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第一部:9章:アイドル系死神と推し活騒動記
88話:王家対談
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ネルカは現在、王城の廊下を歩いていた。
彼女の前を歩いて誘導するは、義父アデルだった。
彼女は城自体は夜会の時に入ったことがある。
しかし、夜会会場は城内の端にあるわけだし、本城だって牢屋脱出から抜け道に向かうまでしかない。そのため、実質的には彼女にとっては初めてのことである。
(改めてみると…さすがは王城って感じねぇ。)
暢気に王城体験ツアー気分の彼女は、前を行く人物の腸内環境がストレスで大変なことになっているなど知らない。そして、しばらく進むと数人の騎士で守られた部屋へとたどり着いた。
――国王陛下の客人対応室。
ローテーブル1つとそれを囲うように椅子が9つ、壁一面の窓ガラス側には大きな執務用机が置かれている。そして、椅子にはすでに四人が座っていた。
「よく来たな。ささ、座れ座れ。」
まず強い存在感を放つのは、恰幅の良い白ヒゲを生やした壮年の男。その右隣には豪爛なドレスを着た男よりいくつか若そうな女性が座っている。左隣にはケルトとデインが座り、後ろには宰相ドロエスがいることから、その人物が国王と王妃であるとネルカはすぐに予想できた。
ネルカはアデルに倣って挨拶をし、向かいの席に座った彼女は目を動かさずに周囲に気を配る。そこには騎士団の各部隊長・副部隊長が立っており、どういうわけかネルカに対して温かい目を向けていた。
(怒られる…ってわけじゃなさそうな雰囲気ね…。)
そこには唆したエルスターもいなければ、監修をしたマリアンネも、そもそもの実行犯である男どももいない。「どうして私だけなのよ!」という言葉は、緩んだ雰囲気により口から出ることはなかった。
「ネルカ嬢、こうして面と向かって会うのは初めてだな。俺がベルガンテ王国が国王……ガルド・ナ・ベルガーだ。そなただけは楽にしてよいぞ、俺が許可しよう。」
「と、その妻のエイダ・マ・ベルガーよ。よろしくね、ネルカちゃん。それと…はい、これ…私たち夫婦からの『認定証』よ。現在、これを持っているのはガドラクと宰相の職に就く人だけなのよ?」
王妃エイダからネルカに渡されたのは、銀色の腕輪だった。そこには王冠を被った鷹と、鎌を咥えた鴉が、それぞれ上下反転して足を掴み合うような意匠が施されている。ドロエスが近づいて腕輪を取ると、ネルカの左腕の裾をまくり上げ上腕に装着させた。
彼女がチラリとガドラクの方を見ると、彼は懐から騎士団手帳を取り出しひっくり返す。そこには熊の頭部に乗っかる王冠を被った鷹の意匠が施されていた。
「これは…。」
「『国を守るということにおいて、王家から最上の信頼を置かれている』ことを意味するものだ。つまり、ネルカ嬢は……施設の利用権限は王家と同等であり、軍事的行動に限り王命を越えた自由を許可され、俺たちに対してどのような言動を行っても不敬に問われない……ということだ。」
「そんなものを…私に…?」
「ネルカちゃん、あなたは宰相の息子が認め、二度も国を救い、そこのガドラクと同等の強さを持つことを見せたのよ。そして何より…いえ…そのことは後でまた説明するのだったわね。」
「あぁ、元々はこれを渡すために招集しようと思っていたのだが…。偶然にも学園でいろいろ…あぁ…いろいろと…まずは先に、それについて話をしようか。」
すると、ガルドは下を向き始め、ワナワナと肩を震わす。溢れ出てくる気迫に思わずネルカも背筋が伸びたが、周囲にいる人たちの様子はどこか呆れているようであった。
「ネルカ嬢よ…『推し』という言葉が学園では流行っているそうだな。」
「え、ええ、そうですけど…。」
「どうして推されたのは…デインだけなんだ? 王子は他にいるぞ?」
その言葉にネルカは今回の問題についてようやく合点がいった。
側妃の一件があったせいでマーカスに時期国王の権限が無くなってしまった今、二番手となるのはデインになっている。だからこそ、デインだけが人気者になるというのは非常にまずいことなのだ。
「そ、そうよね。エルを止めなかったのは、私のミスです。」
「いや、止めなくていい。むしろ、止めなくて正解だった。」
「え?」
「問題なのは! 俺を推し活メンバーに入れてくれなかったことだ!」
「ん?」
「俺だって息子たちを応援したかった! 応援扇を手にして叫びたかったんだ! 俺ならもっと派手にしてやった! 金ぴかの神輿を作って、王都中を歩き回って…グッズとかいうやつも派手派手の派手にしたのに! そして、自慢してやるんだ…『どうだ、俺の息子たちはスゲェだろ。いつかの王だからな、嬉しいだろ。』…いろんな奴らに言ってやったのに………動こうとしたら皆に止められたんだぞ。ガドラクには羽交い絞めにされ、ドロエスには反省文を書かされ、エイダからはビンタされ………俺、王だぞ!? この国で一番偉い奴に対してすることじゃねぇだろ!」
呆気にとられるネルカをよそに、部屋にいる他の人たちは皆が遠い目をしていた。隣に座っている王妃エイダですら、何言ってんだコイツといった風な目で見ているのだ。
現国王ガルド・ナ・ベルガー。
今は亡き先王の政策信条『秩序を前提とした自由』を引き継いだ王。先王が『貴族界の自由』を目指して議会制を設けたりしたのに対し、彼は『市民界の自由』を目指して行動している。
有名な功績と言えば――
――優秀な市民を見つけるための職業訓練の実施
――王城内の雇用条件から納税金額による理由を撤廃
――児童労働を減らすために子持ちに対する支援金。
などである。
民のための王――人は彼を『人徳王』と呼ぶ。
しかし、そんな現国王には最大の欠点があった――親バカ。
自分の子供たちのこととなるとすぐに暴走してしまうのだ。
「なぁ、息子たちよ! お前らも思うだろ、俺が介入した方が良かったって、思うよな! だって、皆に注目されて歓声の嵐だぞ! 嬉しいよな!」
ガルドはドンッとテーブルを強く叩くと、紅茶がこぼれるのも無視してケルトとデインに視線を移した。エイダに耳を引っ張られながらも、ガルドは鼻息を荒くして彼らに顔を近づけた。
そんな息子二人は――
「「普通に嫌。」」
後日、『推し活の対象に王家は不可』という法律が出来上がった。
制定の理由は――国王がウザくなるためである。
彼女の前を歩いて誘導するは、義父アデルだった。
彼女は城自体は夜会の時に入ったことがある。
しかし、夜会会場は城内の端にあるわけだし、本城だって牢屋脱出から抜け道に向かうまでしかない。そのため、実質的には彼女にとっては初めてのことである。
(改めてみると…さすがは王城って感じねぇ。)
暢気に王城体験ツアー気分の彼女は、前を行く人物の腸内環境がストレスで大変なことになっているなど知らない。そして、しばらく進むと数人の騎士で守られた部屋へとたどり着いた。
――国王陛下の客人対応室。
ローテーブル1つとそれを囲うように椅子が9つ、壁一面の窓ガラス側には大きな執務用机が置かれている。そして、椅子にはすでに四人が座っていた。
「よく来たな。ささ、座れ座れ。」
まず強い存在感を放つのは、恰幅の良い白ヒゲを生やした壮年の男。その右隣には豪爛なドレスを着た男よりいくつか若そうな女性が座っている。左隣にはケルトとデインが座り、後ろには宰相ドロエスがいることから、その人物が国王と王妃であるとネルカはすぐに予想できた。
ネルカはアデルに倣って挨拶をし、向かいの席に座った彼女は目を動かさずに周囲に気を配る。そこには騎士団の各部隊長・副部隊長が立っており、どういうわけかネルカに対して温かい目を向けていた。
(怒られる…ってわけじゃなさそうな雰囲気ね…。)
そこには唆したエルスターもいなければ、監修をしたマリアンネも、そもそもの実行犯である男どももいない。「どうして私だけなのよ!」という言葉は、緩んだ雰囲気により口から出ることはなかった。
「ネルカ嬢、こうして面と向かって会うのは初めてだな。俺がベルガンテ王国が国王……ガルド・ナ・ベルガーだ。そなただけは楽にしてよいぞ、俺が許可しよう。」
「と、その妻のエイダ・マ・ベルガーよ。よろしくね、ネルカちゃん。それと…はい、これ…私たち夫婦からの『認定証』よ。現在、これを持っているのはガドラクと宰相の職に就く人だけなのよ?」
王妃エイダからネルカに渡されたのは、銀色の腕輪だった。そこには王冠を被った鷹と、鎌を咥えた鴉が、それぞれ上下反転して足を掴み合うような意匠が施されている。ドロエスが近づいて腕輪を取ると、ネルカの左腕の裾をまくり上げ上腕に装着させた。
彼女がチラリとガドラクの方を見ると、彼は懐から騎士団手帳を取り出しひっくり返す。そこには熊の頭部に乗っかる王冠を被った鷹の意匠が施されていた。
「これは…。」
「『国を守るということにおいて、王家から最上の信頼を置かれている』ことを意味するものだ。つまり、ネルカ嬢は……施設の利用権限は王家と同等であり、軍事的行動に限り王命を越えた自由を許可され、俺たちに対してどのような言動を行っても不敬に問われない……ということだ。」
「そんなものを…私に…?」
「ネルカちゃん、あなたは宰相の息子が認め、二度も国を救い、そこのガドラクと同等の強さを持つことを見せたのよ。そして何より…いえ…そのことは後でまた説明するのだったわね。」
「あぁ、元々はこれを渡すために招集しようと思っていたのだが…。偶然にも学園でいろいろ…あぁ…いろいろと…まずは先に、それについて話をしようか。」
すると、ガルドは下を向き始め、ワナワナと肩を震わす。溢れ出てくる気迫に思わずネルカも背筋が伸びたが、周囲にいる人たちの様子はどこか呆れているようであった。
「ネルカ嬢よ…『推し』という言葉が学園では流行っているそうだな。」
「え、ええ、そうですけど…。」
「どうして推されたのは…デインだけなんだ? 王子は他にいるぞ?」
その言葉にネルカは今回の問題についてようやく合点がいった。
側妃の一件があったせいでマーカスに時期国王の権限が無くなってしまった今、二番手となるのはデインになっている。だからこそ、デインだけが人気者になるというのは非常にまずいことなのだ。
「そ、そうよね。エルを止めなかったのは、私のミスです。」
「いや、止めなくていい。むしろ、止めなくて正解だった。」
「え?」
「問題なのは! 俺を推し活メンバーに入れてくれなかったことだ!」
「ん?」
「俺だって息子たちを応援したかった! 応援扇を手にして叫びたかったんだ! 俺ならもっと派手にしてやった! 金ぴかの神輿を作って、王都中を歩き回って…グッズとかいうやつも派手派手の派手にしたのに! そして、自慢してやるんだ…『どうだ、俺の息子たちはスゲェだろ。いつかの王だからな、嬉しいだろ。』…いろんな奴らに言ってやったのに………動こうとしたら皆に止められたんだぞ。ガドラクには羽交い絞めにされ、ドロエスには反省文を書かされ、エイダからはビンタされ………俺、王だぞ!? この国で一番偉い奴に対してすることじゃねぇだろ!」
呆気にとられるネルカをよそに、部屋にいる他の人たちは皆が遠い目をしていた。隣に座っている王妃エイダですら、何言ってんだコイツといった風な目で見ているのだ。
現国王ガルド・ナ・ベルガー。
今は亡き先王の政策信条『秩序を前提とした自由』を引き継いだ王。先王が『貴族界の自由』を目指して議会制を設けたりしたのに対し、彼は『市民界の自由』を目指して行動している。
有名な功績と言えば――
――優秀な市民を見つけるための職業訓練の実施
――王城内の雇用条件から納税金額による理由を撤廃
――児童労働を減らすために子持ちに対する支援金。
などである。
民のための王――人は彼を『人徳王』と呼ぶ。
しかし、そんな現国王には最大の欠点があった――親バカ。
自分の子供たちのこととなるとすぐに暴走してしまうのだ。
「なぁ、息子たちよ! お前らも思うだろ、俺が介入した方が良かったって、思うよな! だって、皆に注目されて歓声の嵐だぞ! 嬉しいよな!」
ガルドはドンッとテーブルを強く叩くと、紅茶がこぼれるのも無視してケルトとデインに視線を移した。エイダに耳を引っ張られながらも、ガルドは鼻息を荒くして彼らに顔を近づけた。
そんな息子二人は――
「「普通に嫌。」」
後日、『推し活の対象に王家は不可』という法律が出来上がった。
制定の理由は――国王がウザくなるためである。
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