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第一部:5-2章:避暑地における休息的アレコレ(後編)
59話:虫の魔物
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虫の化物との攻防が5分ほど経った頃、相手するフォスローはある違和感を覚えていた。それは虫の化物の狙いは自分ではなく、常に背後の誰かに向けられているということであった。
(誰を狙っている? 普通に考えれば殿下だが、人間相手ならともかく……こんな化物に狙われる理由があるってんのかよ。)
人間相手なら王子を狙うというのは分かるが、相手は魔物だ。
しかし、明らかに特殊な個体の魔物であることは分かるし、タイミングがタイミングなだけに、もしかしたら使役されているのではという疑いがフォスローの中に生まれていた。
「クソッ、訳分かんねぇ!」
彼が大きく斬りかかると、化け物は部屋の端まで飛び避ける。
そして、睨み合いの状態になるが、そこで異変が起きた。
(な、なんだ…? ブレて見える…。)
化け物の姿が三重四重に見えてしまい、彼は目をシパシパさせる。繰り出してくる刺突攻撃を薙ぎ払いで弾くも、やはり見えているものと感触にラグが生じる。点と線の攻防をは得策ではないと考えた彼は、払う動きをメインにするがやりづらいことこの上ない。
それでいて徐々にブレる幅が広がっていき、焦ったフォスローは攻撃を受けるのを覚悟して肉薄した。そして、向かって来る攻撃を避けることもせず、ただ相手を殺すことだけを考えて剣を振るう。
しかし、突き刺さった相手の攻撃は――痛みを感じない。
しかし、胴を切断した自分の攻撃は――感触もなく振り切れる。
そして、自身の右脇を何かが通り抜けた感触。
彼が攻撃していたのは幻であり、囮だ。
「しまっ!」
慌てて剣を振るうフォスローだったが、化け物は彼など眼中にないようにそのまま通り抜ける。そして、その前足を彼の背後にいる者たちへと差し向けた。
その狙いは――マリアンネ。
この魔物は分かっている。この桃色こそが聖女である。
それも味方側となった金色と違って、いつか敵になる存在。
未だ目覚めぬ魔王様の、最大の障害になりうる存在だ。
まだ聖女として覚醒していない内に――殺しておく。
『シャァァァァ!』
その動きに、一般人である彼女が反応などできるはずもない。
目をつぶることすら許されないまま、その柔肌に鋭利が伸びる。
「ダメですわッ!」
マリアンネを助けたのはアイナだった。
自身の肩に浅い切傷ができることを無視し、横から押し倒して攻撃を回避させる。彼女はそのまま抱き込むかのように守りの姿勢を作り、少しでもマリアンネに危害が及ばないようにする。
そんな彼女の行動に焦ったマリアンネは叫ぶ。
「ア、アイナ様! 狙いはおそらくアタシです! お逃げください!」
「アナタを見殺しになんかできるはずございませんことよ!」
「どうして! アタシは平民、しかも孤児です!」
「騎士はワタクシたちを守る。それが仕事、騎士と名の付く職を背負うということですわ。そして、その次に…守る側に立つ者はワタクシたち、貴族でしてよ。 アナタがた平民は、守られていてくださいまし!」
そうしているうちに虫の化物は、目下にいる標的に攻撃するために両の前足を振り上げる。フォスローは間に合わない、彼女の取り巻きたちが動けるはずもない、アイナは守りこそすれど魔力膜すらできない戦闘未経験者――人の肉壁など無意味だ。
そんなことはアイナが分かっている。
自分の肉壁など無意味かもしれないことを。
それでも、一縷の可能性があるのならば守る者になろう。
目をつむる彼女の脳裏には、デインの姿が映し出される。
(死ぬ前に…照れ隠しなどやめて…この気持ちを伝えるべきでしたわ。)
悔いはあるが、後悔はない。
それでも自分の生き方を否定する気など、殊更ない。
(ワタクシは…貴族として…笑顔を守ってみせる!)
彼女は幼少の頃の、とある事件を思い出していた。
それは、彼女がまだ我儘少女だった昔のことである。
かつて、従者の目を掻い潜って抜け出し、迷子になってしまった街中。
金持ち風貌のガキがいると、荒くれ者に襲われそうになったアイナ。
そこで身なりが良いとは言い難い子が、自身のために体を張った。
助けてくれた名前の知らぬ少女――彼女に感化された、あの日から。
自分は貴族として、守る側に立つのだと誓ったのだ。
そして、それを後押ししてくれる愛する人。
それらに恥じぬ人生を、彼女は生きれたと胸を張れる。
だからこそ、ここで死ぬことを恐れはしない。
「ワタクシ、あなたを守れないことの方が嫌ですのよ!」
「アイナ嬢――よく言った。」
彼女の耳に届いたのは虫の鳴きではなく、甘い男の声。
彼女の背に触れるは鋭利な突き刺しではなく、温かい掌。
彼女が見たのは恐ろしい虫の化物ではなく、愛する人。
「それでこそ、私が惚れたアイナ嬢だ。」
寸でのところでデインが剣の腹で、虫の攻撃を防いでいた。
そこに追いついたフォスローが斬りかかり、虫は回避を優先して距離を空ける。デインは彼の横に並び立つと、自身も戦うために剣を構える。
そして、目の前の虫の化物に対して、宣言する。
「手の届く範囲で…民が傷つけられることを…容認しない。そして、愛する者が傷つけられることは…絶対に! 許さない!」
散々に翻弄され、殺され、苦しまされた化け物。
今度は、人間側の反撃の時間だ。
デインの怒りは頂点に達していた。
(誰を狙っている? 普通に考えれば殿下だが、人間相手ならともかく……こんな化物に狙われる理由があるってんのかよ。)
人間相手なら王子を狙うというのは分かるが、相手は魔物だ。
しかし、明らかに特殊な個体の魔物であることは分かるし、タイミングがタイミングなだけに、もしかしたら使役されているのではという疑いがフォスローの中に生まれていた。
「クソッ、訳分かんねぇ!」
彼が大きく斬りかかると、化け物は部屋の端まで飛び避ける。
そして、睨み合いの状態になるが、そこで異変が起きた。
(な、なんだ…? ブレて見える…。)
化け物の姿が三重四重に見えてしまい、彼は目をシパシパさせる。繰り出してくる刺突攻撃を薙ぎ払いで弾くも、やはり見えているものと感触にラグが生じる。点と線の攻防をは得策ではないと考えた彼は、払う動きをメインにするがやりづらいことこの上ない。
それでいて徐々にブレる幅が広がっていき、焦ったフォスローは攻撃を受けるのを覚悟して肉薄した。そして、向かって来る攻撃を避けることもせず、ただ相手を殺すことだけを考えて剣を振るう。
しかし、突き刺さった相手の攻撃は――痛みを感じない。
しかし、胴を切断した自分の攻撃は――感触もなく振り切れる。
そして、自身の右脇を何かが通り抜けた感触。
彼が攻撃していたのは幻であり、囮だ。
「しまっ!」
慌てて剣を振るうフォスローだったが、化け物は彼など眼中にないようにそのまま通り抜ける。そして、その前足を彼の背後にいる者たちへと差し向けた。
その狙いは――マリアンネ。
この魔物は分かっている。この桃色こそが聖女である。
それも味方側となった金色と違って、いつか敵になる存在。
未だ目覚めぬ魔王様の、最大の障害になりうる存在だ。
まだ聖女として覚醒していない内に――殺しておく。
『シャァァァァ!』
その動きに、一般人である彼女が反応などできるはずもない。
目をつぶることすら許されないまま、その柔肌に鋭利が伸びる。
「ダメですわッ!」
マリアンネを助けたのはアイナだった。
自身の肩に浅い切傷ができることを無視し、横から押し倒して攻撃を回避させる。彼女はそのまま抱き込むかのように守りの姿勢を作り、少しでもマリアンネに危害が及ばないようにする。
そんな彼女の行動に焦ったマリアンネは叫ぶ。
「ア、アイナ様! 狙いはおそらくアタシです! お逃げください!」
「アナタを見殺しになんかできるはずございませんことよ!」
「どうして! アタシは平民、しかも孤児です!」
「騎士はワタクシたちを守る。それが仕事、騎士と名の付く職を背負うということですわ。そして、その次に…守る側に立つ者はワタクシたち、貴族でしてよ。 アナタがた平民は、守られていてくださいまし!」
そうしているうちに虫の化物は、目下にいる標的に攻撃するために両の前足を振り上げる。フォスローは間に合わない、彼女の取り巻きたちが動けるはずもない、アイナは守りこそすれど魔力膜すらできない戦闘未経験者――人の肉壁など無意味だ。
そんなことはアイナが分かっている。
自分の肉壁など無意味かもしれないことを。
それでも、一縷の可能性があるのならば守る者になろう。
目をつむる彼女の脳裏には、デインの姿が映し出される。
(死ぬ前に…照れ隠しなどやめて…この気持ちを伝えるべきでしたわ。)
悔いはあるが、後悔はない。
それでも自分の生き方を否定する気など、殊更ない。
(ワタクシは…貴族として…笑顔を守ってみせる!)
彼女は幼少の頃の、とある事件を思い出していた。
それは、彼女がまだ我儘少女だった昔のことである。
かつて、従者の目を掻い潜って抜け出し、迷子になってしまった街中。
金持ち風貌のガキがいると、荒くれ者に襲われそうになったアイナ。
そこで身なりが良いとは言い難い子が、自身のために体を張った。
助けてくれた名前の知らぬ少女――彼女に感化された、あの日から。
自分は貴族として、守る側に立つのだと誓ったのだ。
そして、それを後押ししてくれる愛する人。
それらに恥じぬ人生を、彼女は生きれたと胸を張れる。
だからこそ、ここで死ぬことを恐れはしない。
「ワタクシ、あなたを守れないことの方が嫌ですのよ!」
「アイナ嬢――よく言った。」
彼女の耳に届いたのは虫の鳴きではなく、甘い男の声。
彼女の背に触れるは鋭利な突き刺しではなく、温かい掌。
彼女が見たのは恐ろしい虫の化物ではなく、愛する人。
「それでこそ、私が惚れたアイナ嬢だ。」
寸でのところでデインが剣の腹で、虫の攻撃を防いでいた。
そこに追いついたフォスローが斬りかかり、虫は回避を優先して距離を空ける。デインは彼の横に並び立つと、自身も戦うために剣を構える。
そして、目の前の虫の化物に対して、宣言する。
「手の届く範囲で…民が傷つけられることを…容認しない。そして、愛する者が傷つけられることは…絶対に! 許さない!」
散々に翻弄され、殺され、苦しまされた化け物。
今度は、人間側の反撃の時間だ。
デインの怒りは頂点に達していた。
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