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第一部:10-3章:祭と友と恋と戦と(後編)
109話:(歴史回想)魔王とゼノン教
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昔――それは遥か昔。
千年以上も昔の話。
当時は魔力研究がかなり進んでおり、魔道具と魔法の恩恵を受けた社会は――それこそマリアンネの前世の科学技術社会を越えていた。しかしながら、それぞれの国同士はあまり仲がいいとは言えず、いつ大きな戦争が起きてもおかしくはなかった。
それでも、ちょっとした場所での小競り合い程度で済んでいた。
彼らは知っていた――兵器技術が発達しすぎてしまっている。
彼らは知っていた――戦争をすれば両国がただじゃすまない。
彼らは知っていた――高火力の兵器は戦争への抑止力になる。
強力ゆえの均衡状態が生まれていたのだ。
「それなら、魔力をどうにかすればいいんだろう?」
野心ある国が動いた。
魔力が抑止力となっているのであれば、その魔力をどうにかする技術さえ手に入れてしまえば、一番最初の『勝利国』になることができるのではと考えたのだ。
そして発見したのは魔力を栄養にして育つ植物。
本来なら魔力の色の相違により、魔力の吸収は不可だと言われてきている。だからこそ、彼らはその植物の発見に希望を見出した。そのメカニズムこそ解明には至らなかったが、ただ生きているだけの植物を殺戮兵器へと変えるという方面での目途は立った。
こうして生み出された実験生物――名は『ゼノン』。
魔力の結合を解除し――
魔力の色を濾過し――
――魔力を吸収する。
魔力の王、ゆえに魔王。
「だが、今のままだと無差別だ。」
「そうだな…どうにかして…支配しなければ。」
欠点は一つ、魔物が植物であるということだ。
この時代では魔物を従わせる技術が存在していたが、それはあくまで動物型である場合に限った話だ。植物を従わせる方法だけは、なかなか見つけることが出来なかったのである。
戦争に投入でもすれば、下手したら自滅しかねない。
そこで彼らの着眼点は『共生』に移る。
魔王ゼノンを従わすことができないのであるなら、従わすことが出来る存在と魔王をワンセットにしてしまえばいいという発想だった。
「ダメだ…魔力の吸収能力があまりに強すぎる。」
それでも、魔王ゼノンの魔力吸収はすさまじいものであった。
あまりの魔力吸収は命を奪ってしまうのだ。
それでも魔物を宿主にしたときが最も生存時間が長かったため、希望があるとしたらその方面だったのだが、結局のところ解決と呼べるような解決策は思い至ることはなかった。
計画は頓挫してしまった――
― ― ― ― ― ―
しかしある日、この実験は一気に加速することになる。
一人の少女が現れたことにより――。
その少女は部分的な記憶喪失であったものの、近隣国にはない文化や文明の知識であったり、種類問わず魔物を従わす特異体質を持っていた――名前は『カンザキ ミサキ』。
「私が望むことは一つ…隣国を…滅ぼして!」
彼女の特異体質ならば、植物型であるはずの魔王ゼノンを支配下におくことに成功したのだ。これでようやく魔王ゼノンも実戦投入が可能という状態になったのだが、研究者たちの欲望と好奇心は留まることを知らなかった。
――主導権がカンザキにだけあるのは納得できない。
ここで彼らは考える。
カンザキの体質を持った魔物を作り、それを共生の宿主にしてしまえばいいのではないだろうかと。そこで彼らはカンザキの体をベースにした、人工生命体を作り上げることに成功した。あとはこれを魔物にする手段があれば――
と思った矢先、魔王ゼノンに蕾が出来た。
それは人工生命体と共生させられることを、ないはずの本能で理解した魔王が、負荷を負わさせないように進化した姿だった。研究者たちが手を下すまでもなく、人工生命体は魔物と化し、魔王自らが共生の道を選んだのであった。
「やったぞ、我々は、ついに、神の領域に辿り着いたのだ!」
この時点で魔王ゼノンという呼称は植物に向けられたものではなく、植物と人工生命体の二つを合わせた存在に対して向けられたものになった。
魔力を吸収し――
魔物を従わせ――
生物を魔物へと変貌させる――
魔王としての完成体。
魔力の王でもあり、魔物の王でもある――ゆえに魔王なのだ。
こうして実戦投入された魔王は多くの屍を積み上げた。
魔導兵器を無力化し、魔物兵器を支配し、魔法兵士を蹂躙する。
少なくとも魔力頼りの戦争方法では魔王相手に手も足も出ない。
「フハハハ! 我が軍の勝利だ!」
誰もがその国の一人勝ちを確信した。
それほどまでに周辺国では魔王に打つ手がないのだ。
だが、誤算が二つ。
一つ――魔王は国の為に動いていたわけではなく、あくまでカンザキたった一人のためだけに戦っていたということ。そして、用済みになった彼女を殺そうとしたその国を、魔王が滅ぼしてしまったのだ。
二つ――彼女を守るために魔王が最善だと判断したことは『人類の殲滅』。周辺国にとどまらずさらにその外側へと侵攻を進めていったため、魔王を止めるべく多くの国が手を組むことになってしまった。
「「「「戦争なんてしてる場合じゃねぇ!」」」」
皮肉にも、人類が団結した瞬間だった。
こうして、人類 VS 魔王軍 の構図が出来上がってしまった。
この世界規模の大死闘は、『終焉戦争』と呼ばれることになる。
結果は――相打ち。
――魔王が滅び
――文明が滅び
――わずかな魔物が生き残り
――わずかな人類が生き残り
人類が積み上げてきたすべてが――リセットされた。
だからこそ、終焉戦争と呼ばれるのだ。
― ― ― ― ― ―
そんな終末の世界の生き残りの中には――カンザキもいた、
実験のために右腕と一部の内臓を犠牲にし、果たした復讐の先に待っていたのは生存だった。彼女は魔物に愛される体質であるがゆえに、魔物によって死なせてくれなかったのだ。
同じように魔王も彼女を愛していた。
それが彼女の体質によるものなのか、自身の母と認識していたゆえなのか、経緯に違いはあるけれど彼女を守ろうという意志だけは一致していた。彼女を守るために魔王は研究者に従ったふりをしていたし、彼女を守るために敵国も味方国も滅ぼし、彼女を守るために逃げの一手を選ばなかったのだ。
「ハ、ハハハ……また、私だけ…生き残った…。」
その手に握りしめているのは一粒の種。
魔王が重宝していた爬虫類型の魔物が、最後の力を振り絞って彼女に届けた種だ。彼女には世界がどうなってしまったのかは分からないけれど、魔王が果ててしまったことだけは何となしに理解した。
復讐という目的は達成できた。
しかし、その先には何もなかった。
心にポッカリと穴が開く。
この感覚は養父養母が死んだときと同じだ。
つまり、彼女にとってそれと同等の何かを失くしたのだ。
「ねぇゼノン。私は…どうすれば…よかったのかなぁ?」
思い返してみれば魔物たちは自分に従っていたけれど、そこには親愛と呼べれる類のものがあったような気がする。実際、いろいろな魔物たちに囲まれていた日々は、カンザキにとって楽しい毎日だった。
ならば、どうすればよかったなんて疑問の答えは――
「ゼノン…いや、みんな…私、罪を償うよ。」
こんな世界にしたのは自分の責任だ。
人類だけじゃない、魔物に対しても償おう。
彼女がいたから、自然側であるはずの魔物は不自然になったのだ。
この廃れ果てた世界で、彼女は生存者を探す旅に出た。
― ― ― ― ― ―
数年後――
カンザキの歩いた先々で、人類は徐々にその数を増やしていくことになる。寄らなかった地域でも増えたところは増えたのだから、きっと人類の復帰というものは彼女のおかげというわけではないだろう。
しかし、当事者たちにとっては話は別だ。
「カンザキ様はきっと女神に違いない。」
そして、そんな彼女が従える魔物たちはきっと、女神の使徒なのだろう。彼女が大事に持つ種は、世界を滅ぼした存在だとは聞いているが――きっと何か理由があったのだろう。
立ち去った彼女に訊ねる術はもうないけれど。
「人類はゼノン様の手により、審判を受けたに違いない。そして、生き残った我々は託された存在。ならば、模範的な人間でいようではないか!」
それこそがゼノン教の始まりだった。
後に様々な思想に別れたり、解釈がゆがんだりするけど。
始まりは確かにソレだった。
千年以上も昔の話。
当時は魔力研究がかなり進んでおり、魔道具と魔法の恩恵を受けた社会は――それこそマリアンネの前世の科学技術社会を越えていた。しかしながら、それぞれの国同士はあまり仲がいいとは言えず、いつ大きな戦争が起きてもおかしくはなかった。
それでも、ちょっとした場所での小競り合い程度で済んでいた。
彼らは知っていた――兵器技術が発達しすぎてしまっている。
彼らは知っていた――戦争をすれば両国がただじゃすまない。
彼らは知っていた――高火力の兵器は戦争への抑止力になる。
強力ゆえの均衡状態が生まれていたのだ。
「それなら、魔力をどうにかすればいいんだろう?」
野心ある国が動いた。
魔力が抑止力となっているのであれば、その魔力をどうにかする技術さえ手に入れてしまえば、一番最初の『勝利国』になることができるのではと考えたのだ。
そして発見したのは魔力を栄養にして育つ植物。
本来なら魔力の色の相違により、魔力の吸収は不可だと言われてきている。だからこそ、彼らはその植物の発見に希望を見出した。そのメカニズムこそ解明には至らなかったが、ただ生きているだけの植物を殺戮兵器へと変えるという方面での目途は立った。
こうして生み出された実験生物――名は『ゼノン』。
魔力の結合を解除し――
魔力の色を濾過し――
――魔力を吸収する。
魔力の王、ゆえに魔王。
「だが、今のままだと無差別だ。」
「そうだな…どうにかして…支配しなければ。」
欠点は一つ、魔物が植物であるということだ。
この時代では魔物を従わせる技術が存在していたが、それはあくまで動物型である場合に限った話だ。植物を従わせる方法だけは、なかなか見つけることが出来なかったのである。
戦争に投入でもすれば、下手したら自滅しかねない。
そこで彼らの着眼点は『共生』に移る。
魔王ゼノンを従わすことができないのであるなら、従わすことが出来る存在と魔王をワンセットにしてしまえばいいという発想だった。
「ダメだ…魔力の吸収能力があまりに強すぎる。」
それでも、魔王ゼノンの魔力吸収はすさまじいものであった。
あまりの魔力吸収は命を奪ってしまうのだ。
それでも魔物を宿主にしたときが最も生存時間が長かったため、希望があるとしたらその方面だったのだが、結局のところ解決と呼べるような解決策は思い至ることはなかった。
計画は頓挫してしまった――
― ― ― ― ― ―
しかしある日、この実験は一気に加速することになる。
一人の少女が現れたことにより――。
その少女は部分的な記憶喪失であったものの、近隣国にはない文化や文明の知識であったり、種類問わず魔物を従わす特異体質を持っていた――名前は『カンザキ ミサキ』。
「私が望むことは一つ…隣国を…滅ぼして!」
彼女の特異体質ならば、植物型であるはずの魔王ゼノンを支配下におくことに成功したのだ。これでようやく魔王ゼノンも実戦投入が可能という状態になったのだが、研究者たちの欲望と好奇心は留まることを知らなかった。
――主導権がカンザキにだけあるのは納得できない。
ここで彼らは考える。
カンザキの体質を持った魔物を作り、それを共生の宿主にしてしまえばいいのではないだろうかと。そこで彼らはカンザキの体をベースにした、人工生命体を作り上げることに成功した。あとはこれを魔物にする手段があれば――
と思った矢先、魔王ゼノンに蕾が出来た。
それは人工生命体と共生させられることを、ないはずの本能で理解した魔王が、負荷を負わさせないように進化した姿だった。研究者たちが手を下すまでもなく、人工生命体は魔物と化し、魔王自らが共生の道を選んだのであった。
「やったぞ、我々は、ついに、神の領域に辿り着いたのだ!」
この時点で魔王ゼノンという呼称は植物に向けられたものではなく、植物と人工生命体の二つを合わせた存在に対して向けられたものになった。
魔力を吸収し――
魔物を従わせ――
生物を魔物へと変貌させる――
魔王としての完成体。
魔力の王でもあり、魔物の王でもある――ゆえに魔王なのだ。
こうして実戦投入された魔王は多くの屍を積み上げた。
魔導兵器を無力化し、魔物兵器を支配し、魔法兵士を蹂躙する。
少なくとも魔力頼りの戦争方法では魔王相手に手も足も出ない。
「フハハハ! 我が軍の勝利だ!」
誰もがその国の一人勝ちを確信した。
それほどまでに周辺国では魔王に打つ手がないのだ。
だが、誤算が二つ。
一つ――魔王は国の為に動いていたわけではなく、あくまでカンザキたった一人のためだけに戦っていたということ。そして、用済みになった彼女を殺そうとしたその国を、魔王が滅ぼしてしまったのだ。
二つ――彼女を守るために魔王が最善だと判断したことは『人類の殲滅』。周辺国にとどまらずさらにその外側へと侵攻を進めていったため、魔王を止めるべく多くの国が手を組むことになってしまった。
「「「「戦争なんてしてる場合じゃねぇ!」」」」
皮肉にも、人類が団結した瞬間だった。
こうして、人類 VS 魔王軍 の構図が出来上がってしまった。
この世界規模の大死闘は、『終焉戦争』と呼ばれることになる。
結果は――相打ち。
――魔王が滅び
――文明が滅び
――わずかな魔物が生き残り
――わずかな人類が生き残り
人類が積み上げてきたすべてが――リセットされた。
だからこそ、終焉戦争と呼ばれるのだ。
― ― ― ― ― ―
そんな終末の世界の生き残りの中には――カンザキもいた、
実験のために右腕と一部の内臓を犠牲にし、果たした復讐の先に待っていたのは生存だった。彼女は魔物に愛される体質であるがゆえに、魔物によって死なせてくれなかったのだ。
同じように魔王も彼女を愛していた。
それが彼女の体質によるものなのか、自身の母と認識していたゆえなのか、経緯に違いはあるけれど彼女を守ろうという意志だけは一致していた。彼女を守るために魔王は研究者に従ったふりをしていたし、彼女を守るために敵国も味方国も滅ぼし、彼女を守るために逃げの一手を選ばなかったのだ。
「ハ、ハハハ……また、私だけ…生き残った…。」
その手に握りしめているのは一粒の種。
魔王が重宝していた爬虫類型の魔物が、最後の力を振り絞って彼女に届けた種だ。彼女には世界がどうなってしまったのかは分からないけれど、魔王が果ててしまったことだけは何となしに理解した。
復讐という目的は達成できた。
しかし、その先には何もなかった。
心にポッカリと穴が開く。
この感覚は養父養母が死んだときと同じだ。
つまり、彼女にとってそれと同等の何かを失くしたのだ。
「ねぇゼノン。私は…どうすれば…よかったのかなぁ?」
思い返してみれば魔物たちは自分に従っていたけれど、そこには親愛と呼べれる類のものがあったような気がする。実際、いろいろな魔物たちに囲まれていた日々は、カンザキにとって楽しい毎日だった。
ならば、どうすればよかったなんて疑問の答えは――
「ゼノン…いや、みんな…私、罪を償うよ。」
こんな世界にしたのは自分の責任だ。
人類だけじゃない、魔物に対しても償おう。
彼女がいたから、自然側であるはずの魔物は不自然になったのだ。
この廃れ果てた世界で、彼女は生存者を探す旅に出た。
― ― ― ― ― ―
数年後――
カンザキの歩いた先々で、人類は徐々にその数を増やしていくことになる。寄らなかった地域でも増えたところは増えたのだから、きっと人類の復帰というものは彼女のおかげというわけではないだろう。
しかし、当事者たちにとっては話は別だ。
「カンザキ様はきっと女神に違いない。」
そして、そんな彼女が従える魔物たちはきっと、女神の使徒なのだろう。彼女が大事に持つ種は、世界を滅ぼした存在だとは聞いているが――きっと何か理由があったのだろう。
立ち去った彼女に訊ねる術はもうないけれど。
「人類はゼノン様の手により、審判を受けたに違いない。そして、生き残った我々は託された存在。ならば、模範的な人間でいようではないか!」
それこそがゼノン教の始まりだった。
後に様々な思想に別れたり、解釈がゆがんだりするけど。
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