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第一部:9章:アイドル系死神と推し活騒動記
86話:望まれた死神
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アルマ学園には二人の麗人がいる。
まず一人目――マルシャ・ランルス公爵令嬢。
(側近仲間以外の前では)凛とした佇まいをしており、(側近仲間以外になら)誰にでも優しく接し、(側近仲間の行動以外では)どんなことが起きても取り乱すことをせず、(デインとマリアンネ以外には)欲に対する我儘を言うこともない。
可愛い令嬢/美しい令嬢は誰かと問われれば数人が上げられるが、完璧な令嬢は誰かと問われれば彼女の名前しか上がらないほどの、貴族界隈の憧れの的とも言える存在である。
そして、二人目――――ネルカ・コールマン伯爵令嬢。
初めの方こそ得体の知れない存在として怖がられていたものの、数人の令嬢から慕われている姿が確認されたり、幸せそうにスイーツを食べている姿を目撃たりされた結果、そう怖がることもないのではと思われるようになったのだ。
そうなってくると、彼女に対する見え方も変わる。
――ツンケンした見た目に反して、庇護欲が高い。
――声も顔立ちも中性的であるため、妄想が捗る。
――スタイル抜群かつ筋肉質で、頼りにしたくなってしまう。
――エルスターを抑えられる稀有な存在。
――王家が認めた国の守護者。
――デインとアイナをくっつけた愛のキューピット。
武闘大会での激闘を皮切りに、人気が爆上がりしたのだ。
「「「「きゃ~~! 死神様ぁ!」」」」
武闘大会が終わってからというもの、かつてのデインへの群がりを思い出すほど女性が集まってくるようになってしまったのだ。彼女はデインと違って愛想がいいわけでもないのだが、愛想がよくないからこその魅力があるだとか。
ちなみに、今やデインには正式な婚約者がいるため、憧れだっただけという人たちも含めて彼の周りはおとなしくなってしまった。
(こうやって見ると…エルに初めて会った日のことを思い出すわ。殿下に群がった女性たちを散らす…フフッ…すごく疲れた顔をしていたわね。)
遠い目をしながら数ヶ月前のことを思い出して現実逃避していた彼女だったが、ふと集団の中に二名ほど違和感を覚える存在がいた。身長が高く見渡し放題の彼女だからこそ気付けたことであったが、違和感の方へと歩みを進めた。
令嬢たちはネルカの進行方向を空けるように動いたのだが、二人だけが一切動いていなかった。その二人はスケッチブックに何かを一心不乱に書いており、ネルカが目の前に来てもなお気付いていない様子だった。
そして、よく聞いてみると彼女たちはブツブツと呟いている。
「姫は騎士に恋をした。しかし、騎士ネルカは実は女性で――」
「愚腐腐腐…赤き死神コルネルと団長ガドラクの濃密な――」
二人の令嬢――フェリアとロズレア――からスケッチブックを強引に奪い取ると、ネルカはそこに描かれている内容を一瞥する。片方には女性同士が抱き合う姿が、もう片方には男性同士が抱き合う姿があった。
(こんな人前で、よくもまぁ、堂々とこんな内容が描けるわね。)
呆れを通り越して感嘆するしかない。
「あなたたち…何をやっているのかしら…。」
「あら、ネルカ様。ご機嫌よう。」
「何と言われても、マンガ、描いているだけ」
「マンガ…? この絵のこと?」
もう一度スケッチブックに目を通した彼女だったが、確かに普通の絵とは違うようであった。絵のジャンルはリアル系とは別方向でありながら、絵本のように簡素というわけでもなく描き込まれており、登場人物の特徴だけはキッチリと把握されている。また描く場所が区切りで指定されていて、しかもセリフを記入する区切りすら用意されているのだ。
小説物語を絵で表現するべく、考えに考えた末の表現方法であることは、芸術に疎いネルカでも見て分かった。
「大先生から教えていただいた表現方法ですわ。」
「絵と文字、広がる表現の幅、さすが教祖様。」
「大先生…? 教祖様…? 誰よソレ。」
「「マリアンネさんです。」」
その言葉にネルカはピンク髪を思い出す。
そして、あっちの世界の芸術なのかとすぐに理解した。
「モノと経緯は分かったわ。じゃあ、このスケッチブックは廃棄ね。」
「「そ、そんな! どうして!」」
「どうしてもこうしても無いに決まっているでしょう! だって、これは私でしょ? 嫌よ、私、こんなこと描かれるの嫌よ。それに、あなたたちは前に風呂の件で怒ったでしょう! もう忘れたの?」
「ネルカ様を称賛する内容ですわ! 決して貶すわけではないのです!」
「怒られたのは、裸の絵。でも、これ、ちゃんと服着てる、問題ない。」
「そういう問題じゃないでしょう!」
らちが明かないとネルカは黒魔法でハサミを作り出し、スケッチブックを切り刻もうとする。しかし、いつのまにか周囲には令嬢たちが集まり直しており、ハサミを止めようとするものだから、彼女は危ないからとハサミを消すしかなかった。
「死神様! 御勘弁を! それだけは見逃してください!」
「フェリア様とロズレア様の作品は、私たちの心の安らぎなの!」
「私たちの間だけなんです! 他には広げませんから!」
「どうか、お願いします。私たち、死神様をお慕いしているんです!」
ここまで言われては、強く返せないのがネルカという女。
正確に言えば、慕ってくる相手に甘くなるのがネルカという女。
しばらく眉間に手を置いて考え込む彼女だったが、チラリと視線を外すとキラキラした目が埋め尽くしており、ため息を一つ入れると口を開いた。
「ぐ、ぐぬぬぬぬ…。もう、分かったわよ! 良いわ、許可するわ! だけど! 名前を変更する! 私に似せ過ぎない! 過激な内容も無し! 好き者同士の間だけで終わらせる! それを約束できるなら…マンガとかいうやつも許可するわよ…。」
彼女はスケッチブックを二人に返すと、スタスタとどこかへと歩いて行った。その後ろ姿はどこかイラついているようではあったが、その口元が緩んでいたことをその場にいる者は皆が見逃していなかった。
まず一人目――マルシャ・ランルス公爵令嬢。
(側近仲間以外の前では)凛とした佇まいをしており、(側近仲間以外になら)誰にでも優しく接し、(側近仲間の行動以外では)どんなことが起きても取り乱すことをせず、(デインとマリアンネ以外には)欲に対する我儘を言うこともない。
可愛い令嬢/美しい令嬢は誰かと問われれば数人が上げられるが、完璧な令嬢は誰かと問われれば彼女の名前しか上がらないほどの、貴族界隈の憧れの的とも言える存在である。
そして、二人目――――ネルカ・コールマン伯爵令嬢。
初めの方こそ得体の知れない存在として怖がられていたものの、数人の令嬢から慕われている姿が確認されたり、幸せそうにスイーツを食べている姿を目撃たりされた結果、そう怖がることもないのではと思われるようになったのだ。
そうなってくると、彼女に対する見え方も変わる。
――ツンケンした見た目に反して、庇護欲が高い。
――声も顔立ちも中性的であるため、妄想が捗る。
――スタイル抜群かつ筋肉質で、頼りにしたくなってしまう。
――エルスターを抑えられる稀有な存在。
――王家が認めた国の守護者。
――デインとアイナをくっつけた愛のキューピット。
武闘大会での激闘を皮切りに、人気が爆上がりしたのだ。
「「「「きゃ~~! 死神様ぁ!」」」」
武闘大会が終わってからというもの、かつてのデインへの群がりを思い出すほど女性が集まってくるようになってしまったのだ。彼女はデインと違って愛想がいいわけでもないのだが、愛想がよくないからこその魅力があるだとか。
ちなみに、今やデインには正式な婚約者がいるため、憧れだっただけという人たちも含めて彼の周りはおとなしくなってしまった。
(こうやって見ると…エルに初めて会った日のことを思い出すわ。殿下に群がった女性たちを散らす…フフッ…すごく疲れた顔をしていたわね。)
遠い目をしながら数ヶ月前のことを思い出して現実逃避していた彼女だったが、ふと集団の中に二名ほど違和感を覚える存在がいた。身長が高く見渡し放題の彼女だからこそ気付けたことであったが、違和感の方へと歩みを進めた。
令嬢たちはネルカの進行方向を空けるように動いたのだが、二人だけが一切動いていなかった。その二人はスケッチブックに何かを一心不乱に書いており、ネルカが目の前に来てもなお気付いていない様子だった。
そして、よく聞いてみると彼女たちはブツブツと呟いている。
「姫は騎士に恋をした。しかし、騎士ネルカは実は女性で――」
「愚腐腐腐…赤き死神コルネルと団長ガドラクの濃密な――」
二人の令嬢――フェリアとロズレア――からスケッチブックを強引に奪い取ると、ネルカはそこに描かれている内容を一瞥する。片方には女性同士が抱き合う姿が、もう片方には男性同士が抱き合う姿があった。
(こんな人前で、よくもまぁ、堂々とこんな内容が描けるわね。)
呆れを通り越して感嘆するしかない。
「あなたたち…何をやっているのかしら…。」
「あら、ネルカ様。ご機嫌よう。」
「何と言われても、マンガ、描いているだけ」
「マンガ…? この絵のこと?」
もう一度スケッチブックに目を通した彼女だったが、確かに普通の絵とは違うようであった。絵のジャンルはリアル系とは別方向でありながら、絵本のように簡素というわけでもなく描き込まれており、登場人物の特徴だけはキッチリと把握されている。また描く場所が区切りで指定されていて、しかもセリフを記入する区切りすら用意されているのだ。
小説物語を絵で表現するべく、考えに考えた末の表現方法であることは、芸術に疎いネルカでも見て分かった。
「大先生から教えていただいた表現方法ですわ。」
「絵と文字、広がる表現の幅、さすが教祖様。」
「大先生…? 教祖様…? 誰よソレ。」
「「マリアンネさんです。」」
その言葉にネルカはピンク髪を思い出す。
そして、あっちの世界の芸術なのかとすぐに理解した。
「モノと経緯は分かったわ。じゃあ、このスケッチブックは廃棄ね。」
「「そ、そんな! どうして!」」
「どうしてもこうしても無いに決まっているでしょう! だって、これは私でしょ? 嫌よ、私、こんなこと描かれるの嫌よ。それに、あなたたちは前に風呂の件で怒ったでしょう! もう忘れたの?」
「ネルカ様を称賛する内容ですわ! 決して貶すわけではないのです!」
「怒られたのは、裸の絵。でも、これ、ちゃんと服着てる、問題ない。」
「そういう問題じゃないでしょう!」
らちが明かないとネルカは黒魔法でハサミを作り出し、スケッチブックを切り刻もうとする。しかし、いつのまにか周囲には令嬢たちが集まり直しており、ハサミを止めようとするものだから、彼女は危ないからとハサミを消すしかなかった。
「死神様! 御勘弁を! それだけは見逃してください!」
「フェリア様とロズレア様の作品は、私たちの心の安らぎなの!」
「私たちの間だけなんです! 他には広げませんから!」
「どうか、お願いします。私たち、死神様をお慕いしているんです!」
ここまで言われては、強く返せないのがネルカという女。
正確に言えば、慕ってくる相手に甘くなるのがネルカという女。
しばらく眉間に手を置いて考え込む彼女だったが、チラリと視線を外すとキラキラした目が埋め尽くしており、ため息を一つ入れると口を開いた。
「ぐ、ぐぬぬぬぬ…。もう、分かったわよ! 良いわ、許可するわ! だけど! 名前を変更する! 私に似せ過ぎない! 過激な内容も無し! 好き者同士の間だけで終わらせる! それを約束できるなら…マンガとかいうやつも許可するわよ…。」
彼女はスケッチブックを二人に返すと、スタスタとどこかへと歩いて行った。その後ろ姿はどこかイラついているようではあったが、その口元が緩んでいたことをその場にいる者は皆が見逃していなかった。
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