眼鏡もしとるし、気付かれんやろって油断してもーた」
「また来ちゃうかな、あの女の子」
「どうやろね。今度から外出る時は、もうちょい気ぃつけるわ」
パタンと冷蔵庫の扉を閉め、清虎が陸に向き直る。堪え切れないように陸の頬をスリスリ撫で、とろけるような笑みを浮かべた。
「陸が俺の部屋におるって、超不思議。そんで、めっちゃテンション上がる」
「あはは。俺も今日は昼間から浮かれてた。夜になるのが遅くて参ったよ」
「陸も? 俺も早う時間経てって思っとった。会いとうて、気ぃ狂うかと思ったわ」
愛しそうに目を細めた清虎の顔が近づく。ふわりと優しく唇が重なり、すぐに離れた。「もっと」とねだるように、陸は思わず清虎の唇を追ってしまう。軽く触れるだけのキスを繰り返したが、自制を働かせ呼吸が荒くなる前に何とか体を離した。二人は名残惜しそうに見つめ合う。
「アカン。これ以上したらサカってまう。俺、風呂入って来るわ。陸は眠かったら先に寝とってええからね」
脱衣所に消えていった清虎を見送って、陸はベッドに腰掛けた。そのままころんと横になると、布団からほのかに清虎の匂いが香る。何だか抱き締められているような気分になって、自然と顔がほころんだ。
そのうち、瞼が重くなる。
「あ、ごめん。起こしてもうた」
次に目を開けた時、真正面に清虎の顔があって驚いた。いつの間にか寝てしまったようで、風呂から出た清虎は陸の寝顔を堪能していたらしい。
「陸の寝顔、めっちゃキレイやなぁ。お人形さんみたいやったで」
「綺麗なのは清虎でしょ」
清虎はクスクス笑いながら布団にもぐり込み、陸に擦り寄る。洗いたての髪から微かにシャンプーの甘い香りがして、陸の情欲を掻き立てた。じわっと体温が上がり、手をつないで指を絡める。
陸とは対照的に、清虎の笑顔は無邪気だった。官能的な気配は皆無で、純粋に嬉しくて仕方ないといった雰囲気が漂う。
もしかしたら自分のテリトリーで家族以外の誰かと眠ること自体、今までなかったのかもしれない。
そう言えばこの前はひたすら求めて貪り合ってしまったので、こんなに穏やかな時間の流れ方ではなかった。
何となく隣り合っている状況に懐かしい気持ちが湧いてきて「修学旅行みたいだね」と陸は口にした。
「へぇ、修学旅行ってこんな感じなんか。そら、楽しいやろなぁ。陸はホンマ、俺の欲しかったもんたくさんくれるな」
その言葉に胸が締め付けられた。学生らしい想い出を、清虎はあまり持ち合わせていない。
陸は清虎を抱きしめながら、金糸のような髪に口づける。
「清虎の欲しいものは何でもあげる。俺の心臓も、清虎のものだよ」
清虎の瞳が揺れ、陸にしがみつくように背に腕を回した。
「そんなら俺の心臓は陸のもんや。俺の一番欲しいもんはもう貰ろてるから、他にはなんもいらんよ」
清虎の孤独を癒したくて、陸は抱きしめる腕に力を込めた。互いの存在を確かめるように身を寄せ合い、同じ拍子で鼓動を刻む。
「なぁ、陸……」
清虎の声はか細く、迷った末に語尾を飲み込んでしまった。
「なに?」
「いや、やっぱええわ。あ、そや。明日の朝、出かける時はちゃんと俺のこと起こしてな。ほな、おやすみ」
「……うん。わかった。おやすみ」
言いかけた先を想像し、陸の胸が痛んだ。もしかすると清虎は、「次の街も一緒に行こう」と言いたかったのかもしれない。
もちろん陸だって、出来れば離れたくないと思っている。当然ついて行くべきだろう。
そう思う一方で、今の仕事を辞め、地元を離れて大衆演劇と言う全く未知の世界に飛び込むには、まだどうしても迷いがあった。
申し訳ない気持ちで、瞼を閉じた清虎の顔を見つめる。
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