その令嬢、危険にて

ペン銀太郎

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第一部:8章:武闘大会

83話:エキシビションマッチ②

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死神鴉――かつてナハスはネルカのことをそう称した。

そもそも彼女の黒衣スタイルというのは、とある絵本に描かれた死神鴉のカッコよさに憧れたからで、そのように呼ばれることは当然のことだった。そうでなければ、彼女が武器に大鎌を選ぶ理由などどこにもない。

そして、観客もまた彼女の姿に死神の使徒を重ねて見たのだった。

「いいぞぉ! やったれぇ、死神のねーちゃんよぉ!」
「どっから鎌を出したんだ! 魔法ってやつなのか!?」
「《コールマン家の鴉女》、これは売れる記事になるわ!」

「まさか、ネルカ様がこんなに…お強かったなんて…。」
「アレがエルスターの…かぁ。」
「俺…騎士科としての自信を無くしそうだ…。」

市井と貴族とで違った意見が出ているが、ネルカは初めて受ける大称賛の声に慣れていないため、頬を赤く染めながらどこか居心地が悪そうであった。

「ふむ、一躍有名人ってとこじゃのう。」

「こういうのも悪くないわね。」

「ガハハハ! しかし、その姿、子供の頃のトラウマじゃな!」

「あら、カッコイイとは言ってくれないのね。残念。」

軽口を叩きながらも、気持ちは一瞬で切り替える両者。

「「ハァッ!」」

動いたのはほぼ同時だった。
戦斧と大鎌が交じり合うが、黒衣の恩恵をフルに受けてもなおガドラクの方に力の分があるため、弾かれこそしなかったもののネルカの体は後退していく。彼女は持っている手に力を入れると、戦斧に鎌を引っ掛けさせて横にズラす。

対してガドラクは攻撃の手を休めないために、ネルカの横腹に直撃させるように戦斧を横薙ぎで振るった。しかし、彼の視界からネルカが急に消え、気が付いた時には顎に衝撃を受けていた。

「ガァッ!?」

消えたのではない――斧の下を掻い潜ったのだ。
大鎌を消し左足を軸に右足で顎へと後ろ蹴りを放った――そう気付いた時には、ガドラクの体は完全に無防備状態になってしまっていた。ネルカはその体勢から腹筋の力だけで起き上がると、拳を握りしめて顔面へと叩き込んだ。

黒魔法を纏った拳の前では、結界も魔力膜も意味を成さない。
ガドラクは後方へと飛ばされ、背中を地面につけて倒れ込む。



しかし、ネルカからの追撃はなかった。



ネルカはその場で腹を抑えて立ち止まっていた。

「改めて…とんでもない男ね…。」

ガドラクは殴り飛ばされながらも、腕だけで戦斧を投擲していたのだ。彼女は忌々し気な目で起き上がりつつあるガドラクを見ながら、自身の前に落ちている戦斧を拾うと後方へと投げ飛ばした。

「ガハハハ、武器を捨てるなんて酷いのぉ。」

「はぁ…こうでもしなきゃ、勝てる気がしないのよ。」

ダメージ量、武器の有無の両面においてネルカ有利。

大鎌を再び生成した彼女が先に動くと、ガドラクは受けて捌くことだけを考えて腰を落とす。彼女はさすがに鎌の刃を無くしてこそいるが、彼は先ほどの拳で黒魔法の恐ろしさを身を以って知った――この魔法はガード不可なのだ。

振るわれる鎌を掌で押し流す――熱さを持った痛みが生じる。
間に合わない攻撃が肌を掠める――薄皮が剥けて血が滲み出る。
着けた防具を駆使ししなければ、傷が増えて行ってしまう。

(殺すことに特化した魔法だと聞いたことはあるが、なるほどのぉ…確かにそうじゃな。鎧を捨てたワシらほど…この魔法は恐ろしい…。)

だからこそガドラクは負けを確信していた。
このまま行けば、確実に負けてしまうのだと分かっていた。

「――このままでは…マズいのぉ。」


 ― ― ― ― ― ―

観戦席には騎士団の管理職用の区が用意されている。
人事担当に始まり各部隊長・副隊長であったり、小班長までが招集される。彼らの目には守りに徹した団長の姿が映っている。彼らにとってガドラクとは最強であり、最後の砦――ゆえに動揺は大きかった。

「まさか…ネルカ嬢が勝つのかッ!?」
「あれで16歳ってマジか!? 嘘だろ! オイオイ!。」

そう声を荒げるのは第四部隊のとある班長二人。
だが、口にしないだけで周囲の者も気持ちは同じだった。

彼女が黒血卿と殺りあったことは聞いている。
彼女が影の一族と殺りあったことは聞いている。

それでも、あくまで聞いただけだった。
本当のことだと分かっていながら、心のどこかで嘘であるのではという気持ちがあったのだ。そんな化物染みた女など存在しない、否、存在してほしくないと目を背けていたのだ。

しかし、強さを見てしまった。
その強さ、認めざるをえない。

「おい、てめぇら。」

そんな彼らの背後に一人の男が立っていた。
王宮騎士団第四部隊長のアッシュだった。

「「ヒィッ!? あ、アッシュ様!」」

「いい機会だ。お前らも見ておけ。」

「み、見ておけとは、ネルカ嬢のことでしょうか!」

「ん? ああ、確かに彼女の動きは参考になるな……俺らのような『型』にハマったやつじゃねぇ。戦いながら覚えてきたソレだ。……だが、お前らに見て欲しいのは団長の方だ。久しぶりに団長の本気、見れるんだぞ?」

「団長の本気…ですか…。」

二人だけでなく聞き耳を立てていた周囲は、眉を顰めるとジッと戦いを見る。しかしながら、戦況が一転する雰囲気がないどころか、むしろガドラクがさらに圧されているような気がしないでもない。

そこでアッシュは誰かに伝える気も無い、ただの独り言を口から零す。

「ふん、黒血卿と互角だぁ? そうだな、今の団長ならその程度かもしれねぇなぁ。だがなぁ、団長の本気はこんなもんじゃねぇ。そして分かる…団長はプライドと体裁を天秤にかけ……プライドを取る。」

自身よりも十以上年上の老兵を見ながら、自身がかつて部下だった時に覚えた興奮を思い出し、アッシュは頬を緩めるのだった。




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