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第一部:10-3章:祭と友と恋と戦と(後編)
129話:魔王を阻止せよ
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ハスディは死んだ、最大の幸せと共に。
魔王の蕾という最大の置き土産と共に。
その瞬間、ネルカの怒りは絶頂へと至った。
「ああッ! クソッ! 勝ち逃げされた! クズがッ! 何が楽園よ! 何が神様よ! 何が幸福よ! ゼノン教ってのは、ただの驕り集団じゃない!」
ネルカは死体となったハスディを投げ飛ばすと、その頭部に鎌を突き立て、怒りのままに蹴りを胴に入れる。しかし、その体はもう二度と動くことは無く、彼女の行動はただの無意味なことなのだ。
「し、師匠! どうするんですか! ヤバいですよ!」
「ぐ、んぐ! そうよね……優先はそっちよね。今は…まずこの蕾をどうするかを考えるべきね…。フー…腹を立ててる場合じゃないわ。」
マリアンネの叫びにネルカに理性が戻る。
そして、巨大な蕾をジッと見つめた。
蕾からはとんでもない量の魔力を感じる。
そのあまりの力の昂り様に、あとどれだけの猶予があるのか、冷静に判断もできやしないほどだった。止まるネルカの傍ら、マリアンネが聖女の力を蕾に注ごうとしていた。
マリアンネの力なら、粉を無効化できる。
決して打つ手がないという状況ではないのだ。
「し、師匠、聖女の力が! 通らないです! 効くとか効かない以前に、蕾に阻まれて!」
「マリ! 蕾をこじ開けるわ! 隙間から注入しなさい!」
「は、はい!」
ネルカとダスラ、そして坊主頭の騎士は三人がかりでこじ開けようとするが、花弁はビクともしない。ネルカは間髪入れずに黒魔法で斧を作り、振りかぶるがそれでもやはり切れ目一つも入れることが出来なかった。
そうこうしているうちに、蕾の魔力は増えていく。
ただでさえ強大なのに、まだ高まるか。
「もう……無理っスよ…。」
坊主頭の騎士は、すでに諦めていた。
その言葉を聞き、ダスラもまた諦めの境地へと入ってしまう。
男二人がうなだれている横で、ネルカだけは諦めていなかった。
斧を振るう。
何度も同じ個所を――
斧を振るう。
がむしゃらに――
斧を振るった。
それでも、何も変わらなかった。
本当は無理だということを彼女も分かっている。
だが、それは手を休める理由になりはしない。
そして、絶望は連鎖する。
『ガルルゥゥ…。』
広場に魔物が集まって来たのだ。
ハスディが死んだとき、魔物たちの統率は一気に崩れた。それらが協力し合うことができていたのは、ハスディの体質のおかげに他ならなかったのだ。そして、統率から外れた魔物たちが取った行動は――逃げることだった。
つまり、王都に運び込まれた魔物は無力化できたはずだった。
しかしながら、魔王の蕾の出現で状況は一転。
今の魔王が持つ力は『魔力の王』としての力しかなく、決して魔物を操るだなんてことはできない。だが、同じ魔物として『ハスディの望み』を共感することだけはできたのだ。
ハスディの望みを叶えたいという共感だ。
「どうしろってのよ…。」
魔王をどうにかする目途も立っていないのに、魔物の襲来まで加わるとなると、さすがのネルカも途方に暮れざるを得ない。チラリとマリアンネを見るが、彼女だけは諦めずに聖女の力を使っている。
(マリさえ生きていれば…。)
粉の噴出は行われたとしても、魔物化した生き物を戻せばいい。
王都の外側へ退避して、戦力を整え、王都奪還をする。
だが、それが出来るのは聖女を生かす必要がある。
だがこれは、この状況を止められないという前提だ。
ネルカの心はもうすでに諦めていたのだ。
彼女はマリアンネと共に王都を脱出する計画を立て始めた――
そんな時――
『ハ~ハッハ! 困ってるようだな!』
場違いに大きな声が一つ響き渡る。
「この声は…まさか!?」
その人物を知るのはネルカと坊主頭の騎士だけだった。
さすがのネルカも声の主の方へと振り返った。そして、彼女の知る通りの人物がそこには立っており、彼女は驚愕に目を見張る。現状を解決できるような人物ではないはずだが、ネルカだけは『とある予言』のことを知っていたため、その存在がもしかしたら救済者になるかもしれないという希望を見出した。
王城からのライトアップに照らされるは――銀色の髪。
それは王家の血を持つ者の証明である。
「「マーカス殿下!?」」
マーカス・ジ・ベルガー、数ヶ月ぶりに王都帰還。
― ― ― ― ― ―
マーカスがとある部族に追われ遭難したとされたとき、厳密に言えば彼は森で遭難したわけではなく、渓谷洞窟に落下してしまったのだ。光も届かぬほど深い場所に、部下であるスキンヘッド集団は救助に向かうことができなかった。
それでも彼らは部族の問題解決を優先した。
リーダーであるマーカスなら、そう指示を出すはずだから。
しかしながら、互いの陣営はにらみ合いに至ってしまった。
およそ一ヶ月、マーカスは見つからず、部族問題も頓着状態。
「さすがにこれ以上は我慢できねぇな…。」
「あぁ…仕掛けるならこの時期か。」
スキンヘッド集団は強行突破をすることに決めたのだ。
幸いにも、この時期になると部族を見かけることが極端に減っていた。おそらく、彼らは冬に備えている最中であり、狙うにしても最適とも言えるような時期だ。
「行くぞ、てめぇらぁ! お頭の、弔い合戦じゃい!」
「「「「ウォォォ!」」」」
彼らは森を突っ走った。
向かう先は、部族の集落。
木製の壁で囲まれた地、彼らは門をぶち壊した。
「「「ウラァ! ンン? エェ~~~ッ!?」」」
そこで彼らが見たものは――
「「「「「お頭!?」」」」」
村の中央で傅かれているマーカスだった。
竹でできた豪勢な椅子に座り、葉で作られた団扇で扇がれ、部族の女性陣に肩を揉まれながら、盛られた果物を摘まんで食べていた。その姿はまるで王、いや、王でもあながち間違いではないのだが。
「おう! お前ら! 来たか!」
「どうしてお頭がここにいるんですか!?」
「いやなんか、良く分かんねぇけどさ、あの洞窟から出ることはできたんだけどよぉ…そしたら出た先で部族が魔物と戦っててな? 手伝ってやったらこの有様よ。崇められちゃった。」
「いや……えっと…崇められちゃったって…えぇ~?」
軽い調子のマーカスの反応に、敵陣の真ん中にもかかわらず、思わずスキンヘッド集団も脱力する。代理でリーダを務めていた男は、その場にヘナヘナと座り込んだ。
「だけど、ご無事で良かったぁ~。さすがに死んでしまったかと思いましたよ。食糧とかどうしてたんですか? 洞窟でしょう、かなり過酷だったのでは?」
すると、漏れたその声にマーカスは顔を顰める。
そして、部下に対して呆れたように返事をするのだった。
「ハァ? 大げさだな……せいぜい三日とか、そういう話だろ?」
遭難した洞窟の名前は【レーストァ・ロンデル・ピチュナ】。
古語で――【神が暮らす場所】――を意味する。
― ― ― ― ― ―
狂信の蕾が花を咲かすとき、
それすなわち終焉に向かう一咲きなり。
急げ銀鷹よ、赤鴉が待っている。
終焉を枯らす――唯一であるのだから。
魔王の蕾という最大の置き土産と共に。
その瞬間、ネルカの怒りは絶頂へと至った。
「ああッ! クソッ! 勝ち逃げされた! クズがッ! 何が楽園よ! 何が神様よ! 何が幸福よ! ゼノン教ってのは、ただの驕り集団じゃない!」
ネルカは死体となったハスディを投げ飛ばすと、その頭部に鎌を突き立て、怒りのままに蹴りを胴に入れる。しかし、その体はもう二度と動くことは無く、彼女の行動はただの無意味なことなのだ。
「し、師匠! どうするんですか! ヤバいですよ!」
「ぐ、んぐ! そうよね……優先はそっちよね。今は…まずこの蕾をどうするかを考えるべきね…。フー…腹を立ててる場合じゃないわ。」
マリアンネの叫びにネルカに理性が戻る。
そして、巨大な蕾をジッと見つめた。
蕾からはとんでもない量の魔力を感じる。
そのあまりの力の昂り様に、あとどれだけの猶予があるのか、冷静に判断もできやしないほどだった。止まるネルカの傍ら、マリアンネが聖女の力を蕾に注ごうとしていた。
マリアンネの力なら、粉を無効化できる。
決して打つ手がないという状況ではないのだ。
「し、師匠、聖女の力が! 通らないです! 効くとか効かない以前に、蕾に阻まれて!」
「マリ! 蕾をこじ開けるわ! 隙間から注入しなさい!」
「は、はい!」
ネルカとダスラ、そして坊主頭の騎士は三人がかりでこじ開けようとするが、花弁はビクともしない。ネルカは間髪入れずに黒魔法で斧を作り、振りかぶるがそれでもやはり切れ目一つも入れることが出来なかった。
そうこうしているうちに、蕾の魔力は増えていく。
ただでさえ強大なのに、まだ高まるか。
「もう……無理っスよ…。」
坊主頭の騎士は、すでに諦めていた。
その言葉を聞き、ダスラもまた諦めの境地へと入ってしまう。
男二人がうなだれている横で、ネルカだけは諦めていなかった。
斧を振るう。
何度も同じ個所を――
斧を振るう。
がむしゃらに――
斧を振るった。
それでも、何も変わらなかった。
本当は無理だということを彼女も分かっている。
だが、それは手を休める理由になりはしない。
そして、絶望は連鎖する。
『ガルルゥゥ…。』
広場に魔物が集まって来たのだ。
ハスディが死んだとき、魔物たちの統率は一気に崩れた。それらが協力し合うことができていたのは、ハスディの体質のおかげに他ならなかったのだ。そして、統率から外れた魔物たちが取った行動は――逃げることだった。
つまり、王都に運び込まれた魔物は無力化できたはずだった。
しかしながら、魔王の蕾の出現で状況は一転。
今の魔王が持つ力は『魔力の王』としての力しかなく、決して魔物を操るだなんてことはできない。だが、同じ魔物として『ハスディの望み』を共感することだけはできたのだ。
ハスディの望みを叶えたいという共感だ。
「どうしろってのよ…。」
魔王をどうにかする目途も立っていないのに、魔物の襲来まで加わるとなると、さすがのネルカも途方に暮れざるを得ない。チラリとマリアンネを見るが、彼女だけは諦めずに聖女の力を使っている。
(マリさえ生きていれば…。)
粉の噴出は行われたとしても、魔物化した生き物を戻せばいい。
王都の外側へ退避して、戦力を整え、王都奪還をする。
だが、それが出来るのは聖女を生かす必要がある。
だがこれは、この状況を止められないという前提だ。
ネルカの心はもうすでに諦めていたのだ。
彼女はマリアンネと共に王都を脱出する計画を立て始めた――
そんな時――
『ハ~ハッハ! 困ってるようだな!』
場違いに大きな声が一つ響き渡る。
「この声は…まさか!?」
その人物を知るのはネルカと坊主頭の騎士だけだった。
さすがのネルカも声の主の方へと振り返った。そして、彼女の知る通りの人物がそこには立っており、彼女は驚愕に目を見張る。現状を解決できるような人物ではないはずだが、ネルカだけは『とある予言』のことを知っていたため、その存在がもしかしたら救済者になるかもしれないという希望を見出した。
王城からのライトアップに照らされるは――銀色の髪。
それは王家の血を持つ者の証明である。
「「マーカス殿下!?」」
マーカス・ジ・ベルガー、数ヶ月ぶりに王都帰還。
― ― ― ― ― ―
マーカスがとある部族に追われ遭難したとされたとき、厳密に言えば彼は森で遭難したわけではなく、渓谷洞窟に落下してしまったのだ。光も届かぬほど深い場所に、部下であるスキンヘッド集団は救助に向かうことができなかった。
それでも彼らは部族の問題解決を優先した。
リーダーであるマーカスなら、そう指示を出すはずだから。
しかしながら、互いの陣営はにらみ合いに至ってしまった。
およそ一ヶ月、マーカスは見つからず、部族問題も頓着状態。
「さすがにこれ以上は我慢できねぇな…。」
「あぁ…仕掛けるならこの時期か。」
スキンヘッド集団は強行突破をすることに決めたのだ。
幸いにも、この時期になると部族を見かけることが極端に減っていた。おそらく、彼らは冬に備えている最中であり、狙うにしても最適とも言えるような時期だ。
「行くぞ、てめぇらぁ! お頭の、弔い合戦じゃい!」
「「「「ウォォォ!」」」」
彼らは森を突っ走った。
向かう先は、部族の集落。
木製の壁で囲まれた地、彼らは門をぶち壊した。
「「「ウラァ! ンン? エェ~~~ッ!?」」」
そこで彼らが見たものは――
「「「「「お頭!?」」」」」
村の中央で傅かれているマーカスだった。
竹でできた豪勢な椅子に座り、葉で作られた団扇で扇がれ、部族の女性陣に肩を揉まれながら、盛られた果物を摘まんで食べていた。その姿はまるで王、いや、王でもあながち間違いではないのだが。
「おう! お前ら! 来たか!」
「どうしてお頭がここにいるんですか!?」
「いやなんか、良く分かんねぇけどさ、あの洞窟から出ることはできたんだけどよぉ…そしたら出た先で部族が魔物と戦っててな? 手伝ってやったらこの有様よ。崇められちゃった。」
「いや……えっと…崇められちゃったって…えぇ~?」
軽い調子のマーカスの反応に、敵陣の真ん中にもかかわらず、思わずスキンヘッド集団も脱力する。代理でリーダを務めていた男は、その場にヘナヘナと座り込んだ。
「だけど、ご無事で良かったぁ~。さすがに死んでしまったかと思いましたよ。食糧とかどうしてたんですか? 洞窟でしょう、かなり過酷だったのでは?」
すると、漏れたその声にマーカスは顔を顰める。
そして、部下に対して呆れたように返事をするのだった。
「ハァ? 大げさだな……せいぜい三日とか、そういう話だろ?」
遭難した洞窟の名前は【レーストァ・ロンデル・ピチュナ】。
古語で――【神が暮らす場所】――を意味する。
― ― ― ― ― ―
狂信の蕾が花を咲かすとき、
それすなわち終焉に向かう一咲きなり。
急げ銀鷹よ、赤鴉が待っている。
終焉を枯らす――唯一であるのだから。
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