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第一部:10-1章:祭と友と恋と戦と(準備編)
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マリアンネはその日寝れなかった。
祭り当日だというのに目にクマを作る彼女は、朝っぱらから玄関をウロウロしていた。昨日はラルシュは戻ってこなかったし、途中でどこかに行っていたネルカに聞いても知らないとのことだった。
「アタシ…最低だ…。」
初めこそラルシュの怒った理由が分からなかった彼女だったが、ふとキッチンで見かけたミキサーに過去のことを思い出した。このミキサーの製作こそが彼が魔道具の世界に入るきっかけなのだ。
知識なんてものはない。
伝手なんてものはない。
算段なんてものはない。
それでも彼はマリアンネと共に悩んでくれたのだ。
それでも彼はマリアンネと共に笑ってくれたのだ。
それでも彼はマリアンネと共に走ってくれたのだ。
それでも彼はマリアンネと共に泣いてくれたのだ。
それでも彼はマリアンネと共に生きてくれたのだ。
いつだってそこには、ラルシュがいた。
本来なら彼がそんなことをする必要などどこにもなかったけれど、マリアンネが望んだからという理由だけで必要なことへと変わるのだ。それはなぜだろうかと一晩かけて彼女が考えたが、答えは非常にシンプルだった。
だって、ラルシュはお兄ちゃんだから。
「うぅ…ラル…お兄ちゃん…。」
階段に座り込んで両膝を抱える。溢れ出る涙をどうにかしようと、彼女はその両腕に目を押し付けた。改めて思い返すと、学園に行きたいとはずっと言っていたが、一人暮らしすることは伝えてなかったし、『連合代表者じゃないマリアンネ』として帰ったこともなかった――今更、なにを言うのか。
そんなマリアンネに近づく影があった。
「マリ、今日は祭でしょう? 支度をしなさい。」
彼女が顔を上げるとそこにはネルカがいた。
セーターにロングパンツ、コートを羽織って外出準備をしている。
そして、その後ろには孤児院のほぼ全員が(まるで子分のように)立っている。彼女が「やってしまいなさい!」と言うと、子供たちはマリアンネの手を取り院のどこかへ連れて行った。
「え? えぇ!? どこに連れていくの!? みんな!」
「いいからいいから! マリおねえちゃんはしたがって!」
東廊下の奥、物置部屋の前にミリアーネが立っていた。
彼女はドアを開けて待っており、彼女にしては珍しく非常にニコニコした表情だった。そして、子供たちはネルカと男子だけを廊下に置いて、そのまま部屋に入っていった。
何がどうなっているのか分かっていないマリアンネはされるがまま、部屋に掛けられている服をあれやこれやと着せ替えられていく。目まぐるしい時間に疲れが生まれ始めた頃、ついに彼女の服装が決定したのだった。
――薄い桃色のロングワンピース
――寒くないようにヤマモト連合特製インナー
――低い踵のヒール靴。
――ジャスミンをモチーフにした髪飾りを使った巻き髪。
「「「できた! 死神様!」」」
「よくやったわ!」
するとネルカがドアを開け部屋に入った。
恰好は黒衣を纏っており、黒魔法でマリアンネの口を塞ぐと、横抱きをして窓へと近づいていく。その姿に孤児院の子たちから黄色い声が上がる。そのままネルカは足を使って窓を開け、現在いる二階から――
――跳躍。
「~~―――ッ!?」
そのままネルカは近くの家の屋根で着地すると、駆けて跳んで飛んでを繰り返しながらどこかへ向かっていく。そして、彼女が≪誰か≫を見つけると、屋根上から飛び降りた。
≪誰か≫――それはラルシュだった。
驚きよりも、呆れが勝っているといった様子だ。
「ハァ…ほんと、普通じゃねぇよな…あんた…。」
ネルカは何も言わずにマリアンネの口を開放し、地面に下ろしてあげる。初めての重力体験に彼女はグロッキー状態となっており、不意に立ち上がった彼女は近くの花壇まで移動すると――
――「グ…グァ…オロロロロ…ェ…ウォエ…。」
昨日の晩飯を吐き出した。
― ― ― ― ― ―
しばらくして気分を落ち着かせたのはいいものの、そこにある空気はなんとも言えないものとなってしまっていた。まさか酔ってしまうとは思わなかったネルカは、少し離れた位置で空に浮かぶ雲を見つめていた。
マリアンネとラルシュは二人してベンチに座る。
「あ、あの…ラル…。」
「…………なんだよ?」
「アタシ…前世のこと…引っ張られちゃってた。あの前世は…自由っていうか、勝手できたっていうか、ほっとかれてたから…人生ってそういうもんだと思っていた。ゴメン…アタシはアタシで…ラルの妹なのに…。」
「あぁ…そうかよ。」
なんとか謝罪の言葉を絞り出すも、ラルシュはそっぽを向いて淡々とした返した。その反応にマリアンネはやらかしてしまったことの重大さを思い知り、下を向いて涙を必死にこらえた。
それでも、ジワリと涙がその目から染み出る。
一滴が頬を伝い、顎から零れ落ち――
「バカお前、せっかくのスカートが汚れるだろ。」
それをラルシュが自分の服の袖で拭った。
そして懐からハンカチを取り出すと、マリアンネの顔に押し付けてゴシゴシと拭う。理解が追い付かない彼女は口を半開きにしてラルシュを見るが、今度は頭を撫でられてしまう。ダーデキシュとは違って力強い撫で方であったが、彼女は撫でられると口角が緩むように条件反射が設定されてしまっている。
「ハッ、バカ面だな。そうだよ、よくよく考えりゃ、お前はバカだからな。前世の知識っつう反則なけりゃ、いくら金があっても学園に入ることすらできねぇようなバカだ。そんな奴に俺らの感情を理解しろ…なんて無理な話だったな。聞いてるぜ? 読解力テスト…ヒデェ点数なんだろ?」
「もぉ…バカバカ言わないでよ。」
「あ~なんだ、そのよぉ…、俺も怒って悪かったよ。こっちだって心配してんだってこと! そこの貴族様なんざ噂の中心だが…そっちの界隈は今、不安定なんだからさ。せめて報告だけでも来いよ。元気そうな顔…チラッとだけでも見せに来い。」
「うん。分かった。ありがとう。」
「はんっ! 愛想尽かされたと思ったか? バ~カ、お前の配慮不足や大暴走なんざ、今まで何度もあったじゃねぇか。今更なんだよ、今更。バカは難しいこと考えんじゃねぇよ。」
「むぅ、また…バカって…。」
「やるべきこと、やってこい。やりたいこと、やってこい。逃げたければ、逃げて来い。もしも…そこに俺らが手伝えることがあれば…昔みたいに無理難題でも手伝ってやるからよ。」
「…………みんなが? ラルも?」
「あぁ、こっちの界隈にゃ俺らがいる、そっちの界隈は貴族様がいる。癪に障るが…そこの貴族様は…少なくとも俺らといるよりは安心だ。お前にどんな力があるかは知らないが、大丈夫だ。」
そう言うとラルシュは立ち上がって、その場から去るために歩き出した。その表情は昨晩のような様々な感情が入り混じったものではなく、今日の天気のように晴れやかなものだった。
「仕事行ってくる。じゃあな。ベルガンテ祭、楽しんでこい。」
「ラル! ううん…ラルお兄ちゃん!」
「おう。」
「酒は! ほどほどにね!」
ラルシュは返事もせずフラフラとした足取りで背を向けながら、右手だけを挙げてヒラヒラと振った。今日、吐いてしまったのは何も妹だけではなかったのだ。
血が繋がっているかは分からないが、確かに二人は兄妹なのだ。
祭り当日だというのに目にクマを作る彼女は、朝っぱらから玄関をウロウロしていた。昨日はラルシュは戻ってこなかったし、途中でどこかに行っていたネルカに聞いても知らないとのことだった。
「アタシ…最低だ…。」
初めこそラルシュの怒った理由が分からなかった彼女だったが、ふとキッチンで見かけたミキサーに過去のことを思い出した。このミキサーの製作こそが彼が魔道具の世界に入るきっかけなのだ。
知識なんてものはない。
伝手なんてものはない。
算段なんてものはない。
それでも彼はマリアンネと共に悩んでくれたのだ。
それでも彼はマリアンネと共に笑ってくれたのだ。
それでも彼はマリアンネと共に走ってくれたのだ。
それでも彼はマリアンネと共に泣いてくれたのだ。
それでも彼はマリアンネと共に生きてくれたのだ。
いつだってそこには、ラルシュがいた。
本来なら彼がそんなことをする必要などどこにもなかったけれど、マリアンネが望んだからという理由だけで必要なことへと変わるのだ。それはなぜだろうかと一晩かけて彼女が考えたが、答えは非常にシンプルだった。
だって、ラルシュはお兄ちゃんだから。
「うぅ…ラル…お兄ちゃん…。」
階段に座り込んで両膝を抱える。溢れ出る涙をどうにかしようと、彼女はその両腕に目を押し付けた。改めて思い返すと、学園に行きたいとはずっと言っていたが、一人暮らしすることは伝えてなかったし、『連合代表者じゃないマリアンネ』として帰ったこともなかった――今更、なにを言うのか。
そんなマリアンネに近づく影があった。
「マリ、今日は祭でしょう? 支度をしなさい。」
彼女が顔を上げるとそこにはネルカがいた。
セーターにロングパンツ、コートを羽織って外出準備をしている。
そして、その後ろには孤児院のほぼ全員が(まるで子分のように)立っている。彼女が「やってしまいなさい!」と言うと、子供たちはマリアンネの手を取り院のどこかへ連れて行った。
「え? えぇ!? どこに連れていくの!? みんな!」
「いいからいいから! マリおねえちゃんはしたがって!」
東廊下の奥、物置部屋の前にミリアーネが立っていた。
彼女はドアを開けて待っており、彼女にしては珍しく非常にニコニコした表情だった。そして、子供たちはネルカと男子だけを廊下に置いて、そのまま部屋に入っていった。
何がどうなっているのか分かっていないマリアンネはされるがまま、部屋に掛けられている服をあれやこれやと着せ替えられていく。目まぐるしい時間に疲れが生まれ始めた頃、ついに彼女の服装が決定したのだった。
――薄い桃色のロングワンピース
――寒くないようにヤマモト連合特製インナー
――低い踵のヒール靴。
――ジャスミンをモチーフにした髪飾りを使った巻き髪。
「「「できた! 死神様!」」」
「よくやったわ!」
するとネルカがドアを開け部屋に入った。
恰好は黒衣を纏っており、黒魔法でマリアンネの口を塞ぐと、横抱きをして窓へと近づいていく。その姿に孤児院の子たちから黄色い声が上がる。そのままネルカは足を使って窓を開け、現在いる二階から――
――跳躍。
「~~―――ッ!?」
そのままネルカは近くの家の屋根で着地すると、駆けて跳んで飛んでを繰り返しながらどこかへ向かっていく。そして、彼女が≪誰か≫を見つけると、屋根上から飛び降りた。
≪誰か≫――それはラルシュだった。
驚きよりも、呆れが勝っているといった様子だ。
「ハァ…ほんと、普通じゃねぇよな…あんた…。」
ネルカは何も言わずにマリアンネの口を開放し、地面に下ろしてあげる。初めての重力体験に彼女はグロッキー状態となっており、不意に立ち上がった彼女は近くの花壇まで移動すると――
――「グ…グァ…オロロロロ…ェ…ウォエ…。」
昨日の晩飯を吐き出した。
― ― ― ― ― ―
しばらくして気分を落ち着かせたのはいいものの、そこにある空気はなんとも言えないものとなってしまっていた。まさか酔ってしまうとは思わなかったネルカは、少し離れた位置で空に浮かぶ雲を見つめていた。
マリアンネとラルシュは二人してベンチに座る。
「あ、あの…ラル…。」
「…………なんだよ?」
「アタシ…前世のこと…引っ張られちゃってた。あの前世は…自由っていうか、勝手できたっていうか、ほっとかれてたから…人生ってそういうもんだと思っていた。ゴメン…アタシはアタシで…ラルの妹なのに…。」
「あぁ…そうかよ。」
なんとか謝罪の言葉を絞り出すも、ラルシュはそっぽを向いて淡々とした返した。その反応にマリアンネはやらかしてしまったことの重大さを思い知り、下を向いて涙を必死にこらえた。
それでも、ジワリと涙がその目から染み出る。
一滴が頬を伝い、顎から零れ落ち――
「バカお前、せっかくのスカートが汚れるだろ。」
それをラルシュが自分の服の袖で拭った。
そして懐からハンカチを取り出すと、マリアンネの顔に押し付けてゴシゴシと拭う。理解が追い付かない彼女は口を半開きにしてラルシュを見るが、今度は頭を撫でられてしまう。ダーデキシュとは違って力強い撫で方であったが、彼女は撫でられると口角が緩むように条件反射が設定されてしまっている。
「ハッ、バカ面だな。そうだよ、よくよく考えりゃ、お前はバカだからな。前世の知識っつう反則なけりゃ、いくら金があっても学園に入ることすらできねぇようなバカだ。そんな奴に俺らの感情を理解しろ…なんて無理な話だったな。聞いてるぜ? 読解力テスト…ヒデェ点数なんだろ?」
「もぉ…バカバカ言わないでよ。」
「あ~なんだ、そのよぉ…、俺も怒って悪かったよ。こっちだって心配してんだってこと! そこの貴族様なんざ噂の中心だが…そっちの界隈は今、不安定なんだからさ。せめて報告だけでも来いよ。元気そうな顔…チラッとだけでも見せに来い。」
「うん。分かった。ありがとう。」
「はんっ! 愛想尽かされたと思ったか? バ~カ、お前の配慮不足や大暴走なんざ、今まで何度もあったじゃねぇか。今更なんだよ、今更。バカは難しいこと考えんじゃねぇよ。」
「むぅ、また…バカって…。」
「やるべきこと、やってこい。やりたいこと、やってこい。逃げたければ、逃げて来い。もしも…そこに俺らが手伝えることがあれば…昔みたいに無理難題でも手伝ってやるからよ。」
「…………みんなが? ラルも?」
「あぁ、こっちの界隈にゃ俺らがいる、そっちの界隈は貴族様がいる。癪に障るが…そこの貴族様は…少なくとも俺らといるよりは安心だ。お前にどんな力があるかは知らないが、大丈夫だ。」
そう言うとラルシュは立ち上がって、その場から去るために歩き出した。その表情は昨晩のような様々な感情が入り混じったものではなく、今日の天気のように晴れやかなものだった。
「仕事行ってくる。じゃあな。ベルガンテ祭、楽しんでこい。」
「ラル! ううん…ラルお兄ちゃん!」
「おう。」
「酒は! ほどほどにね!」
ラルシュは返事もせずフラフラとした足取りで背を向けながら、右手だけを挙げてヒラヒラと振った。今日、吐いてしまったのは何も妹だけではなかったのだ。
血が繋がっているかは分からないが、確かに二人は兄妹なのだ。
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