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第一部:5-2章:避暑地における休息的アレコレ(後編)
47話:影の一族
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トーハの黒魔法は二振りの曲剣・四振りの直剣を作るものであった。
両の手には曲剣が握られており、直剣はいずれも宙に浮いている。
彼はネルカへ一歩を踏み出すと、曲剣で挟み斬るかのように左右から振る。
彼女は鎌の柄と刃を使いその攻撃を防ぐが、トーハの肩越しから三本の直剣が飛び出してきたのを見ると、鎌を持つ手を交差させて戻す勢いで回転させてを弾いた。しかし、その死角となってしまった右脇に残りの一本が迫り、ネルカの体に衝撃が伝わる。
(やっぱり…直剣の方は重さはあまりないのね…。)
基本的に黒魔法の使用者は、黒魔法による魔力阻害の影響を受けない。
そして、魔力を黒魔法として使った場合、黒魔法に反発するようになる。
だからこそ、トーハやネルカは身体強化も魔力膜も不自由なく使うことができていた。相手の襲撃の目的は何なのかは彼女は知らないが、トーハ個人の役割は唯一に万全で動けるネルカを仕留めることだというのを察することができていた。
「チッ! その服…黒魔法でできているのか…。」
そして、有利はネルカ。
黒魔法どうしの反発効果はそこまで大きいわけではないけれど、黒魔法使いの傾向でもあるパワーのなさを考えると、黒衣を纏っているかどうかは戦いに大きな影響を与えていた。黒魔法を纏って使用する相手と戦うときは、黒魔法の武器より通常の武器を使った方がいいということである。
「なるほどな。貴様の余裕はその服によるものか。」
「あら…? おかしなことを言うのね。」
「なに?」
「そもそもの実力で余裕なのよ。」
ネルカは守りから攻撃へと切り替えるように、鎌を持つ箇所を柄の真ん中から端へとずらす。そして彼女が大きく振りかぶって薙ぎ払う。彼女にしては珍しい大味な攻撃だが、トーハはその一撃を難なく避けた。
しかし、避けられること前提で動いていた彼女は、その勢いを落とすことなく腰の捻りで一回転し、飛んでくる直剣を弾きながら次の一撃を入れようとする。
避ける――回る――斬る――避ける
ループする度に加速していく鎌の動きに、ジリ貧を覚悟したトーハは防ぐ選択肢を取った。しかし、ガードの姿勢をめざとく見つけたネルカは、大きく前に踏み込むと曲剣の上から渾身を叩き込む。
「ぐぅ、おぉっ!」
抵抗しきれないその重みにより、曲剣が体に押し付けられられる。そして、鎌の形状を活かした引っ掛けにより、トーハの体を浮かして近くの木へと叩きつけた。それでも彼女は力を落とすことなく押し込み続け、体が先に壊れるか木が先に壊れるかの状態となった。
「ね? 余裕でしょ?」
黒血卿との戦いを通して学んだのは黒衣操作だけではない。
筋肉の運動連鎖による効率化、身体強化の必要部位のみの使用、瞬間的な魔力放出の方法、怪我箇所の使用を避ける体の動かし方――それらは彼女が苦手としていた『長期戦』『力強さ』を向上させたのであった。
「ぐ、ぐぎぎ…ぬぅ…化け物母娘め…クソッ…。」
次第にトーハからの抵抗が弱まっていく。
さて、情報を聞き出すように生かすか、それともこのまま殺すか。
そう悩んでいたネルカはふと何を思ったのか、左を向いて霧の先を見つめる。
見えたわけでも聞こえたわけでもない。しかし、彼女は何となく向いた。
そして、おもむろに鎌から手を離すと、今度は焦ったように右を向いて顔の前で両手を立てる。どうしてこの構えを取ったのかやっぱり彼女は説明できない、どうしてかガードの姿勢を取らなければならないと思ったのだ。
次の瞬間――彼女の目の前に何者かの膝が現れる。
それが高速の跳び膝蹴りによるものだと彼女が理解したのは、吹っ飛ばされたあとの話だった。彼女が顔を上げるとそこには四足歩行の獣――否、黒魔法を使って獣の姿を模倣した四つん這いの男がいた。
「トーハ、助け、必要、だな?」
たどたどしくも低い声が獣顔の中から発せられる。
トーハは木に手を突いて立ち上がると、咳き込みながら肺の空気を入れ替える。
そして、呼吸が安定すると現れた獣モドキに話しかける。
「ケホケホッ! た、助かった。セグ。礼を言うぞ。」
「おそろしい女、勘、防いだ。しかも、勢い、後ろに飛んで、緩和。」
「気を付けろ。仕入れた情報より遥かに強いぞ。」
「こいつ、例の、アイリーンの、娘、そうだな?」
対してネルカは詰めることをせずに、現れた男を観察していた。
纏う黒魔法――四足――そこから導き出される予想。おそらくセグと言われた男の戦闘スタイルは、ネルカと同じく黒魔法を操作しての身体機能補助――だからこそ可能な獣のような動き。
そして、とにかく速い。
(一人なら余裕でも…二人は…チッ。面倒だわ。)
セグの蹴りもまたそこまで重たいわけではなかった。一瞬チラッと見えたその手には、獣の爪のように鋭利な黒魔法が施されていたため、例外に漏れず速さだけを求めてきたと予測できる。
それでも安心できるわけではない。
攻撃は攻撃、あくまで致命にならないだけ。
ネルカは大鎌を消滅させると、両手に手鎌を生成させる。
(まずは…分散させなきゃ。)
そして、彼女が取った行動は――背中を向けての逃走だった。
両の手には曲剣が握られており、直剣はいずれも宙に浮いている。
彼はネルカへ一歩を踏み出すと、曲剣で挟み斬るかのように左右から振る。
彼女は鎌の柄と刃を使いその攻撃を防ぐが、トーハの肩越しから三本の直剣が飛び出してきたのを見ると、鎌を持つ手を交差させて戻す勢いで回転させてを弾いた。しかし、その死角となってしまった右脇に残りの一本が迫り、ネルカの体に衝撃が伝わる。
(やっぱり…直剣の方は重さはあまりないのね…。)
基本的に黒魔法の使用者は、黒魔法による魔力阻害の影響を受けない。
そして、魔力を黒魔法として使った場合、黒魔法に反発するようになる。
だからこそ、トーハやネルカは身体強化も魔力膜も不自由なく使うことができていた。相手の襲撃の目的は何なのかは彼女は知らないが、トーハ個人の役割は唯一に万全で動けるネルカを仕留めることだというのを察することができていた。
「チッ! その服…黒魔法でできているのか…。」
そして、有利はネルカ。
黒魔法どうしの反発効果はそこまで大きいわけではないけれど、黒魔法使いの傾向でもあるパワーのなさを考えると、黒衣を纏っているかどうかは戦いに大きな影響を与えていた。黒魔法を纏って使用する相手と戦うときは、黒魔法の武器より通常の武器を使った方がいいということである。
「なるほどな。貴様の余裕はその服によるものか。」
「あら…? おかしなことを言うのね。」
「なに?」
「そもそもの実力で余裕なのよ。」
ネルカは守りから攻撃へと切り替えるように、鎌を持つ箇所を柄の真ん中から端へとずらす。そして彼女が大きく振りかぶって薙ぎ払う。彼女にしては珍しい大味な攻撃だが、トーハはその一撃を難なく避けた。
しかし、避けられること前提で動いていた彼女は、その勢いを落とすことなく腰の捻りで一回転し、飛んでくる直剣を弾きながら次の一撃を入れようとする。
避ける――回る――斬る――避ける
ループする度に加速していく鎌の動きに、ジリ貧を覚悟したトーハは防ぐ選択肢を取った。しかし、ガードの姿勢をめざとく見つけたネルカは、大きく前に踏み込むと曲剣の上から渾身を叩き込む。
「ぐぅ、おぉっ!」
抵抗しきれないその重みにより、曲剣が体に押し付けられられる。そして、鎌の形状を活かした引っ掛けにより、トーハの体を浮かして近くの木へと叩きつけた。それでも彼女は力を落とすことなく押し込み続け、体が先に壊れるか木が先に壊れるかの状態となった。
「ね? 余裕でしょ?」
黒血卿との戦いを通して学んだのは黒衣操作だけではない。
筋肉の運動連鎖による効率化、身体強化の必要部位のみの使用、瞬間的な魔力放出の方法、怪我箇所の使用を避ける体の動かし方――それらは彼女が苦手としていた『長期戦』『力強さ』を向上させたのであった。
「ぐ、ぐぎぎ…ぬぅ…化け物母娘め…クソッ…。」
次第にトーハからの抵抗が弱まっていく。
さて、情報を聞き出すように生かすか、それともこのまま殺すか。
そう悩んでいたネルカはふと何を思ったのか、左を向いて霧の先を見つめる。
見えたわけでも聞こえたわけでもない。しかし、彼女は何となく向いた。
そして、おもむろに鎌から手を離すと、今度は焦ったように右を向いて顔の前で両手を立てる。どうしてこの構えを取ったのかやっぱり彼女は説明できない、どうしてかガードの姿勢を取らなければならないと思ったのだ。
次の瞬間――彼女の目の前に何者かの膝が現れる。
それが高速の跳び膝蹴りによるものだと彼女が理解したのは、吹っ飛ばされたあとの話だった。彼女が顔を上げるとそこには四足歩行の獣――否、黒魔法を使って獣の姿を模倣した四つん這いの男がいた。
「トーハ、助け、必要、だな?」
たどたどしくも低い声が獣顔の中から発せられる。
トーハは木に手を突いて立ち上がると、咳き込みながら肺の空気を入れ替える。
そして、呼吸が安定すると現れた獣モドキに話しかける。
「ケホケホッ! た、助かった。セグ。礼を言うぞ。」
「おそろしい女、勘、防いだ。しかも、勢い、後ろに飛んで、緩和。」
「気を付けろ。仕入れた情報より遥かに強いぞ。」
「こいつ、例の、アイリーンの、娘、そうだな?」
対してネルカは詰めることをせずに、現れた男を観察していた。
纏う黒魔法――四足――そこから導き出される予想。おそらくセグと言われた男の戦闘スタイルは、ネルカと同じく黒魔法を操作しての身体機能補助――だからこそ可能な獣のような動き。
そして、とにかく速い。
(一人なら余裕でも…二人は…チッ。面倒だわ。)
セグの蹴りもまたそこまで重たいわけではなかった。一瞬チラッと見えたその手には、獣の爪のように鋭利な黒魔法が施されていたため、例外に漏れず速さだけを求めてきたと予測できる。
それでも安心できるわけではない。
攻撃は攻撃、あくまで致命にならないだけ。
ネルカは大鎌を消滅させると、両手に手鎌を生成させる。
(まずは…分散させなきゃ。)
そして、彼女が取った行動は――背中を向けての逃走だった。
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