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第二部:1章:お騒がせ新学期
150話:模範解答…?
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その日、ネルカは早い時間に城を出た。
彼女が向かった先は、ランルス侯爵家の屋敷だった。
デインの側近であるマルシャ・ランルス――ネルカの交友関係において『常識的』で『今なら王都にいる』存在となると、的確なのは彼女しかいなかったのだ。エレナでも問題はなかったのだが、マリアンネ贔屓になってしまいそうでやめたのだった。
「裸の付き合いをしたような仲だ。私も協力しようじゃないか。」
案内された先は屋敷内のサロンで、彼女はソファに座っていた。テーブルにはティーセットと読みかけの本。そして、相談をしに来たというネルカの言葉に対し、詳しい話を聞くまでもなくマルシャはゆっくりと頷くのであった。
「それにしても、皇太子から逃げるために男装をしていると思っていたが…まさか事の発端がそんなことだったとは。相変わらず、君たちは思考回路が狂っているな。」
マルシャはそう言うと、具体的に何があったのかをネルカに促し、マリアンネとダーデキシュについてを聞いたのだった。するとマルシャはもっと酷い状況になっていると思っていたようで、「なんだそんなことか」と呟いただけだった。
「ふむ…私はネルカ嬢の兄君とは面識はないが、聖女殿との仲のことは噂には聞いている。近くにいるネルカ嬢から見て、どうだ? 二人は両想いかい?」
「両想いだとは思う。しかも、ほぼ確定で。」
「だったら、何を悩む必要があると言うのだ? 根本となる部分はほぼ確定しているのに、問題提起がその根本を疑う内容だというのがおかしな話なのだ。私の経験則からして、この手のパターンは深読みの連鎖による勘違いだとは思うがな。」
「深読み…なのか…。」
マルシャ・ランルス――麗蝶と呼ばれし女。
魔境とも表現できるような女性社交界の頂点は伊達ではない。
噂と確実と妄想を吟味し、冷静に事態を把握する。
「今回の一件で問題になっていることは、決定的な事実を確認したわけではないのに、推測が肥大化してしまっていることにある。結果的に深読みが正解だということはあるかもしれないが、それは終わった後の話だ。」
「じゃあ、どうすればいい?」
「まず初めは根本の確定化に決まっているだろう。もしも、両想いが確定したとすれば、結局は本音で話す機会が無かっただけというオチだ。そうじゃなかったら…また相談に来てくれたまえ。」
その言葉にネルカは目から鱗の状態となった。
何一つとしてダーデキシュから直接に話を聞いたわけではないのに、あたかもダーデキシュがそう思っているかのように推測をしている。ここの前提が不確定で揺らいでいる間は、どこまで考えたって妄想の域を出ない。
(マルシャ様に相談してよかった。)
ネルカは静かに立ち上がった。
その背にマルシャは言葉を投げかけた。
「物事は意外とシンプルなことが多いからね。」
ネルカは頷くと、すぐに屋敷を出て行った。
― ― ― ― ― ―
その後、ネルカは帰宅した。
帰る先は寮ではなく、タウンハウスである。
王都襲撃から落ち着き使用人たちも戻って来た屋敷で、彼女が向かったのは庭にある一つの小屋だった。そこはダーデキシュ専用の魔道具開発小屋、ネルカはノックすることもなくドアを開けた。
「兄さん!」
「うぉっ! ビックリした。ネルカ…じゃなくてコルネル。どうした急に。お前が俺のところに来るとは、珍しい。」
彼は手に持っていた道具を片付けると、椅子の向きを反転させ侵入者と向き合った。彼女の爛々として目を見た彼は、なんだか嫌な予感がすると身構えるのだった。
そしてその予感は的中することになる。
「ダーデ兄さんはマリのことが好きだね?」
ネルカはもう待つことができなくなっていた。
彼女は狩人ゆえに忍耐強いと自覚していたが、あくまで狩人としてだけの話だった。まさか、本来の精確はここまで短気だったのかと、彼女自身が驚くほどだ。
だが、マルシャの言葉は彼女に効いた。
物事は意外とシンプル――短気ゆえの利点を見出したのだ。
世には熟考しない方が成功することだってある。
(そういうことだね、マルシャ様。)
もしも、マルシャがこの場にいたら「違うそうじゃない!」と叫んでいただろうが、幸か不幸か彼女はネルカの行動などまったく知らない。
「あ? え? なんだ、急に? え? え?」
対するダーデキシュは脳の処理が追い付いていない。
ネルカはそのまま畳みかけることにした。
「今、ややこしい事態に陥っていてね。ダーデ兄さんがすべてをハッキリ答えれば、問題解決に一歩近づくんだ。しかも大股の一歩さ。だから、もう一度聞くよ、ダーデ兄さんはマリのことが好きだよね?」
「答えるわけないだろう!」
「どうして?」
「恋愛話を兄妹に話すのは恥ずかしいだろうがッ!」
「ん~…? 私はそうは思わないけど?」
「お前はなぁ…。」
「だけどその反応、好きなのはマリで間違いないみたいだ。」
「ぐっ! クソッ! 最悪だッ! あぁ! そうだよ! 俺はマリのことが好きだよ! これで満足か! おいっ!」
ダーデキシュは人付き合いがあまり得意ではないがゆえに、隠し事だとか腹の探り合いが苦手である。だからこそ、今までだけでも彼の想い人は丸わかりだった。
しかし、それでも99%の確信だった。
そして今、100%の確実になった。
(えぇっと、マルシャ様のアドバイスは…確か…。)
両想いが確定したとすれば――
――結局は本音で話す機会が無かっただけというオチだ。
彼女が向かった先は、ランルス侯爵家の屋敷だった。
デインの側近であるマルシャ・ランルス――ネルカの交友関係において『常識的』で『今なら王都にいる』存在となると、的確なのは彼女しかいなかったのだ。エレナでも問題はなかったのだが、マリアンネ贔屓になってしまいそうでやめたのだった。
「裸の付き合いをしたような仲だ。私も協力しようじゃないか。」
案内された先は屋敷内のサロンで、彼女はソファに座っていた。テーブルにはティーセットと読みかけの本。そして、相談をしに来たというネルカの言葉に対し、詳しい話を聞くまでもなくマルシャはゆっくりと頷くのであった。
「それにしても、皇太子から逃げるために男装をしていると思っていたが…まさか事の発端がそんなことだったとは。相変わらず、君たちは思考回路が狂っているな。」
マルシャはそう言うと、具体的に何があったのかをネルカに促し、マリアンネとダーデキシュについてを聞いたのだった。するとマルシャはもっと酷い状況になっていると思っていたようで、「なんだそんなことか」と呟いただけだった。
「ふむ…私はネルカ嬢の兄君とは面識はないが、聖女殿との仲のことは噂には聞いている。近くにいるネルカ嬢から見て、どうだ? 二人は両想いかい?」
「両想いだとは思う。しかも、ほぼ確定で。」
「だったら、何を悩む必要があると言うのだ? 根本となる部分はほぼ確定しているのに、問題提起がその根本を疑う内容だというのがおかしな話なのだ。私の経験則からして、この手のパターンは深読みの連鎖による勘違いだとは思うがな。」
「深読み…なのか…。」
マルシャ・ランルス――麗蝶と呼ばれし女。
魔境とも表現できるような女性社交界の頂点は伊達ではない。
噂と確実と妄想を吟味し、冷静に事態を把握する。
「今回の一件で問題になっていることは、決定的な事実を確認したわけではないのに、推測が肥大化してしまっていることにある。結果的に深読みが正解だということはあるかもしれないが、それは終わった後の話だ。」
「じゃあ、どうすればいい?」
「まず初めは根本の確定化に決まっているだろう。もしも、両想いが確定したとすれば、結局は本音で話す機会が無かっただけというオチだ。そうじゃなかったら…また相談に来てくれたまえ。」
その言葉にネルカは目から鱗の状態となった。
何一つとしてダーデキシュから直接に話を聞いたわけではないのに、あたかもダーデキシュがそう思っているかのように推測をしている。ここの前提が不確定で揺らいでいる間は、どこまで考えたって妄想の域を出ない。
(マルシャ様に相談してよかった。)
ネルカは静かに立ち上がった。
その背にマルシャは言葉を投げかけた。
「物事は意外とシンプルなことが多いからね。」
ネルカは頷くと、すぐに屋敷を出て行った。
― ― ― ― ― ―
その後、ネルカは帰宅した。
帰る先は寮ではなく、タウンハウスである。
王都襲撃から落ち着き使用人たちも戻って来た屋敷で、彼女が向かったのは庭にある一つの小屋だった。そこはダーデキシュ専用の魔道具開発小屋、ネルカはノックすることもなくドアを開けた。
「兄さん!」
「うぉっ! ビックリした。ネルカ…じゃなくてコルネル。どうした急に。お前が俺のところに来るとは、珍しい。」
彼は手に持っていた道具を片付けると、椅子の向きを反転させ侵入者と向き合った。彼女の爛々として目を見た彼は、なんだか嫌な予感がすると身構えるのだった。
そしてその予感は的中することになる。
「ダーデ兄さんはマリのことが好きだね?」
ネルカはもう待つことができなくなっていた。
彼女は狩人ゆえに忍耐強いと自覚していたが、あくまで狩人としてだけの話だった。まさか、本来の精確はここまで短気だったのかと、彼女自身が驚くほどだ。
だが、マルシャの言葉は彼女に効いた。
物事は意外とシンプル――短気ゆえの利点を見出したのだ。
世には熟考しない方が成功することだってある。
(そういうことだね、マルシャ様。)
もしも、マルシャがこの場にいたら「違うそうじゃない!」と叫んでいただろうが、幸か不幸か彼女はネルカの行動などまったく知らない。
「あ? え? なんだ、急に? え? え?」
対するダーデキシュは脳の処理が追い付いていない。
ネルカはそのまま畳みかけることにした。
「今、ややこしい事態に陥っていてね。ダーデ兄さんがすべてをハッキリ答えれば、問題解決に一歩近づくんだ。しかも大股の一歩さ。だから、もう一度聞くよ、ダーデ兄さんはマリのことが好きだよね?」
「答えるわけないだろう!」
「どうして?」
「恋愛話を兄妹に話すのは恥ずかしいだろうがッ!」
「ん~…? 私はそうは思わないけど?」
「お前はなぁ…。」
「だけどその反応、好きなのはマリで間違いないみたいだ。」
「ぐっ! クソッ! 最悪だッ! あぁ! そうだよ! 俺はマリのことが好きだよ! これで満足か! おいっ!」
ダーデキシュは人付き合いがあまり得意ではないがゆえに、隠し事だとか腹の探り合いが苦手である。だからこそ、今までだけでも彼の想い人は丸わかりだった。
しかし、それでも99%の確信だった。
そして今、100%の確実になった。
(えぇっと、マルシャ様のアドバイスは…確か…。)
両想いが確定したとすれば――
――結局は本音で話す機会が無かっただけというオチだ。
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