その令嬢、危険にて

ペン銀太郎

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第一部:7章:閑話集【出番が少ない者たち】

74話:ダーデキシュ・コールマン

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王都商業地区をダーデキシュは歩いていた。
つい先日に洗濯機が完成したばかりであるが、彼の思考は次の研究題材をどうしようかということであった。彼はゼロから発想する事を不得手としており、今のように散策を通してインスピレーションを沸かすことが多い。

そして、今日に限って――

(マリアンネ…嬢…?)

噴水広場のベンチに目立つ髪色の女性がうな垂れていた。
声をかけるべきなのかどうか彼が悩んでいると、ふとマリアンネから離れた位置で座っている男二人と目が合うのであった。ダーデキシュはその男二人にどこか見覚えがあると思ったが、彼らは盾に留まる鷹のデザインが施された手帳――王宮騎士団第二部隊の証を見せてきた。

(そうだ…夜会が終わった後、ネルカに結果を知らせるために殿下達が訪れられた際…傍におられた方たちだ…。なぜそんな方々が…マリアンネ嬢を…?)

何か監視をさせられているのかと一瞬思ったダーデキシュだが、雰囲気がどこか彼女を心配しているようで、どちらかと言えば護衛のためにいるのだと判断し尚更に疑問を加速させた。
しかし、護衛二人はそんな彼の様子をじれったく思ったのか、早く彼女をどうにかしろと言わんばかりのアイコンタクトを彼に送るのであった。相変わらず訳の分からないダーデキシュだったが、意を決してマリアンネに近づいた。

「お、おい、マリアンネ嬢…大丈夫か?」

「ダーデ…キシュ…様? ど、どうしてここに!」

「魔道具のアイデアのため、街を散策していただけだ。あっ…それで? 何か悩み事でもあるのか?」

「アハハ…アタシの悩みなんて聞かせるわけにもいかないですよ…。」

「まぁ…その…なんだ。マリアンネ嬢にはネルカとのことや、魔道具のことで世話になった。…それに、マリアンネ嬢が相手なら、不思議と俺は口下手にならない。ぜひとも相談に乗らせてくれ。」

彼は返事を待たずして隣にドカリと座る。

「えっと…アタシは…マリアンネじゃないかもしれないんです…。」

「…あ? ちょっと待て…ん? どういうことだ?」

「今のアタシは…前世の記憶に引っ張られた…違う人格なんじゃないかって思うよになったんです…。」

「はぁ? 前世だぁ? 落ち着いて、一個ずつ話せ。」

前世のことだけなら話してもいいということを聞いているマリアンネは、自身が前世のことを思い出しており、異世界である前世の知識を使って成り上がったことを正直に話した。
ちなみにゲームのことと聖女についてのことは話さなかったため、ダーデキシュは(進んだ世界の知識があるから、騎士団に守られているということか…。)と少々誤解をしてしまってはいる。

「そうか…ヤマモト連合が作っていたものは…その…二ホン? とかいう国をベースにしていたということか。それなら納得だ。いくつかの魔道具は、明らかに技術進化の発想過程を飛ばしていたからな。」

「なんだか…盗んだ…みたいですよね…?」

「まぁ、そういうものがあると知っていたとしても……原理を知らなければ、考え方が合っていなければ、試行と機転がなければ……完成しないものばかりだ。だから、マリアンネ嬢は誇ってもいいはずだ。」

「あっ、えへへ…、そう言ってもらえるなら安心です!」

頬を染めて嬉しそうに笑うマリアンネに対し、思わず頭を撫でようとしたダーデキシュは、相談の内容はそっちではないことを思い出して手を止めた。

「そんな些細なことより…今のマリアンネ嬢は『誰』か…か。」

「…はい。」

「え~っと…それは悪いことなのか?」

「詳しいことは言えないんですけど、アタシ、前世を知る前の自分の未来を知っているんです。『彼女』は凄い人で、色んな人から慕われているんです。でも、今のアタシは…とてもじゃないですけど…そんな人間じゃなくて。だから! だから! アタシは姿かたちが同じなだけの、別人じゃないのか…って…。」

再び俯いてしまったマリアンネの姿に、どうすればいいのか分からないダーデキシュは救いを求めて護衛の男たちを見た。彼らは口パクとジェスチャーで『いいから抱き締めておけ!』と伝えており、意を決したダーデキシュはその通りにマリアンネを抱きしめた。

「えええええええ!? ダダッ、ダ、ダーデキシュ様ァ!?」

大混乱のマリアンネはこれは夢なのかと現実逃避しているが、対するダーデキシュの方は真面目な顔で淡々としていた。彼の中で伝えたいことはもう決まっている。

「……俺は『今のマリアンネ』がいかに素敵なやつか知っている。」

「はへぇ!? …え? え、え、急になんですか!?」

「もしも『本来のマリアンネ』の方が良かったという奴がいるなら、ネルカから戦い方を教わって、ぶん殴ってやる。」

「ぶん殴る!? ほんとどうしちゃったんですか!?」

「マリアンネ嬢が前に言ったことだ。だけど、俺だって同じ気持ちだ。それに…そんな俺が好き…だとも言ったよな。ならば俺からも言わせてくれ…俺は――」

ダーデキシュは抱いている体を少し離すと、両肩に手を置く。そのままジッと目が合うようにすると、マリアンネはその真摯な橙眼に気圧され静かになる。そして、次の言葉を待つ彼女の姿を確認し、そのまま言葉を紡いだ。



「――『今のマリアンネ』だからこそ、好きなんだ。」



ボンッ――一瞬でマリアンネは赤くなった。
キャパオーバーしてしまった彼女の頭からは、湯気が出ている。

腰を抜かしグルグルと目を回しながら、ポツリと「好き…好き好き…好き…」と呟くマリアンネ。その言葉を聞いたダーデキシュは自身が何を言ってしまったのかを自覚し、掴んでいる彼女の肩をガクガクと揺らしながら弁明の声を上げる。

「と、とにかく! 俺が気に入ってる『マリアンネ』は、お前だ! もしもがどうだったとか、本当は違うとかはどうでもいい! 俺は、出会った『マリアンネ』がアンタで良かったと思っている! だから、他の誰かに成り代わろうとしないでくれ! そういうことだ! 分かったか!?」

トリップしてしまった彼女の耳には届いていなかった。


 ― ― ― ― ― ―


「今日は、ありがとうございました…ダーデキシュ様…。」

あれから、(護衛がこっそりダーデキシュに渡してくれた)果実水を飲みつつ、小一時間ほど気まずい無言の休憩をした後、二人は街に出かけた当初の予定など忘れて寮に帰ることにした。

そして、別れ際にマリアンネは感謝の意を伝える。
対するダーデキシュはそっぽを向いて、蚊の鳴くような声で呟く。

「……ダーデ。」

「え?」

「俺を…ダーデと呼べ。あるいはキッシュ。呼びやすい方でいい。貴族がどうとか気にするな。俺が認めた…それでいい。……じゃあな、マリアンネ嬢。」

言うことを言って早足で別れようとしたダーデキシュだったが、マリアンネは彼の右手を掴んで行かせないようにする。驚いたダーデキシュが振り向くと、満面の笑みを浮かべる彼女と目が合った。

「では、アタシのことはマリと呼んでください! ダーデ様!」

吹く秋風が赤髪を揺らす、心を揺らす。
彼はその頭をポンポンと優しく叩くと、爽やかな笑みを浮かべていた。

「あぁ、分かった。じゃあな…マリ。」




ちなみに、今回も――多くの人間にその光景は見られていた。



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