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◆最終幕 依依恋恋◆
野暮なことせんといて①
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翌日、会社で欠伸を噛み殺していると、不機嫌そうな深澤と目が合った。最近よく企画部に顔を出すなぁと思いながら、眠い目を擦ってパソコンに向かう。
「佐伯くん、ちょっといい? 寝不足のところ申し訳ないんだけどさ、この間の店、今日行ってみない」
まさか自分に用があると考えていなかった陸は、深澤に顔を覗き込まれて驚きながら作業の手を止めた。
「すみません、今日はちょっと。明日なら多分大丈夫です」
今朝、清虎の部屋を出る時に「今日は早めに上がれると思う」と言われていた。せっかく長く清虎と一緒にいられるのに、他に予定を入れたくはない。
「そう。じゃあ、明日で予約を取っておくよ」
「あっ。そのことなんですが、誰か他の人も誘いませんか? 例えば、佐々木さんとか」
予約を取ると聞いて慌てて提案すると、深澤は腕組みをして陸を見下ろした。椅子に座ったままの陸は、威圧されているような気がして身構える。
「それも零に言われたの? ずいぶん束縛するんだねぇ。仕事の延長で俺と食事に行くくらい、別に問題ないでしょう。もう大人なんだからさ、自分の考えで動いたらいいんじゃないかな。佐伯くんの思考は、哲治くんと一緒にいた時とあまり変わってないみたい。いつも誰かの言いなりになってるよね」
理不尽な物言いに、陸の眉がピクリと上がった。零の言うことは否定的なくせに、なぜ深澤は自分の意見を押し通そうとするのか。
陸は不愉快さを見せつけるように、露骨に顔をしかめた。
「その考え方だと、深澤さんのアドバイスを聞く道理もないですよね。もう大人なので、自分の考えで零の意見を尊重します。深澤さんの言いなりにもなりません。駄目ですか」
深澤が大きく目を見開く。陸に反論されたのは意外だったようで、少しの間、固まった。
「あぁ、そっか。そう言えば素のキミはこんな感じだったね。見た目が淑やかそうだから、ついつい気が強いってこと忘れちゃうよ」
「茶化さないでください」
間髪入れずに言い返すと、深澤は肩をすくめた。
「別に茶化したつもりはないよ、本気で面食らっただけ。ところで最近いつも眠そうだけど、もしかして毎日会ってるの?」
大きなお世話だと思いながら「何のことですか」と陸はとぼけた。深澤は陸に顔を近づけ、周囲に聞こえないよう声の調子を落とす。
「いやぁ。付き合いたての今が、一番楽しい時期かなぁと思ってさ」
今日はやけに突っかかるなと、陸は睨むように深澤を見返した。今が一番楽しいなら、この先は徐々に色褪せていくと言いたいのだろうか。
冗談じゃない。
「十年先も、『今が一番楽しい』と変わらず思ってますよ」
「そうだと良いね」
苛立ちを隠そうともしない陸に動じることなく、深澤は静かに微笑んだ。
「店の件はちょっと後日改めようか。佐々木にも声をかけておくからさ」
「店には自分一人で行くんで結構です。もうこちらのことは気にしないでください」
「ホントごめん。怒らせるつもりはなかったんだ。俺、好きな人のこと構い過ぎちゃうんだよねぇ」
どこまで本気で言っているのだろうと、陸は訝し気な視線を向けた。相変わらず深澤は飄々としているが、多少は参っているらしい。
「構うって言うより喧嘩売ってますよね。面倒なんで、絡むの止めてもらっていいですか」
「そんなにハッキリ言われちゃうと、流石に凹むなぁ。まぁ、これ以上嫌われたくないから退散するよ。作業の邪魔しちゃってごめんね」
ひらひらと手を振って、深澤は悲し気な表情で立ち去った。そんな顔をするくらいなら、初めから絡まなければいいのに。一体何を考えているのだろうと、陸はこめかみの辺りを押さえた。
とにかく今日は早めに仕事を切り上げようと、気を取り直して再び作業に没頭する。
夕方頃になって、清虎からメッセージが届いた。それを見た陸は、ガックリと肩を落とす。
明日の演目が急遽変更になり、今日も遅くまで稽古をすることになったらしい。むしろいつもより時間がかかりそうなので、今日は泊りに来ない方が良いというような内容だった。
『じゃあ、また送り出しに間に合えば、顔だけでも見に行っていい?』
そう送ると、すぐに返事が返ってくる。
『そんなら、劇場の裏手の階段登って楽屋に来てや。あんまり時間は取れんけど、俺かて少しでも陸に会いたい』
会いたいという文字が目に入り、胸の奥が温かくなる。まるで自分の内側にランタンがあって、清虎に好きだとか会いたいと言われる度に、そこに灯る火が強くなるような気がした。
これから先、きっとこの灯りが心細い夜を照らし、守ってくれるのだろう。
仕事を終え、あと何回ここで清虎に会えるのかと考えながら、いつものように劇場へ向かう。
たどり着いた時には既に送り出しは終わっていて、劇場前の通りには名残惜しそうな観客が数名いるだけだった。
陸は清虎に到着したとメッセージを送り、夜の闇にまぎれてこっそり裏手に回る。
路地に入った所で「佐伯くん」と呼び掛けられ、驚いた陸が振り返った。バツの悪そうな深澤が「やぁ」と小さく手を挙げる。
「佐伯くん、ちょっといい? 寝不足のところ申し訳ないんだけどさ、この間の店、今日行ってみない」
まさか自分に用があると考えていなかった陸は、深澤に顔を覗き込まれて驚きながら作業の手を止めた。
「すみません、今日はちょっと。明日なら多分大丈夫です」
今朝、清虎の部屋を出る時に「今日は早めに上がれると思う」と言われていた。せっかく長く清虎と一緒にいられるのに、他に予定を入れたくはない。
「そう。じゃあ、明日で予約を取っておくよ」
「あっ。そのことなんですが、誰か他の人も誘いませんか? 例えば、佐々木さんとか」
予約を取ると聞いて慌てて提案すると、深澤は腕組みをして陸を見下ろした。椅子に座ったままの陸は、威圧されているような気がして身構える。
「それも零に言われたの? ずいぶん束縛するんだねぇ。仕事の延長で俺と食事に行くくらい、別に問題ないでしょう。もう大人なんだからさ、自分の考えで動いたらいいんじゃないかな。佐伯くんの思考は、哲治くんと一緒にいた時とあまり変わってないみたい。いつも誰かの言いなりになってるよね」
理不尽な物言いに、陸の眉がピクリと上がった。零の言うことは否定的なくせに、なぜ深澤は自分の意見を押し通そうとするのか。
陸は不愉快さを見せつけるように、露骨に顔をしかめた。
「その考え方だと、深澤さんのアドバイスを聞く道理もないですよね。もう大人なので、自分の考えで零の意見を尊重します。深澤さんの言いなりにもなりません。駄目ですか」
深澤が大きく目を見開く。陸に反論されたのは意外だったようで、少しの間、固まった。
「あぁ、そっか。そう言えば素のキミはこんな感じだったね。見た目が淑やかそうだから、ついつい気が強いってこと忘れちゃうよ」
「茶化さないでください」
間髪入れずに言い返すと、深澤は肩をすくめた。
「別に茶化したつもりはないよ、本気で面食らっただけ。ところで最近いつも眠そうだけど、もしかして毎日会ってるの?」
大きなお世話だと思いながら「何のことですか」と陸はとぼけた。深澤は陸に顔を近づけ、周囲に聞こえないよう声の調子を落とす。
「いやぁ。付き合いたての今が、一番楽しい時期かなぁと思ってさ」
今日はやけに突っかかるなと、陸は睨むように深澤を見返した。今が一番楽しいなら、この先は徐々に色褪せていくと言いたいのだろうか。
冗談じゃない。
「十年先も、『今が一番楽しい』と変わらず思ってますよ」
「そうだと良いね」
苛立ちを隠そうともしない陸に動じることなく、深澤は静かに微笑んだ。
「店の件はちょっと後日改めようか。佐々木にも声をかけておくからさ」
「店には自分一人で行くんで結構です。もうこちらのことは気にしないでください」
「ホントごめん。怒らせるつもりはなかったんだ。俺、好きな人のこと構い過ぎちゃうんだよねぇ」
どこまで本気で言っているのだろうと、陸は訝し気な視線を向けた。相変わらず深澤は飄々としているが、多少は参っているらしい。
「構うって言うより喧嘩売ってますよね。面倒なんで、絡むの止めてもらっていいですか」
「そんなにハッキリ言われちゃうと、流石に凹むなぁ。まぁ、これ以上嫌われたくないから退散するよ。作業の邪魔しちゃってごめんね」
ひらひらと手を振って、深澤は悲し気な表情で立ち去った。そんな顔をするくらいなら、初めから絡まなければいいのに。一体何を考えているのだろうと、陸はこめかみの辺りを押さえた。
とにかく今日は早めに仕事を切り上げようと、気を取り直して再び作業に没頭する。
夕方頃になって、清虎からメッセージが届いた。それを見た陸は、ガックリと肩を落とす。
明日の演目が急遽変更になり、今日も遅くまで稽古をすることになったらしい。むしろいつもより時間がかかりそうなので、今日は泊りに来ない方が良いというような内容だった。
『じゃあ、また送り出しに間に合えば、顔だけでも見に行っていい?』
そう送ると、すぐに返事が返ってくる。
『そんなら、劇場の裏手の階段登って楽屋に来てや。あんまり時間は取れんけど、俺かて少しでも陸に会いたい』
会いたいという文字が目に入り、胸の奥が温かくなる。まるで自分の内側にランタンがあって、清虎に好きだとか会いたいと言われる度に、そこに灯る火が強くなるような気がした。
これから先、きっとこの灯りが心細い夜を照らし、守ってくれるのだろう。
仕事を終え、あと何回ここで清虎に会えるのかと考えながら、いつものように劇場へ向かう。
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陸は清虎に到着したとメッセージを送り、夜の闇にまぎれてこっそり裏手に回る。
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