その令嬢、危険にて

ペン銀太郎

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第一部:6章:何かが変わった日常

69話:何かが変わった日常

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その日、ネルカとエレナとローラは馬車に揺られながら、店が並ぶ商業地区を進んでいた。というのも、マリアンネからスイーツの試作品の感想を教えて欲しいとのことで、ヤマモト連合に与するとある店まで向かっているのだ。

「いやぁ、こういう試作の誘いなんて初めてだから、ボク楽しみだよ。うちの商会が取り扱うのはそういうのとは無縁だからさ。」

「そうね、秋の野菜スイーツなんて…待ち遠しいわ。」

目的の店までたどり着いた二人だったが、いかにもな騎士たちが護りを固めていた。その中にはネルカと面識のある王宮騎士団第二部隊の者がおり、一人が笑顔を作りながら裏口のドアを開けてくれたのであった。

「「えぇッ!? どういうこと!?」」

恐る恐る中を覗いてみた二人は驚愕の声を同時に上げる。
店内は非常に多くの人間がいる、そこまでならまだいい。
問題は、その面々が異様ということであった。


まずはマリアンネ。
彼女はそもそも主催者だ。
いない方がおかしい。


また、ダーデキシュ、オドラ、センルラ教諭も呼ばれていた。
しかしながら、ヤマモト連合の魔道具開発部門の人たちと会話をしており、そちらを目的としてきている可能性の方が高く、試作品はもはやお茶受け状態と化していた。


次にローラ、フェリア、ヨスン、アミルダの四人。
そもそもこの四人とマリアンネの関係は『ネルカを間に挟んでの交友関係』に過ぎなかったのだが、試作会に呼ばれなかったことに疎外感を覚えたらしく、是非とも参加させてくれと頼まれたのであった。


また、なぜかバーベラ、フラン、その父ホメリデまでもいる。
というのも、ヤマモト連合の作る服飾に親近感を覚えたバーベラが、マリアンネに接触して紆余曲折の交流があった結果、試食会に参加することになったということである。


さらにはマルシャ、かつてネルカに手紙を届けた取り巻き令嬢二人。
かつて裸の付き合いをした仲であり、友人以上親友以下と(マルシャが一方的に)思っ――というのは建前。実際はヤマモト連合の新商品スイーツを食べられると聞いて、強引に参加をねじこまれたのだとか。


アイナ、ベティン、ロズレア、コルナールの姿もある。
これに関しては完全にマリアンネのことを気に入ったアイナのストーカー……もとい、公爵家の圧力によるものである。マルシャたち三人と共にテーブルを囲っている。


そして――デイン、エルスター、トムス、護衛騎士が。
アイナが行くならデインが行き、デインが行くなら他それぞれも行く、当然の因果関係である。ちなみに、『何があっても不敬に処さない』という文言の書類まで用意してきているのだが、流石に王家を相手に軽口など叩けるものなど(ネルカを除いて)存在しない。


その店内様子にエレナは思わず「スゴイ面々だね…。」と言葉をこぼした。
彼女は夜会も避暑地も、マリアンネの鍛錬にも顔を出していないため、これだけのメンツが集まるところを見たことはあっても、対面したことは一度だってない。ネルカはその言葉に(言われてみればそうね…。)と心の中で同意した。

市民から始まり準貴族、子爵家に留まらず、伯爵家や侯爵家どころか公爵家、果ては王族が集まっているのだ。一市民に過ぎない彼女が『スゴイ面々』と表現するのも当然のことだった。

「あっ、師匠だ! 空いている席に座ってください!」
「…ん? あぁ、ネルカか。やっと来たか。」
「こ、こちらの席が空いてます。いっしょにどうですか?」
「あらぁ、ネルカちゃん! 今度、あなたに合う服、送らせてね?」
「ネルカさん、これ美味いぞ。私が認めるほどだ。」
「オ~ホッホ! こちらの席はいかがでして?」
「ネルカ。このタルト、殿下がお気に召したようでし(以下略)」

そして、いずれもがネルカに話しかける。
その目はどれも友愛と信頼で満ちている。
彼女の周りには友好の念を持った者しかいない。



(そうなのね――私はもう――)



――もう独りじゃないのね。



現状は入学前では考えられなかったことだ。

友を失い、避けられ、数少ない交流も仕事面でのもの。
さらに両親がいなくなってから、彼女はずっと一人だった。
一人でも生きていけたし、苦痛と言う苦痛もなかった。

だが、本音を言えば寂しかった。
だが、本音を生きているだけだった。
だが、本音を言えば苦しかった。

今なら理解できる。
人間は集団で生きる生物なのだと。

(夜会のとき、決意したことだけど…でも…。)

あの時よりも、抱え込んでいるモノが多すぎる。
守るべきものがあまりにも増えてしまった。
彼女一人では守ることができないかもしれないほど。

しかし、ネルカに不安はない。
守る相手もまた、誰かを守る強さを持っているから。
独りでは戦わない。誰かと戦うのだ。

「フフフ…。良いわね。悪くないわ。」

「えっ…ネルちゃん…急にどうしたのさ?」

「ううん…なんでもないわ。」

ネルカは近くの台に置かれている皿を無造作に取った。

目を細めて見つめる先は――カボチャのブリュレケーキ。

そのまま手づかみで口へと運ぶ。

(いいわ――)

甘くて美味い。至福の時間。

(この幸せのためならば――)

それはまるでネルカの心を代弁するかのような味。

(――私がすべての障害を破壊してあげる。)

何かが変わった日常?

違う。

何もかもが変わった日常――何も変えられたくない日常。


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